ピクシブにあげたもの
ここだけの話、基本的にμ’sのアイドル活動は一筋縄にはいかない。
言いかえれば無事に終わった試しがない、ということだ。
何事もアクシデントはつきものと言うが、明らかに無意味な問題まで呼びこんでいる気がする。なんとなく予想は出来ても、未然に防ごうと努力しても、当のアクシデント達はそれらの防御策をやすやすと掻い潜り問題を巻き起こすのだった。
「ほな、そろそろ始めよか。3人とも準備ええか?」
今日の活動は、μ’s内ユニット「Printemps」のシングルジャケット撮影の日。セクシー路線の今回は、南国風をバックに水着での撮影――の予定となっていた。
健康的なセクシーさを前面に押し出したビキニ姿を披露する「Printemps」のメンバー――穂乃果、ことり、花陽の3人はどこか照れ臭そうにもじもじしている。
「あんま緊張せんと、リラックスしてな? 撮影係はうちやねんから」
安心させるようにデジカメ片手にひらひらと手を振る希に、穂乃果は苦笑気味に答えた。
「う、うん…それはいいんだけど…」
普段滅多に照れない穂乃果でも、自身の水着姿を隠すように両腕を抱いている。
「学校の中で水着になるのって、ちょっと恥ずかしいなって…」
同じく常にオープンハートなことりですら照れ気味だ。
「うぅ…恥ずかしいよぅ…」
花陽に関しては言わずもがな、真夏の視線を釘付けにしそうな豊満なボディを隠すようにアルマジロよろしくうずくまっていた。
「…しゃぁないなぁ」
ここまではある意味予定調和と言える。恥ずかしいのは最初だけで慣れてくれば問題ない。今までもそれなりに際どい写真をいくつも撮ってきた希だからこそ確信をもてることだった。
ただ、今回はいつにも増して恥ずかしがっているようにも見えたが。
「水着なんて水泳の授業でも着てるやん? 何がそんなに恥ずかしいん?」
希は軽く溜息を漏らす。
確かに、学校指定のスクール水着とビキニ姿では感じ方が違うのかもしれない。もしくはことりの言う通り、屋内で水着になるという状況そのものが彼女達に羞恥心を植え付けている可能性もなきにしもあらず。
だが、希が見る限り、そのどれもが当て嵌まらないような気がした。確信をもって言えるわけではないが、妙な違和感を感じていたのは確かだった。
その疑問に答えたのは、希のアシスタント役を仰せつかっていた矢澤にこだった。
「…ていうか、どう考えてもあいつらのせいでしょ?」
はぁ…と、溜息まじりにジト目で部室の隅を見やるにこ。視線の先を目で追うと、そこにはおなじみの3人が野獣の眼光を隠そうともせず、目を爛々と輝かせていた。
それを見た瞬間、希は頭に手を当てて盛大に溜息をついた。理由はなんとなくわかるが、とりあえず聞かないことには始まらないので質問する。
「…今日はソルゲ組、呼んでへんかったはずやけど? てか、先帰ったんとちゃうん? いや、むしろ帰ってっていうたよね?」
なお、ソルゲ組とはμ’s屈指のクール系女子――絵里、海未、真姫で構成された「soldierGame」組を差す呼称である。つまり、希が感じていた妙な違和感の正体はこれだったわけだ。
確かに、μ‘s内の活動なのだからいてもおかしくはなかったが、今回に限ってはいる方がおかしい。それというのも、今回の活動、いかにも特定の誰かが歓喜しそうな活動ではないか。
勘の鋭い希は逸早くそれを察し、撮影に支障をきたさないよう「今日はPrintempsのジャケ撮影の日やから先帰ってかまへんで?」なんて、やんわりと出入り禁止を命じていたはずだったのに。なのに、ここにいないはずの3人は何食わぬ顔でさも当然のように景色と同化してしまっている。
さて、そんなソルゲ組は希の質問に「え?」と顔を見合わせたと思ったら、どこかバツが悪そうに明後日の方を見ながら、
「…だって…穂乃果のポロリが見れるって聞いたから…」
「…その…ことりの谷間を拝めると耳にしまして…」
「…にこちゃんのまな板にお刺身が乗ると聞いて…」
いてもたってもいられませんでした…と、申し訳なさそうに頭を垂れる愛すべきバカども。
このようにμ’sで女性人気の高いクール系女子は、クールとは程遠い残念なおつむをしている。手遅れになる前に緩んだおつむのネジを締め直した方がいいと思うだろう。しかし残念ながらすでに手遅れなのだ。
「はぁ…とりあえず真姫ちゃん? にこっちは今日アシスタントやから水着にはなれへんよ」
とりあえずと言った感じで事実を伝えると、真姫は「え、そうなの?」と目を丸くした。いったい誰がそんな根も葉もないホラ話を吹いたのか知らないが、真姫は心底残念そうに赤い髪の毛をくるくる弄り始めた。
「なんだ…じゃあ私がいる意味ないじゃない……はぁ、にこちゃんのまな板が見れるっていうから期待してたのに…。ねぇ希、せっかくだから『BiBi』のジャケ撮影も一緒にしましょうよ? 確かあれも水着だったわよね?」
「残念やけどそっちはまだ準備できてへんから今日はなしや。にこっちのまな板が見たいんやったら、家に帰ってから好きなだけ見たったらえーやん?」
耐えに耐えていたにこだったが、さすがに時間の問題だったようで、遂にはこめかみ辺りをピクピクと痙攣させて怒りをあらわにし始める。
「ねぇ、さっきから黙ってきいてりゃまな板まな板って…いい加減にしとかないとさすがの私も泣くわよ?」
目尻に涙を浮かべてぐすん。どうやら怒る――ではなく、泣く方向に全力だったらしい。そこは微妙な乙女心が働いているのかもしれない。
「大丈夫よ、にこちゃん。にこちゃんのまな板にだってそれなりに需要はあるのよ? もちろん、私限定でね」
真姫はふふんっと、ドヤ顔全開で親指をおっ立てる。ビシッと。
「ぜんっぜん!嬉しくないんだけど!」
「そんなこと言って、ちょっと顔が赤いわよ?」
「う、うるさいわね!」
夫婦喧嘩は犬も食わない。そんな相変わらずのやりとりに気を取られていた希は、ふと周りが騒がしいことに気付いた。
嫌な予感がする。いや、何となく察しはついていたので、むしろ見たくなかったというのが正直な話。
そもそもこの3人(真姫はいいとしても)がこの場に居合わせている時点で結果は火を見るより明らかだった。
希はしかたないと言った感じで、溜息まじりに騒動に目を向ける。
と、やはりそこには予想通りの展開が――。
「ほ、穂乃果? ちょっとポーズ取ってみましょうか。ちょっと屈んで、胸を強調するように、むぎゅっと腕で挟むような感じで…」
「こ、これでいい…絵里ちゃん?」
「そうそれよ! いいわよぉ穂乃果ぁ! もっと媚びるような感じで私に目線を頂戴!!」
「こ、こう…?」
「ハ、ハラショぉぉぉ!!!」
パシャパシャパシャと絵里のデジカメが火をふいた。艶めかしいポーズで絵里の視線を釘づけにする穂乃果をあらゆる角度から激写していく。
右から、左から、正面から、ローアングルから、そこには遠慮も手加減もなかった。こうして絵里の秘蔵コレクション「穂乃果メモリアル」に新たなお宝が加わることになるのは絵里しか知らない話である。
(穂乃果ちゃん…お願いやからえりちに餌与えんといて…っていうか結構ノリノリやろあの子…はぁ)
希はひどい頭痛に苛まれていた。悪い夢なら早く覚めてほしい、そんな気持ちでいっぱいだった。
一方、園田も自重をどこかに置き忘れていた。
「ああ…イケナイとわかっていても撮らずにはいられません…! 校舎内でこんな…妙な背徳感がひしひしと…!」
「う、海未ちゃん…? えと…ことりはどうしたらいいの?」
「あ、あの…四つん這いになっていただけますか…? も、もう少し足を広げて…そ、そう! そこでストップです! そうしたら私の方を向いて物欲しそうに指を咥え――ああぁ!いけません!そ、そんなはしたない格好で…! こ、ことりは私をどこにつれていこうというのですかっ!?」
とりあえず病院に行った方がええんとちゃう?と希の呟きは虚空に消えた。むしろ病院が来い。
「うぅ…海未ちゃんがやれって言ったのにぃ…海未ちゃんのばかぁ…えっちぃ…」
「すみませんことり…! 私には…! 私にはこの溢れる情熱を止めることはできません! ああ…ことり…ことり…」
うわごとのようにことりの名を呼びながら、よだれを垂れ流さん勢いでことりのあられもない艶姿を写真に収めていく海未。そこにいたのは、まごうことなき”ことキチ”(ことりキチガイの略称)だった。みんなの憧れ『園田海未』は、もはやこの世界のどこにもいないのかもしれない。
希は頭を抱えた。首を振った。溜息は後から後から吐き出される。
(どうしてこの子らは、まいどまいど問題ばっかり起こすんや…)
「ダ、ダレカタスケテェ~!」
希の心情を代弁するかのように、置いてけぼりを食らっていた花陽が涙ながらに助けを求める。しかしながら当然、誰一人として助けにくる救世主はいない。希にとって、ある意味それは絶望的だった。
「くっ…わ、私もあのくらいの戦力があれば…!」
ちなみににこに関してはまったく別のところに食いついていたが、
「にこちゃん、胸は大きさじゃないわ」
その一言に何食わぬ顔で傍観者を決め込んでいた真姫が間髪入れずに異議を申し立てる。
そう、これもまた次の騒動への開戦の狼煙だった。
「女性の胸で一番大事なのは”感度”よ」
「ちょっ…かか、感度って…!」
そう言われた瞬間、にこの顔が茹でダコのように真っ赤に染まった。それは言葉の意味を正しく理解していたからなのか、色々と思い当たる節があるかはわからない。
「にこちゃんは感度抜群だものね。きっと世界一のちっぱいだと思うわよ?」
「ま、まま真姫ちゃんっ…!?」
どうやら、色々と思い当たる節がある方だったらしい。にこは頭から湯気を吹きながら真姫の口を塞ごうと黒いツインテを揺らしながらぴょんぴょこ跳ねていた。
――と、ここで地獄耳よろしく真姫の一言を聞きつけた猛者どもが、当然のように食らいついてくる。
「ちょっと待ちなさい真姫。確かに女性の胸は大きさじゃないのは認めるわ。けど感度が大事って何よ! いやらしいわね! 女性の胸で一番大事なのは”形”でしょう! つまり手の平になじむ穂乃果のお椀形のおっぱいこそ至高のものなのよ!」
なんて主張を声高らかに宣言され、途端に穂乃果は顔から火を噴いた。
「ちょっ…え、絵里ちゃん!? そんな恥ずかしいこと大きいな声で言わないで…!」
「だって真姫ったら感度が大事なんて言うのよ! 黙っていられるわけないわ!」
問題は次から次へと連鎖反応を引き起こし、引くに引けない騒動へと発展していく。絵里の主張に肯定の意志を示すように、海未も頷いて見せた。
ちなみに希は、すでに考えることを止めていた。
「確かに絵里の言うことも一理あります。ですが女性の胸というのは母性の象徴――つまり全てを受け止める大きさもまた必要と思います。となれば、形に優れ、大きさも上々のことりの乳房こそが真の至高と言えるでしょう?」
「う、海未ちゃんっ!」
海未の主張にことりもまた顔を真っ赤に染めた。
ふふんと、海未本人は勝ち誇ったような顔をしているが、園田海未の『胸』には冷たい風が吹いている。胸に感情なんてものがあったのなら、間違いなくその母性の象徴は泣いていただろう。
「ちょっとイミワカンナイこと言わないで! にこちゃんが一番に決まってるでしょ!」
「いいえ穂乃果よ! 異論は認めないわ!」
「二人ともいい加減にしてください! 一番は絶対にことりです!」
三方向からバチバチと火花を散らすソルゲ組――。
だがここで、今にも取っ組み合いが始まりそうな空気を一瞬にして粉々に吹き飛ばす突風が舞った。走り抜けたそれは、皆がよく知る人物だった。
「にゃー!」
猫か!? いや違う!上から来るぞ気を付けろ!――なんて、どこからともなく現れた救世主は、猫の化身でおなじみ星空凛だったわけだが、彼女は颯爽と登場するや否や、一直線に花陽の胸に飛び込んだ。そこが自分の居場所だと言わんばかりに――。
「ひゃぁああ!? り、凛ちゃん!? ちょっ…やめっ…くすぐった…あんっ」
「やっぱりかよちんのおっぱいが一番にゃー!」
ぐりぐりと胸の谷間で頬擦り決める凛は実に幸せそうだったが、しかしそこで黙っていないのが般若の面を装備した三人衆。
「ちょ、ちょっと待ちなさい凛…い、いきなり現れて花陽が一番だなんてどういうことよ! ちゃんと納得のいく説明をしなさい!」
それぞれの意見は一致していたので、ここは年長者である絵里が告げる。他2人もうんうんと頷き合っていた。こういうときだけ妙に息がぴったりなのだ。
凛は「ん~」と名残惜しそうに魅惑の双丘より顔を起こし、横目で3人を見た。そして勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、
「えーだってぇ、おっぱいで一番大事なのは”大きさ”に”形”に”感度”なんでしょ? だったらかよちんのおっぱいが一番にゃ! おっきくてぇ、形もよくてぇ、おまけに感度も抜群!」
「り、りんちゃ~んっ…そ、そんなにぐりぐりしないでぇ~…ひゃんっ!」
「ね? ってことは、かよちんのおっぱいがこの中で最強ってことになるにゃ~? そーれ!ぱふぱふ~♪」
ふにふにのそれに包まれて凛はご満悦、至福の表情で天国へと旅立っていた。
花陽のそれは、希や絵里といった規格外には届かないものの、その美しき谷間は見たものすべてを魅了するような圧倒的物量を搭載している。大きく、美しく、おまけに感度も――なんて、ある意味反則級な代物だった。
さて。納得のいく説明を――と言った手前、後には引けない三人衆。正直、花陽のそれを目にして足にキていた。しかしそんなことで納得できるほど人間が出来ていない彼女達は、苦虫を潰したような顔をしながら徹底抗戦を主張する。
「は、花陽が一番だなんて…み、認められないわねぇ!」
「そ、そうです! ことりだってあと1年もすれば花陽を超えます! ええ、これはもう絶対です!」
「に、にこちゃんのだってねぇ…私が調教すれば触っただけでイッちゃうような敏感な子になっちゃうんだから!」
それはすでに負けを認めているようなものだったが、たとえ世界が滅亡の危機に瀕しても、彼女達は決して認めようとはしないだろう。そこに嫁のおっぱいがある限り――。
――だが、彼女達の命運もどうやらここまでのようだ。
「……………………」
やいのやいのと騒がしいカオス空間の中、ただ1人だんまりを決め込んでいた希が遂に動きを見せた。
ゆらりゆらりと体を揺らしながら、すべての元凶へと近づいていく。
そして――。
「…い…加減に…ぃ…!」
一時の溜めの後、それは起こるべくして怒った。
「すぅ…――いい加減にせんかぁぁぁーーー!!!!」
空気を振動させるような圧倒的な咆哮は放たれる。
仏の顔もなんとやら。いつもニコニコ笑顔を絶やさない温厚なお母さんも、たまには本気で怒るのである。
……その後、罰として全員わしわしMAXの刑に処されたのは言うまでもない。