ピクシブにあげたもの
「ねぇ穂乃果、知ってる?」
「うん、知ってるよ!」
「あら、まだ何も聞いてないのに? ふふ♪ こういうのを以心伝心って言うのかしらね」
――ああ、私達もついにこの領域まで辿りついたのね。嬉しいわ穂乃果。これからもよろしくね? なんて嬉しそうに顔を綻ばせる絵里ちゃんに苦笑しながら、
「…あ、あの…喜んでるところごめんね、絵里ちゃん」
「………え?」
「知ってるっていうのは実は嘘だったりします。えへへ…」
出来れば普通に冗談だって気付いて欲しかったけど、絵里ちゃんは変なところで素直さんだから中々うまくいきません。
そもそも、どんなに心が通じ合った人達だって、さすがに主語も無しに「知ってる?」なんて言われて「はい」なんて答えられる人は一昔前のRPGに出てくる勇者くらいだもの。
絶妙なタイミングで上げて落とされた当の絵里ちゃんは、悲しそうにぐすんと涙ぐみながら肩を落として、
「……うぅ…穂乃果に弄ばれたわ…エリチカおうち帰る…」
「わー! 帰っちゃダメだよ絵里ちゃん!」
まさか、そこまで気を落とされるなんて思ってなかったからちょっと後悔です。ていうかこんなことで泣かないでよ絵里ちゃん。
なんて、さすがに事実として嘘をついた手前、死人に鞭打つようなことは出来なかった。そんなこと言ったらホントに帰っちゃいそうだったし…。
「ぐすん…だって…穂乃果が…」
「な、泣かないで絵里ちゃん…」
泣いてる絵里ちゃんもこれはこれで可愛い。普段の大人っぽさとのギャップに、無性に保護欲を掻き立てられます。言ったら怒られそうだから言わないけど…。
「お、お詫びに穂乃果にできることなら何でもするから!」
「…ん? 今何でもって言ったわね?」
絵里ちゃんの碧い瞳がギラギラとした強い光を放ったのを見て、変な汗が頬を伝う。
「う、うん? い、いや…穂乃果にできることならだよ?」
今更だけど早まったかもしれないなんて思った次の瞬間には、絵里ちゃんの涙はピタリと止まっていた。なんていうか、現金なものです。そして何故だろう、なんだかとっても嫌な予感がします…。
「で、できないことはできないからね?」
一応、念を押しておくけれど、絵里ちゃんは気にした素振りも見せず、ふふふっと明らかに邪なことを考えている感じの笑みを浮かべた。
「うふふ…大丈夫よ穂乃果、そんなに怖がらないで? これは穂乃果にしかできないことなんだから」
うぅ…もしかして穂乃果、これから絵里ちゃんに言葉には言えないようなえっちな事をいっぱいされちゃうのかもしれません。絵里ちゃんのことだから、穂乃果の手足を縛って動けなくして、挙句に目隠しで視界を奪って、穂乃果を従順な犬にするための調教を施していくに違いないです。
「うぅ…絵里ちゃんのえっちぃ」
思わず口にしてしまったが、絵里ちゃんは意味がわからないと言った感じでキョトンと首を傾げた。
「えっち? 何を言っているの? 私がお願いしたいのは“これ“よ?」
「え?」
ぽかんとする私を余所に、絵里ちゃんが取出したのは何の変哲もないポッキーの箱だった。というか一体どこから取出したのだろう。絵里ちゃんはよく至る所からお菓子を取り出すけど、もしや未来の猫型ロボット的な四次元ポケットでも隠し持っているのだろうか?
絵里ちゃんは手に持ったポッキーの箱をかさかさと揺り動かしながら、
「ねぇ、穂乃果知ってる? 今日って、“ポッキーの日”らしいわよ」
「あー…知ってるってそういう…」
なぞはすべて解けた。つまり冒頭のアレはソレだったわけだ。
今日、11月11日はポッキーの日だったっけ。正確にはポッキー&プリッツの日。いまいちインパクトに欠けるイベントだから忘れてました。そもそも覚えておいて損がないだけで、別段重要な日というわけでもない気がします。
まぁ、それはそれとして……、
(うー…恥ずかしいなぁ。絵里ちゃんのことだから、てっきりもっとスゴイこと言ってくると思ってたのに…)
どうやら、えっちなのは絵里ちゃんではなく穂乃果の方だったみたいです。絵里ちゃんにあんなことやそんなことをされて悦ぶ自分を妄想して悶々としていた私は大概えっちな子。こんな私にいったい誰がしたんでしょう?
うん、間違いなく目の前の金髪美女だよね。
なんだかんだで気付かないうちにしっかり調教されてるのかもしれません。ああ…純粋だった頃の穂乃果はもういないんだね…ぐすん。
ひとり心の中で涙する私を余所に、絵里ちゃんの口から罪深き穂乃果に実刑が言い渡された。
「ポッキーの日ということで、穂乃果はこれから私とポッキーゲームをしてもらいます」
「え…えええ!? ぽ、ぽっきーげーむって…あの?」
ポッキーゲームとは説明するまでもなく、2人でポッキーの両端を咥え、交互に食べ進んでいくという俗世間の悪しき風習です。もちろん、私は一度だってしたことはありません。むしろ普通に暮らしていてポッキーゲームをする機会なんてそう滅多にあるものじゃないと思います。
「今朝ね、亜里沙に聞いて知ったんだけど、日本には面白い風習があるのね。ポッキーの日にはポッキーゲームをしなければいけないというしきたりがあるらしいわ」
「い、いやその…必ずしもしなきゃいけないわけじゃないよ?」
「そうなの? 亜里沙は雪穂ちゃんとするって、今朝意気込んで学校に行ったわよ?」
それはまるで戦国武将の如き面持ちだったそうな。
「……」
ふと脳裏に、我が妹と亜里沙ちゃんがポッキーゲームでくんずほぐれつしている光景が浮かんだ。
そう遠くない未来、亜里抄ちゃんが私を「お義妹ちゃん♪」なんて呼び出す日が来るのかもしれない。
おねえちゃん…おねえちゃんかぁ…。
「……悪くないかも…」
もしかしたら私は、生粋の妹萌えなのかもしれません。
「何を言っているの穂乃果? 大丈夫?」
「う、うん大丈夫だよ!」
「じゃあさっそく始めましょうか」
と、絵里ちゃんはポッキーの箱を開けて一本取出した。
「え?」
「え? じゃないわよ。ポッキーゲームするわよ。穂乃果には拒否権はないんだから」
念を押さなくても私だってわかってるよ。何でもするって言った以上、この程度のことで拒否権は発動できないよね。
うん、女は度胸と行動力だもん。相手が絵里ちゃんなら喜んでポッキーゲームの相手をしようじゃありませんか。
うん…むしろこの程度で済んでよかったかも…なんて。
「喜びなさい穂乃果。穂乃果にはこのチョコがたっぷりとついた先端の方をあげるわ」
「そ、そこはこだわるんだね。ま、まぁいいや…じゃあはじめよっか」
ん…と、ポッキーの柄の方を咥えた絵里ちゃんが私に先端を向ける。もともとの身長差のせいか、若干見上げなきゃいけないのは普段キスするときと一緒。そもそもポッキーゲームなんて、キスするための口実みたいなものだし、普段からちゅっちゅしてる私達からすれば、今更って感じがしないでもない。
――と、そう思っていた時期が私にもありました。
「ん…」
チョコがたっぷり乗った先端を咥え、サクッと食べ進めた矢先、私の心臓はドクンと飛び跳ねた。
顔は熱を帯び、一瞬で赤に染まる。
(え、絵里ちゃんの顔が近い…!)
長いようで短いポッキーが掛け橋となって、いつもは一瞬で到達する唇がまるで時間が止まったかのようにゆっくりペースで近づいてくる。
「ん…んっ…」
さく…さく…と、ゆっくり近づいてくる絵里ちゃんの顔から目が離せない。
いつもは当たり前のように目を閉じてするキス。けれど、ポッキーゲームは何故か目を閉じるという行為を忘れてしまう。だからこそ、普段気付かないようなことをあらためて実感する。
絵里ちゃんの綺麗な顔が、今更のように私をドキドキさせる。まつ毛長いなぁとか、肌白いなぁとか、柔らかくて甘そうな唇だなぁとか、キラキラと煌めく金色の髪が眩しいなぁとか、見れば見るほど絵里ちゃんの日本人離れした美しさから目が離せなくなる。
(こんな綺麗な人の彼女さんなんだよね、私は…)
一瞬、自分なんかじゃ釣り合い取れてないなんて思ったけど、それを言うと絵里ちゃんに怒られちゃうので言わない約束です。前に一度、それでゲンコツを食らったことがあります。愛のムチだそうです。
曰く、釣り合うとか釣り合わないとかは関係ない。私は絵里ちゃんが好き。絵里ちゃんは私が好き。それが一番大切なんだよって、そう教えてくれたのは絵里ちゃんだからね。
気付けば、ポッキーもだいぶ短くなり、私達の距離は3cmもなかったと思う。
このままキスしちゃうのかな、なんて思った矢先――。
――ぱきっ
と、小さな音を立てて、中央からポッキーが折れてしまった。
「む…ほれひゃった…」
ちょっと残念。あのままキスしてもよかったけれど、思いのほかうまくいかなかった。ポッキーゲーム自体初めての経験だから勝手がわからなかったせいもあるけど、こんなものなのかな。
そんなことを考えながら、口の中に残った食べ残しをさくさくと噛み砕いて、ごくんと飲み込んだ。
「んっ…なんだか、いつもよりドキドキしたわ…」
「…だね」
私達の間に流れる甘い雰囲気に気恥かしさを覚えて、どちらからともなく目をそらす。まるで付き合い始めた頃の初々しいカップルみたい。私達にもこんな時期があったなぁなんて考えながら、懐かしい気持ちに浸る。
キスをするのとはまた違ったドキドキ感や距離感を楽しむのがポッキーゲームの醍醐味なのかもしれない。
胸にそっと手をあてると、いつもよりも高鳴る心臓の鼓動が心地よかった。
「穂乃果」
「ん…なぁに絵里ちゃん?」
「……も、もう一回いいかしら?」
ポッと、頬を朱色に染めて願い出る絵里ちゃんにくすりと笑みを漏らす。普段とってもカッコよくて綺麗な絵里ちゃんだけど、こんなところはとっても可愛くて、どこか子供っぽい。なんだかすごく胸がキュンキュンします。
「ふふ、穂乃果に拒否権なんてあったっけ?」
「む…そういえばなかったわね。忘れてたわ。なら、箱の中身が空っぽになるまで付き合ってもらおうかしら」
「はーい、お手柔らかにお願いしまーす」
嘘をついた罰としてはあまりにも甘い罰だけど、絵里ちゃんのお願いとあれば嫌とは言えないよね。
ポッキーと言う名の掛け橋を渡った先には、ポッキーよりも甘く蕩けるような絵里ちゃんの唇が待っている。
今度は失敗しないように、ね。