ピクシブにあげたもの
幸せのおすそわけ――という言葉があるのはご存じだろうか。
言葉とは自由なものである。一見聞こえはいいが、ある意味もっとも厄介で、本心は別のところにある言葉だ。
ようは単なる自慢話。誰でもいいから「自分、今幸せ絶頂なんです~♪」的なアピールをしたいだけなのは明らかだし、聞きたくもない自慢話を延々と聞かされる羽目になるなんて、大きなお世話を通り越していい迷惑だ。
だからこそ、こう言った場を定期的に開くことも時には必要だった。内から湧き上がる狂気じみた幸福論を他人の前で爆発させないために。精神的安定を求める彼女達には、蓄積されていくストレスを発散するための場が必要不可欠だった。
アイドル研究部部室――もとい「μ’s」のアジトに3人の女性が雁首を揃えていた。
初めに紹介するのは、音ノ木坂学園の全校生徒のトップに君臨する生徒会長様――絢瀬絵里。見目麗しい金髪碧眼と抜群のプロポーションをもつ彼女は、アイドルとして日々女性ファンを増やしつつ、学園中の生徒達をたぶらかしている――らしい。当然、絵里に想いを寄せる人間からすれば面白い話ではなく、日々彼女の気を引くためにあの手この手でアプローチをせざるを得ないのだという。(μ’sリーダー担当談)
続いて紹介するのは、音ノ木坂学園を誇る大和撫子系アイドル――園田海未。武道と日舞の達人で、今時の女子高生としては珍しいくらい礼儀正しく、容姿端麗、品行方正、文武両道を地で行く優等生でもあった。普段の凛としたたたずまいに憧れる生徒も少なくなく、さらにアイドルとしての彼女とのギャップに黄色い悲鳴をあげる女性ファンが日増しに急増しているらしいが、残念ながら海未の必殺『ラブアローシュート』で胸を撃ち抜かれていいのは、この世界でたったひとりだけとの声もあった。(μ’s衣装担当談)
そして最後を飾るのは、自は認めなくとも他は認めるツンちょろ系アイドル――西木野真姫。強気なくせに扱いやすい素直になれない天の邪鬼が彼女の魅力。燃えるような真紅の髪と強気を絵に描いたようなツリ目が印象的な彼女は、これでもμ'sの作曲を務める功労者、ある意味μ'sの生命線である。また、その美声から放たれる歌声は聴く者を魅了してやまず、とあるツインテールの自称アイドルマスターを一瞬にして骨抜きにしてしまったらしい。(μ'sキャラ作り担当談)
そんな――μ's内でも特に女性に人気の高い3人が一同に会し、稀に見る真剣な表情で相手の出方を伺っているという異例の事態。
その瞳に宿る光は、鋭利な刃物のように研ぎ澄まされており、他を寄せ付けないオーラを放っている。
さらに、ホワイトボードにでかでかと書かれた文字の羅列は、見た者を震撼させる狂気じみた何かを放っていた。
本日の題目 第10回『誰の嫁が世界で一番可愛いか』
な、何を言っているのかわからねーと思うが以下略。それでも彼女達は大真面目なのだ。
ちなみに記念すべき第10回目となる本日の会議は、見たまま『誰の嫁がこの世界で一番可愛いのか』を議題として取り上げている。
なお、取り上げる議題はいつも思い付きによるもので『嫁に言われたセリフで一番キュンとしたセリフは?』だの『嫁の仕草で一番萌える仕草は?』だの、とにかく自分の嫁(彼女)関連が主。
つまり『私の嫁がこんなに可愛いわけがない』というひとつの事柄に基づいて日々活発な意見交換を繰り広げているのである。
正直な話、彼女達にとっては議題なんて何でもいいのだ。自分の嫁さえ絡んでいればそれで。先でも述べた通りこれは単なる自慢大会。普段言いたい事を口にできない同志達の間で余計な詮索など不要。ただ本能の赴くままに語り尽くせばいいのだから。
とは言え、今回は議題が議題だけに部室内の空気はどこか重苦しかった。何せ「誰の嫁が世界一可愛いのか」を決定しなくてはいけないのだ。互いに譲れない信念をかかえた彼女達の瞳には、明らかな闘志が見え隠れしている。
そうして待つこと数分――長らく沈黙を保っていた部室内に痺れを切らしたかのように一陣の風が舞った。
「――まぁ…普通に考えたら穂乃果が一番よね」
ホント、議論するまでもなかったわ。時間の無駄よ、こんなの。
――なんて威風堂々開戦の狼煙を上げ、持ち前の金髪をふぁっさーと靡かせたのはKKE(かしこいかわいいエリーチカ)で有名な絵里。己の嫁――高坂穂乃果以外の回答など初めから存在しないと信じて疑わない彼女に対し、当然のように意義を申し立てる者あり。
「絵里、それはさすがに冗談が過ぎますよ? 確かに穂乃果は可愛いとは思いますが、それはあくまで日本という狭い国での話でしょう? 世界一可愛いとなれば話は別です。だって、世界で一番可愛いのはことりをおいて他にいないのですから」
何を当たり前のこと言ってるんですか。やれやれ……。
――と、呆れ顔で肩をすくめる海未。己の嫁である南ことりを女神ないし天使と称する彼女には、この世界のありとあらゆる美も、ことりという美の前では霞んで見えるとさえ豪語している。
しかしそんな彼女を嘲笑うかのように、最後の1人が冷静に告げた。
「ちょっと2人とも、寝言は寝て言って? それともその歳でもうボケが始まっちゃったわけ? なんならうちの病院紹介してあげてもいいけど……、とりあえずその前にひとこと言っとくわ。世界一可愛いのはにこちゃんよ。こんなの世界の常識でしょ?」
異論は認めないから。ぷいっ!
――と、つんとした態度で真紅の髪をくるくる弄ぶ真姫は、何を隠そう重度のニコチャン中毒患者である。たとえ本人を前にしたら「可愛い」なんて口が裂けても言えないヘタレでも、相手がこの2人なら遠慮は不要とばかりに食ってかかれるのだ。
「ちょっと2人とも少し落ち着きなさい。いくら自分の彼女が可愛いからって贔屓するのはよくないわよ。ここは公平に公平を重ねるべきだわ。客観的に見たら穂乃果が一番なのは明らかじゃないの」
「そういう絵里こそ贔屓しているじゃありませんか。ことりを差し置いて穂乃果が世界一などとよく平気で言えますね? 冗談にしたってもう少しマシな冗談をついたらどうですか?」
「あら、私は冗談なんて言ってないわよ? 穂乃果が世界で一番可愛いのは、すでに世界が認めていることだもの。まぁ、世界で2番目ってことなら認めてあげないこともないけど」
「なにそれイミワカンナイ。さっきから黙って聞いてれば勝手なことばっかり言って…アンタたち頭のネジ飛んでんじゃないの? だいたい、にこちゃんの可愛さがわからない時点で、アンタたちに『可愛い』を語る資格なんてないのよ」
「はぁ…恋は盲目とはよく言ったものね、真姫。あなたはにこを溺愛するあまり視野が狭くなってしまっているのよ。だから本来見えるはずのものが見えなくなってしまっているの。もっと広い心で物事を考えなさい。そうすれば答えはおのずと出てくるはずよ」
「ええそうね、間違いなくにこちゃんが一番だわ」
「いいえ、ことりが一番です。異議は認めません」
「もう、どうしてあなたたちはそう聞き分けがないの? 何度も言うけど、穂乃果が世界一なのは変えようのない事実なのよ?」
あーでもないこーでもないと、矢継ぎ早に口論を繰り返し、まるで纏まりを見せない話し合いの場。
自分の嫁が一番だと信じて疑わない彼女達の頭のネジは、一本どころか十本くらいは余裕で外れているのではないかとすら思う。
だいたいにして、自分の彼女を差し置いて他人の彼女をもちあげる彼氏がいるだろうか。答えは否。いたらビックリだ。リア充爆発しろ。
「はぁ…これじゃ決まるものも決まらないわね。お互い譲れないものがある以上、いくら話し合ったって結果なんてでないわ。――で、そこでひとつ提案があるんだけど、どうかしら?」
「……聞きましょう。なんですか?」
「……ふん」
このままでは埒が明かないと考えた絵里は生徒会長権限を発動。その場を収める方法を提案することに決めた。そこはさすが生徒会長と言ったところか、有無を言わせない妙な迫力に2人も素直に耳を傾けざるをえない。
そんな中、提案された内容は、
「今から、それぞれ自分の彼女が一番可愛いと思うエピソードを話してもらいます」
絵里の告げた提案に一同怪訝な目を向けた。
「それはつまり…私とことりの――2人だけの甘酸っぱい思い出を語れということですか?」
「別になんでもいいわよ? 日常の些細な出来事でも構わないし。とにかく自分の彼女を“可愛い”と思った瞬間について話してちょうだい。そうして話が出尽くしたところで今度こそ決着をつけましょう――誰の彼女が世界一可愛いのかをね」
「ふん、楽勝ね。にこちゃんのことなら夜通しでも語り尽くせるわ」
「ええ、私もことりのことでしたら1日、2日くらいは余裕で語れますし」
「へ~そうなの? 私は穂乃果のことなら1週間飲まず食わずで語れる自信あるけど」
「「「………」」」
瞬間、バチバチバチッ!!と3人の間で火花が散った。もはや待ったなしのガチバトル一歩手前である。一触即発のこの状況を止められるものがいるとすれば、それはやはり、それぞれの嫁たちをおいて他にはいないだろうが、この場にいない彼女達を当てにしても仕方がなかった。
さて、さすがに夜通しだの1週間だの、誰の得にもならない惚気話を延々と語り続けるわけにはいかないので、妥協案としてひとりひとつずつの発表となった。
それぞれがそれぞれに厳選に厳選を重ねた自慢のエピソード。
果たして世界一の栄光に輝くのは誰なのか。
答えはCMの後。チャンネルはそのまま。
*
エピソードⅠ ~絵里~
さて、何から話そうかしら。正直、穂乃果との思い出はたくさんあり過ぎて、これだっていうものがないのよね。
だって、そのどれもが私にとって最高の思い出だもの。普通なら選べないじゃない? 「穂乃果の可愛いところは?」なんて質問されたら、それこそ「彼女の全て」と答えるしかないのよ。
でもそうね…時間もあまりないことだし、このまえ穂乃果がうちにお泊りした時の様子でも語ろうかしら。
え? 穂乃果はよく泊まりにくるのかって? ええそうね、前はそうでもなかったけど、最近は週末になるとよくお互いの家に泊まるようになったわ。うちの両親も穂乃果のこと自分の子供みたいに可愛がってくれてるし、穂乃果の家のお義父さまもお義母さまも私のこと快く迎えてくださるし、なんだか親公認の仲って感じがしてちょっと嬉しいわね。
おっと、話が脱線してしまったわね。それは追々話すとして、今回はお泊り会のことよ。
あの日は確か、勉強会も兼ねていたからなかなか穂乃果のことかまってあげられなくてね。私としてもちょっと残念な思いをしたんだけど……、でも私、そのことでひとつ学んだことがあるの。
それが何かって? ふふ、これはあなた達だから話すことだけど、実は相手をかまいすぎるのも良くないってことなのよ。時には「待て」が必要だってことをあの日身に染みて実感したわ。
ほら、私って穂乃果のこと可愛がりすぎでしょ? だから今まで「おあずけ」なんてしたことないのよ。
え? あなたたちも? まぁ普通はそうよね。据え膳食わぬはなんとやらっていうくらいだし。でもね、メインディッシュを真の意味で味わいたいのなら、前菜あってのメインディッシュだということを学びなさい。
これは、前菜がいかに必要不可欠かを教えてくれるいい機会になったわ。
――
せっかく彼女がお泊りに来てくれてるのに、勉強なんてしなくてもいいじゃないって思うかもしれないけれど、エリチカも一応、高校三年生の受験生だからね。μ'sと生徒会の仕事を兼任している身としては、中々勉強する時間が持てないのが現実なの。
まぁ、テストなんて日頃から真面目に授業を聞いていれば赤点にはならないけど。それでも日々の予習も欠かせないから、空いた時間に少しでもやっておかないとって。穂乃果も穂乃果で、そこはわかってくれたわ。まぁ、ちょっぴり不満はあったみたいだけどね。
『宿題おーわり! 絵里ちゃんは? 終わった?』
『私はまだよ。もう少しで終わるから、適当に何かして待っててね』
『ほぇ、珍しいね? いつもなら絵里ちゃんの方が先に終わるのに…』
そう、確かに珍しかった。勉強会――なんて名のつくお泊り会のときは必ずと言っていいほど私の方が先に終わらせて、私が穂乃果の勉強を見てあげることが殆どだったから。
たぶん、出された宿題の量が根本的に違ったのね。そういうこともあるんだなぁなんて、その時は特に気にしていなかったのだけど、
『……えりちゃーん』
『んー…なぁに穂乃果?』
『……宿題、終わった?』
『もう、さっき終わってないって言ったばかりよ? あと15分もすれば終わるから、それまで好きなことしていなさいね』
『ぶぅ…わかった』
本当にわかっているのだろうかその顔は。残念そうに、いじけた様な顔で、しゅんっとうつむく穂乃果。ええ、ここだけの話、ちょっぴり欲情してしまったわ。だけど、ここで勉強を疎かにしては本末転倒。さすがのエリチカも自重したわ。
でもね、そのせいか穂乃果の様子が目に見えておかしくなり始めたの。こんなことって初めてだったから、私も最初は面食らってしまったわ。
『えりちゃんの指はとっても綺麗だね…』
『そう? ありがと。穂乃果の指もとっても綺麗だと思うわ』
『むー…』
宿題に目を通したまま告げると、穂乃果は何故だかムッとしたような顔をして、私の周りを落ち着きなくうろちょろし始めた。
座る私の横についたと思ったら、私の顔を上目づかいで見つめたり、それでも無反応の私にぷくっと頬を膨らませて、今度は反対側に回って同じように上目づかいで私を見つめるの。
ええ、今でこそわかることだけど、それは穂乃果なりのアピールだったんでしょう。とてつもない構ってオーラが穂乃果から発せられていたもの。
そうして全然構ってくれない私に痺れを切らしたように、アピールの方もちょっぴり過剰になっていったわ。
私の服の袖をくいくい引っ張ったり、髪の毛に手を伸ばして梳いてみたり、色々ね。
『えりちゃんの髪の毛さらさらだよね、金色がきらきらしててとっても綺麗だよ』
『んー…ありがと。穂乃果の髪も綺麗よ』
『ぷぅ…』
勉強に集中し過ぎて、穂乃果のことほったらかしだったのは悪い事したって思ったわ。でもね、おかげ穂乃果の新しい一面がたくさん見れた。けがの功名っていうのはこういうことを言うのかしら。
『えーりちゃん』
『んー…?』
名前を呼ぶ穂乃果に目もくれずに勉強勉強また勉強。穂乃果には好きなことして待っていてと言った手前、静かにして欲しいとは言えなかった。
まさか、自分の周りをうろちょろされるとは思わなかったけど。穂乃果なりに勉強の邪魔しちゃ悪いと思っての最低限の行動だったのかもしれないわね。
『えりちゃーん』
『はいはい…』
私の横腹を指でつんつん突っついてきたりして、ちょっとくすぐったかった。それでも私はひたすら勉強に集中した。あと少しで終わるんだから、じっとしていてくれるとありがたかったんだけど。そこはいつも無条件で構ってあげていたから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないわね。
『えーり』
『………え?』
ふと、聞きなれない呼び方をされてハッとした。呼び捨てにされたことにも驚いたけど、それより驚いたのは穂乃果の反応よ。そこにいたのは穂乃果じゃなくて、穂乃果の名前をした犬なんじゃないかと錯覚したほどだったわ。
私がようやく穂乃果に目を向けたとき、
――やっと穂乃果のこと見てくれた! ねぇねぇ絵里ちゃん! 穂乃果おとなしく待ってたよ! えらいでしょ! えらいよね? 褒めて褒めて♪
――って感じで嬉しそうに目を輝かせて、見えないしっぽをパタパタ振り乱していたこの子を見た瞬間、私の中の何かが弾け飛びそうになった。
ええ、たぶん理性と言う名の何かだったんでしょうけど、それでも私は鋼の精神力で耐え抜いた。そこはさすがエリーチカと言ったところね。褒めてくれてもいいのよ?
『もう、しかたのない子ね。ほんとにあと少しで終わるから、もうちょっとだけ静かに待っててね?』
『う、うん…』
きっと、ようやく構って貰えると思ったのだろう。だけど予想外にも頭さえ撫でてもらえず、穂乃果は目に見えて落ち込んでしまった。犬耳はしゅんと垂れて、パタパタ振っていたしっぽは力なくうな垂れてしまう。
もう、そんな顔しないの…我慢できなく――じゃなくて、宿題が終わったら目いっぱい可愛がってあげるから、もう少しだけ待っててね。
それからは本能と理性の戦いだったわ。それを期に穂乃果のアピールもさらに過激になっていってね。わざとらしく「この部屋暑いねー…」なんて言いながら服を脱ぎだしたときは何事かと思ったわ。
『ねぇ、絵里ちゃん…』
『どうしたの穂乃――っ!?』
シャツ一枚になって私に胸元を見せつけるようにぱたぱた煽いだりして挑発してきた。ええ…もちろん穂乃果の胸元は丸見え――可愛らしいブラと飛び込みたくなるような胸の谷間がちらちらちらちらチラリズム。私の理性は大気圏を突き抜けそうになる一歩手前よ。
でも私、頑張った。頑張ったのよ。宿題終わらせてから穂乃果といちゃいちゃするために精一杯努力したの。
『おほんっ! あー…宿題宿題っと…』
『むー!』
なのに穂乃果ったら私の意気込みなんて知ったこっちゃないとばかりに、今度はスカートの方をぱたぱた煽ぎだすのよ。ただでさえ短いスカートなのに、そんなことをすればどうなるかわかるでしょう?
ええ、もちろん見えたわ。ブラとお揃いの色をしたショーツがね。穂乃果のワンダーゾーンが私の目に飛び込むたびに、私の中の天使と悪魔が同じことを囁いた。
――もう、いいんじゃないかしら。あなたはよく頑張ったわ。そろそろ自分にご褒美を与えてもいいころじゃない? きっと神様も許してくれると思うわ。さぁ自分の気持ちに素直になって――
正直、負けてたまるかと思ったわ。ここで穂乃果に手を出したら全てが水の泡になってしまう。そう思ったからこそ私は天使と悪魔さえ菩薩の如き精神力で退けることに成功したの。
まぁ、宿題が終わる頃には心身ともに削り取られていたのは言うまでもないけど、でもここまで頑張った私にご褒美があったって誰も文句は言わないでしょ?
『お、終わった…やっと終わったわ…宿題』
『えりちゃーん!』
やっとのことで終わらせたのも束の間、休む暇もなく抱きついてくる穂乃果。私は抵抗する気力すら失い、ただされるがままになっていた。
ここまで来たらもうすることはひとつだけって思うでしょ? でもそうは問屋が卸さないのがエリチカクオリティなのよ。
『ねぇ、えりちゃん…』
いいでしょ?――って、熱い吐息を漏らしながら、とろんとした表情で迫ってくる穂乃果に興奮を禁じ得ない。すでに理性は度重なる穂乃果の挑発攻撃で焼き切れる寸前だった。おまけに穂乃果の格好は色々と扇情的で、いつ暴走してもおかしくなかったのよ。
その目がゆっくりと、そっと閉じられた。
でも、差しだされたそれに私は「待て」をした。
迫りくる柔らかそうな唇に、そっと人差し指を押しあてて、
『まだダメよ穂乃果。そういうことはお風呂に入ってからね?』
そんな風に優しく「おあずけ」を言い渡すと、穂乃果はついに最終兵器を投入してしまった。私の息の根を止めるために。
『…えりちゃんのいぢわる…穂乃果もう我慢できないよぉ…』
『―――』
穂乃果はそう言うと、上目づかいで私を見つめながら、物欲しそうに、自身の人差し指の先っぽを咥え込んだ。
犬だったらそうね、「くぅ~んくぅ~ん」って鳴きながら、ご主人様におねだりしているような感じかしら。そんなおねだり上手の穂乃果に核ミサイルを撃ち込まれた私は、ついに考えることをやめてしまったわ。
その後のことは、言うまでもないわね。理性の糸は完全に途切れてしまって、穂乃果を目いっぱい可愛がることにしたの。お風呂なんて面倒な工程はすっ飛ばしたわ。
ああ、もちろんベッドの中で可愛がったわよ。当然でしょ? 言わせないでよ、恥ずかしいわね。
その日は、それはそれは激しくてね、いつもは5ラウンドがせいぜいだったのに、その日にかぎってファイナルラウンドまで突入してしまったわ。
結果、穂乃果の足腰は立たなくなっちゃったけど、身から出た錆とも言うし、それに何だかんだで満足そうだったから結果オーライよね。
さて、これで私の話は終わりよ。どうだったかしら? ちょっとは私の穂乃果の可愛さが伝わったかしらね。
*
エピソードⅡ ~海未~
いまさらこんなことを言うのもなんですが、ことりとの思い出と言われましても、正直何を話したらいいのかすぐには思い浮かびません。何せ十数年以上もの間、溜まりに溜まった思い出ですから、整理するのも一苦労なのです。
ことりは恋人ですが、恋人である前に幼馴染ですから。あの子と共に過ごしてきた時間は、決して忘れることのできない大切な思い出です。
そこからことりが可愛いと思った話をひとつ選べと言われても、そのすべてが甲乙つけがたい。だって、ことりが可愛くなかった記憶などひとつも存在しないのですから。
悩みます…悩みますが、そうですね…絵里が穂乃果とのお泊りを語ったので、私もことりとのお泊り会について語りましょうか。
ええ、そうですね。よくよく考えてみれば、何を話してもいいんです。なぜならことりは全てにおいて可愛らしい女性なのですから。記憶の中のことりに順番をつけるようなマネができるはずがありません。
というわけで、今回は絵里に合わせて、先日私がことりの家に泊まりに行った時のことをお話いたします。
え? お泊りの頻度ですか? そうですね、私も絵里と同じで週末にはよくことりの家にお邪魔します。逆もまた然りです。
そこは幼馴染ですからね、お互いの両親とは昔からの顔なじみで、勝手知ったるなんとやらと言った感じでしょうか。もはやことりは私にとってもう一人の家族と言っても過言ではありません。まぁ、ことりは将来、私の伴侶となる女性ですから、あながち間違いではありませんが。
そんな愛らしいことりなのですが、ああ見えてなかなか計算高い女性なのです。最近ようやくその事に気付きました。正直、気付くのが遅かったとさえ思います。ことりはあの通り天使ですが、その中には私にだけ見せる小悪魔な部分が隠されていたのです。
小悪魔な衣装に身を包むことり…想像しただけで鼻の奥がツンと熱く――いえ、それはまたの機会にゆっくりと話すとして、そろそろ本題に入りましょうか。
――
私がことりのその一面に気付いたのは、恋人同士としてお付き合いを初めてからなのは言うまでもありません。それまではまさか、ことりの行動のひとつひとつに、そんな打算めいた裏が隠されているなど米粒ほども思っていませんでした。
私こと園田海未、齢十六にして悟りの境地です。件の小悪魔なことりを前にしたら、私の理性などあってないようなものだということを、その日身をもって思い知りました。
本当、どうして私のことりはあんなにも可愛らしいのでしょうか。私のことりがこんなに可愛いわけがないと、世界の中心で愛を叫びたい気持ちでいっぱいです。ああ、もちろん世界の中心では無理だったので、園田の道場の方で気の済むまで叫ばせてもらいましたが、何か文句でも?
では、文句もないようなので次に進みますね。
お互いの家に泊まる場合、基本的に私達は一緒のお布団で一夜を共にします。そこは恋人同士という関係上、避けては通れぬ道です。
無論、そう言った情事がなかったと言えば嘘になります。むしろお盛ん過ぎて私自身困ってしまうほどです。
私としては、接吻も夜伽も結婚してからと思っていましたが、ことりとは将来を誓い合った仲なので何の問題もないでしょう。
ええ、ですから別に私自身、我慢できなくなったとかそう言ったことではないので勘違いしないでください。
え? ことりですか? ことりなら今私の隣で寝ていますが、何か問題でも?
『ねぇ…うみちゃん』
『なんですか、ことり』
『ううん…なんでもない』
私にぴったりと寄り添って眠ることりの瞳が不満そうに揺れました。暗がりの中、揺れる瞳は熱を放ち、私の理性を溶かそうと必死です。もちろん、ことりが何を求めているのかわからない私ではありませんが、その日は何もせずにそのまま寝てしまうつもりでした。
本当の本当は、今すぐにでもことりを抱きしめたい、そんな気持ちでいっぱいでした。しかし、お泊りの度にそういったことをしていては、まるで体だけが目的の関係のように思えて、あまりいい気はしなかったのです。それにそういった事は、お泊りにかぎった話ではないので、なおさらそう思うようになっていました。
ことりのことはとても大切です。ずっと大切にしていきたい人です。たとえ世界中のすべてを敵に回しても、ことりだけは一生守り続けると誓いました。だからこそ、少し自重しなくてはと、その時の私は考えていたのです。
しかしそんな私の誓いも虚しく、ことりの思惑は私のさらに上を行きました。
『ねぇ~うみちゃぁん』
『な、なんですか?』
『お話ししよ?』
『し、しかし…そろそろ寝ないと明日に響きますよ?』
『まだぜんぜん眠くないから大丈夫だよぉ、えへへ』
なんて、甘い声で私の耳を蕩かせながら、もぞもぞと私の腕の中に入ってくることり。そこに遠慮などありません。ことりの熱が否応なく私の本能を刺激していきます。
『えへ♪ うみちゃんの体あったか~い』
『そ、そうですか…それはなによりです』
『ことりの体はどう?』
『え、ええ…とてもあたたかくて気持ちいいですよ…?』
『えへへ…ありがと』
どうやらことりは、私の腕の中がすっかりお気に入りのようで、一緒に眠るときはいつも私の腕の中で眠りに落ちます。ですが今回のそれはいつもとは毛色が違いました。
お話ししようなどと言いながら、私に全身を密着させてすり寄ってくる彼女に理性の糸が切れかけました。しかしそこは幼いころより武闘家として培ってきた強靭な精神力で何とか耐え抜きます。
『ちょ、ことり…く、くすぐったいですよ』
『ん~♪ うみちゃんのほっぺやわらかくて気持ちいい~』
『ぅ…ぁ…こ、こと、り…』
『ん~…なぁに、うみちゃん?』
ことりは実に楽しそうでした。私の頬に顔をすりすりと擦りつけるその様は、まるで新しいおもちゃを見つけたようないたずらっ子のようでしたが、そんな事をされた方としては堪ったものではありません。
『う…ぁ…その、お願いですから少し離れて…ください』
『え~どうしてぇ?』
目と鼻の先にことりの愛らしい顔がある。そう考えただけで、全身が熱く燃えるようにたぎりました。おまけにことりのお菓子のような甘い匂いと、石鹸とシャンプーとか混じり合った、媚薬にも似た匂いが私の鼻腔を擽ります。
ええ、正直限界でした。それでも私は頑張ったのです。ことりのことを大切に思うからこそ、ことりに手を出すのは控えよう、そう決めたのですから。
ですが…ことりはさらに追い打ちをかけるように、過剰な行為で私を翻弄し始めたのです。
『ん~…はむっ』
『んぁ! ちょっ、こ、ことり…な、なにをしているのですか…!』
なんとことりは、私の耳元に顔を寄せると、無防備にぶら下がった耳たぶに噛み付いたのです。
噛み付くと言っても、歯もつかわずに唇で挟み込むような、甘噛みというにも優しすぎるものでしたが、しかし突然のことに驚いた私は思わず顔を離しました。
『なにって…ことりのおやつタイムだよ?』
『わ、わけがわかりません…!』
くりっとした蜂蜜色の瞳が私を驚愕させる。ことりのおやつタイムなんて、今までのお泊りで一度もなかったではありませんか。そんな風に考えていると、ことりは素早い動きで隙をついてきて、
『はむっ…ちゅ…ちゅ…』
『ひゃぁっ…ちょ、ことりっ、やめ…!』
『やめないもん…おやつタイムが終わるまで我慢してね…?』
『あっ…!』
言い終わると同時に、ふぅっと甘い吐息を耳に吹きかけられ、ビクンと体が飛び跳ねました。
そんな私に気をよくしたのか、ことりの攻撃は雨のように降り注ぎます。ちゅっちゅっと音を立てながら、まるで小鳥が餌を突っつくみたいに、耳たぶを啄ばみました。
『っ…~~っ!』
私は声を出さないように必死に耐えました。ちょっとでも気を抜くと口が開いて声が漏れてしまうからです。恥ずかしいなんてものではありませんでした。
耳たぶを存分に堪能したことりは、今度は私の頬を食べ始めました。ことりのおやつということですから、食べるという表現は間違っていないと思います。
『うふふ…ちゅっ…うみちゃんのほっぺお餅みたぁい♪』
『ふぁ…!』
『とってもおいしいよぉ~?』
私の頬をやはり唇で挟むようにはむはむと食べ漁ることり。それはキスというにはあまりにも幼く、しかしそれでいてとても欲情を煽るものでした。ことりの唇が触れた部分がまるで火に炙られたように熱く火照っていきます。
『こ、ことり…』
『くす…なにかなぁ、うみちゃん?』
『い、いえ…なんでも、ありません』
『ふぅん、そっか…はむはむ』
ことりの瞳が妖しく光ったような気がしました。口元には笑みさえ浮かべて、私の反応を楽しんでいるようでした。私は堪らず顔をそらして、ことりのなすがままされるがままです。
そんな中、ことりのおやつタイムはさらにエスカレートしていって……、
『はむっ…ちゅっ…ちゅっ…』
『ッ…こ、ことり! い、いけません…そんなところ…!』
『ん…そんなところってどこ…? ことりわかんな~い…ちゅ』
わからないわけがありませんでした。ことりはくすくすと楽しそうに笑みを漏らすと、私の首筋にすり寄って、首筋から鎖骨にかけてを食べ漁り始めました。それは相変わらず触れるか触れないかの優しい愛撫。痕さえ残らないような小鳥の啄ばみでした。
ええ、私頑張って耐えましたよ。ことりが満足するまで、死ぬ気で我慢しました。ことりさえ満足してくれれば、それでいいと思いましたから。
そうして10分ほど経った頃でしょうか、ようやくことりは満足したように顔を離しました。その頃には私の方も限界ぎりぎりで、もし次の攻撃があろうものなら、我を忘れてことりに襲いかかる自信があったほどです。
『ふふ、おいしかったよ…うみちゃん』
『そ、そうですか…それはなによりです。そ、そんなにおいしかったですか…?』
『うん、とっても…ふふ』
『…っ』
ことりが静かな笑みを漏らした瞬間、不思議な感覚がその身を襲った。
ことりは確かに満足したと言った。ならもう離れてもいいはずです。しかし満足したにも関わらず、先ほどよりもことりの密着度があがっているような気がするのは気のせいでしょうか?
最初は確かに錯覚かとも思いました。しかし身体にかかる重みと感触が先ほどとは比べ物にならず、明らかに密着度が増したことを教えてくれます。
『ねぇ…うみちゃん?』
『は、はい…なんでしょうか?』
『ことりね…我慢しすぎるのって、体に悪いって思うなぁ』
ドキリッと心臓が飛び跳ねました。なぜかなんて問うまでもありません。
『は、はは…な、なな、なんのことですか…? い、意味がわかりません』
『……ばか』
逃げの一手を続ける私に小さく不満を漏らしたことりは、何を思ったのか、私の腕を取るとその柔らかな体で腕を挟み込みました。
『こ、ことっ…!』
『…だめ?』
つぶらな瞳が私を射抜く。私は何も言えなくなりました。
硬直した私の腕がことりの胸に挟まれ、柔らかな感触がダイレクトに伝わる。私はごくりと生唾を飲み込みます。――ってダイレクト? なんて思った時にはもう遅く、私の腕には柔らかな中で自己主張する固いぽっちのようなものが確かに触れていました。
見れば、ことりはすでにパジャマの前を完全に肌蹴ていました。一体いつの間に外したのでしょうか。なんて考えている余裕もなく、肌蹴られたパジャマの向こう側にことりの双丘に包まれる私の腕があって、しかもことりは下着を身につけていなくて、
『こ、ことり…あ、あなた下着は…』
『んー…普段はつけて寝るんだけどね』
『で、ではなぜ…』
『海未ちゃんと寝るときだけ、いつも外して寝るの』
『――』
息を飲んだ。一瞬呼吸が止まったかとすら思いました。
ことりはそんな私に妖しく微笑みかけます。何故――なんて問うことはできませんでした。思い返してみれば納得のいく事実だったからです。
お泊りの際の情事の時、確かにことりはブラをしていない。ことりの体に夢中でそんな事実は蚊帳の外でしたから、その日までそのことにまったく気付かなかったのです。
『あぁ…でも、下の方はちゃんと穿いてるよ?』
『し、ししし、した…?』
『うん、ぱんつ』
『ぱっ!』
思わず奇声をあげていた私。視線は無意識にことりのワンダーゾーンへと下がっていって、あのパジャマの下にはことりの――そんな風に中身を想像してしまい、ごくりと生唾を飲み込んでしまいました。
ええ、正直言います。実のところ、私の理性はほとんど残されてはいませんでした。有って無きが如しです。軽く小突いただけでも崖の下に落下してしまうような、そんな危うい状況の最中、ついにことりは私に止めを刺しにきました。
『あは♪…ねぇ、うみちゃぁん』
『ははははぃ…!』
『実は今日ことりね、とってもえっちな下着穿いてきたの』
『―――』
時が停止しました。ええ、本当にその時はそのように錯覚しました。
『うみちゃんに見せようと思って穿いてきたのになぁ…』
『―――』
時はいまだ動き出しません。ですがそれも時間の問題でした。
『残念だなぁ…ねぇうみちゃん? 見てくれないの?』
くすくすと無邪気に笑う声が聞こえました。「見ても…いいんだよ?」なんて耳元で囁かれ、ついに私の胸の奥で渦巻いていた抑えようのない黒い欲望が顔を出しました。溢れだすそれを止める術はありません。ええもう、なぜ我慢しようとしていたのか理解に苦しみました。
『うみちゃん、おねがぁい』
言葉だけでも驚異的な破壊力を秘めていたというのに、ことりはさらなる追撃で私を追い詰めました。
私を幾度となく沈めてきた脳がとろとろになるような甘い声が鼓膜に届くや否や、ことりは熱っぽい瞳で私を見つめながら、私の手を自らのワンダーゾーンへと導いたのです。
ええ、私の意識はそこで途切れました。
そこから先のことはよく覚えていません。目が覚めたら朝でしたから。
ただ、記憶の断片として確かに残っていたもの――それは獣のようにことりを求める私と、その下で悦びに喘ぐことりの艶姿でした。
ええ、わかっています。事実としてそういったことがあったのは確かなのでしょう。つまり、ことりは私のおやつになったのです。
これは後になって気付いたことですが、ことりは自分からそういった行為をして欲しいとは言いません。
確かに、思い当たる節はたくさんありました。今回のことにしてもそうです。無論、そういったことをしたくないわけではなく、むしろ聞いた話によると、いつでもどこでも毎日でもしたいくらいなのだそうですが…。
それならそうと最初から言って欲しいものです。ですがことりはあの通り、天使の皮をかぶった小悪魔ですからね、私が求めてくれるように仕向けるのが得意なのです。得意になった、と本来は言うべきなのでしょうが、ことり自身、私を誘惑するのを楽しんでいるようなので少し呆れてしまいます。
私としては心臓がいくつあっても足りないのですが、ことりを相手にする以上は仕方のないことだと諦めました。
さて、私の話はひとまず終わりです。
普段の天使なことりと、夜になると現れる小悪魔なことり、そのギャップが堪らなく可愛いと思ってしまうのは、やはり恋人である私だけの特権なのでしょうか?
御2人はその辺、どう思います? 少しでもことりの可愛さが伝われば幸いですが…。
*
エピソードⅢ ~真姫~
ていうか、ここまで来たら私もお泊り会のこと話さなきゃいけないみたいな流れになってない? まァ別にいいけど。私も何話そうか迷ってたところだし、お題があった方がむしろ話しやすいわ。
そういうわけだから、私もお泊り会について話させてもらうわね。そうね、先週にこちゃんが私の家に泊まりに来た時のことでも話そうかしら。
え? にこちゃんとはよくお泊り会するのかって? なにそれ、いちいち答えなきゃいけない決まりでもあるわけ?
ま、まぁいいわ。別に隠す事でもないし。そうね…だいたいは週末にお互いの家にって感じかしら。そこは2人と一緒ね。あとはそうね…両親が帰ってこない平日なんかも誘ったりするわね…って、う゛えぇ!? べ、別に両親がいないのをいいことに、にこちゃんを家につれ込んでナニかしようってわけじゃないわよ! ちょ、ちょっと何ニヤニヤしてんのよ、気持ち悪いわね! その顔やめなさいよ!
は、話を続けるわよ。で、その日のお泊り会はちょうど両親が帰ってこない日だったの。にこちゃんにそれを話したら「泊まりにいってもいい?」なんて上目づかいで聞いてくるもんだから、私はしぶしぶだけど了承したわけ。
え? 本当は嬉しかったんだろって? べ、別にいいでしょそんなこと…ま、まぁちょっとは嬉しかったけど…。うぅっ…あーもう! すっごく嬉しかったわよ! これでいいんでしょ!
まったく…じゃあ本題に入らせてもらうけど、聞いて驚くんじゃないわよ?
――
にこちゃんってさ、あの通り小生意気な性格じゃない? 本当に先輩なのかって疑っちゃうわけ。ちっちゃいし、素直じゃないし、ツンツンしてるし、口を開けば憎まれ口ばかりで、普段のにこちゃんは相手にするのちょっと大変なのよね。でもそこは惚れた弱みというか…なんだかんだで許しちゃうけど。
まぁ、そんな生意気にこちゃんなんだけど、2人きりのときは比較的大人しいっていうか、結構素直なのよ。
え? にこちゃんが素直なんて想像できない? まぁそうでしょうね。普段のにこちゃん見てたら、「誰こいつ?」レベルで別人に見えちゃうわ。
私だって最初の頃はそのギャップにどう反応していいかわからなかったくらいだもの。そんなにこちゃんが、お泊り会とは言え、ひとつ屋根の下で私と二人きりなのよ? それはもう、何が起こってもおかしくないと思わない?
『え、え~と真姫ちゃん…今日は誰もいないの?』
『ええ、ていうかちゃんと話したでしょ? 両親は夜勤で明日の朝まで帰ってこないし、お手伝いさんも今日はお休みよ』
『そ、そっか…うん、そうなんだ…』
実際は、両親がいない時を見計らって、お手伝いさんにお暇を出したんだけど。それを言ったら警戒されちゃいそうだったからあえて言わなかったわ。
『どうしたのにこちゃん? なんだか変にしおらしいけど、もしかしておかしなものでも食べた?』
『た、食べてないわよ! ただ、その…誰もいないってことは明日の朝まで真姫ちゃんと二人きりってことよね?』
『ええ…そうね』
だから何?――って問い返すと、にこちゃんは赤い顔で俯いて「な、なんでもない…けど」と静かに呟いた。
ええ、私はその瞬間、にこちゃんに襲いかかりそうになったわ。だってあのにこちゃんが真っ赤な顔で指をもじもじさせてる姿なんて滅多にお目にかかれないもの。ぜひ一眼レフにおさめておきたかったわね、あのベストショットは。
『えーと、もういい時間だし、御夕飯の支度しちゃうわね。何か食べたいものある?』
『……カレーがいい』
『ぷっ…カレーって、真姫ちゃんも意外と庶民的だね。どんな無理難題ふっかけられるかと思ったけど、本当にカレーでいいの?』
『うん、前に食べたにこちゃんのカレー、すごくおいしかったし』
『っ…そ、そう?』
合宿の時に食べたあのカレー。私の思い出の味。シェフが作る料理なんかよりよっぽど美味しかった、って伝えてみると、にこちゃんは耳まで真っ赤にして照れちゃったの。
本当に本心からの言葉だったのに、にこちゃんったら「ま、真姫ちゃんってば冗談がうまいわねー」って茶化されちゃった。にこちゃんの愛情がたっぷり詰まった料理に勝るものなんて、この世のどこにもないのにね。
『よーし、じゃあ気合い入れて作るわよー!』
『……なにか手伝う?』
『んー、じゃあ真姫ちゃんはお皿だしといてくれる?』
『うん』
料理なんてまったくできない私には、そもそもにこちゃんに頼るしかないんだけど、何もしないで待ってるなんてできなかったから。
そうして準備に取り掛かると、にこちゃんはおもむろにトレードマークのツインテールを解いて、おろされた髪をひとつにまとめ上げた。
『っ…に、にこちゃん…それ』
『ん? ああ、これ? ポニーテール、いいでしょ~。たまにはいいかなーってね。似合ってるかな?』
ポニーテール。そう、それは馬のしっぽなんて呼ばれる究極の髪型だったわ。それを見た瞬間、私は手に持ったお皿を落としそうになった。本当に落としそうになったから危なかったわ。でもなんとか持ち堪えて、まじまじとにこちゃんに視線を送ったの。
『う、うん…とっても似合ってるわ』
『そ…あ、ありがと』
あのにこちゃんがポニーテール。そう考えただけで鼻の奥に熱が集まっていった。思わずぶんぶんと顔を振り乱していたけれど、顔に集まった熱はなかなか引いてくれなかった。おまけに、にこちゃんのその、はにかんだような照れ顔に心臓を鷲掴まれるし、もうふんだりけったりだった。どこまで私を虜にすれば気が済むのよ、ばかにこちゃん。
『ふふふ~ん♪』
『………』
そのあと、お皿の準備を終えた私はにこちゃん観察に精を出したわ。鼻歌交じりに楽しそうに料理をするにこちゃんの背中を見つめながらも、視線はどうしても揺れる馬のしっぽへ。
その隙間から見え隠れするうなじがひどく色っぽかった。小柄な体型のせいでいつもは子供っぽく見えるにこちゃんだけど、たまに大人っぽくみえるから困るのよね。
『真姫ちゃん、あともうちょっとで出来るからもう少し我慢してね』
『っ…!』
ええ、正直、振り向きざまのウインクは本当に反則だと思ったわ。見返り美人なんて言葉があるけど、今のにこちゃんにはぴったりの言葉よね。おまけに振り向いた瞬間にポニーテールがふわりと揺れるのが堪らない。
ええ、こうなった以上は認めるしかないわね。どうやら私、ポニーテール萌えだったらしいわ。
もちろん、新たな自分の趣味嗜好に戸惑うなんて愚かなマネはしない。ただただ素直に受け入れようと思った。私はにこちゃんのポニーテールが好き。好きなのよ、ええ。抱きしめたいわね、にこちゃん。
『ねぇ…にこちゃん』
『ん~?』
『なんだかこうしてると、私たち新婚夫婦みたいよね』
『っ!』
ちっちゃな可愛い奥さんが、エプロン姿&ポニーテール(ここ重要)で、愛する旦那さんのために料理を作る。そんなシチュエーションが今のそれだと思った。ええ、もちろんにこちゃんの旦那さんは私以外ありえない話だけど。ていうかこのまま西木野家に永久就職してくれないかしら。
『ななな、なにいってるのよ真姫ちゃん! へ、変なこと言わないでよ、もう!』
『くすっ…そんなに照れなくてもいいじゃない? にこちゃんそうしてると幼な妻って感じがして可愛いわよ?』
『~~っ!?』
私なりに素直な感想を述べたつもりだったけど、にこちゃんの精神にはそれなりのダメージを与えたみたい。案の定照れてしまってね、頭からボンっと煙を発してしまったわ。もう顔どころか耳まで真っ赤っか。やれやれ、私よりも2つも上の先輩のくせに、どうしていちいちそんなに可愛いのかしら。食べちゃいたいわね、にこちゃん。
そんな湧き上がる欲求がきっと私を突き動かした。気付けばにこちゃんを後ろから抱き締めていたの。トントンという包丁の音が止まって、ぐつぐつと鍋が沸騰する音だけが耳に届いた。
『ま、まきちゃん? い、今料理作ってるから、ね?』
『…そんなのあとでいいわ』
『ほ、ほら! わ、私包丁持ってるし危ないわよ?』
私は無言で包丁を取り上げると、そっとまな板の上に置いた。逃げ道を塞ぎ、決して逃れられないように、にこちゃんを抱く腕に力を込めた。
小柄なくせにしっかりと女性らしい柔らかさがあって、それに髪の毛から漂うシャンプーの香りに頭がくらくらしたわ。
『ま、真姫ちゃんダメ…こういうことは、その…』
『大丈夫よ…すぐ済むわ…』
『ま、まきちゃん…』
首だけ動かして振り向くにこちゃんの唇に、私は吸い込まれるようにキスを落とした。甘くて柔らかいにこちゃんの唇をたっぷり堪能してから、そっと離れる。情熱的なキスにすっかり蕩かされたにこちゃんの耳元で、私はそっと囁いた。
『続きは、お風呂に入ってからね?』
『う、うん…』
夜はまだまだ始まったばかりだもの。お楽しみはにこちゃんのカレーを食べ終わってからでも遅くないわよね。今夜のためにもしっかり食べてスタミナつけておかないと、体力不足で満足できないなんて冗談じゃないわ。
さて、それじゃ私の話はこの辺で――え? 最後まで話せって? な、何よ…もう話すことなんて何もないわよ。あとはカレー食べて、お風呂入って、その後は朝までお楽しみだったし。
はぁ? もっと何か隠してることあるだろうって? な、なによアンタ達エスパー? あーもう! 仕方ないわね…そ、それじゃもう少しだけ。
続きはお風呂に入ってから――そう言った手前、後には引けないじゃない? 平静を装ってはみたけど、2人きりってこともあって結構緊張してたわけ。心臓もバクバクいってたわ。
気を利かせてお風呂は別々に入ったけど、後から入ればよかったかもって少し後悔した。だって、にこちゃんを待ってる間がとても長く感じたんだもの。これからにこちゃんとそういうことするんだって思ったら落ち着いてなんていられなかったのよ。
ええ、この際だからカミングアウトするけど、私たち、その日が初体験だったの。今更みたいに思うかもしれないけど、私からすればアンタ達が当たり前のようにヤってたことの方が驚きだったわよ。
『に、にこちゃん…まだかしら…』
まさかこの私が、ベッドの上で正座待機する羽目になるとは思わなかったわ。
そんな風にして、どきどきしながら待つこと30分、シャワーを浴びて戻ってきたにこちゃんの格好に度肝を抜かれた。
「お、お待たせ…真姫ちゃん」
「なっ…」
寝巻を忘れたにこちゃんに私のTシャツとジャージを貸したはいいんだけど、どう考えたってサイズ的ににこちゃんには少し大きくて、着たら絶対だぼだぼになるだろうなぁ、なんて考えていた。結果としてそれは間違いじゃなかったわ。間違いじゃなかったけど、でもそれは…、
『あはは…やっぱり真姫ちゃんっておっきいね』
『―――』
そのあまりの破壊力に、私の思考は完全停止していた。
髪を下ろしたにこちゃんが、湯上り姿で、しかも照れたようにはにかみながら、私のTシャツを着込んで――ううん、私のTシャツに着られていた。袖口なんてだぼだぼで、まるでキョンシーのアレみたいだなってちょっと思った。
小柄なにこちゃんにはやっぱり私のTシャツは大きかったみたいね、なんて冷静に考えているフリして、心の中じゃ暴走列車が走り出していたわ。
『すんすん…えへへ、真姫ちゃんの匂いするね。なんか真姫ちゃんにぎゅ~ってされてるみたい♪』
『――――』
ええ、もちろんそれが己を保っていられた最後の瞬間だったわ。わかるでしょ? わかるわよね? 私より年上のちっちゃな先輩が、私のTシャツをギュッと抱きしめながら、えへへって照れたように笑うのよ?
『にこちゃんっ!』
『きゃっ…』
気付いたときにはもう遅かった。にこちゃんをベッドに押し倒してた。そりゃそうよ、我慢なんてできるはずないもの。
そのときの私は、お世辞にも格好がいいとは言えなかった。せっかくの初体験が台無しよ。にこちゃんとの初体験はムードを大切にしようなんて意気込んでた私がバカみたい。一生に一度の初体験がこんな体たらくなんて、笑い話にもならないわ。
『はぁはぁ』
『ま、まき…ちゃん?』
興奮で目を血走らせて、鼻息を荒くして、目の前のメインディッシュを前によだれをたらして、ただひたすら本能をむき出しにした獣がそこにはいたの。それはまるでうさぎを狩るトラのようだったわ。
おびえたように揺れるにこちゃんの瞳が、私の欲情を煽る。止まらない。止まれない。このまま本能の赴くままに、にこちゃんを自分のモノにしたい。そんなどす黒い欲望は決して消えてはくれなかった。
でもね、予想に反してにこちゃんに抵抗はなかったの。無論、恐怖がなかったといえば嘘になるんだろうけど。それでもにこちゃんは、震える唇で最後の言葉を口にした。
『わ、わたし…初めてだから…やさしくしてね?』
ドラマや漫画なんかじゃよくあるセリフでしょ。でもまさかリアルで聞くことになるなんて思いもしなかった。ええ、身をもって実感したわ。そのセリフがどれだけの破壊力を秘めているのかをね。
トリガーは引かれるべくして引かれた。あとはもうすることはひとつだけだった。
私はせっかく貸したTシャツをひんむいて、にこちゃんを優しく抱きしめた。だってにこちゃんたら「真姫ちゃんにぎゅってされてるみたい」なんて言うのよ? 本物の真姫ちゃんが目の前にいるんだから、Tシャツなんて必要ないじゃない?
ちなみに、にこちゃんってベッドの中ではとっても甘えん坊なのよ。普段のツンツンぶりが嘘みたいに甘えた声ですり寄ってくるの。
想像できないでしょ? でも本当のことなのよ。普段からそうしてればって思わなくもないけど、世界で一番可愛いにこちゃんを見れるのが私だけだと思えば、悪い気はしないわね。
さ、これで私の話は本当におしまいよ。もう十分伝わったでしょ? にこちゃんの可愛さがね。
*
すべてを語り終えた時、最初こそ噴火寸前の火山地帯だった部室も、まるで別次元に迷い込んでしまったと錯覚するほどに穏やかな空気に包まれていた。3人の表情もどこかすっきりした様子だった。
「ふぅ…なんだかいつもより気分がいいわね」
と、絵里は優しげに目を細めた。海未も真姫も、いっそ清々しいまでに満足げな笑みを浮かべながらこくりと頷いて、
「ええ、こんなに晴れやかな気分になったのは、久しくなかったような気がします」
「そうね、なかなかに有意義な時間だったわ。参考になることも多かったし、今度にこちゃんに試してみようかしら」
そこにはもう、争いが争い生むような闘争本能は微塵も感じられなかった。
では、誰の嫁が世界一の栄光を手にしたのか。そもそも決着の方はついたのか否か。その疑問についての答えはすでに出ている。なぜなら答えは最初から用意されていたはずなのだから。
これは、会議とは名ばかりの自慢大会。故にすべてが建前でしかない。
誰の嫁が世界一可愛いか――そんなものは自分の恋人を死ぬほど愛している3人からすれば議論するまでもなく、満場一致で同じ答えに辿りつくだろう。
答えは単純に「自分の彼女が一番可愛い」だ。そこに優劣をつけること自体が間違いだと気付かない3人ではない。
音ノ木坂学園を誇る3人の秀才は、自分の彼女との甘いラブラブ生活を誰でもいいからぶちまけたいストレスと日々戦っている。そんな時は、気心知れた仲間とこのような場を設け、思う存分、嫁自慢をすればいい。それだけで、彼女達の心は、雲ひとつない青空のように晴れ渡るのだから、悪い話ではないだろう。
……まぁ、件の嫁達にとっては傍迷惑な話なのだが……。
――一方その頃、部室前では。
死屍累々と呼ぶに相応しい地獄絵図が、今まさに展開されていた。
「た、大変にゃー! 穂乃果ちゃんとことりちゃんとにこちゃんが部室の前で死んでるにゃー!!」
「やれやれやなぁ…まーたあの子ら懲りもせんと自分の彼女の話で盛り上がっとるんか…」
「に、にこちゃんしっかりするにゃー! まだ傷は浅っ――ああ、ダメにゃ…真っ赤な顔でビクンビクンいってるにゃ…もう手遅れにゃ…」
「ダ、ダレカタスケテェェェー!!」
これもまた、すでに日常と化した風景である。