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とある百合好きの駄文置場。二次創作SSやアニメ・漫画等の雑記中心。ゆいあずLOVE!

メルルのアトリエSS トトリ×ミミ 『命短し乙女の末路』

命短し恋せよ乙女の続編。
※追記からどうぞ。


ぐるん!ぐるん!ぐるん!と。
今日も今日とて私の錬金釜を掻き混ぜるスピードは常軌を逸していた。その姿はさながら竜巻のように荒々しい。
トトリ先生曰く、危なっかしい、と評判のメルル流スタイル。これでも一応調合は成功するのだ。
やり方さえ間違えなければ、だけど。

「よしっ…と、ん?」

キュゥ~!

調合の仕事がひと段落ついたお昼時。まるで狙ったかのようなタイミングで私のお腹が悲鳴を上げる。どうやら私の体内時計は今日も絶好調のようだ。

「さてと…」

時計の針が指し示す方向も、時間的にそろそろ昼食の時間で間違いない。となれば、まずやらなきゃいけないのはランチタイム然り――というより他の事などむしろ手がつかない。お腹へったし。

(どうしよっかなー…別に錬金術で何か作ってもいいけど…、でもあれって何だか料理って感じしないし…、うーん…たまには何か食べに行こうかな)

一応言っておくけど、自分で作れないわけじゃないんだよ。作れるんだからね?

私ことメルルリンス・レーデ・アールズ。着替えすらお手伝い任せの生粋のお姫様とは謳ってはいるけど、これでも長いアトリエ生活で家事の一つくらいは出来るようになったのだ。
だけどそれを言うと、ケイナには盛大な溜息をつかれるのだった。彼女から言わせれば、私のしているのは家事ではなく(ケイナの)仕事を増やしているだけだそうだ。

(ケイナにも困ったものだよね…私だって頑張ればキノコ料理くらいは出来るのに)

好きこそ物の上手なれ。なのに何故か台所に立たせて貰えない私はたぶん泣いてもいい。あのやんごとない貴族のお嬢様であるところのミミさんですら料理上手(たぶんトトリ先生との今後を考えた花嫁修業と思われる)だと言うのに、これではさすがに女の子として不味いのではないだろうか、なんて考えることもしばしば。

(――と…)

多少話が逸れたがここは「それはそれ、これはこれ」の便利な一言で片づけよう。
なぜなら今問題にしてるのは料理が出来る云々じゃないのだから。
今はただひたすらお腹が空いた。早く何か食べたい。でも錬金術で作るのはいや。というポテンシャライズスキルが発動し、思考はご馳走で埋め尽くされる。
もちろんそれは私が作ったものじゃない。たまには丹精込めた手作りの味というものを賞味したいと願う一人のお姫様の気持ちをどうか察してほしい。

「うーん…」

唸り声を上げ、頭を右に左に揺らしながら、悩みに悩み抜いた先で出した結論は、『酒場でランチ』と言うありきたりなものだった。酒場なら仕事探しも出来て一石二鳥だからと言うのはもちろん建前。
第一移動できる距離を考えたら、お隣の並木通りにある酒場が一番近場だし、そもそもこのアールズに食事の出来る場所はそう多くない。ロロナちゃんのパイ屋さんもそれに含まれるけど、それにしたって少なすぎだと思う。

「よしっ!」

今度それとなくルーフェスに提案してみようか、と今後の方針について思案しつつ早速行動を開始した。

「それじゃあロロナちゃん。私、ちょっと酒場に行ってくるから、ちょっとの間お留守番お願いしてもいいかな?」
「はぁーい♪ いってらっしゃいメルルちゃん! 帰ってきたら新作パイの味見してね?」
「う、うん…で、できれば普通のパイでお願いね」
「うん? 私のパイはいつだって普通だよ? おかしなメルルちゃん!」
「あはは…そ、そうだねー」

ロロナちゃんの天使の笑顔に、乾いた笑顔しか返せない。
その『普通』とやらで今まで散々な目にあってきた私からすれば、ロロナちゃんの言う普通は、私たち常人からすれば異常の部類に入るのだ。

「ホムたちもいますので、後の事はお任せください」
「うん、ありがと。それじゃよろしくね?」

お手伝いのホムくん&ホムちゃんにも声をかけてからアトリエを後にして、さっそく酒場へ――と、思ったけど、まずは最初に乗り越えなければいけない壁があることを忘れちゃいけない。

とある事情があってここ最近ではまるで寄り付かなくなっていたその領域。
別名――桃色閉鎖空間。二人の愛の巣。etcetc…。一歩外に出ればポストと水車が目に飛び込むより先に見慣れた背中が二つ、石垣の上に寄り添うようにして腰掛けて…ってあれ?

(トトリ先生がいない?)

見ればそこにはトトリ先生の姿がなかった。あるのはミミさんの背中だけ。

(あっれー? おっかしいなぁ…)

そんな疑問を残しつつ、私の足は知らず知らずの内にミミさんに近付き始めていた。自らを危険に晒すようにして、その領域圏内に足を踏み入れてしまう。普段ならば迷わずウニの木の横からショートカットしてるところだが、どうやら不可思議な引力に引き摺らてしまったらしい。
言い換えれば『一時の気の迷いが生じた』とも言うが、しかしいつもとは違う光景に引き寄せられたのもまた事実であり、それこそが最大の原因と言えるだろう。
意識があるうちにここでUターンを決めていればそれでよかったものの、何を血迷ったのか、私はその背中に声をかけていた。

「ミミさん」
「ん? あらメルル、ごきげんよう」
「え、ええ…こんにちは」

ミミさんは振り向きざまにいつも通りの挨拶を返す。相変わらずやんごとなき雰囲気を醸し出している彼女はれっきとした貴族のお嬢様だ。

「あら、どうかしたの? そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して。まさかまた調合で失敗でもしたんじゃないでしょうね?」
「い、いえ…ってあの、私そんな顔してました?」

ミミさんは呆れたように首を左右に振った。

「…ってそんなことはどうでもいいんです。それより珍しいですね、ミミさんがこんなところで一人でポツンと座ってるの。最近じゃずっとトトリ先生と一緒だったのに」

外に出て、まず最初に目に飛び込むのがトトリ先生とミミさん。アトリエに引き篭もっていない限りはその遭遇率は100%。だからいつもと違えば当然不自然に思うわけだ。無論、今日の不自然はトトリ先生がミミさんの隣にいないこと。

「なんだか含みのある言い方ね…まぁいいわ。トトリだったら、仕事の依頼があるとかでフィリーのところに行ってるわよ」
「仕事を探しに、じゃなくて仕事を依頼しに、ですか?」
「ええ」

私は腕を組んで「うーん」と思案する。丁度酒場に行こうと思ってたし、その時トトリ先生の依頼も見ておこう。トトリ先生の事だから、また急に魔法の道具が必要になったとかだと思うし。

(持ち合わせがあれば、すぐにでも納品した方がいいよね)

なんて考え事をしていると、ふとミミさんが寂しげな溜息をついた。

「…本当は、私もついて行こうとしたのよね…」
「ん? ああ、そういえば最近はどこに行くにも一緒でしたよね」
「え、ええ…。でも、すぐに帰ってくるからって、断られちゃって」
「そうなんですか…となるとやっぱり変ですね。トトリ先生なら逆に、一緒に行こうよ、くらい言いそうですけど…」
「で、でも四六時中一緒って言うのも変だし、そんなに気にするような事でもないわよ」

そう言う割にはずいぶん残念そうに見えますけどね、と心の中で苦笑する。それを言うとまた怒られそうだから本人には言わないけど。

(さてと…それじゃどうしようかな)

雑談もほどほどにして、このまま酒場に向ってもそれはそれで良かった。いや、むしろそうするべきだったのかもしれない。けれど今日の私はやはりどこか違っていたらしい。ようは魔が差した、ということだ。

「と・こ・ろ・でぇ~、ミミさぁ~ん、お話は変わるんですけどぉ~」
「な、なによ? そんなあからさまに気持ち悪い声出して…」

トトリ先生がいない。是即ち絶好の好機。常日頃から気になってたけど、トトリ先生の真っ黒い何かに尻込みして聞けなかった事を今なら聞ける。

「ぶっちゃけ、その後トトリ先生とはどうです? 何か進展ありました?」
「んなっ!」

チャンスは今しかない。この機を逃したら永遠に巡ってこない気がする。ならばやるしかないじゃないか。私だって女の子、恋に恋する二十歳の身空。身近な恋愛に興味がないと言えばさすがに嘘だ。

「ねーねー教えてくださいよぅ? ねー?」
「なな、なんてこと聞くのよ! そ、そんなのあなたに関係ないでしょ!」

ミミさんは真っ赤になりながら目を吊り上げる。しかし今日の私はどこまでも貪欲姿勢。何故なら恐怖の魔王様がいないから。

「そんなつれない事言わないでくださいよ。友達のよしみで教えてくれたっていいじゃないですか。私たち、友達ですよね? ね?」
「うっ…」

ミミさんは意外と友達という単語に弱いらしく「し、仕方ないわね…ちょっとだけよ?」と案外簡単に折れてくれた。

「ふふ、それでこそミミさんです。じゃあ単刀直入に聞きますけど、もうキスはしちゃいましたか?」
「ッ…そ、それは…」

ミミさんの肌色がカァっと一瞬で赤に変わる。

「あはは、さすがに愚問でしたね。メルルうっかり♪ あんなにラブラブなんですから、キスの一つや二つもうとっくに――」
「うっ………し、してないわよ、キスなんて」

世は全て事もなし――、だったのはほんの5秒ほど前の話。

「……え?」

一瞬、時間が止まったような錯覚。しかし動き出すまでにそう時間は掛からない。

「ちょっ…ま…え、ええぇぇぇえぇーーー!! う、ウソっ!? ま、まだキスもしてないんですか?!」

穏やかなアールズの空の下、突き抜けるような大空に負けないくらいの絶叫がアトリエの前に響き渡った。

「ちょ、ちょっと! こ、声が大きいわよ! 少しは気を使いなさいよね!」
「あっ…!」

木々で羽を休めていた小鳥達が大声に驚いてばさばさと飛び散って、一目散に逃げ出すのを他人事のように見つめながらハッと我に返る。
眼前にはミミさんがどこか焦ったような顔で目を吊り上げていた。

「す、すみませんミミさん。あまりの驚愕に思わず我を忘れちゃいました…」
「我を忘れるって…そこまで驚くことないでしょうに」

大袈裟極まりない私の反応に、ミミさんは呆れたように頭を振って溜息をつく。

「だって…トトリ先生とミミさんが付き合いだしてもう一ヶ月にもなるんですよ? なのに未だにキスの一つもしてないなんて。ぷにがドラゴン倒すくらいありえないですよ」
「そう……あれからもう一ヶ月にもなるのね。それだけトトリと一緒の時間が充実してるってことなんでしょうけど。本当、時が経つのは早いわ」
「あれ? もしかしてさり気に話逸らしてます?」

ミミさんの耳には私の言葉が右から左に抜けていた。
あの日あの時この場所で、トトリ先生に告白された時のことでも思い出しているのか、赤らんだ頬を隠そうともせず、左手薬指にはまった名も無き指輪を弄りながらそこにある幸せを噛み締めている。

「あの日の事は今でも鮮明に覚えているわ」
「おーいミミさん、話聞いてますかー?」
「ミミちゃんの事が好き、もしよかったら私と付き合ってください――なんて笑顔で言われた時は、一瞬何かの間違いかと思ったものよ」

ああダメだ。これは話に乗ってあげないと先に進まない気がする。仕方ないなぁもう。

「あー確かにそんな感じでしたね。顔面蒼白の幽霊みたいだったミミさんが、真っ白から真っ赤に変わる瞬間は見てて面白かったです。ああいうのを何て言うんでしたっけ? 水を得た魚、でしたっけ?」
「なっ!? あ、あなたまさか見てたのね!」
「い、いや~さすがにちょっと気になっちゃいまして…てへぺろ☆」
「可愛く言ったって無駄よ! それが通用するのはトトリだけなんだから! 出直してきなさいまったく!」

そう吐き捨てるように言いながらミミさんは「フンッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「な、何気にひどいこと言いますね…、これでも私、一国のお姫様なんですよ?」
「ひどいのはどっちよ。あなたからトトリに好きな人がいるって聞かされた時のあの絶望感……今思い出しても首を吊りたくなるわ」
「よ、よかったです…本当に吊らなくて…」

下手をしたら『ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング。失恋のショックに耐え切れず首吊り自殺』なんて洒落にもならない記事で新聞の一面を飾っていたかもしれない。

「私はね、あなたのおかげで絶望街道まっしぐらだったのよ? 地獄に叩き落された気分だったわ。その責任、一体どう取ってくれるつもりかしらね?」
「で、でもでも! そのおかげで喜びも倍増したんじゃないですか? ここは結果オーライってことで許してくださいよ。ね?」

そんな妄言にミミさんは大きな溜息が漏らし、やれやれと首を横に振る。

「まったく…調子のいいことばっかり言ってくれちゃって。まぁ今回ばかりは許してあげるわよ。悪いことばかりでもなかったし……」

でも――とミミさんは続けて「次はないわよ?」と目で訴えかけた。

「はは…ありがとうございます…って、なんだかずいぶん話が脱線しちゃったような…。ねぇミミさん、私たちさっきまで何の話してましたっけ?」
「さ、さぁ、なんだったかしらね(そのまま一生忘れてなさい!)」
「あ、そうそう、そうでした。ミミさんとトトリ先生がどこまで進んだかって話をしてたんですよ。もう、逃げようったってそうは行きませんよ?」

ミミさんはガクっと頭を垂れながら「そのまま忘れていたらよかったのに…空気の読めない子ね…」とか何とかブツブツ呟きながら溜息をつくと、

「はあ…進んだも何も、あなたが気にするような事は何もないわよ。キスなんてしてないし……まぁ、手ぐらいなら繋いだことはあるけど?」

手を繋いだくらいでドヤ顔されましても何て返答したらいいかわかりませんよ。

「うーん…普段のイチャイチャぶりからして、てっきり告白したその日のうちにキスぐらい済ませて…、それでその先のあれこれもとっくに――」
「なぁっ! きき、キスの先って何よ!? あ、あな、あなた仮にもお姫様でしょう!? はしたないわねまったく! 恥を知りなさい恥を!」

私のさりげない一言に顔を真っ赤にして怒りを露にするミミさん。しかしその赤には怒り以外の色も含まれていた。むしろ怒りの赤よりも色濃い事を知らない私じゃない。

「『その先』って聞いて、はしたない事だって思ってるミミさんも、相当はしたないと――」
「何か言ったかしら!」

ギロッ!

「い、いえ別に…」

ミミさんの眼光が鋭く突き刺さった。少し納得がいかないがこれ以上追撃すると倍になって返ってくるのはさすがに学習してる。そもそも最初に質問をしたのは私。悪い悪くないは別としても、多少の仕打ちは喜んででも受けなければいけない。

「まぁいいわ。それより…一つだけ訂正しておこうかしら」
「訂正、ですか?」

ミミさんの意味深な発言に怪訝な瞳を向ける。

「え、えぇ…。その…キ、キスの話なんだけど。じ、実はね、まったくしたことがないわけじゃないのよ?」

頬を赤らめつつそんな妄想を口にするミミさん。さすがの私も呆れずにはいられなくて、思わず溜息をついていた。

「そんな…いいですよもう。私にまで見栄張らなくたっていいじゃないですか。ちゃんとわかってますから。それに、プラトニックな関係もそれはそれでいいと思いますよ? お二人らしくて」
「なっ! 見栄じゃないわよ! どこまで失礼なのあなた! ひどいことするわよ!」
「え…で、でもさっき普通にしてないって…」
「た、確かに…く、唇にはまだだけど…ほ、ほっぺにならされたことあるのよ…ふいうちだけど」
「ほっぺって…それってキスしたというより、されたって言う方が正しいんじゃ…」
「うっ、うるさいわね! いいでしょ別に!」

しかもふいうちって…。トトリ先生何しちゃってんですか。付き合ってるんですから堂々としちゃいましょうよ、ねぇ?

「ふぅ…」

ミミさんは心底疲れたように石垣に背を預けると、頼んでもいないのにその時の状況を語りだした。

「あの時は本当に驚いたわ…、気づいた時には頬に柔らかい感触があったの。最初はモンスターの強襲かと思って心臓が止まるかと思ったわよ。でもパッと横を見たらまさかの天使よ? ビックリするでしょ?」

「ビックリなのは私の方ですよ」と言ってもたぶん罰は当たらないと思う。
お願いですから白昼堂々惚気るのはやめてください。何ですか天使って。口から砂糖吐きますよ。そりゃミミさんにとってトトリ先生は天使以外の何物でもないんでしょうけど。

「それでね、放心状態の私にその天使はこう言ったの」


『えへへ、しちゃった♪』


「それでその…ね。ようやくトトリにキスされてるんだって頭が追いついたんだけど……そのあとなんだか頭が真っ白になっちゃって……」
「……なっちゃって?」
「……気付いたらアトリエのベッドで目を覚ましたわ」

ミミさんはどこか遠くを見つめながら驚くべき事実を口にした。

「ええ!? つ、つまり気絶しちゃったってことですか!? しかもほっぺでそれって…どこまで純情なんですかミミさん!!」
「し、しし仕方ないでしょ! じ、自慢じゃないけど私、この歳までそういう事したことないのよ! 経験値ゼロなのよ! 皆無なのよ! 悪かったわね!」

今年二十五歳になるミミさん。心も体も純情そのもの。まさに国宝級の稀少種と言えるだろう。ミミさんらしいと言えばらしいのだが。

「い、いえ…悪くはぜんぜんないんですけど。ただ、今時子供だってほっぺにちゅーくらいじゃ取り乱したりしないですよ?」
「何よ。それは私が子供にも劣ってるって言いたいわけ? シュヴァルツラング家の頭首として、聞き捨てならない暴言ねそれは!」
「いや、それ家柄とかあまり関係ないような……はいすみません失言でした」

ミミさんの射抜くような視線に何も言えなくなるのはいつものこと。こう言うのを蛇に睨まれた蛙というのだろう。悲しいかな所詮私は蛙にも劣るのだ。

「ふん! 今に見てなさい! 絶対あなたにギャフンと言わせてあげるんだから!」
「……そうなるといいですけどねー」

少し投げやりに言って返すとミミさんは悔しそうにして、

「な、なるわよ! そ、それに今度、トトリにお泊りに誘われてるんだから!」

そう言ったミミさんの顔がマグマストーンのように真紅に染まる。どこか落ち着きがないのはいつもの事だが、しかしもじもじする姿はどこかあの時のトトリ先生と被って見えた。

「へぇーそうなんですか? それってすごい進歩じゃないですか」
「と、当然よ!」
「はは…」

無論、「ミミさんにしては」ですけどね。
しかしそんな事を私が思っていることなど知る由もないミミさんは、得意げになって胸を張って見せた。しかしそれも束の間の話で、ミミさんは途端に借りてきた猫のように大人しくなる。やれやれ、相変わらず起伏の激しい人だ。

「で…実はその事でちょっと困ったことが――」

どうやら悩み事らしいが、何となく事情は察している。

「あ、大丈夫ですよ。ミミさんがお泊りする日は私、ケイナのところにでも泊めてもらいますから」

さすが私。空気の読める女は伊達じゃない。

「そ、そうじゃないわよっ!」
「あれ? 違ってました?」

おかしいな。きっとその事を心配してるんだと思ったんだけど。さすがに私がいる所じゃ存分にイチャイチャできないだろうし。でもどうやらミミさんの事情はもっと別のところにあるらしい。

「その…ね。情けない話ではあるんだけど、少し戸惑っているのよ……」
「え、それってつまりお泊りするのがイヤだと?」
「そ、それはないわ!あるわけないでしょ!トトリが誘ってくれたのよ!」
「じゃあ何の問題があるんですか? だってお泊りですよ? お泊りってことはミミさんがずっと待ち焦がれてたアレが出来るじゃないですか。一緒にお風呂に入ったり、一緒のお布団で寝たり、いっそキスも済ませてその先まで――」
「だ、だから! そういう展開が無きにしも非ずだから困ってるんじゃない! さ、さっきも言ったでしょ! ほっぺにキスされたぐらいで気絶しちゃうような私が……も、もしそれ以上の展開にでもなったりしたら…したら…うあぁ…あぁぁ~~!?」
「あー…なるほど。ごめんなさい、今のは私が悪かったです」

私はやれやれと頭を振った。ミミさんの心中を1から10まで理解するまでに至る。逆に気付くのが遅すぎたくらいだ。
つまりこう言う事だろう。
今のミミさんにお泊りなんて芸当、難易度が高すぎて然り。言うなれば何の準備もなく初期装備でエアトシャッターに挑むくらい無謀に等しいってことだ。

「下手したらお風呂で裸になっただけでもあの世逝きかもしれないですね…、ましてや一緒のお布団になんて寝たら、明日の朝日は拝めないような…」

どちらにしろミミさんに待ち受けているのは絶対の死。ある意味幸せ絶頂な死に方ではあるのだが。

「うう…」

さっきの強気な発言とは打って変わって、やはりどう取り繕ったところでミミさんの純情さ加減は人知を超えている。これではマウストゥマウスなんて夢のまた夢。その先のあれこれなんて、それこそ雲の上の絵空事に過ぎないだろう。

「お、お風呂はまだいいのよ。ほら、前にヴェルス山の温泉で一緒に入ったことがあるでしょ? あれのおかげで何とか免疫ができたと思うんだけど…」
「となるとやっぱり一緒に寝るのがアレだと?」
「ちょ、ちょっと! さっきから一緒に寝るのが前提みたいに言ってるけど、まだ一緒に寝るって決まったわけじゃないんだからね!」
「いやいや、今更そんなこと言ったってピュアトリフの件、忘れたとは言わせませんよ?」
「ぐっ…だ、だからあれほど忘れなさいと…くっ!」

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ミミさんは一生の不覚とでも言うように膝を折り曲げた。それから何か諦めたように溜息をつくと、ぽつりぽつりと静かに語り始める。

「そ、そりゃあ私だって……トトリと一緒に二人きりでお風呂に入りたいし……」

“二人きりで”って…さり気なくランク上げてきましたね。

「……一緒のお布団で寝てみたいし……き、キスだって、してみたいし……そ、そそ、その先だって……」

『その先』とやらを具体的に想像してしまったのか、ミミさんは途端に赤面し、ボフンッ!と言う効果音と共に頭から蒸気を吹出した。でもこんな事で負けてられないとばかりに頭を振り乱して、

「も、もちろんわかってるのよ? あの時、頬にキスされたのだって、きっとトトリの中で『もう一歩先に進みたい』って言う意思があったからだろうって。今回のお泊りにしたってそうよ。きっとトトリなりに色々考えた上で私を誘ったんだと思うし」

私は黙ったままミミさんの話を聞く。そこまでわかってるなら、後はミミさん次第なんですけどね、とは思うけど今のミミさんにそれを求めるのはやはり酷なのか。

「トトリに求められたら、それこそ私に拒絶する理由なんてないわ。もちろん覚悟だってできてる。で、でも…いざその時になったら、頬にキスされた時みたいなことになりかねないでしょう?」

私は軽く溜息をついて、一呼吸を置いてからミミさんの後を追うように話し始めた。

「……いつも思ってますけど、ミミさんって頭で色々考えすぎですよね。あーでもないこーでもない、あーしたいのにこうできない、こうしたいのにあーしちゃう、そう言うのをごちゃごちゃと頭の中で考えちゃうから、情報が処理しきれなくなってパンクしちゃうんじゃないですか? たぶん気絶しちゃったのもそれが原因だと思うんですけど」
「そう…かもしれないわね」

己の不甲斐なさから溜息が尽きないミミさん。さすがの私もこれには同情してしまう。
つまるところ、ミミさんは心と体の動きが一致してないんだ。根は素直なのに、表に出るのは捻くれた部分だったり、好きな相手には思ってもみないことを言ってしまったり。言い換えれば単なるツンデレなのだが、ミミさんにとってそれはまさに天邪鬼。
心の在るがままに行動しようにも体が追いつかない。逆に体の赴くままに行動しようにも心が追いつかない。悲しいかな、これが現実なのだ。

「いっそ頭の中空っぽに出来たらいいんでしょうね」
「でもそんなの普通に考えたら無理でしょ? そもそも、そう言う事しようって時に頭の中空っぽなんて、失礼にもほどがあるじゃない」

ですよねぇ。と苦笑い。確かにミミさんの言うとおりだ。人形を相手にしているわけじゃないのだからして。

「なら答えは一つですね」
「何よ?何かいい方法でもあるの?」
「簡単ですよ。ミミさんから『素直じゃないミミさん』を取り除けばいいんです」

ただひたすら自分の気持ちに素直なら余計な事なんてそもそも考えない。心と体が同じ向きに同じ速度で進めさえすればいいのだから。
そもそもミミさんのこれは、持ち前のツンデレが変に作用しているせい。なのでミミさんからツンさえ取り除ければ、あとは万事上手く行くというのが自然の摂理というものだ。

「何よ。それってつまり私が素直じゃないって言いたいの?」
「今更何言ってんですかミミさん。じゃなきゃピュアトリフの――」

そこまで言いかけてハッとする。あるじゃないか。ミミさんを完全無欠の素直ガールにする方法が一つだけ。

ピュアトリフ。

そう。あの食べた者を否応なく素直にさせてしまうアールズの名産品。ただのキノコと思うなかれ。つまりあのツンデレ殺しと言う名の毒キノコを使えば万事解決。ミミさんはただひたすらトトリ先生を求めることしか考えられない獣に成り果てて――、いやこの場合むしろトトリ先生の方が獣になりかねないのでは?

「ちょっとメルル? どうしたのよボーっとして」
「はっ…い、いやあ別になんでもないですよ。ちょっと考え事してただけで。気にしないでください」

怪訝な瞳を向けてくるミミさんに私はパタパタと手を振りながら、さすがにその作戦だけはないな、と考えを改めた。そんなものに頼るなんてどうかしてる。ミミさんもそうだが、トトリ先生がそんな展開を望むはずないだろうし。

「ねぇミミさん、結局こう言うのはなるようにしかならないと思いますよ?」
「そんなのあなたに言われなくたってわかってるわよ」
「ははっ…でも真面目な話、もし今回がダメでもいいじゃないですか。トトリ先生なら、ミミさんの心と体の準備ができるまで、ずっと待っててくれると思いますよ?」
「そ、そうかしら? そうだといいんだけど…」
「そうに決まってますって! だってあのトトリ先生ですよ? きっとお婆ちゃんになったって、待っててくれますよ、トトリ先生なら」
「さ、さすがにそこまでされたら申し訳なくて死にたくなるわ。でもそうね、トトリの優しさに甘えてばかりもいられないし、自分なりに頑張ってみることにするわ」
「その意気ですよミミさん! やっとらしくなってきましたね!」

締め括りは上々。この調子なら、ミミさんがトトリ先生の想いに応えてあげられる日も、そう遠くない気がする。頑張ってくださいミミさん。私も草葉の陰から応援してます。

「さてと…、ずいぶんと長居しちゃいましたけど、私はもう行きますね? そろそろトトリ先生も帰ってくる頃だろうし」
「あら、もう? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そ、そうしたいのはやまやまなんですけど、実はそろそろ私のお腹が限界に…」

その言葉に反応するように、私のお腹がキュ~っと可愛らしい声で鳴いた。それはもちろんお腹が空いたという合図。世間話に夢中ですっかり忘れていたが、私の当初の目的地は酒場。昼食を食べつつ仕事の依頼リストを吟味する予定だったのだ。

「やれやれ、あなたらしいわね、まったく」
「あはは、褒め言葉として受け取っておきますね。それじゃミミさん、また今度トトリ先生との事聞かせてくださいね!」
「ええ…ってトトリの事でこれ以上あなたに話すことなんてないわよ!」

そんないつも通りの強気な発言を背中に浴びながら、いつもと変わらない街はずれの風景の中を駆け抜ける。できればお腹と背中がくっ付く前にご飯にあり付きたい。


 *


見慣れた建物を見上げつつ溜息を一つ漏らした。
あの後無事に到着したかと思えば残念ながらそうじゃない。意気揚々、気分は上々、そんなるんるん気分で並木通りを通過しようとした矢先、まるで待ち伏せしていたかの如くフアナさんに捕まった。
そもそも彼女は並木通りでお店を開いているのだから、遭遇してもなんらおかしいことじゃない。しかしそれでもお腹がグーグー悲鳴をあげてる時に長話に付き合わされると言ったアクシデントは、私にとって死活問題以外の何物でもなかった。

「はあ…なんで酒場行くのに30分もかかってるんだろ…」

お隣さんなのだから普通に着けば5分とかからない。にも拘らずこの状況。いくら望んで世間話に身を投じたとは言え、さすがに遺憾に思う。
とにもかくにも無事到着した当初の目的地――酒場。
その中に一歩足を踏み入れると独特の雰囲気が眼前に広がる。あたり一面木造。年季が入っていて、古ぼけた感じではあるのだが、こう言った落ち着いた雰囲気は味があって私は好きだった。

「こんにちはー、フィリーさん」
「あらーメルルちゃんいらっしゃい。今日はどうしたの?」

店の隅っこの方で暗黙の了解的に置物と化しているジーノさんに軽く会釈しつつ、カウンターへと一直線。そしてこれまた見慣れた冒険者ギルドの受付嬢ことフィリーさんに話かけた。

「一応ランチ食べに来たんですけどね。先に仕事の依頼リストの方、見ておこうと思いまして」
「そっかー。あ、私もそろそろお昼にしようと思ってたから、一緒に食べよっか?」
「いいですねー。あっ、それじゃあ私、先に席取っておきますね」
「ちょっとちょっとメルルちゃん。先にお仕事見ていくんじゃなかったの?」
「おっとそうでした!いけないいけない!」
「うふふ、相変わらずうっかり屋さんねぇ、メルルちゃんは」
「あはは♪」

フィリーさんとは長い付き合いだけに、こうした軽口を叩ける間柄だ。
本名、フィリー・エアハルト。私の護衛任務を請け負っているエスティさんの妹さんで、一見十代でも通用しそうな可愛らしい容姿をしてる。だがこう見えてれっきとした成人女性。実は私よりも年上で、確か今年三十…

「メ・ル・ル・ちゃ~ん? 今何かぁ、とっても失礼なこと考えたでしょぉー?」
「うえっ!? そそ、そんなっ! 別に考えてないですよ!?」
「そうかしらぁ~?」

フィリーさんの声色に殺意のようなものを感じて思わず誤魔化す。まさか悟られるとは思わなかった。しかしフィリーさん(&エスティさん)に年齢関係の話がタブーなのをすっかり忘れていたのがそもそも悪い。
当然のように電波をキャッチするのだ、この人とあの人は。

(いけないいけない…つい余計な事考えちゃった)

フィリーさんのこめかみがピクピクと痙攣を始め、青筋がおっ立つ5秒前。これはまずいと早急に話題を変えに走る。エスティさんはともかくとして、フィリーさんならまだ対処のしようはあるのだ。

「そ、そんなことより依頼リスト見せてもらってもいいですか? 早くお昼も食べたいですし、フィリーさんだってそうでしょう?」

立ち向かう気なんてさらさらない。メルルは恥も外聞も掻き捨てて逃げ出します。

「むー、誤魔化そうったってそうはいかないんだからねー。今日の私は一味も二味も違うんだから!」
「うぐ…」

そ、そんなっ!フィリーさん相手に逃げ出せないなんて!
一瞬冒険者レベルが1に戻ったのかと錯覚した。

「もー! これでも私、お姉ちゃんより全然若いん―うひゃぁ!?」
「ど、どうしたんですかフィリーさん?」
「い、いい、今何か、背筋がゾッとするようなとてつもない悪寒が…」
「あー…」

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きっとエスティさんが電波をキャッチしたんでしょうね。で、草葉の陰からこっそりフィリーさんの仕事ぶりをチェックしてるんです。聞こえはいいけど完全にただの監視ですよねわかります。フィリーさんが余計な事を言わないようにっていう。
実際問題、本当に監視してるかどうかは本人に聞かなきゃわからないけど。でも、はぐらかされるに一票かな。

「いい加減冗談もほどほどにしておかないと、本当にエスティさんが乗り込んできそうで怖いですね。私嫌ですよ、エスティさんのラブリーシャドウの餌食になるの」

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「そ、それもそうね…、ていうかお姉ちゃんもいい加減、必殺技の名前変えればいいのに。メルルちゃんもそう思わない?」
「そ、それは…」
「ラブリーなんて乙女チックな名前が通用するのなんて二十代までだよねー」

エスティさん、見た目だけなら二十代と言っても誰も疑わない容姿をしているけれど、しかし現実は厳しい。どう足掻いてもエスティさんを取り巻く現状は変わりはしない。そう、それこそ若返りのクスリでも使わない限りは――。

「お姉ちゃんなんてもう四十路過ぎだよ? 淑女どころか熟女の領域に――ひゃわあっ!?」
「あの…フィリーさん実はわざとやってます?」
「ち、違うわよ~口が勝手に…、もー、メルルちゃんが余計な事考えるから悪いんだよ?」
「そ、それは謝りますけど…って、そろそろ依頼リスト見せて貰っていいですか?」

これ以上ぐだぐだとどうしようもない会話を続けていてもお腹の虫が鳴くだけでまったく先に進まない。さっさと切り上げて早々にランチタイムと洒落込もう。それが一番得策。

「あ、うん。はいこれ」

フィリーさんもフィリーさんでなんだかんだ言って切り替えが早い。
私は差し出されたリストをペラペラと捲って行く。仕事を選ぶつもりはないが、実は最初にチェックする依頼は決まっていた。

トトリ先生の依頼だ。

そう、実はミミさんに話を聞いてから心のどこかで引っかかっていた。無性に気になって仕方がない。だってあのトトリ先生がミミさんをアトリエ前に放置プレイしてまで必要な物って一体なんだろうかって、普通なら気になるよ。

「あ、そう言えばメルルちゃんが来るちょっと前にトトリちゃんがお仕事の依頼出していったよ?」
「ええ、知ってます。実はここに来る前ミミさんとお話したんですけど、どうやらミミさんを放置してここに来たみたいですね」
「そ、そう…ミミ様、じゃなかったミミちゃんに、ね…。と、ところでメルルちゃん? ずぅ~っと前から聞こうと思ってたんだけど、やっぱりトトリちゃんとミミちゃんってもう――」
「えーっと…トトリ先生の依頼は…っと…」
「ど、どうしてそこで無視するのよぅメルルちゃん! 別に大したこと聞きたいわけじゃないのよ? ただちょこーっとだけ、二人の夜の性活についてね? や、やっぱりミミちゃんが攻めなのかしら…いやでも、普段大人しいトトリちゃんの方が夜は激しそうね…いやいやでもでも(ry」

相も変わらずフィリーさんの妄想は一歩先に抜きん出ているな、と呆れながらリストに目を通す。
トトリ先生とミミさんの事は既に周知の事実だが、フィリーさんの前ではあまり二人の話はしないようにしてる。すると必ずと言っていいほど、この人の妄想の餌食になってしまうからだ。
フィリーさんはいわゆる百合(女同士の恋愛)を好物としていて(最近は男同士でも妄想しているみたい)、無論トトリ先生とミミさんの関係は、フィリーさんにとってまさに妄想が現実化されたいい例。これで発狂しないフィリーさんじゃない。

(まぁ、二人の事が気になるのはわかるんだけどね…私もなんだかんだで色々聞いちゃったわけだし…)

今日はあくまで魔が差しただけ、と言い切りたいが、それでもやはり次があれば当然のように詮索しているだろう。そんな自分が容易に想像できる。

「ところでフィリーさん、トトリ先生が依頼出す時、何か言ってました?」
「そして二人の唇が触れる瞬間、愛を囁き合って――ほえ?」

妄想してるところ悪いがリアルに戻ってきてもらう。

「トトリちゃん? んー、あっ! そう言えば結構急いでたみたいだよ。品質は特に気にしてないみたい。とにかく早く品物が欲しいみたいね。即納品なら報酬倍出すって言ってたけど、そこまでして欲しいのかしらね、それ」
「それって…」

フィリーさんが指差した先の一角。そこにはトトリ先生の依頼が記載されていた。トトリ先生の依頼、果たして今度は何の魔法具をご所望だろうか。

「確か前はドナーストーンだったよね。今回もそれってことはないと思うけど…。もしかして地球儀かな? いやでも神秘のアンクも捨てがたいし…、えーと、なになに…」


【ピュアトリフ】
数量:10個
報酬額:1000G
依頼主:トトリ
交友値:100

現在の所持数(私の):18個

「……………」

脆くも崩れさったそれは理想と言う名の非現実。
それを踏み台に土足で踏み荒らすのは理不尽と言う名の現実。

「……………」

時は止まり、動き出すまでに1分と言う長い時間を要した。いくら頭で「これは何かの間違いだ」と声を大にしても心がそれを否定する。予想を裏切るというのはたぶんこういう事を言うのだろう。しかもそれは『極悪非道』と言う意味しか含まれていない。

「ね? トトリちゃんにしては珍しい依頼でしょ?」
「………」

私は無言で頷いた。

「でもピュアトリフってあれよね? 食べたその人の本音を強制的に晒しちゃうって言うあの毒キノコ…、実は私も前にあれで酷い目にあったのよぅ…、まさかあんな効果があるなんて知らなくて…、名産品って言うから楽しみにしてたのに…」

してたのに?と、問い返すと。

「お姉ちゃんも誘って食べたのがそもそもの間違いだった……うっ」

途端にフィリーさんの顔が真っ青に染まった。きっと思い出したくない事実があるのだろう。だが、その時二人に何があったのかは大体想像はついた。

「うぅ…あの時はホントぉに死ぬかと思ったわよぅ。マウントポジションで剣を喉元に突きつけられた時はもうダメかと思ったもん。私を見下ろす氷結も目玉が二つ…ああ、今思い出しただけでもゾッとしちゃう…」

フィリーさんは心底疲れきった様子で溜息をついて、

「それにしてもトトリちゃん、そんな凶悪なキノコ一体何に使うつもりかしら?」
「……そんなの決まってるじゃないですか」
「え?」

ピュアトリフを何に使うかだって? そんなの答えは一つしかない。だってそれは、一度は私も考えた手段なのだから。弟子は師匠に似るものだ、なんて。今この時は洒落にもなってない。

『――もし今回がダメでもいいじゃないですか。トトリ先生なら、ミミさんの心と体の準備ができるまで、ずっと待っててくれると思いますよ?――』
『――だってあのトトリ先生ですよ? きっとお婆ちゃんになったって、待っててくれますよ、トトリ先生なら――』

まるで走馬灯のように駆け巡る、少し前に自分で言った言葉の数々。でもそれがすべて無意味になるなんて誰が想像しただろう。

『ミミちゃんのためなら私……なんだってするよ?』

不意に思い返される1ヶ月前のトトリ先生の言葉。確かにその言葉にも間違いはないのかもしれない。でもだからこそ語弊を感じる悪魔の囁きにも違いない。

ミミちゃんのためならなんでもする。
違う。そうじゃない。

自分のためならミミちゃんになんでもする。
これが正しい言葉の使い方だ。

どうやらトトリ先生に『待つ』と言う殊勝な心がけはなかったらしい。
作戦決行は間違いなくお泊りの日。たぶん料理に盛る気なのだろう。自分の手料理とか言っとけば、ミミさんならホイホイ誘惑されちゃいますもん。
ミミさんの口に毒が盛られる様を、内心真っ黒い笑顔を浮かべながら見守っているトトリ先生の姿が容易に想像できた。そしたら後はとんとん拍子、強制的に素直になったミミさんをがっつり美味しく頂くつもりなのだろう。

トトゥーリア・ヘルモルト。その天使のように愛らしい風貌に騙された人間がここにもまた一人。ミミさん曰く天使だが、今日を以って私の中では小悪魔へと変貌を遂げた。

ミミさん…私、一つだけ嘘つきました。
貴女の恋人――トトリ先生はどうやら待つつもりはないようです。
そしてトトリ先生の辞書には『自重』なんて文字は載っていないようです。

(このままじゃミミさんがトトリ先生の毒牙に……でも)

そしてもう一つ謝らなければいけない事があります。
ごめんなさいミミさん。貴女に止めを刺すのは結局いつも私のようです。

「じゃあこれ、ピュアトリフ10個分です。ちゃんとトトリ先生に届けてくださいね」
「あらぁ、即納品するの? さすがメルルちゃん、思い切りがいいわね。じゃあ報酬は倍額だね。はい、2000G」
「ありがとうございます! それじゃフィリーさん、そろそろお昼にしましょうか?」
「うん! 今行くから席取ってて」
「りょーかいです!」

仕事に私情を挟まない。
それがこの私、メルルリンス・レーデ・アールズの錬金術師としての流儀なのである。

ミミさん。
どうか強く生きてください。



数日後、例のお泊りがあった翌日のことである。
珍しいこともあるもので、その日に限ってアトリエの石垣の前にミミさんの姿はなかった。その代わりと言ってはなんだが、妙にツヤツヤした顔でうっとりしているトトリ先生が目撃された。

何があったのかは正直怖くて聞けなかったが、しかしどうやらミミさんは無事らしい。
足腰が立たなくなってベッドから起きあがれない以外は、だけど――。



END
[ 2009/04/07 21:32 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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