とある百合好きの駄文置場。二次創作SSやアニメ・漫画等の雑記中心。ゆいあずLOVE!

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メルルのアトリエSS トトリ×ミミ 『Again~Dia~』 後編

前編の続き。

追記からどうぞ。


 アールズ王国での合併式典から、早いもので半年余りが過ぎた。
 その後のアールズは、猫の手も借りたいほど多忙な日々が続いたが、一番記憶に新しいのはやはり、メルルの名を冠する新しいアトリエが建設されたことだろう。
 メルルのアトリエ業が軌道に乗り始め事で、忙しかった日々もようやく落ち着きを見せ、手伝いに借り出されていたトトリとミミ、他数名の協力者も、一部を除いてひとまず故郷であるアーランドへと戻っていた。

「この街に帰ってくるのも、本当に久しぶりね…」
「そうだね…。私は三年くらい前に一度帰ってきてるけど、あの時はあまりゆっくりしてる時間がなかったからなぁ…、結局どこにも顔見せできなかったし」

 懐かしきアーランドの街は健在だった。もちろん、そこには思い出深きロロナのアトリエも。サンライズ食堂や武器屋などのご近所さんも、あの頃から変わらぬままそこにある。
 トトリとミミは、様々な記憶の残る街並みに、思い出に浸らずにはいられなかった。

「……ところでロロナ先生、体の方はもう大丈夫ですか?」

 トトリは踵を返し、後ろをのほほんと歩いていた女性に声を掛ける。今にも蝶々を追いかけて放浪してしまいそうなほど、ぼんやりしていて気が気じゃない。
 赤色を基調とした服装は目立つ故、通り過ぎる人の二人に一人は彼女に目を向けていたが、彼女が目立つ理由は何も服装だけの話ではない。特にこのアーランドと言う街に置いて、彼女は特別なのだから――。

「うん、全然大丈夫だよー! トトリちゃんも本当心配性だね?」
「そ、そりゃ心配にもなりますよ。元に戻って日も浅いですし…」

 件の女性――ロロナは、トトリとミミにはない二つのふくらみを揺らしながら我が物顔で道のど真ん中を闊歩していたが、トトリに呼び掛けられその場で立ち止まると、子供っぽい無邪気な笑みを浮かべた。

「やっぱり手足が長いと落ち着くよね。なんて言っても歩きやすいし! それに高いところにも手が届く! 最高だよね!」
「そ、そうですか…」
「あっ…あと目線が高いと、見える景色も違うよねやっぱり。 絶景かな絶景かな!」
「小さい時は私の腰くらいの目線でしたもんね」
「だね。まぁ、たまには小さくなるのも悪くないけど、でもあれって記憶が曖昧になっちゃうから困るんだよねー」
「ま、まぁとにかく…ロロナ先生に問題がないならそれでいいです」

 今更だが彼女の名はロロライナ・フリクセル。晴れて元の姿に戻った彼女は、言わずもがなトトリの師匠である。
 アストリッドの企みにより八歳児相当まで幼児化していた彼女は、ひと月ほど前に元の姿に戻ったばかりだった。そこまでに至る経緯には無論、アストリッド説得と言う苦難苦行が待ち構えていた事は言うまでもない。

「んん~~~! やっぱりシャバの空気は美味しいねー。今日はいいパイが作れそうだよ!」

 おまけに隠すまでもなく成人女性である彼女は、今年三十三歳になる立派な大人だ。外見的にはマイナス10しても十分通用するが…。
 にも拘らず、精神年齢は未だ八歳児のままで止まっているのではないか、と少々失礼な事を考えているトトリ。それを口に出して言わないだけトトリも成長しているのだろう。

「それで、ロロナ先生はこれからどうするんですか?」
「ん? あー…とりあえず自分のアトリエに戻ろうかなって。ずっとほったらかしだったしね。その後、くーちゃんの所に顔出すつもり」
「そうですか。それじゃあ、とりあえずここでお別れですね」
「トトリちゃんはどうするの? やっぱりアランヤ村に戻るのかな?」
「いえ…その前に少しやっておきたい事があるので…」
「そっか。それじゃあここで一端お別れだねー」

 トトリとロロナはその後一言二言言葉を交わし、橋を渡った先の別れ道で一端別れた。
 後に残されたトトリとミミは、ロロナの姿が見えなくなるまで、その背中を見送っていた。

「ロロナさんも相変わらずよねぇ…、ていうか何であんな規格外に若いのかしら? 外見詐欺もいいとこじゃない」
「はは…まぁ、エスティさんとかステルクさんって言う例があるし、そこまで珍しくもないんじゃないかな、アーランドでは」
「そ、そうね…あの人たちに比べたら、まだ、ねぇ…はは」

 ミミは改めて、自分の周りの人々の異常さに苦笑いを浮かべていた。

「……さてと、いつまでも突っ立ったままじゃあれだし、とりあえず移動しましょうか。トトリはどうするの? 行きたい場所があるんだったら、付き合うけど」
「その事なんだけど…、実はミミちゃんにどうしても付き合って貰いたいところがあるの」
「構わないわよ。それで、どこに行くのよ?」

 トトリはミミの瞳をしっかりと見つめて、はっきりと告げた。

「冒険者ギルド、だよ」
「っ…」

 ミミはトトリのその一言に息を呑んだ。揺れる瞳が映し出すトトリの瞳には、迷いのひと欠片も感じない強い意志。決意すらも感じるその瞳の深さに動揺を隠し切れない。なぜ、今になってあの場所に。ミミの脳裏を過ぎるのは、あの日の記憶だった。

 その場所は、全ての始まりの場所。
 出会い、喧嘩、そして約束――。
 それは忘れられるはずもない懐かしき記憶の断片。
 二人は今この時、あの日の出来事を確かに思い浮かべていた。



   *


 同日同時刻、アーランドの冒険者ギルドの受付嬢ことクーデリアは、人知れず深い溜息をついていた。カウンターに突っ伏しつつ、今日も今日とて愚痴は尽きない。

「――ったく…今日も残業確定とか、夜更かしは美容の大敵だってわかってんのかしら…ただでさえ最近はお肌が荒れてきてるってのに…」

 ブツクサと不満を漏らしてはいるが、同僚の女性陣から言わせてもらえばお肌が荒れているようには見えないらしい。
 むしろ化粧すら必要のない赤ちゃん並みの卵肌に、同僚どころかアーランド中の奥様方に羨ましがられているくらいで、幼馴染のロロナや、元受付嬢のエスティと合わせ、アーランドの七不思議に数えられているほどだった。

「はぁ…フィリーもぜんっぜん帰ってくる様子ないし…、なんで私ばっかりこんな目に…、いい加減私も隠居して、結婚の一つでもしてみたいわよねぇ…、でもロロナは帰ってこないし…、元の姿に戻ったんなら一回くらい顔見せてくれてもいいじゃないのよ…、いや、一回と言わず百回くらい…」

 クーデリアは、ここ数年姿を見せない幼馴染に思いを馳せながら、哀愁漂っていた。

「はぁ、まったく何やってんのよ…、このままじゃ私、どこの馬の骨ともわからん奴とお見合いさせられて政略結婚の餌食になっちゃうわよ…、いやでも、それはそれで…、結婚式場にロロナが乗り込んできて、花嫁たる私を横から掻っ攫っていくって言う…何よ、結構燃えるじゃない…そんでロロナと駆け落ちして…って、ちょっと待ちなさいよ! さっきから何考えてんのよ! しっかりしなさいよ私! いくら疲れてるからって何で私がロロナの嫁になってんのよ! むしろロロナが嫁でしょ!」

 悩み多き貴族の淑女たるクーデリア・フォン・フォイエルバッハ。
 何を隠そうロロコン患者筆頭である。ちなみにロロコンとはロロナコンプレックスの略語。ちなみに色々拗らせちゃってる某元アーランドの騎士様や、大陸最強の剣士と名高き元王様にも同じ症例が見られるとか見られないとか。
 さてそんな彼女も見た目十代でも通用しそうな子供っぽい容姿をしているが、ロロナ同様立派な大人の女性だ。ちなみに歳はロロナの一つ下なので、今年で三十二歳になる。
 しかし、いくら彼女がそう言い張ったところで、誰一人としてその事実を信じる者はいない。ある意味、その歳の頃の女性としては幸せな事なのかもしれないが、当のクーデリアはどこぞのアラフォーエージェントとは違い、歳相応に見られたい節がある。それは多かれ少なかれ、彼女の身長の低さが起因していることは、神のみぞしる事実だ。

「はぁ…これは本格的に長い休暇が必要のようね。いっそロロナも誘って、旅行にでも行こうかしら? そう言えば、アールズに温泉があるって前にロロナに聞いたけど、どんなところなのかしらね」

 この仕事を終えたら本気で有休を取る事を心に固く誓い、愚痴もほどほどに仕事を再開しようとしたその時、クーデリアの目に懐かしき光景が飛び込む。

「ん? あれって…もしかして…。ああ…なるほどね…ようやくか…。まったく、いい加減待つのも疲れたわよ。えーっと…『アレ』はどこにしまったかしらね」

 残業が確定している割に人通りの少ない元王宮窓口に、見覚えのある懐かしい二人組み。クーデリアの下に一直線に歩いてくるのが見えた。クーデリアはふっと笑みを漏らすと『アレ』とやらを探しつつ、懐かしき記憶を掘り起こしていた。


………
……


 五年前――冒険者ギルド窓口。
 そこにはクーデリアはもちろんの事、トトリの姿もあった。トトリは何かを諦めたような表情で鞄から冒険者免許を取り出すと、カウンターにそっと置いた。

「クーデリアさん…これ、お返しします」
「はぁ…、何度も聞き返すようで悪いけど、本当にいいのね? 言っとくけど、一度冒険者の資格を取り消したら、二度と冒険者にはなれないわよ? そう言う決まりなんだから」
「はい…わかってます」
「……わかってるような顔には見えないんだけどね」

 冒険者免許を見つめるトトリの瞳は未練に縛られている。それに気付かないクーデリアではなかった。トトリは軽く頭を振って、

「……だって、仕方ないじゃないですか。これから錬金術師としてアールズに行くわけですし、もう冒険者として活動していくことはできません」
「それは…そうかもしれないけど」
「いいんです。もともとお母さんを探すために冒険者になったわけですし、もう心残りはありませんよ」
「確かにアンタのお母さん、ギゼラは帰ってきた。もともとの旅の理由もそうだったのかもしれないけど。でも今は違うでしょ?……あの子の事はどうするのよ?」
「…っ…!」

 トトリは瞳を揺らし悲しそうに目を伏せ、どうしようもない、とそう考えてまた諦めた。いくら望んだところで、もう自分のアールズ行きは決定している。私情を挟むわけにはいかない。自分だけのわがままで、他全ての人たちに迷惑をかけるわけにはいかないのだから。

「なら、どうすればよかったんですか…私にはもう、どうすることもできません」
「はぁ…アンタってホント、クソが付くほど真面目よね。いっそ逃げ出したって罰は当たんないわよ。第一、もともとはロロナが行く筈だった所でしょう?」
「それは、そうですけど…でも」
「ほら、そういうところがクソ真面目なのよ」
「うぅ…」

 言いたい放題のクーデリアに、トトリはうな垂れて呻く。クーデリアはそんなトトリに溜息をつきながら苦笑すると、

「ったく、仕方ないわね。それじゃあ、この冒険者免許は私が預かっといてあげる。個人的にね」
「はい…お願いします。って、え? 預かっておく? 個人的に?」
「そうよ。そもそもこれは冒険者免許の永久資格なんだから、取り消ししない限り永遠に使えるものなの。つまり一生冒険者でいられるのよ? わかってる? そこんとこ?」
「え、えぇ…それはもちろん…」
「まぁ、アンタにもケジメとかあるからこうして持ってきたんでしょうけど。でも、せっかくここまで来たのに取り消すなんて勿体無いじゃないの。だからこれは私が預かっておくわ。もしアールズへの派遣が終わって、それでもまだアンタに冒険者としてやっていく意思があるのなら、この免許はアンタに返してあげる」
「そ、そんなっ…そんな事しちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫に決まってんでしょ。私を誰だと思ってんのよ? 冒険者ギルドの受付嬢クーデリア・フォン・フォイエルバッハ様よ? 言っとくけど、別にロロナの弟子だからって贔屓してるわけじゃないんだからね!」

 ここだけの話、贔屓目がなかったと言えば嘘になるクーデリアの提案。

「い、いぇ…そういう事じゃなくてですね…」
「ああそれと、冒険者としてやっていく意思がないのなら別に取りに来なくてもいいわよ」
「え…?」
「考えたくはないけど、時間が経てば変わってしまうものってあるものよ。人の気持ちがいい例よね。アンタもその内、錬金術や冒険者以上にやりたい事が見つかるかもしれないじゃない」
「それは…」
「だからこれはアンタ自身が決めればいいの。必要なら取りに来ればいいし、いらないならドブに捨ててくれても構わないわ」
「ど、どぶって…」
「と・に・か・く! そういう事だからいいわね! 返事は!」
「は、はい! わ、わかりました!」


……
………


 あれから五年か…と、クーデリアは懐かしさに目を細めた。
 そう、トトリはアールズに向かうその前に、既にチャンスを与えられていた。あとは全てトトリの気持ち次第。そう言う約束の下、クーデリアの下には常にトトリの冒険者免許が保管されていたのだ。
 トトリがどう言う道を選ぶにしろ、この冒険者免許はあるべき持ち主へと返されなければならない。そして今がその時なのだ。クーデリアは確信にも似た何かを感じていた。

「お久しぶりです、クーデリアさん」

 クーデリアは眼前に立つ二人組みに含みのある笑みを浮かべながら見上げるような仁王立ち姿勢を崩さない。開口一番、トトリからの先制の挨拶。クーデリアはふっとした穏やかな表情で返しつつ、

「ええ、久しぶりねトトリ。あんまり変わってないようで安心したわ。ついでに、隣のアンタもね」

 隣のアンタとは無論ミミの事である。ミミだけ扱いがおざなりなのは今も昔も変わらない。

「久しぶりに会ったと思ったら『ついで』って何!? どうして私だけ取ってつけたような言い方なのよ! 差別で訴えるわよ!」

 礼儀よく頭を下げるとトトリとは違い、ミミは眉間にしわを寄せながら怒り心頭。爆発5秒前である。クーデリアはそんなミミの態度にやれやれと頭を振りながら肩を竦めて、

「はぁ…沸点の低さも相変わらずのようね。ま、そっちの方がアンタらしくて安心するけど」

 いちいち癇に障る物言いに、ミミは頬を膨らませながらそっぽを向いた。

「ふん! フォイエルバッハ家の御令嬢は相変わらず礼儀知らずですこと!」
「そう言うシュヴァルツラング家の当主様は、相変わらずトトリにべったりなのね。どうせアールズでも、犯罪すれすれのストーカー行為でお茶の間を騒がせてたんでしょ?」
「なっ! ス、ストーカーなんてしてないわよ! ちょ、ちょっとアトリエの前でトトリの様子を窺ってたくらいで……び、尾行とかそう言うのはしてないんだから!」

 語るに落ちるとはよく言ったもので、ミミの痛い発言はクーデリアを呆れさせるには十分だった。

「冗談で言ったつもりだったんだけど…まさかここまでとはね…、トトリも大変ね、こんなのに四六時中付き纏われて」

 こんなのって何よ!と言うミミの激昂を聞き流しつつ、クーデリアはトトリに目をやった。同意を求められても困ると言うのがトトリの正直な気持ちではあったが、

「そんな事ないですよ。私もミミちゃんと一緒にいれて嬉しいですし」
「えっ…ト、トトリ…それって」

 トトリの発言にドキッと胸を高鳴らせるミミ。その顔は、怒りの赤から羞恥の真紅に染まり方を変える。しかし元来のツンデレ気質が邪魔をしてか、素直に嬉しいと言う感情を表に出せないミミは、ただひたすらもじもじするばかり。
 だがクーデリアに言わせれば、これ以上わかりやすい態度はないらしい。それはクーデリアがミミと同じ人種だから、と言うのは今更だろう。

「それにしても、クーデリアさんは全然変わってないですね。いつ見ても若々しくて(…と言うより幼くて…)」
「ん、何よ? 別にお世辞なんて必要ないわよ?」
「い、いえ…お世辞だなんてそんな…」

 事実、トトリの言葉に嘘偽りはなく、その目に映る子供っぽい容姿の受付嬢は、最後に会った時と何一つ外見に変化がなかった。トトリなど一瞬、自分の視力を疑ったくらいだ。

「ふ、さすがにこの歳で自分が若いなんて自負するほど落ちぶれちゃいないわよ。これでも私、三十二歳よ? もう立派なおばさんなんだから」
「お、おば…さんには見えないです、とても」

 たとえ年齢的にそう言えなくもなかったとしても、クーデリアをおばさんと認めたら、自分もおばさんと認めなければいけないような気がして胃が痛くなる。せめて”お姉さん”くらいで手を打って欲しい、半ば本気でお願いしそうになる。

「あーはいはい、わかったわよ。そう言うのは社交辞令として受け取っておくから。まったく、しばらく見ないうちに口だけは達者になっちゃって」

 トトリはクーデリアのおざなりな態度に苦笑する事しかできなかった。返す言葉も思い浮かばないうえに、内心溜息が尽きなかった。

(ミミちゃんも言ってたけど…やっぱり異常かもね…はは)

 エスティ、ステルクと言う例がある以上、あと10年してもクーデリアの外見年齢には著しい変化は訪れないのかもしれない。特にクーデリアは、もともとが幼い見た目なので若作りにも拍車がかかるだろう。

「さてと…積もる話は山ほどあるけど、とりあえず最初に用件を聞きましょうか」

 クーデリアのその一言に、トトリは瞬時に頭を切替える。

「それで? 今日は何の用があって冒険者ギルドに来たのかしら?」

 そうは言ってみたものの、実際問題クーデリアとしては理由なんて何でもよかった。知り合いのよしみで「クーデリアの顔を見に来た」だけでも十分すぎるほど正当な理由として通用する。
 しかし今日と言う日、彼女が冒険者ギルドの敷居を跨いだのは、昔馴染みと世間話をするため、なんて陳腐な目的じゃないことは、その瞳に満ち溢れる決意の色を見れば一目瞭然。
 だからこそクーデリアは、わかっていても聞かずにはいられなかった。トトリの意思をトトリの口から聞かなければ意味はない。そんなクーデリアの気持ちを汲み取ったかのように、トトリは頷いてみせると、

「クーデリアさんにずっとお預けしていたアレを、取りに来ました」

 目を逸らさず、一直線にクーデリアを見据えながら、芯の通った、強い意志の感じる声で言い切った。クーデリアは内心笑みを浮かべずにはいられなかった。やはり――と。
 一方、一人蚊帳の外のミミは、理解が及ばず怪訝な瞳を向けるばかり。

「それはつまり、結論が出た、と言う事でいいのかしら?」
「はい」
「ふふ、そう。案外早かったわね。正直な話、トトリならもっと時間かかると思ってたわ。結構、迷ったんじゃない?」
「あはは…、現にちょっと前まで毎日のように悩んでたんですよ。でも、悩むより先に行動した方がいいって、弟子に怒られちゃいまして。それで、ようやく踏ん切りが付きました」
「へえ、話には聞いてたけど、アールズの王女様も中々粋な事するじゃない」

 トトリはふふっと微笑みながら「もうお姫様じゃないんですけどね」と続ける。
 さて、トトリとクーデリア、二人の会話にまったくついていけてないもう一人のお嬢様はと言うと、

「ね、ねぇ…さっきから何を二人で楽しそうに話してるのよ? 私にも分かるように説明しなさいよ」

 一人置いてけぼりを食らっていたミミの発言に、クーデリアは驚いて目を見開く。

「何よ? アンタわかっててトトリについて来たんじゃないの?」
「わ、私はただ、トトリがどうしても冒険者ギルドに用があるって言うから、付き添いとして来ただけで……あとは特に何も聞かされてないわよ。ていうか何があるのよ、一体?」

 ミミの怪訝とした瞳がトトリを見やる。それを受けたトトリの瞳はそのままクーデリアへと移動する。クーデリアは「はぁ、仕方ないわね」と頭をがしがしと掻きながら懐からそれを取り出す。
 カウンターのど真ん中、目に見える位置に置かれたそれを見て、ミミに明らかな異変が起こり始める。血の気が失せるとまではいかないが、ミミにしては珍しく鳩が豆鉄砲食らったような顔を露にする。

「これが何か、わからないアンタじゃないわよね?」
「ちょっ……そ、それって……」

 カウンターに置かれたカード型の代物。冒険者の永久資格。それはトトリだけでなく、ミミにも見覚えのあるものだった。自分も所持しているものなのだから知っていて当然ではあるのだが。
 でもミミが驚愕としているのはそこじゃない。

「…ト、トトリのが、何で…」

 少し草臥れてはいるが、あの日と変わらぬままにそこに存在するトトリの冒険者免許。ミミは夢を見ている気分だった。何故ならその免許は、この世にはもう存在しないはずのトトリの歩んできた軌跡そのもの。現にミミの頭の中では、既に破棄された代物と思い込んでいたのだから。

「ど、どう言うことなのよこれは! ど、どうして…トトリの免許がここに…」
「それはね、ミミちゃん…」

 トトリが何かを告げようとすると、呆れたようなクーデリアの溜息が割って入る。

「やれやれ、あんたも大概空気が読めないって言うか…察しが悪いわね」
「な、何よ! もったいぶらずに教えなさいよ!」

 癇癪を起こした子供のように激昂するミミに、クーデリアは深々と溜息を付いた。果たしてこの数時間でクーデリアの溜息は何度つかれただろうか。

「……本当にわからないの?」
「わ、わからないわよ!」
「はぁ…」

 未だ答えに辿り着かないミミ。それとも考えないようにしているだけだろうかと、クーデリアは思案しながら疑惑の瞳をミミに向ける。

「ちょっと考えればわかることでしょ? ここにトトリが居て、目の前にはトトリの冒険者免許、そこから導き出される答えはただ一つ。つまり…」
「つ、つまり?」

 ゴクッと、ミミは生唾を飲み込んで耳を傾けた。クーデリアは、期待と不安が入り混じったような顔で瞳を揺らすミミ含みのある笑みを浮かべながら、

「冒険者、トトゥーリア・ヘルモルトの復活ってことよ」
「…っ!?」

 ミミは驚愕から目を見開いて、金魚のようにぱくぱくと口を開いたり閉じたりを繰り返す。クーデリアとしてはミミのその驚いた顔が見れただけで十分すぎるくらいお釣りがくるのだが、

「あんた、実はちょっと気付いてたんじゃない? ううん、ちょっと違うわね。なんとなく、そうだったらいいなって言う淡い期待かしら?」
「っ…」

 そう言われ息を呑むミミ。途端におろおろと、落ち着きのない様子を露呈する彼女に、クーデリアは溜まらず吹き出していた。

「あははっ♪ アンタって本当にわかりやすいわね! 私だってそこまであからさまじゃなかったわよ?」
「な、何よ! わ、笑わなくたっていいじゃない!」
「ご、ごめんごめん。悪かったわよ。それじゃあそうね、あとは――」

 クーデリアは今回の主役であるところのトトリに目配せすると「あとは、あんたから言いなさい」と目で告げる。
 トトリは小さく頷いた。挙動不審なミミを他所に、カウンターの上で持ち主不在となっていた冒険者免許をそっと手に取り、静かに呟く。

「私の…冒険者免許、懐かしいなぁ。ぜんぜん変わってないや…」

 長い時をかけて元の持ち主へと返されたそれを見つめながら、トトリは自分が冒険していた頃の事を思い出していた。
 母を捜すために勢い一つで始めた冒険者。くじけそうになったこともあるし、もうダメだと思った事も一度や二度じゃない。それでも何とか頑張ってこれたのは、自分を支えてくれるミミや仲間たちがいたから。
 自分の歩んできた道、楽しい出来事や辛い出来事も、全てはこの一枚の冒険者免許に刻み込まれている。そんな気がした。もちろんそれは、トトリの胸にもしっかりと刻まれて、今も彼女の力となっているのは確かだ。

「ねぇミミちゃん。覚えてる? 私たち、ここで出会ったんだよね」

 突然思い出話を振られ、ミミは気恥ずかしさを覚えた。その時の光景でも思い返しているのか、赤らんだ顔を逸らしつつ、ポリポリと頬を掻きながら、ワザとらしい咳払いをして「そ、そうね…」と答える。

「最初はドンくさい田舎娘って思ってたけど、まさか錬金術師だったとは思わなかったわ」
「ど、ドンくさいって、何気にひどい…まぁ確かにあの頃の私ってそんな感じだったけど…。そう言えばミミちゃんと、ここで喧嘩した事もあったよね」
「ええ…あれも、今ではいい思い出だわ。あの頃の私って、自分の事ばかりで周りが見えてなかったから、トトリにも嫌な思いさせちゃったわよね。今思うと、私も相当子供だったわ…」
「ううん、それは私も同じだよ。ミミちゃんの事何も知らないくせに酷い事沢山言っちゃったもん」
「じゃあ、喧嘩両成敗ってことね」
「うん」

 二人にとって冒険者とは、お互いと出会えたことが何より大きな意味を持つ。
 ミミとしても、最初こそトトリの持つ錬金術を利用しようと考えていたが、トトリと苦楽を共にする内、いつしかトトリと対等でありたいと強く望むようになった。そしてトトリもまた、そんな彼女と共に在りたいと強く願う。
 そう思うと、やはり運命を感じずにはいられなかった。
 トトリとミミ。二人はかけがえのない仲間であり親友。あるいはそれ以上に大切な人足り得たのかもしれない。
 トトリはそっと免許を胸に抱いて目を伏せる。それからもう一度心の中で決意を固めた。それは母を捜すためじゃなく、自分自身のための冒険の始まりを告げる道標。

(…もう、後戻りはできない…どんな結果になったとしても、私は後悔しない…)

 自分はもう選んでしまった。あとはやり切るのみ。その先に自分が望む未来がなくても。それでも希望を捨てずに夢を見る。トトリの願いの第一歩は、今この手の中にあるのだから――。

「ねぇトトリ…冒険者に、戻るの?」
「……」

 核心を突くその言葉。トトリはそっと目を開けて、ミミの告げたその一言に軽く頷き、肯定の意思を見せた。
 ミミの揺れる瞳は安易に語っていた「どうして?」と。
 一度はやめたはずの冒険者に復帰する。そもそもクーデリアの反則的な計らいが無ければ復帰することすら叶わなかったのだ。そうまでして戻りたい冒険者に意味があるとすればそれは……。
 ミミは期待と不安に胸をざわつかせながら、トトリの反応を待った。そして、

「約束…したから。ミミちゃんと。二人で世界一の冒険者になろうって」
「――」

 それはある意味でミミが望んだ答え。しかしそれを聞いた瞬間、ミミから表情が消える。あるいはどんな顔をしていいか分からなかったのかもしれない。
 トトリはミミの反応に申し訳なさそうに顔を伏せると、ぽつりぽつりと胸の内を晒していく。

「ずっと…謝りたかった。約束守れなくて、ごめんねって」
「…トト、リ…」
「急にこんな事言われたら、ミミちゃんだって困っちゃうかもしれないけど、でもごめんなさい。それでも私は――」

 トトリは一度言葉を切り、確固たる意志をその瞳に宿し、ミミにその気持ちを伝える。
 
「ミミちゃんと一緒に冒険者でいたいの。これから先もずっと、ミミちゃんの隣を歩いていきたい」

 トトリの想いの強さに胸を打たれる。それは無意識からの衝動だったのか、ミミを突き動かすには十分だった。

「っ…!」
「あっ…!」

 もう我慢できないとばかりに、その手でトトリのほっそりとした腕を掴み、自分の方に引き寄せ、胸の中に強く抱きしめた。

「ミ、ミミ…ちゃん?」
「……」

 すっぽりと胸の中に納まってしまったトトリは、何が何だか分かっていない様子で目をぱちくりさせていた。しかしそれもほんの僅かの事で、すぐにミミに抱きしめられていると認識したトトリは、その胸の柔らかさと温かさに身を預けた。

「……ずっと、そんなこと考えていたの?」
「うん…、やっぱりミミちゃん、あの約束のこと、覚えてたんだね…」
「わ、忘れるわけないじゃない…! 忘れるわけ…ないわ…ゆびきりまで、したのに…」
「そう…だよね。本当に…ごめんなさい。あの時、約束守れなくて…」

 トトリの鼓膜に届くミミの声はどこか涙ぐんでいた。それはトトリに申し訳ない気持ちを彷彿とさせたが、でもそれ以上に約束を覚えていてくれた事実を喜んだ。

「いいわよ…謝らなくて。あの約束を果たせなかったのは、トトリのせいじゃないもの。やっぱりね、世の中どうしようもないことって確かにあるわ。私たちの気持ちだけではどうにもできない現実が、ね…」
「そうだね…。でも、私もミミちゃんももう子供じゃないし、自分の道は自分で選びたいよ」
「そうね…そうできたら、いいわね…」

 ミミはトトリの頭を優しく撫でた。それだけでトトリの胸を覆っていたモヤモヤが晴れていくような気がした。トトリは髪を梳くようにして踊るミミの指先に心地よさを覚え、気持ちよさそうに身を捩る。

「ん…」

 愛おしささえ感じるその行為に擽ったそうにしながら顔を上げるトトリだったが、ふとミミの優しげな眼差しを直視して心臓を鷲摑みされたようにキュッと締め付けられる。

「…ぁ…」

 ドキドキと高鳴る心臓の鼓動。顔はまるで茹ったタコのように熱い。まるで理解の及ばない感情の放流に動揺を隠せない。沸騰しそうな気恥ずかしさを誤魔化すようにして、慌ててミミの胸に逃げ変えり、少し強いくらいに背中に腕を回した。

「ね、ねぇ…ミミちゃん…」
「…ん?」
「私…ミミちゃんの隣に居ても、いいのかな…?」

 トトリは、心地よいミミの鼓動をその耳に聞きながら、静かに問う。
 するとミミのトトリを抱く腕にも力が篭り、トトリはさらに深く包まれる。それはまるでもう二度と離さないと訴えてられているようで、トトリは答えを聞く前からひどい安心感に包まれていた。

「バカね…そんなの当たり前じゃない。私の隣はずっと前から、トトリだけの特等席なんだから」
「ほ、ほんとに? ほんとにミミちゃんの傍に居ていいの?」
「何言ってるのよ。二人で世界一の冒険者になるんでしょ? むしろ居てもらわなきゃ困るわ」
「そ、そうだよね」

 それに…とミミは続けると、軽く腕を緩めてトトリを開放した。
 トトリは上目遣いで彼女を見つめ、その揺れる瞳をミミはしっかりと捉える。なんとなしに気恥ずかしさを覚える雰囲気の中、一時の間の後、トトリの「…それに?」と言う問いにミミは軽く頷き言葉を続けた。

「約束なんてあってもなくても関係ないわ。トトリにはずっと私の傍にいて欲しいって思ってる。これから先の未来も、ずっと私の隣で、ね?」
「っ…!」

 そんな意味深ともとれるミミの一言を聞き、トトリの頬がさらに熱く火照る。
 今のミミなら、それこそピュアトリフなんて無くても、何でも素直に気持ちを伝えられるような気さえした。それはきっとトトリが自分の気持ちを打ち明けてくれたおかげだと信じたい。
 
「…そ、それってその…。あのミミちゃん、一つ聞くけど、ずっとって…いつまで?」
「ず、ずっとはずっとよ……ダ、ダメかしら?」

 胸に秘めた想いを珍しく素直に吐露するミミに困惑を隠しきれないトトリだったが、

「う、ううん…ダメじゃない、ダメじゃないよ。ミミちゃんが言ってくれたこと、すっごく嬉しいんだけど…その、それって何だか、プロポーズみたいだなって」
「え…なっ!?」

 プロポーズと言う甘い単語に二人の顔がマグマのように赤面する。

「ち、ちち違うのよ? べ、別にそう言うつもりで言ったわけじゃ…!」
「う、うん…わ、わかってるんだけどね」

 トトリに痛いところを突かれ、ミミは赤面しつつしどろもどろ、慌てふためいた。
 しかしトトリに嫌がっている様子など欠片もなく、むしろそこまで想われていることに幸福さえ感じながら頬を朱に染めている。

 ―――で、でもトトリがどうしてもって言うなら、そう言う意味に取ってくれても…ごにょごにょ。

 と、言うミミの隠れた心情は、もちろんトトリの耳には聞き取れない微弱な電波。
 だがここだけの話、もしここでミミの気持ちが伝わっていたら、二人の関係は面白い方向へと進展を遂げていただろう。まぁ単純に早いか遅いかの違いで、そう遠くない未来、気付けば二人は――。

「………」
「………」

 二人はしばらくの間、今まで体感したことのない得体の知れない雰囲気に呑まれていた。押し黙る――と言っても1分かそこらの短い時間なのだが、そんな中、最初に沈黙を破ったのは……。

「ねぇミミちゃん…」

 ミミの慌てふためく様はあと10秒ほど続くのだが、そんな彼女を他所に軽く深呼吸をして心を落ち着けたトトリから放たれた言葉は、

「…もう一度、約束しよっか。今度こそ誓おうよ。私たちの未来を」

 それは、あの日の再現を科す言葉。
 一度は破られた誓いを今度こそ果たすために。

「そんな事しなくても…と言いたいところだけど、言っても聞かないのがトトリよね」
「ふふふ♪ うん、そうだよ! こう言うのは気持ちが大事なんだもん」
「仕方ないわね…トトリがどうしてもって言うなら、付き合ってあげるわよ」

 そう言うミミは穏やかな笑みを浮かべ、内心歓喜に胸を躍らせていた。昔はあんなにも恥ずかしい行為だったはずなのに、今は自らそれを望んでいる自分がいる。そんな不思議な感覚を覚えながらも、ミミは楽しそうに笑っていた。

「また、ゆびきりでもする?」
「ううん、それはダメだよ…、一度切られた指は、もう元には戻らないの。新しい約束には、新しい誓いの証が必要だよ」
「?…じゃあ、どうするのよ? 他に何か――っ!」

 トトリの真意に理解が及ばないミミは疑問符を浮かべて尋ねるが、不意のトトリの上目遣いに溜まらず息を呑み硬直してしまう。その揺れる瞳の深さに、吸い込まれてしまいそうな感覚に胸がキュッと締め付けられる。

「ゆびきりだけが…誓いを立てる唯一じゃないんだよ、ミミちゃん?」
「あ…な…そっ…」

 言葉にならない声を発しながら口をぱくぱく。驚いてばかりのミミを他所に、トトリはその瞳をそっと閉じて、約束の証となるものを差し出した。
 それはつまり、未来永劫を誓う絶対の約束。もう二度と違わないと言う強い意志の表れでもあり、トトリの覚悟と、そして想いの強さが今ミミの目の前にあった。

(こ、これって…そういうことで、いいのよね…? い、いやでも…トトリのことだからそういうのとは関係なく…ああもう!)

 それが何を意味するのか、さすがに分からないはずがない。ミミはゴクリっと生唾を飲み込んで、葛藤の末にトトリの肩をそっと抱き寄せた。ピクリッと微弱な反応を示すトトリを無視して、ミミはそっと自分の顔を近づけていく。

「トトリ…」
「ミミちゃん…」

 今この一瞬、二人の胸の高鳴りはピークに達していた。頬を赤らめながら差し出された唇から漏れる甘い吐息が頬にかかる。徐々に距離が近付いて、熱い吐息が混じり合い、二人の気持ちも高揚していく。
 約束の証は、二人にとって始めてのそれとなる。それはまさに二人だけの空間だった。なんぴとたりとも進入を許さない雰囲気を醸し出しながら、やがて二人の距離は限界まで縮まって、そして遂にその瞬間は訪れる。
 二人の唇にこの世のものとは思えない柔らかな感触が――、

「あー…その、悪いんだけど、そう言うことは別のところでやってもらえるかしら?」

 ――と言った所で、それは敢え無く妨害された。一人傍観者を決め込んでいた受付嬢様の空気を読めるアシストアタックによって。

「「~~ッ!?」」

 無論、驚愕を禁じ得ないのは目下の二人。突如として鼓膜を突いた第三者の声に、条件反射的に距離を取って離れると、

「ク、クーデリアさん!? い、いつからそこに!」

 トトリが慌てながらそう言うと、便乗したようにミミは顔を真っ赤にしてコクコク頷く。クーデリアは頭痛に苛まれるように眉間にしわを寄せて頭を振ると、

「最初からいたに決まってんでしょ? それをアンタ達ってば勝手に二人だけの世界作っちゃって…。そう言うことはせめて二人きりの時にしなさいよね? 誰も見てないところだったらキスだろうが、それ以上のことをしようが誰も文句言わないんだから」
「んなっ!? キ、キス以上の事って何よ! 貴女一応は貴族でしょ! いやらしいわね!」
「そのセリフはそっくりそのままお返しするわ、シュヴァルツラングのお嬢様。今貴女、キス以上って聞いてナニを想像したのかしら?」
「うぐっ…そ、それは…!」

 言葉を詰まらせボンッと蒸気を放出するミミを他所に、クーデリアのラストアタックが容赦なく突き刺さる。

「どうせベッドでにゃ――」
「わーわーわー!! ちょっと貴女! それ以上言ったら殺すわよマジで!」

 わたわたわたと、不思議な踊りでお茶を濁しながらなんとか割り込み成功でホッと胸を撫で下ろすミミだったが、空気を読めてるようでまるで読めてない犬猿の仲たるクーデリアに怒りの眼差しをキッと向ける。
 とは言えそこはさすがに年の功。クーデリアは物ともせず受け流す。

「す、すみませんクーデリアさん。クーデリアさんがいたことすっかり忘れてました…」
「はぁ…私の事はこの際いいとしても、ここが冒険者ギルドのど真ん中って事はわかってるのかしら?」

 トトリとミミはギョッとして辺りを見渡して、改めて自分達がどういう状況下で行為に及ぼうとしていたのか、真っ赤な顔で煙を吹く二人を見れば一目瞭然。

「今日はたまたま人の出入りが少ないからいいけど、これがもし大衆の面前だったら、アンタ達の話題は明日には世界中に轟いてたわよ? アーランドの情報網をあまり舐めないことね」
「す、すみません…」
「わ、わるかったわね…」
「大体アンタたちは昔から――」

 クーデリアのお小言タイムが始まろうとしたその時、予期せぬ出来事は彼女の身にも降りかかる。

『くぅぅぅぅぅーーーーちゃぁぁーーーん!!!』

 それは突然の邂逅。運命の悪戯は容赦なく、彼女の元へと疾風の如く。

「そうそうくーちゃんが…って、は?」

 遠くから聞こえた大声にハッとするクーデリア。久しく聞いていない懐かしいその声は、忘れようにも忘れられない人のもの。ここ数年そのあだ名で呼ばれず寂しい思いをしていた彼女の心に、懐かしい気持ちを彷彿とさせた。
 そのあだ名で自分を呼ぶ人物はこの世に一人しかいない。クーデリアの胸に条件反射的に芽生える嬉々とした感情。

「い、今のって、もしかしなくてもロロ――」

 確信を以て言えなければむしろおかしい。懐かしきシルエットが彼女の目に飛び込んだ。
 親友で、幼馴染で、腐れ縁で、とにかく運命共同体とも言えるその存在は、特攻隊よろしく猛スピードで一直線に走り抜けると、カウンター目の前のトトリとミミの隙間を縫うようにして――。

「うわぁあああん! 会いたかったよぉぉ~! くぅぅ~ちゃぁぁ~ん!」

 次の瞬間、その女性はご近所迷惑な奇声を発しながら豪快にも宙を舞っていた。
 その時の光景はまるでコマ送りのようなスローモーションに見えた。
 その場の三人が「あっ」と口を揃えた次の瞬間、モノクロにも見えていた世界が一瞬にして色を取り戻す。

「え? ちょっ、まっ――」

ドゴォ!!

「ぐぼっ!」

 間にカウンターを挟んでいる事など物ともせず、クーデリアに抱き付いたその女性は(タックルとも言うが)そのままの勢いでゴロゴロゴロゴロと、後方五メートルに渡り転げまわって壁にぶち当たりようやく停止した。
 物の見事に突進を食らったクーデリアは白目を向いてピクピク痙攣していたが、それも一瞬の事でハッと我に返ると、

「久しぶりだねくーちゃん! 私ロロナだよ?…ってあれ? くーちゃんは? くーちゃんはどこ? なんか真っ暗で何も見えないんだけど……でもくーちゃんの懐かしい匂いと感触は確かにする、てことは…あれ?」
「ロロナァ…あんたねぇ…!」

 クーデリアのこめかみがピクピクと痙攣し出す。まさに爆発5秒前。

「声はすれども姿は見えず! どこ! どこなのくーちゃん! 姿を見せてよ!」
「どこなのじゃないわよ! 久しぶりに帰ってきたと思ったら、なに人のスカートの中に頭突っ込んで話し込んでんのよ! いい加減そこから頭出しなさい!」

 タックルをかまされ、揉みくちゃにされ、その上スカートの中に顔を突っ込まれたら堪ったものじゃない。クーデリアは未だスカートの中に顔を突っ込んで頬擦りを決め込んでいる幼馴染の頭をむんずっと鷲掴んだ。

「ふがっ!? ちょっ…くーちゃっ…もごっ…そんな、押さえ込まれたらっ…息ががが」
「ひゃっ…ちょっ、そ、そんなとこに…息吹きかけるなぁっ…! やっ…ダメっ、そこはっ…!」
「もがもが…ぷはっ!」

 試行錯誤の末ようやくスカートの中より脱出した件の女性――ロロナは、久しぶりの再開となる幼馴染に溜まらず抱き付き、頬が擦り切れんばかりの頬擦りでクーデリアを翻弄する。
 互いの鼻腔を擽る懐かしき匂いと夢見心地の感触に、一瞬我を忘れてしまったが、

「だーもう! 鬱陶しいわね! いい加減離れなさいよ!」
「えー! もうちょっといいでしょー久しぶりなんだしぃー!」
「これじゃ落ち着いて話も出来ないでしょ! いいからそこに直りなさい!」

 こう言う叱咤も久しく味わってなかったなと、ロロナの胸の中はとにかく懐かしさで一杯だった。会えない時間は短いようでとても長かったから。

「えへへ、ただいまくーちゃん♪」
「ったく、おかえりロロナ。とりあえず私から言いたいことは一つだけよ」
「えーなになに? もしかしてプロポーズとか? いやーん困っちゃうよー」

ゴチンっ!

「痛いよくーちゃん! どうして殴る…ハイ、ゴメンナサイ」

 蛇に睨まれた蛙の如く、クーデリアの眼力になす術もないロロナ。その場で土下座を余儀なくされ、しょぼーん…と落ち込んだように頭を下げる。
 が、それも一瞬の出来事で、ふとロロナの目に映った二人組みに意気揚々と――、

「ロロナ、いい? あんたは仮にも三十半ばになろうって言う立派な大人なのよ? それが会って早々ダイビングタックルをかますだけじゃ飽き足らず、人様のスカートの中に顔突っ込むなんて世も末よ? そんなだから『ろろなさんじゅうさんさい』とか言われんのよ。いつまでも子供じゃないんだから、歳相応の落ち着きってものを覚えなさい。いいわね?」
「わー、トトリちゃんとミミちゃんだぁ。どうしたのこんなところで? あ、もしかしてさっき言ってた行きたい場所ってギルドの事だったの? それならそうと言ってくれれば一緒に来れたのに。あっ、だからって別に、アトリエの掃除を手伝って貰おうとか、そう言うことはこれっぽっちも考えてないからね?」
「――って!人の話を聞かんかぁぁぁ!」

 一連の騒動を見守っていたトトリとミミは「あはは…」と苦笑浮かべながら、彼女たちから距離を取っていた。ロロナとクーデリアの騒ぎだって十分恥ずかしい部類に入るわけで、失礼とは思ったが、出来れば知り合いだと思われたくなかった。

「ちょ、ちょっとあんた達…なんでそんな遠巻きから眺めてんのよ。ま、まさか他人のフリじゃないでしょうね? 他人のフリなんでしょそれ!? 言っとくけど私は悪くないわよ!? 悪いのは全部ロロナなんだからね!!」
「えー!! そもそもくーちゃんが可愛すぎるから私の理性が跳んじゃったんだし…」
「何を人のせいにしてんのよあんたは! ていうか意味わかんないわよそれ!?」

 夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものだが、自分達はこうはなるまいと固く誓うトトリとミミ。ある意味この二組は似ているようで似ていないのか、はたまた全てにおいて反面教師なのか。

「あ、あの…それじゃ私たち、そろそろお暇しますね?」
「わ、悪かったわね、感動の再開を邪魔しちゃって」
「ちょっ…まだ話は終わって――」

 ミミは、クーデリアの話をぶった切るように、トトリの手を握り締め、脱兎の如く駆け出した。ふいに握られた手の感触にドキッとする暇もなく、トトリは彼女の横に並び同じ速度で続く。

「ちっ…逃がしたか」

 その後姿に呼び止める事すら忘れたクーデリアは、やれやれと安堵の溜息を付いた。

「ふふ…」
「どうしたのくーちゃん? なんだか嬉しそうだね。なにか楽しい事でもあったの?」
「別にそういうんじゃないわよ…。ただ…何だかあの二人を見てると、あんたと冒険してた頃を思い出すわ…」
「んー…そうだねぇ」
「…思えば、あの頃が私の人生の中で一番楽しかったような気がする」
「ステルクさんがいて、リオちゃんがいて、イクセ君がいて、ジオさんがいて、タントさんがいて、みんなと一緒に冒険したよね。楽しかったなぁ」
「そうね…」

 それはもう、戻れない過去の話。でも――。

「んー! でも今だって昔に負けないくらい楽しいよ!」
「え?」

 だけど大切なのは、何よりも未来へ続く今だから。
 ロロナの笑顔は、クーデリアの瞳にはとても眩しく映った。それはまるであの日の光景が蘇ったかのようで、自然と胸が躍る。

「ねぇくーちゃん、冒険しよっか? あの頃みたいに! 昔を振り返るより、今を楽しもうよ!」
「な…きゅ、急にそんなこと言われたって…それに私には…」

 しかしロロナがうずうずし出したが最後、彼女は止まらない。クーデリアの話を話半分に聞きながら彼女の手を引くと、そのまま駆け出した。
 一度決めたら断固として譲らないのは昔から変わっていないが、せめて人の話を最後まで聞いてくれ!とクーデリアは心中叫んでいた。

「ちょっ、ちょっとそんなに引っ張るなってばぁ! だいたいにして仕事はどうすんのよ! あんたもアトリエの仕事があるでしょ!?」
「その辺はぬかりないよ! アトリエ再開はもうしばらくお預けって事で閉店にしておくから! くーちゃんもお休み貰えばなんとかなるよねー?」

 また無茶な事を言い出したな、と呆れるクーデリアだが、

「そ、そりゃまぁ…ロロナが帰ってきたら休暇を貰おうとは思ってたけど…」
「なら全然問題ないよね! じゃあまずはどこから行こっか?」
「実は前から行きたいところが…って、せめて有休申請の手続きくらいさせなさいよ!」

 ちなみにクーデリアが有給休暇の申請を提出できたのは、その翌日の話。
 仕事半ばで忽然と消えた受付嬢はその後こっぴどく叱られたが、何とか休みを貰う事には成功したのである。思い立ったが吉日もほどほどにしておかないと、後が怖いことを身を以て知った三十二歳。
 ちなみにロロナはアトリエの店長なのでお咎めなんてありはしない。世の中不公平で然り。この歳で悟りを開くとは思わなかったクーデリアだったそうな。



   *


 冒険者トトリの復活は、故郷アランヤ村でも大きな話題となり、一夜にして村中の人々の知る所となった。
 一時は村を挙げて(とあるシスコンの姉を除き)のお祭り騒ぎにも発展したが、一週間もすればだいぶ落ち着きを取り戻していた。
 その後しばらくの間(姉ツェツィたっての願い――と言う名の妨害を受け)村に滞在を余儀なくされていた二人だったが、遂にトトリとミミにとって運命的な日はやってきた。
 それはもちろん、二人の旅立ちの日――。
 
「トトリ、準備できた?」
「うん、大丈夫だよ!」

 トトリは身だしなみをチェックしながら、最後の締めとして今まで肌身離さず持ち歩いていたミミからの贈り物、虹のかけらの首飾りを首に掛けた。

「あ…それ…私があげた…」
「うん。どうかな? 似合ってる?」

 胸元で虹色に煌めくそれに、ミミは恥ずかしそうに顔を逸らすと、

「そ、そうね。と、とっても似合ってるわ。そ、その…か、可愛くて(トトリが…)」
「あ、ありがとう…。そ、それじゃあそろそろ行こっか?」
「え、ええ」

 二人の約束が果たされる今日、旅立ちとしては申し分ない晴天に恵まれながら、一歩外へと踏み出す。
 トトリ達は懐かしき思い出の残るアトリエに後ろ髪を引かれつつも、軽い足取りで坂を下る。

「この村にも当分帰ってこれないからね。しっかりと目に焼き付けておかないと」
「そうね…ふふ♪」
「どうしたのミミちゃん? 笑ったりして」
「ううん、別に大したことじゃないんだけど。昔、トトリに冒険者免許見せるためだけに、この村に訪れた事があったなってね」
「ああ、そう言えばそんなこともあったね。懐かしいなぁ。あの時はミミちゃんが急にアトリエに乗り込んでくるから、ビックリしちゃったよ」
「ふふふ、思えばあれがなかったら、トトリとはそのまま疎遠になっていたかもしれないわね」
「じゃあミミちゃんの行動力(ツンデレ)に感謝しないとね。おかげで今の私たちがあるんだし」
「え、ええ…そうね。さ、そろそろ埠頭へ行きましょう。もう準備できている頃だろうし」
「うん」

 通り過ぎた風景をひとつひとつ覚えながら、意気揚々と埠頭へと移動する二人を待ち構えていたのは、この村ではお馴染みと言える顔ぶれだった。見送りに集まるその中にはもちろん、父グイードや姉ツェツィの姿も見受けられた。

「おお、やっと来たかトトリ。ミミちゃんも。船の整備はばっちり終わってるぞ!」
「ありがとうお父さん!」
「ありがとうございます」
「…って、お姉ちゃんはどうして泣いてるの?」

 船を弄繰り回せて気分上々のグイードと違い、姉の方はぐすんぐすんと涙を呑みながらハンカチを噛み締めている。

「うぅ…トトリちゃん、せっかく帰ってきたのに本当にもう行っちゃうの? トトリちゃんがいなくなったら私、また一人になっちゃうんだよ?」
「もう、何行ってるのお姉ちゃん。お父さんもいるでしょ。それに今は帰郷してるけど、しばらくしたらピアニャちゃんも帰ってくるんでしょ?」
「そ、それは…そうだけど…、お父さんはもともといるかいないかわかんないし…、ピアニャちゃんだってあと一ヶ月は戻ってこないし…、おまけにメルヴィはお母さんと冒険行ったまま帰ってこないし…、私寂しいわ…ぐすん」
「ああ…そう言えばメルお姉ちゃん、お母さんについて行ったんだっけ…」

 五年経っても妹離れできていない姉に呆れながらも、確かに今のツェツィには元気の源となるものが少ないのかもしれない。特にメルお姉ちゃんがいないのは痛いかも…と思案するトトリ。

「そうだ。お姉ちゃんももういい歳なんだから、いい加減いい人でも見つけたら? そしたらもう寂しくないよね。えーと…お姉ちゃん今年で三十九歳だっけ?」
「まだ二十九歳です! どうしてプラス10になっちゃうのよ! トトリちゃんの目から見た私はそんなに老けてるの!?」
「うそうそ、冗談だよ♪ でも真面目な話、お姉ちゃんって結婚とかしないの? 結構モテそうな気がするのに…」
「ぐっ…し、暫く見ないうちに言うようになったわね…! そ、そう言うトトリちゃんだって同じじゃない!」
「うふふ♪ 心配しなくても私にはミミちゃんがいるもん」
「え? ちょ、トトリ? 今のって――」

 聞き捨てならない一言にミミの耳がピクリと反応する。断じて洒落ではない。

「私、ミミちゃんのいない人生なんて考えられないし」
「ええぇぇ!? あ、あのあの、トト、トトリ? そ、そそ、それって、もも、もしかして――」

 一人困惑げな表情であたふたしてるミミは置いといて、

「ううっ…い、いっちょ前に女の顔なんてして…トトリちゃんのバカ…」

 追い込まれたツェツィは苦渋を強いられたような顔でよよよっと泣き崩れる。

「わ、私だって…私だって本当は、トトリちゃんやミミちゃんみたいに、メルヴィと一緒に冒険に行きたいのよ。それなのにメルヴィときたら私じゃなくてお母さんばっかり冒険に誘うし、たまに帰ってきたと思ったらお土産は大きなトカゲだし…ぶつぶつ」
「おやおや…ツェツィまで出て行ったら誰がご飯を作ってくれるんだい…?」
「お父さんは酒場でゲラルドさんにでも作ってもらえばいいでしょ! いつまでも仕事もせずに釣りばっかりしてるお父さんに食べさせるご飯はありません!」
「そ、そんな…」

 トトリとミミは顔を見合わせてぷっと吹き出しながら、他多数の見送りに挨拶を交わしつつ船へと乗り込んだ。

「変わってないわね…この船も」
「そうだね、私たちが冒険してた頃のままだ…」

 懐かしい帆船の甲板に躍り出ると、ようやく自分は帰ってきたんだと自覚する。
 両手を広げ目一杯息を吸い込んで、懐かしい気持ちと潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。
 二人は、ゆらゆらと揺れる水面を見つめながら、これから始まる冒険へと想いを馳せた。

「さあ、それじゃあどこから行きましょうか。ねぇ、トトリ?」
「うーん、そうだね…とりあえずは…どこでも、かな」
「どこでも? そんなに適当でいいの?」
「うん! 地図にない場所に行ってみるのもいいよね。それに――」
「それに…?」
「ミミちゃんと一緒なら、どこへだって行けるよ!」

 トトリとミミの物語は、今この瞬間から始まる―――。

長い長い道を 一歩ずつ ほら一緒に
知らない場所へ このまま遠くへ行こう
宝の地図はなくても 
 
きっと素敵だよ



END

[ 2012/03/24 20:35 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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