ピクシブにあげたもの
好きなものを好きなだけ食べたいって言うのは、女の子として……ううん、人として当たり前の欲求だと私は思う。
人は感情と欲望の生き物だから。好きって気持ちがあるだけで頑張れる、貪欲に追い求めることができる。
だから私は神様に感謝したい。
人として生を受けたことを――そして、
100年足らずの短い人生の中で、胸を張って『好き』だと言えるモノに出会えたことを――。
「はぁ…やっぱりこの瞬間が一番幸せかも…」
待ちに待ったお昼休み、もくもくと食べ進むそれらは、私、小泉花陽の幸せの象徴――ごはん。
賑やかな教室で食べるそれも美味だけど、こうして静かな部室で食べるのもまた一興、風情があってよかった。
ぱくりと一口摘まんで、一粒一粒その幸せを噛みしめながら私はお米の神様に感謝する。
いくら食べても飽きが来ない私の大好きなそれは、真っ白な粒をキラキラと輝かせながら「もっと食べて!」とせがむように自己主張していて、そんなわけはないと思いつつも、思わず笑みを漏らしてしまう。
ふふ、そんなに慌てなくても全部食べてあげるよ。私のお米たち…。
見ているだけで眼福なのに、それが自分の体内に吸収されるなんて考えただけでも胸の奥が歓喜に震える。
「にゃー…」
そんな私の、ありふれたようでどこか普通じゃない風景を見つめながら、今日も今日とて一緒にお昼休みを過ごしていた親友の星空凛ちゃんが、呆れたような溜息をつきながら力なく鳴いた。
「かよちんのお弁当箱は相変わらずご飯とおかずの比率がおかしいにゃ…」
「え?」
突然不思議な事を言う彼女に、私はきょとんと目をぱちくり。
いったい何がそんなにおかしいのだろう。
どこにもおかしなところなんてないのに…。
「そうかな…ぜんぜん普通だと思うんだけど…」
「ぜんぜん普通じゃないよぉ! だれがどう見たって見渡す限りの銀世界だよ? お米とおかずの比率が9:1とかありえないにゃー!」
「え、えぇ~…」
ここで言う9割を占めているのは、もちろん言うまでもなくお米だけど、それがそこまでおかしなことだろうか?
なんて疑問符を浮かべながらも、私はごはんを食べ進める。さすが人間の三大欲求の一つ、食欲。口の中に広がるお米の味がさらに私の食欲を掻き立てた。
止まらない、止まるわけがない、こんなの。箸が無意識にごはんへと伸びてしまうもの。
こんなに好きなのに、おかしいなんて言われるとちょっとショックだった。
「……お米、美味しいよ?」
「おいしいのは認めるにゃー。でも世の中限度ってものがあるんだよ、かよちん?」
かよちんのそれはもうキチガイの領域にゃ!と身を乗り出す凛ちゃん。
「き、きち…!? ひ、ひどいよ凛ちゃん……」
あまりにも失礼極まりない一言を投げかけられても箸が止まらないあたり、自覚していないだけで本当に凛ちゃんの言うとおりのおかしな人なのかもしれない。
しゅん…と落ち込みつつもお米をかっくらう私に、凛ちゃんは呆れながらもこう提案してくる。
「かよちん、もっとバランス良く食べないと健康にも悪いよ? せめて6:4くらいにできないのかにゃ?」
「うーん…8:2くらいじゃダメかな…?」
「かよちん…」
「う…百歩譲って7:3で……ダメ?」
凛ちゃんの冷たい眼差しが突き刺さった。
ごはんが喉につっかえそうになり、少しむせる。
そりゃ、ご飯ばっかり食べてたらバランス悪いのはわかるよ? でも、やっぱり好きなものが目の前にあるとそれしか目に映らなくなるのが私と言う人間なわけで…。
(それに…)
ここだけの話、凛ちゃんが気づいてないだけで、おかずならもう間に合ってるんだよね。
まぁ、体の健康にはまったく関係のないことなんだけど、精神的にはもうおなかいっぱいというか、なんというか。
「凛ちゃん」
「にゃ?」
「はい、あーん」
私は箸でつまんだ大好物を凛ちゃんの口元に寄せる。一瞬何事かと目をぱちくりさせた凛ちゃんだったけど、すぐに意味を理解して、お箸に乗っかったごはんにぱくんと食らいついた。
「うふふ♪ おいしい?」
「むー…くやしいけどおいしい……って、話そらすなんてひどいよ、かよちん!」
真面目な話をしてるのに~っと、涙目で訴える凛ちゃん。ぷくーっと膨らんだ頬がまるでリスとかハムスターみたいな小動物みたいですごく可愛い。なんていうか、とても、愛おしく感じる。
「あはは、ごめんごめん。でも凛ちゃん、一つだけ勘違いしてるよ?」
「え?」
「別に私、おかず摂ってないわけじゃないよ? むしろ、おかずが多すぎてごはんが足りないくらいだもん」
そんなよくわからない物言いに、凛ちゃんの頭の上にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんだ。
まぁ確かに、後付けみたいな言い訳だけど、理由としては間違ってはいないので素直に告白しよう。
さて、なんて言って言い包めようかと思っていると、お膳立ては完了しているとばかりにそれが目に入った。
私は悪戯っぽい笑みを漏らして、
「クスっ…ねぇ凛ちゃん、ごはんつぶ、顔についてるよ?」
「にゃっ! どこどこ? どこについてるにゃー」
さっき食べさせたごはんの粒が一つ、狙ったように唇にくっついている。
凛ちゃんはぺたぺたと顔を触るけど、まるで見当違いのところを触っていた。
「とってあげるからじっとしててね、凛ちゃん」
「う、うん」
私は机から身を乗り出して、そっと凛ちゃんの頬に手を伸ばす。
さらさらと柔らかい橙の髪に包まれる手が、少しくすぐったくて、ちょっぴりドキドキした。
私は頬から顎にかけてそっと指先を走らせて、そっと顔を上向きにした。
私たちの視線が交差した瞬間、まるで条件反射のようにビクンと跳ねる凛ちゃんの体。
何をしようとしているかなんてわかるはずもないのに、凛ちゃんの顔はどこか期待に赤らんでいた。
「か、かよちん…?」
「大丈夫だから…」
可愛い可愛い凛ちゃん。
私の、たった一人の、一番大切な、大好きな親友。
これまでも、これからも、ずっと一緒にいたい人。
――おかずにするなら、これ以上ふさわしい相手はないよね。
私は、そっと顔を近づける。
まるで時間が止まってしまったかのように周囲の音が消えた。
スローモーションでゆったりと流れていく時間の中、私はそれを目掛けてさらに進む。
私の大好きな、それに向かって――。
(…凛ちゃん…いい匂い…)
ふわっと香る優しい匂いと、頬にかかる熱い吐息が、心臓の鼓動を加速させる。
見れば凛ちゃんの時間は完全に止まっていたけれど、朱色に染まる頬と、ちょっぴり開かれた唇が、私を確信にも似た答えへと導く。
彼女はこれからの行為を本能で感じ取っていたのではないか、心のどこかで期待しているのではないか…と。
そして、その時は瞬く間に訪れた。
ちゅっ
「ン…はぁ」
軽いリップ音の後、私たちはその瞬間、確かに一つに重なった。
たった数秒という短い時、一瞬だけ啄んで、触れた唇から離れるその刹那、私は彼女の唇をぺろりと舐めとる。
(甘い……)
それに、とっても柔らかく、温かくて、ちょっぴり湿っていて…。
ああ、とてもおいしい。もっと味わいたい。そんな気持ちが膨れ上がってさらに胸をドキドキさせる。
私が一番好きなのはごはんだっけ?
それとも――凛ちゃん?
(…ん…?)
そんな至福の時も、ついでのように取ったごはんつぶが、私の口の中に入ったのを感じ取った瞬間、名残惜しいけれどこれでおしまいだと悟った。
でも、十分すぎるほど伝わっただろうから、私は唇を離すと同時に言ってやった。その目に、彼女の揺れる瞳をうつしながら。
「私、凛ちゃんがおかずになってくれるなら、ごはん3杯くらいは余裕だよ?」
「~~っ!」
凛ちゃんの笑顔が、凛ちゃんの困った顔が、凛ちゃんの照れた顔があれば、それだけで。
そして、今みたいに真っ赤な顔で、潤んだ瞳で見上げてくる乙女な凛ちゃんが、私にとって最高のおかずだから。
「ねぇ凛ちゃん、もっと食べてもいいかな?」
「ふにゃっ!?」
ほどよくアツアツに茹で上がった凛ちゃんがとてもおいしそうで、私は返事を聞く前にまた唇を重ねていた。
大好きなモノはいくら食べても食べ足りないけれど、お腹と一緒に胸もいっぱいになるなんて、なんて贅沢だろう。
そんな風に思いながら私は、目の前の据え膳を気の済むまで味わい続けた。
……
…
「うー…結局肝心なところだけはぐらかされたような気がするにゃ…」
「そうかなぁ? おかずも食べろって言ったのは凛ちゃんだよ?」
「そう言う意味じゃないよ! 食べ物としてのおかずだよぉ! かよちんってばおとなしい顔してヤることがえげつないにゃ!」
「まぁまぁ、心配しなくても私のおかずは凛ちゃんだけだよ?」
「そ…そんな事は誰も心配してないにゃっ!」
「えへへ♪ 主食はお米、おかずは凛ちゃん。これって最高の組み合わせだよね? ふふふ♪」
「にゃあああーー!」
明日も明後日もそのまた次の日も、私は私として生きていく限り、大好きなモノを食べたいだけ食べて生きていく。
それが私、小泉花陽の一番の幸せだから。
おしまい