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とある百合好きの駄文置場。二次創作SSやアニメ・漫画等の雑記中心。ゆいあずLOVE!

メルルのアトリエSS トトリ×ミミ 『奇跡の大安売り』

※追記からどうぞ。



 事件は、ある日突然私の身に降りかかった。

「…ハッ…ハッ…!」

 一仕事を終えた休日の昼下がり、他にすることのない私の足の向かう先は一つしかない。
 アールズとアーランドにおいて数少ない錬金術師が集う場所―――アトリエ。
 私は息を切らせながら歩道を駆け抜けた。もちろん全速力。その日はこれといって特別な何かがあるわけじゃなかったが、私の中のもう一人の自分が全力で訴えかけていた。早く急いでそこへ向かえと。まさに魂からの叫びだった。

「…ハァ…あと少し…」

 軽く息を整え、額の汗を拭う。前方を見据えると、見慣れた家屋の傍に立つウニの木と、いつも私が腰掛けている石垣が視界に入った。

 ――あと少しで、あの子に会える……。

 今日も今日とて事件なんて欠片も起きない平和で穏やかなアールズの空は晴天なり。世は全て事もなし。そんな当たり前の日常を前にして緩み切った表情を隠しきれないのは、世界広しと言えど私ぐらいじゃないかと錯覚する。

「…ふぅ…さてと」

 到着した目的地は、昨日見たそれとなんら変わりはない。
 アトリエの扉を見据えた私は、ひとまず胸に手を当てて深呼吸。走ってきたせいもあるけど、胸の鼓動が煩い一番の理由はあの子――『トトリに会える』と言うのが主な要因であることは私自身自覚していた。
 私が、このアトリエにお邪魔するのはこれで何度目なるだろうか。正確な回数までは覚えていないが、確か今月に入ってからはゆうに二桁は超えていたような……。
 なんにしても昔の私からでは考えられなかった進歩。ちょっと前の私なら、週一どころか月一が関の山。彼女の半径十メートルなんてとてもとても……。
 しかし人間変われば変わるものだ。
 それは忘れもしない《あの日》の出来事。私とトトリの間に親友以上の何かを芽生えさせるきっかけとなった《私情友情愛情》の果てに――。
 あの日を境に私の私生活は一変した気がする。それまではアトリエ前から様子を覗き見ることしかできなかった私が、週に3回――いや、仕事のない日は毎日のようにアトリエに顔を見せるようになった。
 もちろんそれは彼女に会うため。彼女の顔を一目見んがため。たったそれだけの私情のために私は今日もアトリエの敷居を跨ぐのだ。なんて私利私欲に満ちた貪欲姿勢。でも止められない止まらない。あの子への強い想いが熱暴走を引き起こし私を駆り立てる。

(だってトトリがいつでも来ていいって言うんだもの。なら行くしかないじゃない。ねぇ?)

 そんな言い訳染みたことを考えつつ深呼吸を続ける。
 今日もトトリはアトリエで仕事中――のはず。彼女の匂いさえ辿れば目を閉じてでも彼女のいる場所へ辿り着けると自負しているが故、正確と言わないまでも感覚として把握できた。
 そう、それはもはや犬に近い。彼女の忠実なる番犬。トトリの犬になら喜んで――、

(っと! いけないいけない…妄想がダダ漏れ…)

 トトリの犬――と言う甘美な響きに「ちょっといいかも…」と思いつつ、なけなしの理性を以って頭を振った。
 私は犬ではなくトトリの親友だ。ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング。そこだけは履き違えてはいけない。

「スゥ~…ハァ~…」

 長考しながらの深呼吸もほどほどに、気合も十二分に両の頬をパチンと叩く。ひりひりと心地のいい頬の痛みが気を引き締めた。

「よしっ!」

 自分に言い聞かせるように渇を入れ、アトリエの扉を勢い任せに開け放つ。

「お、お邪魔するわよ!」

 バタンッ!!とけたたましい扉の音。そしてどこか上擦った、嬉々とした裏声が町外れのアトリエに響き渡る。
 一歩屋内に中へ足を踏み入れると、一般家庭では決してお目に掛かれない独特の雰囲気を醸す大きな釜が二つ目に飛び込んだ。私にとってはもはや見慣れた光景だ。
 あのイベント以来、もう遠くから見守り続ける必要はなくなったとは言え、さすがにまだ少し緊張する。だけどそれ以上に、彼女の近くで、彼女の働く姿をこの目で拝むことの幸せの方が大きい。
 たまに見せる愛らしい笑顔が私の心にブリッツシュトース。顔の緩みを引き締めるのもまた一苦労なのだ。天使なんてメルヘンなもの信じてはいなかったがこれはもう信じざるを得ない。
 だって天使はここにいるもの。トトリ=天使。OK?

(さて、私の天使…じゃなくて…トトリは…と)

 汗水たらして働く親友の一生懸命な姿が今日も私の心に癒しと潤いを与える。そんな期待とともに視界に飛び込んだ件のトトリはと言えば、

「ど、どうしましょうトトリ先生…」
「う、うん…出来れば遠慮したいけど…この笑顔を壊すのはちょっとね…」
「ねーねー二人ともまだぁ~? 早くしないと冷めちゃうよ?」

「あ、あら?」

 私としては、一生懸命にぐるぐると釜を掻き混ぜる後姿に始まり、それから私に気付いたトトリが振り返りながら「あっ、ミミちゃん♪ お帰りなさい♪」なんて、夫の帰りを喜ぶ奥様的な笑顔で微笑んでくれるのを期待していたのだけど……。
 むぅ、これは一体全体どういう状況なのだろう。
 そこにいたのは確かに待ちに待ったトトリで間違いはなかったけれど、それは一生懸命に仕事に打ち込んでいる姿でもなければ、一年に一度あるかないかの居眠りタイムでレアな寝顔を曝け出しているわけでもなかった。
 不思議に思った私は、神妙な面持ちで顔を突き合わせているトトリとメルルに話しかけた。

「ちょっと二人ともどうしたのよ。そんな難しい顔して…何かあったの?」
「あっ、ミミちゃんいらっしゃい。実はね、ちょっと困ったことが…」

 お出迎えの挨拶もほどほどに事情を説明しようとするトトリだったが、

「ああ~ん!ミミさんちょうどいいところに!今日のミミさんは救いの女神に見えますよ!」

 意味不明な言動を並べつつ、私とトトリの仲を引き裂かんばかりに空気を読めないナンチャッテ王女が泣きついてくる。

(――ええい!私は今トトリと会話をしてたのよ!どうして邪魔するのよ!空気を読みなさいよ空気を!)

 ……なんて、一国の王女を前にしてそんな失礼極まりない暴言を吐けるほど、私も貴族のプライドを捨ててはいない。

「ちょっと、まずは何があったか説明しなさい! ほら、いい加減離れなさいってば! いつまで抱きついてるのよ!」

 私に抱きついていいのはトトリだけなんだからね!

「ご、ごめんなさい…ちょっと取り乱しました」
「ちょっとどころの騒ぎじゃなかったわよ…、んで? 結局この騒動の原因は何なのよ?」
「ああそうでした! お願いですミミさん! 私の変わりにミミさんが身代わりに…げふんげふん!」
「ん? 何よ? 今何か聞き捨てならないセリフを耳にした気がするんだけど…」
「き、気のせいですよ!気のせい!」
「ふぅん、そうかしら…?」

 怪訝なジト目を向けながらメルルの様子を窺うが、その挙動の全てが怪しくて逆に何も掴めなかった。

「えーとミミちゃん、実はね――」

 そんな時、見かねたようにトトリが割って入る。これが私とメルルの仲を誤解して嫉妬からくる行動だったら私は世界の中心でラブを叫んでいたこと請け合いだ。まぁ、そんなの私の妄想でしかないんだけど。でもちょっと期待しても罰は当たらないはずだ。

「もー!早くしてよぅ。覚めちゃったら美味しくなくなっちゃうよー? パイは出来立てが一番美味しいんだからね!ぷんぷん!」
「…え?」

 トトリの口から事情が語られるや否や、二人の影になって姿形すら映らなかった小さな影がひょっこりと視界に飛び込んだ。

「ロ、ロロナさん…?」
「あー! ミミちゃんいらっしゃい!」

 この重苦しい雰囲気に似合わない天真爛漫な笑顔を振り撒くその人物は、言わずと知れた大物錬金術師ロロライナ・フリクセルさんで間違いない。

(ロ、ロロナさん、いたのね…)

 いくらトトリばかりに目がいっていたとは言え「小さくて見えませんでした」なんて失礼にもほどがある。しかし数年前の大人の姿ならまだしも、いかんせん今はまごうことなき幼女の姿。視界に入らなくても言い訳は立つ気がする。

「あっ、よかったらミミちゃんも食べてって! 今回の新作パイは今までにないデキなんだよ!」
「パ、パイ…ですか?」
「そ! 名付けて《みらくるパイ》!! ホッペが落ちちゃうくらいみらくるなおいしさなんだよー!」
「へぇ、それはすごいですね」
「あとねー、このパイを食べると《何か》が起こっちゃうんだ、すごいでしょ! さっ、めしあがれ!」
「え? は? あ、あの…今さらっととんでもない事を言いませんでしたか?」

 前者の美味しいのはいいんですけど、後者は聞き間違いであって欲しかった。しかし小さな手からずずずいっと、有無を言わせず突き出された出来立てホヤホヤのパイ。一見すると普通のパイにしか見えない物体。
 だがしかし――。

「くっ」

 私の本能が告げていた。絶え間なく警笛を鳴らし続けていた。これを食べてはならないと全身の毛が逆立ち、嫌な汗を吹き出して止まらない。

「…っ…っ…!」

 だらだらと冷や汗が頬を伝う。声にならない悲鳴をあげながら、ギギギッと壊れたブリキのおもちゃのように首を回して、助けを求めるようにトトリを見つめる。
 トトリは諦めたように首を振ると、コクンと頷いて見せた。間違いであって欲しいと思ったけれど、何となく事情は察した。

(ど、どうしてこんなことになってるのよ…!)
(え、えと…気付いたらいつの間にかこんなことに…)

 トトリが言うには、トトリ達大人組みがちょっと目を離している隙にロロナさんが新作パイ(みらくるな効果付き)を作ってしまい、その後当然のように試食係(実験台)としてトトリとメルルが選ばれたらしい。まぁ、今この場の状況を鑑みれば、偶然(必然)にもアトリエに居合わせた私も含まれるんだろうけど。

(その…今までの事を考えると、ロロナ先生のパイはあまり食べる気にならないって言うか…)
(そ、それは私だってあまり食べたくないわよ…色々と酷い目にあってきたわけだし…)
(うぅー…ケイナァ~…ヘルプミー…)

 普通のパイならば喜んで食べているところだが付加要素として《何か》が起こる、つまり『何が起こるか分からない』という謳い文句がある以上、下手な博打の方がまだ救いがある。これならまだ以前食べた《あべこべパイ》の方がマシな気が……。

「ぐすっ…ふぇ…食べてくれないの?」

 ロロナさん特性パイを前にして燻っていた私達から何かを感じ取った幼心。ロロナさんの瞳から一粒の涙が零れ落ちる。

 ――まずいっ!

 そこにいる誰もがそう思わずにはいられなかった。

「ふぇぇぇん…ぐすっ…せ、せっかくトトリちゃんたちのために、一生懸命作ったのに…うぅ…」

 容赦なく泣き出すロロナ先生にトトリは慌てふためいて宥めにかかった。

「ああっ!ロロナ先生泣かないでください!わ、分かりました!食べます!食べますから!」
「ホント? じゃあはい!めしあがれ♪」

 トトリの早まった行動に、ロロナさんの涙がピタリと止まる。

(な、なんて現金な人…)

 そう思わずにはいられない。どうやらロロナさんは天使の皮を被った小悪魔だったらしい。女の武器を巧みに利用した挙句、一瞬前までの泣き顔が見事な笑顔で輝いているなんて。どうやら上手く乗せられたらしい。

「ト、トトリ! そんな命を粗末にするようなことは…」
「ううん…いいの。遅かれ早かれきっと誰かが食べなくちゃいけなかったと思うの…。それなら、ロロナ先生の一番弟子である私だけが犠牲になれば…」
「ダメよ! そんなの絶対私が許さないわ! トトリがいなくなるなんて…そんなの私、絶対嫌よ!」
「ミミちゃん…でも」

 トトリは悲しげに目を伏せると、目尻に涙を浮かべた。それを見た瞬間、私の中で何かが弾けた。

「いいわ!こうなったら私も一緒に食べる!トトリだけ死なせはしないわ!だから安心して!」
「ミ、ミミちゃん…だ、だめだよそんな!」
「ううん…死ぬ時は一緒よトトリ。一人ぼっちは寂しいものね…」
「ミミ、ちゃん…うん、ずっと一緒だよ…?」

 私とトトリはキュッと手を握り合って互いの目を見つめ合う。揺れる瞳に映るのは誰よりも愛しい存在。友達で、親友で、それ以上に大切な、たった一人の私だけの人――。

「トトリ…」
「ミミちゃん…」

 ぽわぽわとハートの飛び交ういい雰囲気。私たちを中心に半径1メートルが桃色閉鎖空間と言う名の不可侵領域に覆われるや否や、

「…あのー…」

 案の定、おいてけぼりをくらっていたメルルが二人だけの世界に土足でずかずかと乗り込んできた。本当に空気が読めないというか、実は狙ってやっているとしか思えない。

「いい雰囲気のところ申し訳ないんですけど…」
「申し訳なく思ってるなら邪魔するんじゃないわよ、まったく…」

 チッと舌打ちをしつつ、誰の耳にも届かないような声で呟く。

「な、なんかもう死んじゃうの確定みたいな流れになっちゃってますけど、これってただパイ食べるだけですよね?」

 そんな事分かってるわよ。どんな効果があったってパイ食べただけで死んじゃ堪ったものじゃないし。ただちょっと雰囲気出してみただけって言うか。とにかく悪いのは全部このナンチャッテ王女のせい。そういうことにしておく。

「メルル…今日ほど貴女を煩わしく思った日はないわ」
「うう、ミミさん怖い…、で、でもとりあえずそろそろ食べてあげないとまたロロナちゃんが泣いちゃいますよ?」
「わ、わかってるわよ。ちょっと心の準備してただけじゃない」
「なるほど、つまりさっきの茶番が心の準備期間だったというわけですね?」
「ちゃ、茶番じゃないわよ!」

 私の剣幕にメルルは土下座する勢いで頭を下げた。まったく、いつも一言余計なんだからこの子は。

「それじゃトトリ…」
「う、うん」

 私とトトリは頷き合い、お皿の上で待ちぼうけをくらっている不思議パイを手に取った。お互い手を握り合ったままなのは、やはり僅かな恐怖心が捨てきれないからだろう。
だけどトトリの手を握ってるだけで自然と勇気が湧いてくる。トトリも同じように思っていてくれたら嬉しいなって、ちょっとだけ期待した。

「それじゃあ、食べるわよ」
「頑張ってくださいミミさん! 骨は拾ってあげますから!」
「私を身代わりにしておいてよく言うわね…。まったく、元はと言えばメルルが一人で全部食べてればこんなことにはならなかったのよ」
「ええぇ!? それって私だけ痛い目にあってれば万事解決ってことですかぁ!?」

「さ、逝くわよトトリ」
「う、うん。ちょっと怖いけどミミちゃんが一緒だから大丈夫だよ」
「あ、あのミミさん? さらっと無視しないでく――」

 メルルの言葉を右から左に聞き流し、私とトトリは同時にパイに口をつけた。もぐもぐもぐもぐ。味は普通のどこにでもあるパイで間違いない。とは言えさすが一流の錬金術師である前に一流のパイ職人(自称)であるだけの事はあり、味は一級品だ。
 しかし味はいいとしても、やはり気になるのは《何か》が起こると言う付加要素。しかし一口また一口と食べていくが、その効果が発揮されることはなかった。あるいはもう既に何かしらの変化が起こっていた可能性も無きにしも非ず、だったのだが。

「……」
「……」
「だ、大丈夫ですかお二人とも?」

 無言。終始無言。ただひたすら無心でパイに齧り付き、最後の欠片も残さずに胃袋へと収まった。

「トトリ、大丈夫?」
「う、うん…大丈夫だけど…ミミちゃんは? 何か変わったとこある?」
「私も特には…これといって体に異変を感じるわけじゃないし…」
「うーん、おかしいなぁ。ロロナ先生のパイだから何かしらの変化はあると思うんだけど…。あのー、ロロナ先生? このパイ、実は失敗なんてことは…」
「ううん!とっても上手に焼けたよ!」
「ですよね…てことはもしかして、不発?」

 そんなわけがないと思いつつもそうあって欲しいと思うのが正直なところ。トトリは「う~ん」と考えるような素振りで、まさに私の手を離そうとした――

 ――そんな時だ。

 私たちはいかんともしがたい明確な異変に気付くことになる。

(あれ…? 手が、何か…)

 繋いだ手に確かな違和感を感じた。あるいは微動だにせずただ黙って突っ立ったままなら気付かなかったかもしれないが、人間どうやっても動かないわけにはいかないわけで……、

「ちょっ、トトリ!?」
「え…? あっ…!」

 手を離したと思って手を上げたその瞬間、まるで接着剤を塗りたくられたかのように、私たちの手と手がくっ付いたまま離れなかったのだ。しかし今更気付いたってもう遅くて、トトリに勢いよく手を引っ張られ体勢を崩した。

「あ、危なっ…!」
「わわっ…!」

 咄嗟の事で受身も取れなくて、一時の間を置いてガタガタンッ!と言う痛々しい音を発しながら床に叩きつけられた私とトトリ。

「いたた…、だ、大丈夫トトリ?」
「う、うん、私は…ミミちゃんは…?」
「私は大丈夫よ。そんなことより――って、あ…トトリ?」
「え?…あ…」

 確か、最後に見た光景はトトリに覆いかぶさるような形で床へと倒れこむ私。それだけは何故かしっかりと記憶に焼き付いていて、もちろんそんな状態で二人とも縺れ合うように倒れ込めば、どう言う結果を招くのか火を見るより明らか。

「だ、大丈夫ですかトトリ先生!ミミさん!」

 慌てて駆け寄るメルルとロロナさんの言葉が右から左に流れていく。私の意識はただひたすら、目の前の存在に支配されていた。心を奪われていたと言ってもいい。それだけ私たちの距離は近い。

「ト、トトリ……」
「あ、あぅ…」

 私はトトリを押し倒していた。唇さえも触れてしまいそうな距離で。お互いの瞳をみつめて。

(い、いったい、ナニが? ナニが起こったの?)

 まさかこれが《何か》が起こるの《何か》に当て嵌まる現象だというのだろうか。いやまて落ち着け。それ以前にもっと考えなくちゃいけない異変が最初にあったようななかったような――、

「~~っ!」
「え? あ、あの…トトリ?」

 しばらくするとトトリの様子に明らかな異変が起こり始めた。

「ミ、ミミちゃん…お、お願いだから、そんなにじっと見ないで…、は、はずかしいから…」
「…っ!? ご、ごめんなさい」

 どうやら無意識の内にトトリの可愛らしい顔を堪能していたようだ。トトリは恥ずかしそうにその濡れた瞳を逸らした。おまけにその艶を含んだ色っぽい仕草に一瞬呼吸をするのを忘れたほどだ。

「あ、あの…ミミちゃん? で、出来ればそろそろ離れて欲しいんだけど…」

 うるうると濡れたその目でチラチラと意味深な熱視線を送りつつ、そんな事を言うのはこの口か。上気した頬を朱色に染めて、物欲しげに開かれたピンク色の唇からは熱い吐息がハァハァと――、

(…ゴクッ…)

 無論、これで興奮しない私じゃなかった。目の前には離れて欲しいと言うわりにまったく抵抗を見せないトトリの肢体。その表情は蕩けていて、まるで私を誘っているように見えた。

 ――いっそ私のそれで塞いでしまおうか…?

 顔が灼熱の業火に焼かれたように熱い。そして息苦しくて呼吸困難になりそうだ。果ては胸が張り裂けそうで死にそう。トトリのその言葉と行動の不一致が、私の理性を焼き切る寸前まで追い込む。

「ハァ…ハァ…ト、トトリ…!」

 脳が酸素を求め自然と荒くなる鼻息とともに名前を呼んだ。爆発しそうなほど高鳴る心臓の鼓動と興奮を抑えきれず、崩壊しかけの薄れた理性に突き動かされるままに、私はそっと顔を近づけていた。もはや我慢の限界だ。
 据え膳食わぬはなんとやら――やらいでか!

「あっ…ミミ、ちゃ…ん」

 濡れた瞳がさらに潤いを増す最中、遂に互いの瞳がそっと閉じられる。
 交じり合う吐息が今まさに溶け合おうというその時――、

「ねぇねぇメルルちゃん。トトリちゃんとミミちゃん、ちゅーしちゃうの?」
「しぃー! 黙ってようねロロナちゃん! 今いいところだから!」

 ああ、結局こうなるのか――。まぁなんとなくわかってたけど…。
 夢のようなひとときは、でばがめの会話とともに終わりを告げる。その距離、僅か1cm弱。雰囲気に流されるまま行為へと及ぼうとした私たちの意識が一瞬で現実へと引き戻される。

「すっ、すす、少し悪乗りしすぎちゃったかしら? そ、そろそろ離れましょうか? ねぇトトリ?」
「そっそそそ、そうだねミミちゃん! うん今すぐ離れよう! あはは…はぁ」

 お互い顔を真っ赤にしていそいそと離れる。

「えー、私たちのことは気にせず存分に続きをしてくれてよかったんですよ? ねぇロロナちゃん?」
「だねー、二人ともちゅーしないの? シテるとこ見たかったなぁー」

 ロロナさんのくりっとした円らな瞳が笑顔とともに突き刺さる。邪気がないのが逆に始末に負えなかった。やれやれだ。

「し、しませんから! さ、さっきのはちょっとした冗談です。ねぇトトリ?」
「う、うん、そうそう! じょ、冗談だから!」

 ゴホンゴホンとわざとらしく咳払いをしながら、誤魔化すように起き上がったが、しかし最初にその身に降りかかった異変が邪魔をして思うように起き上がれない。

「あっ…ト、トトリ…手がくっ付いて離れないんだけど…」
「え? あ、ホントだ…」

 床にしゃがみ込んだまま、何とか手を離そうと試みるが、まるで最初から一つの存在として繋がっていましたと言わんばかりに手と手が密着して離れない。やっぱり最初に感じた違和感は夢ではなかったらしい。

「ぬぐー! ホ、ホントにくっついちゃってますね」

 メルルも一緒になって、必死に力を入れて引っ張るがやはり取れる気配がない。

「これって、もしかしてロロナちゃんのパイの効果でしょうか?」
「そう…なのかな。ロロナ先生はどう思います?」
「んーわかんない! でもちゃんと不思議な《何か》が起こったでしょ? じゃあきっとパイの効果なんだよ!」
「そ、そんな適当な…」

 作った本人にも断言できない《みらくるパイ》の効果はやはり未知数だった。もしかすると手が離れなくなって、トトリを押し倒して、そのあとのあれこれも含めて《何か》だった可能性も否定できないし。まぁたぶんただの不可抗力だろうとは思うけど。

「確かに《何か》が起こりましたけど…こんな事が起こるなんて予想してなかったって言うか…」
「まぁまぁトトリ先生。《何か》って言うくらいですから効果なんてピンキリですよ。ていうかむしろ喜ばないといけませんね。そこまで変な《みらくる》じゃなかったんですから。ミミさんなんてきっと落ち着いてるフリして心の中で狂喜乱舞してますよ?『愛しのトトリと人前で繋がったままなんて頭がフットーしそうだよぅ!』なーんて♪」

 ――ガシッ!メキメキメキ!!

「あはは痛いですよミミさん頭が割れる割れる割れるぅうう!! アッ――!」

 開いた手でメルルのこめかみにアイアンクローを決めて容赦なく潰しにかかる。骨と肉とが軋むような嫌な音を立てながらナンチャッテ王女の頭をミンチにしてやろう――と思ったがさすがに一国の姫を亡き者にしたら外交問題に発展しそうなのでやめておく。

「はぁ…はぁ…ひ、ひどいですよミミさん…。い、今一瞬、見えちゃいけない川が見えましたよ…。川の向こう側で叔母様が手を振ってました…」
「そんな事より、これどうしたらいいのかしら?」
「そ、そんなことって……ぐすん」
「そうだね…手が繋がったままだと何かと不便だし…」

 私はそれでも一向に構わない――と一瞬口を告いで出そうになる。おまけに「まさか一生このままトトリと繋がったまま残りの人生を過ごすのでは?」とあぶない妄想で思考が埋め尽くされていく。私は慌てて首を振るって体裁を保つことに集中した。

「あの、ロロナ先生? このパイの効果って、どれくらいで切れるんですか?」
「うんとねー、たぶん明日には切れると思うよ」

 それを聞いてトトリはホッと胸を撫で下ろした。これが長期間となれば私生活はもちろん、仕事にも影響を及ぼしかねない。無論それは私にも言えることだ。

「てことは、今夜さえ乗り切ってしまえば万事解決ってことですよね!」

 いつの間にか復活していたメルルはそう言いながら、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら両手を叩いた。

(…人事だと思って簡単に言ってくれるわね…)

 訝しげに思いながらメルルに鋭い視線を送るが彼女はまったく意に介した様子もなく、さらにこんな事を言い出した。

「というわけでミミさん。今夜は遠慮なくアトリエに泊まっていってください。トトリ先生もそれでいいですよね?」
「うん、ぜんぜん構わないよ。ミミちゃんが泊まっていってくれたら私も嬉しいし」
「――」

 思いがけない提案に言葉を無くして目を見開くことしかできない。
 私を他所にとんとん拍子に決まっていく今後の予定。すでに私がアトリエにお泊りすることは二人の中では決定事項のようだ。少しは私の意志も聞いて欲しいところだが、私には特に拒否する理由はない。むしろ願ったり叶ったりと言いますか――、

(くふっ、感謝してくださいねミミさん)

 メルルはトトリに気取られないようにそっと私に耳打ちしてくる。って、感謝って何よ感謝って。

(別に、アンタに感謝することなんて何もないわよ)
(あるぇー? そんな事言っちゃっていいんですかぁ? 私のおかげでついに念願のお泊りだって言うのに)
(うぐっ…)

 微妙に痛いところを突いてくる。手が繋がっている以上、メルルの提案がなくても結果として同じような気もしたが、確かにメルルの提案があったからこそ大々的に《お泊り》は成立したわけだ。

(ミミさん、今こそアレを実行に移す時ですよ!)
(ア、アレって何よ、アレって…)
(はぁ? 何言ってんですか?)

 今更だが聞き返すんじゃなかったと後悔。そもそも最初から答えが分かってる問い掛けに意味などない。むしろ私の願望を他人の口から聞く羽目になるという、拷問以外の何物でもない仕打ちを受けなければならないのだ。

(ミミさん前に言ってたじゃないですか。トトリ先生の事が大好きで大好きで堪らないミミさんは、一緒にお風呂に入って、一緒のお布団で寝ふむぐっ!?)
「わーわー!それ以上言ったら殺すわよ!」
「むーむぐぅー!」

 予想通りの答えに、当然私はメルルの口を押さえつけた。トトリには聞かれてはいないだろうが、それでも私自身思い出したくもないピュアトリフ事件を思い出すので堪ったものじゃない。

「どうしたの二人とも? さっきから何だか慌しいけど…」
「あっ…う、ううん別に何でもないのよ! 気にしないで。はは…。そ、そんな事より、本当に泊まっていってもいいのかしら? 迷惑になったりしない?」
「迷惑なんてそんな! ミミちゃんなら大歓迎だよ!」

 大歓迎とまで言われては、好意を無下に扱うのは逆に失礼に値するというもの。
 でもまさか、私のささやかな願いがこんな形で叶うことになるなんて思ってもみなかった。
 ただ欲を言うなら…、

(私としてはもっとこう…お付き合いから段階を踏んで、最終的にお泊りイベントに突入するっていう…げふんげふんっ!)

 どちらにしろ、手と手がスッポンのようにくっ付いてしまっている以上、離れるまで一緒にいないといけないのは避けられない事実。効果が切れるのが明日となれば、結局夜通しトトリとは一緒なのだ。ここは素直にお言葉に甘えるとしよう。

「そ、そう…それじゃあ今日のところはご厄介になろうかしら」
「やったぁ♪」

 嬉しそうに飛び跳ねるトトリの笑顔は大輪の花が咲いたみたいに綺麗だった。私は思わず顔を逸らしていた。その反則的なまでに眩しく映る笑顔から。

(な、なんて顔で笑うのよ…もう)

 否が応にも顔が熱くなる。繋がれた手から胸のドキドキが伝わってしまわないか心配だった。だってそんな顔されたら嫌でも期待してしまうじゃないか。

(これって…チャンスなのかしら?)

 確かにこれは不可抗力、偶然降って湧いた束の間の奇跡――なのかもしれない。だけどそれが何だと言うのだろうか。起こらないから奇跡?――そんな理屈は知らない。
 念願叶ってそれで満足かと問われれば、答えはもちろん否。これは一生に一度あるかないかの千載一遇のチャンス――つまりこの状況を生かすも殺すも私次第ということだ。

「ふぅ…どうやら長い夜になりそうね…何もなければいいんだけど」

 冷静を装いつつ溜息混じりにそう呟くと、もはやお約束と言っていいほど耳聡く反応したメルルがニヤリといやらしい笑みを浮かべた。

「またまた~♪ 素っ気ないフリして、実は《何か》が起こることを期待してるんですよね? そんなニヤニヤした顔で言われても説得力の欠片もありませんよミミさん? 私には全部お見通しなんですから!」

 メルルは自信満々にそう言ってのけるとドヤ顔全開で胸を張った。私にはないその憎たらしい膨らみを揺らして――。

「ええそうね…」

 懲りずに己を貫くその姿勢はある意味尊敬に値するが、同時に万死に値するのも確かなわけであるからして。結果、メルルにはその短い人生に幕を下ろしてもらうことにする。

「メルルのその心意気に敬意を評して、全力全壊の必殺技で貴女の息の根を止めようと思うのだけどどうかしら?」
「え? あ、あはは…じょ、冗談…デスヨネ?」
「……短い付き合いだったけど、貴女と過ごした日々は存外悪くなかったわ」
「う、うわーん! お願いですから冗談って言ってくださいよー!」
「だが断る!」


「ねーねートトリちゃん? 今日ミミちゃん泊まっていくの?」
「ふふ♪ そうですよロロナ先生。よかったですね♪」
「んんー? よかったのはトトリちゃんの方じゃないのかな? なんだかとってもうれしそうだしぃ~、お顔もパァーって輝いてるよ? パァー!って」
「っ!? い、いやそのっ…そ、そんなに顔に出てますか? お、おかしいなぁ…」
「くすくす、やっぱりトトリちゃんってミミちゃんのこと――」
「わーわー!そ、それ以上言ったらダメです!ミミちゃんに聞こえたらどうするんですか!」
「えへへ~、トトリちゃんは先生に感謝しないとダメだよー?」
「うっ…そ、それは…まぁ…あ、ありがとうございます」
「よろしい!」

 波乱の幕開けとともに始まる奇跡のお泊り会――。
 その行方は神のみぞ知るなんとやら。


つづく?
[ 2012/05/11 20:24 ] 未分類 | TB(1) | CM(1)
ミミとトトリゎ最高ですね(*^^*)
アトリエの百合ゎ大好きです!
ミミトトリ以外にももっと見たいですね(^q^)
[ 2012/06/02 00:44 ] [ 編集 ]
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まとめtyaiました【メルルのアトリエSS トトリ×ミミ 『奇跡の大安売り』】
※追記からどうぞ。
[2012/05/12 06:02] まとめwoネタ速neo