ピクシブにうpしたもの
その日、アイドル研究部の部室――もといスクールアイドルグループ「μ’s」のアジトは重苦しい空気に満ちていた。
普段の彼女たちの様子を知らずとも誰がどんな角度から見ても「おかしい」と口をそろえるようなそんな異様な雰囲気の中、沈黙を破るものは誰一人としていなかった。
ただひたすら続く静寂の最中、メンバーの多くは心の中で呆れ溜息をもらしていた。
――やれやれ、と。
放課後のこの時間、普段ならば歌にダンスにと躍起になってアイドル活動にいそしんでいるμ'sの面々。当然ながら今日の様子ではまともな練習はできそうにない。年中無休で頭の中がお花畑の穂乃果や天然ボケを地で行くことりならいざ知らず、絵里や海未といった常識人の心中は多数決をとるまでもなく満場一致だった。
(…海未)
(…はぁ…、しかたありませんね…)
いい加減、この鬱々とした空気を打破しなくてはと考えていたμ'sの良心こと絵里と海未の二人はお互いに顔を見合わせてコクリと頷き合った。
それから意を決して立ち上がった海未に皆の視線が集まったその瞬間――、
「あ、あの――!」
――ズダンッ!!
それはまったくの同時。
海未にしては決死の覚悟だったにもかかわらず、その心を打ち砕くが如く、しんっと静寂を保っていた部室にテーブルを叩くけたたましい音が鳴り響いた。
ビクンっと、まるで条件反射のようにメンバーの視線が海未を離れ、音の発生源へといやがおうにも向かざるを得ない。それは意図したものではなく、まったくの偶然が重なりあったものなのに、海未としては出鼻をくじかたようなもの。
そうして何も言えなくなって涙目でただ立ち尽くす海未を余所に、机を叩いた張本人がクワっと目を見開いてつんざくような怒声を放った。
「ちょっと! 真姫ちゃんはまだなの!? いい加減誰か様子見てきなさいよ!!」
アイドル研究部の部長にしてμ'sの主要メンバーの一人、矢澤にこ、その人だった。
メンバーの中では誰より小柄で、下手したら中学生でも通用しそうな容姿とあどけなさを残した黒髪ツインテールの少女は、これでもれっきとした最上級生である。
そして彼女こそが今回の騒動の爆心地でもあり、きっかけだったのだ。
「あーもうっ!!」
にこはバンバンっと駄々っ子のように机を叩きながら身を乗り出し不満をまき散らすだけ。冷静さを欠いた彼女は、行き場を失った怒りを紛らわすようにその場を立ち上がると、内心のイライラを隠そうともせずその場をぐるぐると落ち着きなく回り始めた。
それからふと立ち止まると、何かを考えるように天井を見上げ、「むぐぐ…」と唸り声をあげ、ただでさえ赤い顔をさらに怒りの炎で真紅に染めあげた。
「海未ちゃぁん何とかしてよぉ。にこちゃん激おこぷんぷん丸だよぉ」
怒りの炎にあぶられて、たまらずことりが海未に助けを求める。
「ことり…ごめんなさい。ちょっと何言ってるかわかりません。そもそも私には無理です。心が折れました」
「そんなぁ、海未ちゃんおねがぁい」
さすがことりあざとい!なんて言われても仕方のないような脳とけ声で海未の中枢神経を刺激するが、
「うっ…そ、そんな風に言っても無理なものは無理なんです! ていうかことり、毎度毎度それで私が言うこと聞くと思ったら大間違いですよ! 私はそんなに軽い女じゃありません!」
「ぶぅ、素直だったころの海未ちゃんはどこにいっちゃったの? 私、海未ちゃんをそんな風に育てた覚えないよ?」
「ことりに育てられた覚えはありません!」
海未とことり、二人の夫婦漫才でだいぶ場が和み、余裕すら感じられるようになってきた。
だが。
「ったく! いつまでかかってんのよあのツリ目は!」
にこの怒りは相変わらずなので、差し引きゼロといった感じ。
にこは苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちしつつ、手持ち部沙汰でちゅうぶらりんを続けていた怒りの矛先を無意識下で目下のテーブルめがけて振り下ろした。
ガンッ!と。
「ひぅっ!?」
にこの鬼の形相に、内心ビクついてやまなかった花陽の体が恐怖に震える。
少し前までいつもビクビクしていて頼りなかった花陽だが、μ's加入後は以前よりもだいぶ明るくなっていた。しかし今の花陽はまるで以前の状態に戻ってしまったかのように心もとなかった。
そんな花陽の様子を見かねた親友の凛は慌てて、
「に、にこちゃんちょっと落ち着くにゃー! かよちんが今にも泣きだしそうだにゃー!」
その一言にハッとして、さすがのにこもバツの悪そうな顔をした。
「あ…わ、わるかったわよ…」
「にこちゃんは一応先輩なんだから、もうちょっとしっかりしてほしいにゃー」
凛のもっともな一言に、にこは頭をぽりぽりとかいて、花陽に謝罪の意を示した。
にこは軽く深呼吸をして、席について頬杖をつく。
不機嫌そうな顔は相変わらずで、人差し指でテーブルをトントントントンと落ち着きなく鳴らす。
「それにしたってさぁ…真姫ちゃんも真姫ちゃんよ。ラブレターなんか貰って浮かれちゃって…、しかも相手の呼び出しにホイホイ応じちゃうんだから…! ま、まさか…結構乗り気なんじゃないでしょうね…」
にこの口から何気なく発せられたその一言こそが全ての核心につながるキーワード。
にこが怒り心頭な理由、それは――、
真姫ちゃん――つまり西木野真姫が(どこぞの馬の骨から)ラブレターを貰ったことにある。
つまるところにこは、真姫がラブレターを貰ったことが気に入らないのだ。
その理由は、嫉妬の一言につきる。
誰に対しての嫉妬なのかは、さすがに野暮というもの。
「あのーにこちゃん先輩…?」
恐る恐る手を挙げて発言する穂乃果に、「…何よ?」と睨みつけるにこ。
それでもひかないあたり、腐ってもμ'sのリーダーを務めるだけのことはある。
穂乃果は一呼吸置くと、
「真姫ちゃんならそんなに心配しなくても大丈夫じゃないかな? それにほら、ラブレター貰うのだって今回が初めてってわけじゃないし…、にこちゃんが心配するようなことなんてないと思うんだけど…」
たぶん…と、最後に付け加えるあたり、世の中には絶対なんてない証拠だろう。穂乃果もその辺、色々な苦い思い出を通して成長しているのだった。
穂乃果の言うとおり、真姫は頻繁にファンレターやらラブレターなるものを貰っていた。
そのほとんどがファンレターではあるのだが、まれにラブレターが混じっていることもあるのも事実。
特に最近は前にも増して増えてきている。ひと月に1回だったものが、やがて半月に1回、今では一週間に1回が当たり前になりつつあった。
スクールアイドルとしてμ'sの仲間入りを果たして以来、真姫の人気はウナギの滝登り。
クールビューティー系アイドル西木野真姫は各方面で日々ファンが増え続けているのが現状で、その人気度はまさに天井知らず。下駄箱にファンレターの山ならいざ知らず、出待ちなんて日常茶飯事なのだ。
と言っても、それは何も真姫に限った話ではなく、他のμ'sのメンバーだって真姫に負けず劣らずの人気がある。
しかしそれはそれ、今回の騒動にはあまり関係はない。今回はあくまで真姫がラブレターを貰って、それに対しにこが憤慨しているのが問題なのだからして。
「穂乃果の言うとおりね。今までのラブレターの相手だって即断即決でふってきた真姫のことだもの、どうせ今回もにこが危惧するような事態にはならないんじゃないかしら? ていうか、にこは毎度毎度気にしすぎなのよ。そんなに真姫のことが好きなの? だったら告白でもなんでもすればいいじゃない。いつまでもうじうじと相手の出方をうかがってるなんて、天下の矢澤にこにー様らしくないわねぇ」
ハラショー!なんて冗談めかして言いながら、してやったり顔の絵里。
もはや言うだけのことは言ってやったとばかりにドヤ顔で椅子にふんぞり返っていた。
さすがかしこいかわいいエリーチカの三拍子揃った生徒会長様である。
「くっ…べ、別に気にしてなんかないわよ! それと勘違いしてるようだから一応言っとくけど! 真姫ちゃんがラブレター貰おうが、誰と付き合おうが私には何の関係もないし知ったこっちゃないわ! ただ私は、恋愛ごとにうつつを抜かしてアイドル活動がおろそかになるんじゃないかって、そっちの方を心配してんのよ!……だ、だれがあんな小生意気なツリ目なんて好きなもんか…ブツブツ」
果たしてそれは図星だったのかどうか、それはにこにしか分からないが、それでも絵里の発言を裏付けするかのようににこの言葉はどんどん力ないものへと変わっていく。おまけにその顔はすでに真紅に染まっていた。
「…だいたい、真姫ちゃんも真姫ちゃんよ……いつまで経っても……言ってくれないし…」
ぶつぶつとひとり言のように呟くにこは、あーでもないこーでもないと自問自答を繰り返す。
「まぁ、即断即決で断ってきたからって、今回もそうとは限らんのやけどね。もしかしたら即決断でOKかもしれへんよ?」
「ちょ、ちょっと希! 今のにこを煽るようなことはあまり――」
絵里の制止の言葉も聞かず、希は新しいおもちゃを見つけたような、ニヤニヤとしたいやらしい表情を浮かべると、
「あんなぁ、にこっち?」
希の挑発するような視線がにこを射抜く。こういうときの希は決まって面倒なことを言ってくるに決まっている。
にこは嫌な予感を感じながらも、負けじと希に食ってかかった。
「な、なによ! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよね!」
しかし希はまるで意に介した様子もなく「なら言わせてもらうけど…」と、ニヤリと口元を歪ませながら、
「1回や2回ならいいかもしれへんけどなぁ、こんなことがそう何度も続いとったら、真姫ちゃんだってなんかの拍子に心変わりせんともかぎらんよぉ?」
瞬間、ドスンとまるで五寸釘を心臓に打ち込まれたような感覚がにこを襲った。
にこは立ちくらみをおこしたようにふらりとよろめきながら、ははは…と乾いた笑みを浮かべて、
「…ま、まさかぁ…あの真姫ちゃんに限ってそんなこと…」
絶対にない、あるわけがない――なんて頭をふりつつも、そう断言できるだけの材料を持ち合わせていないことに気付き、言い知れぬ不安に駆られる。
あの真姫ちゃんが、私の知らない誰かと恋人関係を結び、あんなことやこんなことを――。
そんなありもしない「もし」がにこの脳裏をよぎるが、それでもまだ何とか耐えられたのは、真姫を信じる心がにこの心を支えていたからかもしれない。にこはぶんぶんと頭を振り乱してネガティブ思考を振り払った。
「ふ、ふん! う、海未ちゃんならともかく、真姫ちゃんに限って心変わりなんてあるわけないわよ! これでも真姫ちゃんの意志の強さだけは買ってるんだからね! 一本芯の通ったところがあの子のいいところなんだから!」
いい加減、希の思い通りに事が運ぶのは癪だった。にこは鋼の精神力で希の精神攻撃を耐え抜き、しかもさりげなくターゲットを変更することに成功していた。と言っても、その言葉にももちろん嘘はないのだが。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてそこで私が引き合いに出されるんですか! 心外です!」
当然、にこのその言葉に黙っていないのは矛先を向けられた海未だったが、
「はん! 私が知らないと思ったら大間違いよ海未ちゃぁん? あんたこの前、年下の可愛い女の子にラブレター貰って1週間くらい悶々としてたでしょ?」
「なっ!? ど、どうしてそれを!? だ、誰にも気づかれていなかったはずなのに…はっ!」
ざわざわ…ざわざわ…。
一同に衝撃が走った。そんなことは初耳だとばかりに周囲がざわめきたつ。
「「…海未ちゃん…」」
「あっ…い、いやその…あのですね? こ、これには深い事情がありまして…」
わたわたと取り乱す海未は冷や汗をだらだらと流しながらこの場を収める方法を考えたが、仲良し幼馴染こと穂乃果とことりの非難の視線が否応なく突き刺さり続ける今、最良の案など浮かぶはずもなかった。
特に、ことりの不安と悲しみに満ちた瞳は海未の心臓を鷲掴むには十分な凶器だった。
「こ、ことり…? あ、あの勘違いしないでくださいね? 相手の方にはちゃんとお断りの返事をしましたから。だから心配しなくても大丈夫ですよ?」
海未が結果からそう言うと、ことりの表情が若干和らいだ。
「ほんと? ほんとにほんと? 海未ちゃん嘘ついてない?」
「ほ、ホントです! 私がことり以外の人となんて、そんなの考えられません!」
「う、海未ちゃん…そんなにはっきり…は、恥ずかしいよぉ」
ぽっと、頬を赤らめてイヤンイヤンと首をふることり。
先ほどまでの不安の表情が嘘のように、喜びを含んだ照れ顔だった。
その様子に海未も一時はホッと胸を撫で下ろしたのだが、
「あれあれ~?」
そこで二人の様子を黙って見守っていたにこが、ニヤけ顔を押し殺したようないやらしい笑みを浮かべた。
まるで、この瞬間を待ってましたとばかりに、
「海未ちゃんそんなこと言っちゃっていいのぉ~? 海未ちゃんの本心はもっと欲望と恥辱にまみれてたような気がするんだけどぉー?」
「な、なな、なんですか…! この期に及んでまだ私の気持ちにケチをつけようというのですか…!」
「まぁ海未ちゃんがそう言うならそれでもいいんだけど…」
あくまで白を切る海未に、にこはクスッと小悪魔ちっくな笑みをもらし、容赦なく爆弾を投下した。
「実はこの間、聞いちゃったんだよね」
周囲の好奇な視線がにこに集中する。
ただ一人、当事者である海未を除いて。
「な、何をですか…? いったい何を聞いたというのですか…?」
「たぶん海未ちゃんがその相手の子に返事する前のことだと思うんだけど、放課後にこが部室に行ったらね、中から話し声が聞こえてくるの」
「え…? あ…な…ま、まさか…ちょっ、それは――!!!」
何をそんなに慌てているのか不思議に思うメンバーだったが、海未の顔がさーっと真っ青に変色していく様を見て、これはいよいよただ事ではないなと悟った。
ことりに至っては、聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが半々といった感じだったが、それでも好奇心の方が勝ってしまったらしいく、静かに聞き耳を立てている。
「誰か来てるのは間違いなかったけど、部屋の中からは一人の声しかしなかったから、おかしいなって思ったのよ。電話してるのかなーってちょっと思ったけど、なんとなーく気になったから聞き耳立ててみたのよねぇ」
「や、やめっ――! くっ…、み、みんな!! ことりも穂乃果も! 耳をふさいでください! 聞いてはいけません! 聞いたら呪われますよ! 耳が腐ります!」
「え?え?」
「う、海未ちゃん? ど、どうしたの?」
海未の必死の呼びかけもむなしく、にこの口から放たれた言葉はまさに死の宣告とも言える呪いの言葉だった。
――
『うぅ…どうしたらいんでしょうか…。まさか亜里沙からラブレターを貰うなんて思ってもみませんでしたし…』
『こんなこと誰にも相談できませんし…っていうか知られるわけにはいきませんし…特にことりには』
『はぁ…いったいなんて返事をすれば…って、い、いぇいぇ! そんなの最初から決まっているじゃありませんか! 私にはことりがいるんですから…そ、そう…断るしかないんです…これは仕方のないことなんです!』
『い、いやしかし…それでは亜里沙を泣かせてしまうかも…、あの子の傷つく顔は見たくありませんし…、それにちょっともったいな――ごほんっ! いやでも…、うーん…』
『………』
そこまではまだ、メンバーも平静を保っていられた。
しかし、問題はその後だった。
『……あ、亜里沙はとってもいい子ですし、それに私にはもったいないくらいの美少女で、おまけに妹キャラ…、『海未お姉ちゃん』なんて呼ばれた日にはいろいろと持て余してしまいそうです…って、さっきから私は何を考えているのですか! 破廉恥にもほどがあります!』
『はっ、そうです! いいことを思いつきました! ここはいったん告白の返事は保留ということにして、亜里沙とはお友達から始めるというのはどうでしょう。仲が深まったら深まったで、それはそれで悪いことではありませんし…。そうです! この際、ことりと亜里沙の3人で仲良くヤッていけばいいじゃありませんか!』
『はは、そうですよ。いっそ、そこに穂乃果も交えて4人でなんて言うのもありかもしれません。穂乃果1人だけ仲間はずれなんてかわいそうですからね。みんなで楽しくよろしくヤッていければ万事解決です!』
――
それは、手榴弾なんて甘っちょろい爆弾ではなく、それこそ世界を滅ぼしかねない核兵器だった。
ある意味、本当の意味で世界を壊しかねないほどの。
μ'sの今後にも深く傷跡を残しかねないほどの。
そんな破滅への呪詛。
海未はこの瞬間、本気で首を吊ろうかと思案していた。
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」
一同唖然。ある意味当然である。
しんと静まり返る部室内には物音ひとつない。
まるでツンドラ地帯のように凍りついた部室に火がついたのは次の瞬間だった。
「…………鬼畜外道」
今となっては誰が言ったかさえ分からない。
そんな誰のものともわからぬ呟きを皮切りに、部室内の空気が一瞬にして膨れ上がり、大爆発を巻き起こした。
一難去ってまた一難。その後の騒動を止められるものなど誰一人としておらず、結局、真姫がくるまでそれは続いたのだった。
*
「――で? 結局、これは一体どういう状況なわけ?」
しばらくして部室へとやってきた真姫は、部室内の騒ぎに呆れたようにやれやれと首をふる。
「うぇえええん、海未ちゃんが浮気したぁぁぁぁl! さ、3人でならまだしも、よ、4人でとか、あんまりだよぉぉぉぉ!」
真相を知ったことりはただただ子供のように泣きじゃくるばかりで、必死に宥めようとする海未の言葉すらまるで届いていなかった。
「あああ! ち、違うんですことり! あ、あれはその、ちょっと魔が差しただけというか…ほ、本心から言ったわけじゃないんです!」
皆の冷ややかな視線が海未の顔面に突き刺さる中、それでも海未は言い訳がましくことりを慰める。
居た堪れなくなった海未はもう一人の幼馴染に助けを求めるが、
「ほ、穂乃果も何か言ってください! わ、私がそんな冗談みたいなことを本気で思っているはずがないじゃないですか!」
「あのね海未ちゃん…今回ばかりはさすがの穂乃果も庇い切れないよ…まさか海未ちゃんがことりちゃんだけじゃ飽き足らず亜里沙ちゃんまで毒牙にかけようとしてたなんて…」
「ち、違います! 誤解です!」
「ゴカイもロッカイもないよ! し、しかも…ついでみたいに、わ、私のことまで食べる気だったなんて…」
穂乃果はカァっと頬を朱色に染め、鬼畜だ外道だと、矢継ぎ早に海未を非難した。
「う、うぐっ! ち、ちがっ…」
「まさか海未ちゃんがそんな人だったなんて思わなかったよ! 最低だよ海未ちゃん!」
「くぅっ!」
ガツンと鈍器で殴られたような感覚が海未を襲う。
いつかの、ことり留学騒動の時に穂乃果に向かって放った言葉が、まさかこんな形で返ってくるなんて思いもしなかった。最低なのは認めざるを得ないが、正直、情けなくて死にたい気分だった。
「ハラショォォォ! さぁ海未、納得のいく説明をしてもらいましょうか!」
「え、絵里まで…! お、おねがいですから弁解させてください! 亜里沙とは本当になんでもないんです!」
「ま、まさか人の妹にまで手を出していたなんて想像の斜め上だったわ!」
絵里はそこで何かに気付いたようにハッとして、
「そ、そういえばこの間、妙につやつやとした顔で家に帰ってきたことがあったけど、そういうことだったのね! さすがの私もおかしいと思って問いただしてみたのよ! そしたらなんて言ったと思う!? まだあどけない中学3年生の少女が雌の顔でこう言うのよ? 『ふふ、ごめんねお姉ちゃん、亜里沙、お姉ちゃんより先に大人の階段登っちゃった♪ きゃっ♪』なんて!」
まさに鬼畜外道の所行!ハラショォー!!と吼える絵里。
「ちょ、ちょっと待ってください! あ、亜里沙にはまだ手は出していませんよ!」
「まだ!? てことはやっぱり手を出す気満々なんじゃない!」
「い、いやそれは言葉のあやというかなんというか…! と、とにかく違うんです!」
容姿端麗、文武両道、みんなの憧れ大和撫子系アイドル園田海未は、もはや見る影もなく単なる言い訳を並べるだけの機械と化していた。
「びえぇええええん! う、海未ちゃん私の体だけじゃ満足できないんだぁああ!」
「こ、ことりぃぃ、お願いですからそんな破廉恥なこと言わないでくださいぃ!」
「破廉恥の塊みたいな海未ちゃんが言っても説得力ないよ! この性欲魔人!!」
「ハラショー!! 中学生に手を出すなんてロリコンよ海未! 恥を知りなさい!」
「ち、違うんですぅ! いやぁぁぁぁあ!」
二股どころか三股、ロリコン疑惑まで。
園田容疑者に判決が下るとすれば、十中八九、終身刑もしくは死刑宣告は免れないだろう。
ぎゃいのぎゃいのと、いっこうに終わりを見せない騒動に、にこは「あはは…」と苦笑いを浮かべた。
「いやぁ…ちょっとやりすぎちゃったかなぁとは思ったけどねー、でも、そもそも希が挑発したせいだから私は悪くないわよ」
「おやぁ? ウチのせいにするなんてひどいなぁ、にこっちぃ?」
そんなこと言う子にはわしわしMAXやよー!と、両手をわしわしといやらしく動かす希に危機感を覚え、にこは咄嗟に両手で胸を隠す。
隠すだけの胸があるのかと、真姫は冷静に思ったが、言ったら言ったでにこの逆鱗に触れるだけなので寸でのところで言葉を飲み込んだ。
「ていうか、もとをたどれば一番の原因は真姫ちゃんなんだからね!」
「う゛ぇ゛ぇえ!? な、なんで私のせいなのよ! イミワカンナイ!」
「ふん! 真姫ちゃんがラブレターなんか貰わなきゃそもそもこんなことにはならなかったのよ」
「そ、それは私のせいじゃないわよ!」
「ふん……んで? 断ったの?」
にことしては、とにかく最初に確認しておきたいのがまさにそれ。
むしろそれ以外はどうでもいいとさえ思っていた。
真姫は「うっ…」と言葉を詰まらせ、少しだけ顔を赤らめながら、
「と、当然でしょ。そ、そりゃ相手には悪いと思ったけど、好きでもない相手と付き合うなんてできないわよ」
ある意味テンプレな回答に、にこはホッと胸を撫で下ろしつつ、
「ふぅーん、へぇー、そっかぁー」
にこはにやにやとからかうような、それでいてちょっと嬉しそうに笑った。
「な、なによぉ、そんな気持ち悪い顔して、やめてよね!」
真姫は何となく居た堪れなくて、誤魔化すようにプイッとそっぽを向く。
「そりゃあね~、真姫ちゃんってばにこのこと好きすぎだもんねぇ~。にこにーのことが好きで好きで堪らない真姫ちゃんが、ラブレターくらいで心変わりなんてありえないもんねぇ?」
「う゛ぇ!? ちょっ、何イミワカンナイこと言ってんのよ! 誰がにこちゃんのこと好きなのよ!?」
「え? 真姫ちゃん」
さも当然のように「何当たり前のこと言ってんの?」とのたまうにこに、真姫の顔が真紅に染まる。髪の色との境がわからなくなるほどに沸騰していた。
「ふ、ふざけないで! そ、そういうにこちゃんだって私のこと好きなんでしょ!? いい加減素直になったら!?」
「んなっ!?」
思わぬ反撃に、今度はにこの顔が真っ赤に染まった。
「ちょ、ちょっと勝手なこと言わないでくれる!? 誰があんたみたいなツンデレツリ目女のことなんて好きなもんか!」
「な、なによぉ!」
「そっちこそ、そろそろ素直になってもいいんじゃないの!? 真姫ちゃんはにこのことが好き過ぎて、毎晩夢に見ちゃうんですぅって!」
「ま、毎晩なんて見てないわよ!」
「え? じゃあたまになら見るの? あれ?」
「う、うるさいわね! ていうか、ホントいい加減好きなら好きっていいなさいよ! ばかにこちゃん!」
「ば、ばかって何よ! そっちが先に好きって言えば済む話でしょ! なんでそんな簡単なことも言えないのよ! このヘタレ!」
「ヘタレはそっちでしょぉ!? いつまで経ってもはっきりしないくせに! どうして好きの2文字が言えないのよ!」
売り言葉に買い言葉。どちらかが折れない限りきっと永遠に終わりを迎えない痴話喧嘩。
無論、ツンデレ黄金比を地で行くこの二人に、最初に折れるなんて負けを認めるような選択肢は持ち合わせていなかったのだが。
そんな犬も食わない夫婦喧嘩を続ける二人を遠巻きに眺めながら、希は呆れたように首をふった。
「見てみ、かよちん、凛ちゃん。あの二人、あれで付き合ってへんねん」
花陽も凛も愕然とし、まるであり得ないものを見るような表情で二人を見つめていた。
「じょ、冗談…ですよね? あれってもう、お互いに好きって言ってるようなものじゃ…?」
「にゃー…気にしたら負けだよ、かよちん。ここは黙って生温かい目で見守ってあげるにゃー…」
「う、うん…。と、ところで希ちゃん、あっちの方はいいのかな?」
それはそれとして、と。花陽はおずおずと、いまだに修羅場を続ける海未たちを指差した。
「お、お願いですことり! 話を聞いてください! 私が好きなのはことりのおっぱいだけです!!」
「うわぁあん! 海未ちゃんは私の体だけが目当てなんだぁー! もう知らないよぉー!! ばかぁー!」
「こ、ことりぃぃ~!」
希は肩をすくめて苦笑しつつ、
「ほっとき。あれは身から出た錆び、自業自得の産物やし。思いっきり修羅場ってればええねん」
「希ちゃんも結構白状だね…」
「にゃー…」
もはや今日中には収拾がつきそうにない大騒動を眺めながら、
3人は今後のμ'sの行く末について本気で考えていたのだった。
おしまい