暑さにやられたのでストレスを発散させるが如く書いた。ただそれだけ。
例によって高校生編の続編です。あかちなです。
1話:本番は貴女から
2話:もう貴女しか見えない。
追記からどうぞ。
休日に限って暑いのは何故だろう――なんて。
ここ最近そんなことばかり考えてしまうのは、やはりこの暑さのせいだ。
季節は夏真っ盛り。暑くなるのは至極当然のこととは言え、平日とは違い3割増で暑く感じるのはいつも休日だった。偶然と言われればそれまでだし、あくまで体感的にだけど、それでもやはり暑いものは暑い。いい加減、身体の方も参ってしまいそうだ。
窓の外はゆらゆらと陽炎が立ち込め、鬱陶しいまでの蝉の声が絶えず鼓膜を揺るがしていた。それがまた夏の暑さに拍車を掛けるものだから憂鬱気分も上昇中だ。
「……あっつ」
夏で、夏だった。とにかく暑苦しい。当然イライラも募り、叫び声をあげたくなるのを必死に耐えているのが現状。
干からびてしまいそうな体に鞭打とうにもぜんぜん力が入らないばかりか、全身からやる気と言う名の汗が蒸気となって吹き出して、雲を作ってしまいそうな勢いだ。
「ね、ねぇあかりちゃん…? 冷房つけない…?」
「だーめ。節電は大切だよ、ちなつちゃん。ほら、扇風機で我慢してね」
夏の暑さにも負けず、ひょうひょうと言ってのけるのは今年の春に晴れて恋人同士になったあかりちゃん。
私はその絶望的な回答にガクッとうな垂れずにはいられなかった。額からポタリポタリと汗の粒が滴り落ちるのをまるで他人事のように見つめていた。
「……うぅ」
絶賛稼動中の首振り扇風機の風がちょうど私の方に向いた。
瞬間、冷風とは言い難い熱風にも似た生暖かい風が、汗で額に張り付いた私の髪の毛を揺らした。
なんて生温い。今この時は不快以外の何物でもなかった。やはり扇風機の風は、根本的解決には程遠い。
(どうしてこんなことに…)
せっかくの休日なのに。
あかりちゃん家にお泊り会兼自宅デートと洒落込んでいたのに。
それを楽しむ余裕すらないなんて……。
二人の間を引き裂かんばかりに待ち構えていた障害がまさか自然現象とは。天候、気象、とにかく私たちにはどうすることもできない事象だった。いっそ照る照る坊主を逆さに吊るし、雨乞いでもすれば恵みの雨でも降ってくるだろうか。
「確かに、今日はまた一段と暑いよね。ちなつちゃんの気持ちもわかるよ」
「で、でしょでしょ! 汗も滴るあかりちゃんはとっても色っぽいけどさ! ここはまず命大事にだよ! てなわけで冷房つけよ?」
「…んー…汗云々はなんか引っ掛かるけど、とにかくクーラーはだーめ。最近使いすぎて電気代が大変なことになってるんだから」
「節電は明日から…じゃ、だめだよねやっぱ…」
ダイエットは明日から、というのと同じ心境だ。
そんな事を口にする人間は決まって目標など達成できないのが世の常である。
「そういうこと。まぁ、たまにはこんな日があってもいいんじゃない? そうだ、いっそ二人で水風呂にでも入ろうか?」
「っ…み、水風呂? そ、それはつまり二人とも裸で…?」
ごくりと生唾を飲み込む。
水風呂――という響きに、暑さで溶けた脳みそが復活手前まで回復した。
現金なものだと悲観になるほど余裕のない私の脳内では、水風呂で生まれたままの姿で戯れている私とあかりちゃんのラブシーンがエンドレスリピート状態で再生されていた。
(な、何考えてるの私! 自重しろ私!)
夏の暑さでやられた脳みそで何を考えたって、自分の都合のいいようにしかならないのは半ば仕方のないことだ。
私は自分の考えを正当化しつつ、期待を込めた視線をあかりちゃんに向けていた。言い訳になるが、別に意識して期待の眼差しを送ったわけじゃない。無意識に期待が篭っていたといいますか。
とにかく私もまだまだ若い盛りなので、この辺はどうしようもないと白旗を振った。
「もう、ちなつちゃんって本当わかりやすいよね。何を想像してるのか丸わかりだよ?」
あかりちゃんは言いながら、呆れたようにかぶりを振った。
「う…だ、だってぇ…」
「ふふ、まぁとりあえず、裸じゃなくて水着でだよ」
「そ、そっか…」
そりゃそうだと思う反面、やはり期待も大きかったせいか沈みようもひどかった。
「プール気分を味わえればと思っただけだからね」
あかりちゃんは「でも…」と続けて、微笑を浮かべながら目を細めた。
その全てを見透かしたような視線に、私の体は金縛りにあったように凍りついた。
「ちなつちゃんが裸の方がいいって言うなら、別に構わないけど……?」
私は、その目に宿る魔物を知っていた。
あれはそう、私を視姦するときに見せるような、理性よりも本能が勝っているときの獣のような瞳。
大抵はそういう情事の際に見受けられるのだが、稀に日常生活でもその一端を目にするときがある。
まさに、今がその時だった。
「どうなってもしらないよ? 涼しくなるどころか、逆に熱に浮かされちゃうかもね。この暑さで、さらに熱くなっちゃうのは自殺行為だと思うけど?」
「~~~っ!」
それはそれで望むところ――と言いたいところだけど、その先に待ち構える地獄を思えば、少しぐらい我慢しないと命がいくつあっても足らない気がした。
今はとにかく涼みたい。心も身体も冷気を欲していた。燃えるような熱に浮かされるのは、それからでも遅くないだろう。
あかりちゃんはいつもの穏やかな視線に戻りながら、コホンと軽く咳払いをして、
「じゃあ、水風呂賛成の人~」
「……はーい」
そもそも二人きりなのだが、あかりちゃんはそう言って私に挙手を促した。
断る理由なんてないのでしぶしぶ手をあげると、あかりちゃんはクスっと楽しそうに笑った。
*
狭い。それが最初の感想だった。
もともとが小さな子供ならまだしも、あるいは中学生の頃なら何とかなったかもしれないが、あれから数年、体のあちこちが育ってしまった現在、高校生二人がお世辞にも大きいとは言えない浴槽に一緒に入れば、体のあちこちが触れ合ってしまうのは当たり前だった。
「ふぅ…気持ちいいねぇ、ちなつちゃん…」
「そ、そうだね…」
「ん? どうかしたの? ちなつちゃん?」
「う、ううん…別に」
温めの冷水を張った浴槽に、全身を解放するように伸び伸びと浸かるあかりちゃんに対し、私は時折触れあう素肌にどぎまぎしつつ、縮こまるようにして身を丸めていた。
すぐ横には水着姿のあかりちゃん。
私も水着だが、あかりちゃんのそれとは明らかに違う点が一つ。
そもそも私は水着など持っていなかったわけで、そんな私に水着を提供してくれたのがあかりちゃんだった。
で、あかりちゃんから受け取ったのは何の変哲もない学校指定のスクール水着。
もともと体格が似たりよったりの私たち。まぁスリーサイズには多少の差があったのだが。特に胸(ry
とにかく伸縮性のあるスクール水着ならば多少差があっても誤魔化しはきいた。なんとなく、胸が緩いような気がして涙が出そうになったけど。
恐るべしは赤座家の遺伝だろうか。あかねさんが大きかったので必然あかりちゃんも大きくなる、という暗黙の了解的な何かなのだろうか。私のお姉ちゃんは……美乳ならぬ微乳である。そこに差が出たのかもしれない。
ちらりと横目で彼女をみやると、上下黒のビキニに身を包んだあかりちゃんが視界に飛び込んだ。
気持ち良さそうに「んー」と伸びをするたびに、彼女の胸がぷるんと揺れて、私はそれを卑しくも目で追ってしまう。そして気付かずうちに、眼前の芸術といってもいい陶器のような美しい肢体に魅入ってしまっていたのだった。
「――ちゃん。ちなつちゃん?」
「はっ!」
「どうかしたのボーっとして? ていうかさっきからどこ見てるの?――ってもう…ちなつちゃんのえっち」
ボーっとした思考に突然声をかけられ驚きの声をあげるや否や、私の視線の先に気付いたあかりちゃんは、珍しくその顔を赤らめながら両手でその胸を覆い隠していた。
「ちちちちがうんだよあかりちゃん! わ、私は別にあかりちゃんのおっぱいを見てたわけじゃ!」
カァッと顔を灼熱の色に染めて、私はぱたぱたと両手を振って否定した。
「……ちなつちゃん…語るに落ちるって言葉を知ってるかな?」
「ほ、ホントに違うの! そ、その…胸がどうとかじゃなくて…あかりちゃんって、ホント綺麗だなって…そう思っただけで」
言いながら、自分がかなり恥ずかしいことを口にしていることに気付き、思わず視線を逸らしていた。
やがて無言でこちらを見つめるあかりちゃんの視線に耐え切れなくなり背を向けていた。
「ちなつちゃんって、本当に正直だよね」
「…そ、そうかな…そうかもね」
「そうだよ。でも、そんなちなつちゃんを私は好きになったんだけどね」
「…ぁ」
ほんのりと甘さを含んだ、喘ぎにも似た声をあげたのは、私の体があかりちゃんに抱き寄せられたのと同時だった。
あかりちゃんは胸の膨らみを惜しげもなく私の背中に押し当てて、優しく包み込むように私を抱きしめる。
触れ合ったその身体が、冷気すら追いつかないくらいの熱を発し始める。
心臓はどくどくと早鐘のように鳴り響き、呼吸すらまともにできないくらい緊張感に包まれる。
「だ、だめだよあかりちゃん…さ、さっきそういうことしないって…」
「へぇ、あんなに期待してたのに、そういうこと言っちゃうんだ?」
「っ」
あかりちゃんはわざと息を吹きかけるように私の耳元でそう告げる。
やがて私の体を撫でるように指先が妖しく這い回り始めると、堪らず私の口からは熱い吐息が漏れた。
「んっ…ぁ…あぁ…」
内心、期待していなかったわけじゃない。
こういうことが絶対にないと言い切れるほど、あかりちゃんの言葉は絶対じゃないのだ。
むしろ付き合い始めてからのあかりちゃんは、ある意味動物的といってもいいほど、本能的に生きている節がある。
昔のあかりちゃんからは考えられなかったことだが、それでもあかりちゃんはあかりちゃんだったから。
「あかり、ちゃん…」
「なぁに?」
ほら、やっぱり何も変わってない。
その瞳に宿る優しい輝きも、心をホッとさせるような温かな微笑みも、私の知るあかりちゃんのまま。
私の大好きな、愛しい彼女の本質――。
彼女の腕の中で、交差する視線は熱を帯びて、不意にあかりちゃんの腕に力がこもった。
必然的に密着感が増し、あるいは裸同士よりも官能的に思える抱擁に確かな興奮を覚えながら、それ以上の言葉はいらないと、その瞳はやがて閉じられた。
最初は軽く、触れ合うだけのキス。とても優しくて、切なくて、胸がホッと温かくなるような。やがてそれは強く、深くなっていき、勢いを増していく。いつしか夏の暑さすら忘れてキスに没頭していた。
もちろん、行為はキスだけにとどまらなかったけれど。
*
「髪、切ろうかな」
色んな意味で堪能した水風呂からあがり、あかりちゃんの部屋で濡れた髪を梳かしていると、ふとそんな言葉が耳に飛び込んだ。二人きりの部屋で、私が発したそれでないのなら、必然あかりちゃんのものとなるわけだ。
「えぇ! き、切っちゃうの? そんなに長くて綺麗なのに…」
「んー、これから夏本番って感じだし、この長さだと暑苦しくてしょうがないよ」
「そ、そんな理由で切っちゃうの!?」
女の子としてはどうかと思う回答に私は口をあんぐりと開けて驚愕した。
「まぁ、別に髪の長さにこだわりがあるわけじゃないしね」
「そ、そうなの?」
「うん」
髪は女の命なんて言うけれど、あっけらかんとそう告げるあかりちゃんの顔には嘘偽りの色は見えない。あるのはただひたすら本心のみ。
高校入学と同時に長らくお世話になったツインテールに別れを告げ、大人への一歩を踏み出そうと髪を下ろしたのが昨日の事のように思い出せる私としては、髪型に対して少なからずこだわりというものを持っている。それ故に、あかりちゃんの言葉には驚き以上の感情は持ち合わせていなかった。
そんな私を他所に、あかりちゃんは腰までかかる赤い髪の毛を指先でくるりくるりと弄びながら、昔を懐かしむように目を細めた。
「私が髪を伸ばし始めたのは…そう…ある意味、願掛けみたいなものだったから。でも、もうそんな必要もないしね。切ったって誰も困らないよ」
「……願、掛け?」
何を――とは何故か問うことができなかった。あかりちゃんはその髪に一体何を望み、何を願ったというのだろう。
私の心情を察してか、あかりちゃんはふっと微笑むと、窓の外、遥か空の彼方を見つめてポツリと漏らした。
「……ちなつちゃんに、私の気持ちが届きますように、って――」
「ぁ…」
それを聞いた瞬間、胸にチクンと鈍い痛みが走った。
(あかりちゃん…そんなに前から私のこと…)
わかってた。わかっていた、はずだった。それは私が、ずっと目を背けてきたものだから。
罪悪感に目を伏せる私に、あかりちゃんは優しく微笑み、どこか遠くを見つめながら話を続ける。
「あの頃、ちなつちゃんが結衣ちゃんのこと好きなのはずっと知ってたし…――って言うか、そもそも中学の頃、最初に相談持ちかけられたのが私だったしね。ちなつちゃんがどれだけ結衣ちゃんのことを想っていたのか、私は知ってたから。だから私の気持ちは、きっと迷惑にしかならないって、ずっと思ってた」
「そ、そんなことないよ! そんなこと――」
果たして本当にそうだろうか。それは今だからこそ言えることなのではないだろうか。
自問自答の先に、確かな答えなんて見つかるはずもなかった。
「ありがとう、ちなつちゃん。――でもね、それでもやっぱり諦めきれなくて、いつかちなつちゃんに自分の想いが届きますようにって、藁にもすがる思いでこの髪を伸ばし始めたんだ」
ふふ、おかしいよね。とあかりちゃんはどこか自虐的な笑みを浮かべた。
「その時は、叶うはずもないって思ってた。期待してなかったって言えば嘘になるけどね。でもまさか、本当に願いが叶うなんて思いもしなかったよ」
「あかりちゃん…、ごめんね、ずっと待たせちゃって…、本当はずっとあかりちゃんの事が気になってたのに…」
「いいんだよ、もう…。それに今大事なのは、昔の事より、これからのことでしょ」
「そう、だね。うん、そうだ」
私は、私たちはまだ始まったばかりなのだ。だから後悔よりも、今はただ現在を、そして先の未来を夢見よう。
楽しいこと、辛いこと、きっと悲しいことだって沢山経験するはずだけど、でも――。
「これから先、何があっても、ちなつちゃんの事は絶対に諦めない。だから――」
あかりちゃんはそっと私を抱き寄せると、軽く、触れるだけのキスを落とした。
「ずっと一緒にいられるように、二人で一緒に頑張ろうね」
「うん…!」
好きって気持ちだけでどうにかなるほど、この世界は優しくないって私たちは知ってる。
だけどあかりちゃんは「これから先、何があっても」と、確かにそう言って見せた。
確固たる決意と覚悟を秘めたその瞳で。
(あかりちゃんは強いね…)
それはきっと、二人でならどんな苦難にだって立ち向かえるという決意の表明。
なら私も覚悟しなければいけない。彼女の半身として。この先何が待ち構えていようと、あかりちゃんとの未来だけは絶対に諦めたりしない。
二人でならどこまでだっていけるってことを、この世界に知らしめてやるんだから――。
――
―
「さて、と。髪を切る云々は置いといて、私ならどんな髪型が似合うと思う? ちなつちゃん?」
「うーん、今のままでも十分似合ってると思うんだけどなぁ…」
「いっそバッサリ切って、昔みたいなお団子とか?」
「えー、でもそんなに言うならポニーテールとかどうかな? 杉浦先輩みたいに」
「あれ、ちなつちゃんってポニーテール萌えなの? 意外だなぁ…。あ、それともうなじ萌え?」
「い、いや別にそこまでじゃないけど…ていうか、うなじ萌えって…」
「ふふ、じゃあしばらくはポニーテールにしておこうかな。涼しそうだし、ちなつちゃんがどうしてもって言うし」
「ど、どうしてもなんて言ってないよ!」
「ふぅ~ん、じゃあ見たくないんだ?」
「…み、見たい見たくないで言えば、見たいけど…」
「見たいけど?」
「う…見たい、です」
素直になったご褒美は、あかりちゃんからのふいうちのキスだった。
その柔らかな唇が私のそれに重なるや否や、私の体はベッドに沈み込んでいた。
「あっ…ちょ…あかりちゃん…!」
「ごめんね、なんかムラムラしてきちゃった」
「む、ムラムラって…さっきお風呂場であんなに…」
「ちなつちゃんが可愛すぎるせいだよ。諦めてね♪」
「――!」
せめて心の準備くらい――と口を開こうとした次の瞬間、私の唇は再び柔らかなそれに閉じられてしまった。
やれやれ。これじゃ水風呂に入った意味ないじゃん。あかりちゃんには本当に困ったものだよね。
おしまい