※懲りずに高校生な二人、第3弾。
※追記からどうぞ。
長い喧嘩の後、向日葵と櫻子は同じベッドに横たわりながら心身を休めていた。
さすがにシングルベッドなので、一人分の猶予しかないところに二人も詰めて入れば、当然体の至る所が密着してしまうのは致し方ない。
「はぁ…まったく、疲れましたわ…」
「ホントだよ、向日葵が素直になれば済む話だったのに…」
「…もう突っ込む気力もありませんわ」
「あっそ…」
気力の尽きた二人の言い争いにも張り合いがなかった。
疲労し切った今の状態では、喧嘩どころか、まともにテスト勉強など出来そうもない。そもそも、ベッドに横になってしまった時点で、この先の選択肢に『休む』以外の選択は用意されていなかったが。
「ねぇ向日葵…」
「…なんですの?」
櫻子は口を噤み、考えるような素振りを見せつつ目を伏せる。それからたっぷり10秒ほど思考した末、意を決したように目を開けた。
「もし、さ…私が、誰かとその…ホントに付き合ったりしたら、どうする?」
「っ…」
思いがけない問い掛けに、向日葵は心臓が止まる思いだった。
櫻子の声色を聞けば、それが冗談でも悪ふざけでもないことを感じ取っていた。
二人の付き合いもすでに十数年の腐れ縁。嫌でも分かるというのが正直な話。
櫻子の本気と冗談の違いなど手に取るように分かる向日葵だった。
だから向日葵も、ここは本気で答えてあげなくちゃいけないと、意を決す。
「そう…ですわね…、櫻子がその人の事を本当に好きで、それでお付き合いするのなら、それはそれで喜ばしいことですけど…」
「……」
「それでもやっぱりちょっと、淋しいですわ…」
向日葵が静かにそう告げると、櫻子は一瞬の間を置いてから、
「……淋しい、だけ?」
消え入りそうな声で聞き返す。その問いに対する答えは、今後の人生を左右する重要な選択肢だと、お互い悟っていた。
「……」
向日葵はそっと目を閉じて思案する。
確かに、淋しいという気持ちは本当。でも、本当にそれだけなのだろうか。櫻子が自分以外の誰かと歩む姿を想像するだけで、胸が軋んだように痛くなるのは何故?
向日葵は目を開けて、想いをめぐらせる。
本当は分かってる。分かっていたはずだった。
それなのに、心の弱さが邪魔をして、本当の気持ちから目を逸らした。
そう、私はただ――。
「嫌、ですわ…」
「…え?」
「櫻子が、誰かと付き合うなんて、絶対に嫌…。誰とも付き合って欲しくない…!」
心のままに口にしたその告白。
それは後戻りの出来ない選択に他ならない。
「…そっか」
向日葵の耳に、心なしか嬉しそうな櫻子の声が届く。それだけで向日葵の心には安心感が芽生えた。今なら、何もかも素直に言えそうな気さえした。
「櫻子が誰かに告白されるたびに、いつもビクビクしてたの。今は断ってるからいいですけど、それがいつまで続くかわからないですし、そのうち櫻子が気に入るような人が現れたらって、それが恐かった…」
「うん、うん…」
幼稚園から始まった腐れ縁。これから先もずっと続いていくと思っていた関係。
楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、思い出に残るそのすべての時間を櫻子と分かち合ってきた。隣にはいつも櫻子がいてくれた。時にはふざけ合い、喧嘩する事も多かったけど、それも向日葵にとっては心地のいい時間だったのだ。
それが、そんな楽しい時間が、終わってしまうなんて…。
そんな事実、向日葵には耐えられるはずもなかった。
「向日葵」
櫻子は、心の奥底に響くような優しい声で向日葵の名前を呼びながら、向日葵を落ち着かせるように、手のひらに自分のそれをそっと重ねた。重なった手のひらから櫻子の優しさが伝わってくるようで、向日葵はそれだけで胸がほぅっと温かくなった。
意地っ張りで口は悪いけれど、とても優しくて、温かい幼馴染。
向日葵は、改めて櫻子の存在の大きさを思い知った。そしてそれ以上に、櫻子を失いたくないと思った。
「さ、櫻子っ…!」
きっとそんな気持ちが作用したのだろう。向日葵の中で、作り掛け半ばで散らばっていた櫻子への想いが、パズルのピースがはまっていくように、一つ一つ形を成していく。
そして今、それは完全な形となった。
その瞬間、櫻子への誤魔化しようのない想いが胸に溢れた。
「わ、私っ…あなたの事がす――!」
ピトっと、櫻子の指先が向日葵の唇を押さえる。それは刹那の時だった。
向日葵は一瞬、何が起きたか理解できなかったが、唇に確かに触れている指の温かさに、徐々に思考はめぐり始める。
そしてすぐに遺憾に思い始めた。
(…なんで、言わせてくれないんですの…?)
疑問が疑問を呼び、思考はなぜか悪い方へと流されていく。
もしかしたら櫻子は、自分の気持ちなんて聞きたくないんじゃないかと、向日葵はこみ上げる涙を抑えながらそういう結論に達した。
しかし当の櫻子はどこまでも優しい笑顔で微笑んでいる。向日葵にはもう何が何だか分からない。その疑問に答えてくれる櫻子が理由を話してくれない限りは。
櫻子は、すっ…と指先を唇から離すと、そっと口を開く。
「好きだよ、向日葵」
向日葵の心情を察したかのように告げられたその言葉は、向日葵が告白したかった想いそのままに、向日葵の胸に届いた。トクントクンと、向日葵の心音が優しいリズムを刻む。
櫻子は愛の告白が終わると、満足げに「にししっ」と、少し恥ずかしそうに無邪気に笑った。
「な、なん…で?」
「なんでって、なんとなくだよ。向日葵に先越されるの、なんか嫌だったし」
「そ、そうじゃなくてっ! わ、私の事、好きって…今」
「え、何かおかしい事? 私、ずっと前から向日葵の事好きだったよ? ちっちゃい頃からずっとずっと」
「う、嘘っ! だ、だって、あなた…私の事なんて嫌いだったんじゃ…」
「嫌いじゃないもん! 嫌いだと思ったことだって一度もないし!」
「そ、それにいつもケンカばかりですし…」
「あのな! ホントに嫌いなら、ずっと一緒にいるわけないだろ! 私は、ケンカしようがなにしようが、向日葵の隣にずっといたんだよっ!」
「っ…」
向日葵の胸中に告白された時以上の幸せな気持ちが湧き上がり、自然と目尻から涙が頬を伝った。
櫻子はそんな向日葵にやれやれと思いながらも、指先でその涙を掬ってみせた。
向日葵は擽ったそうに目を細める。
「別にさ、向日葵とケンカするのだって嫌いじゃないよ。むしろ好きだし。こんな風にバカやって、ケンカして、それでもいつも隣にいてくれるんだもん。それが私達の自然体じゃん? 言っとくけど、今更手放すなんて絶対にいやだからね!」
それは、滅多に聞くことのできない櫻子の胸の内。
心からの本当の気持ちだった。
「そ、そんな風に言われたら私、どうしたらいいか分かりませんわっ」
「へへっ、何照れてんだよ~!」
「う、うるさいですわ! さ、櫻子のくせに、珍しく素直になるから!」
「珍しいは余計だよ、ぶぅ。向日葵に比べたら櫻子さまはいつだって素直ですー!」
「…うそおっしゃい」
「ま。私もいつまでも子供じゃないってことだよ。今年で18になるんだもん」
「それは私だって同じですわよ。でも、そうですわね…。私達ももう、子供のままじゃいられないのかもしれませんわね」
「でもさ、いくら大人になったって、変わるものと変わらないものがあると思うよ」
「変わらない、もの?」
向日葵は不思議そうに櫻子を見つめながら、櫻子はそんな向日葵にニッと笑い返した。
「私が私でいられる場所。それは後にも先にも向日葵の隣だけだから。それだけは忘れないで」
たとえこの先、今の関係が変わったとしても、向日葵の隣には櫻子が、櫻子の隣には向日葵がいる。それだけは何があっても変わらない。きっと、そういうことなのだろう。
「忘れませんわ。ぜったいに。そ、それに…わ、私だって同じ気持ちですから!」
「お。向日葵さんもずいぶんと素直になられたようで。ま、私には敵いませんけどね、へへっ」
「う、うるさい! さ、櫻子になんか絶対負けないんだから!」
「そうそう、それそれ。私達の関係ってそう言うのが一番しっくりくるよね」
「うっ…ま、まぁ…そう、なのかもしれませんわね…」
ケンカするのが当たり前。隣にいるのが当たり前。そういう関係こそがお互いにとって一番居心地のいい関係なのかもしれない。しかしそれでも、向日葵も櫻子も、お互いもう一歩先に進みたいという気持ちは捨て切れなかった。
「ところで、さ……向日葵。さっきの告白に対しての返事を聞いてないんだけど……」
「っ…、あ、あらためて言うのは、は、恥ずかしいですわ」
「あれ~、いいのそれで? このままじゃ私の一人勝ちになっちゃうけど?」
「むっ…」
櫻子がにんまりと悪戯っ子のように笑って見せた。
そんな態度を見せられて黙っていられる性格を向日葵はしていなかった。
もちろんその事を一番よく理解しているのは、櫻子以外ありえないのだが。
「それは聞き捨てなりませんわね! いいですわっ、耳の穴かっぽじってよく聞きなさい!」
「うむ、くるしゅうないぞ」
とは言え、改めてその気持ちを口に出すのには勇気がいった。胸はドクンドクンと激しく高鳴り、体は芯から火照りだす始末。それでも向日葵は、櫻子にだけは負けたくないという意地だけで勇気を振り絞った。
「わ、私も櫻子の事が好――んんっ!?」
しかしまたも一世一代の愛の告白は未遂に終わる。
最後の「き」を言うか言わないかの瞬間、向日葵の唇は塞がれてしまう。しかし最初との違いは確かにあった。指先か、唇かの違いである。
つまり今、向日葵の唇を塞いでいるのは櫻子の唇だった。
キス――。
向日葵がそう認識するまでに時間はそうかからない。触れた唇の柔らかさと熱さに、瞬間的に顔を真紅に染めた。向日葵は動揺のあまり、胸中で色々な感情がごちゃまぜになっていた。
「へへっ、残念でした♪」
そっと唇を離した櫻子は、開口一番にそう告げる。
とは言え、さすがに恥ずかしい行為だと理解しているのか、その頬は赤らみ、向日葵に悟られぬよう、心臓の鼓動を抑えるように胸に手を添えている。
「どっ、どうして言わせてくれないんですのっ! 言えって言ったくせにっ!」
「ん、単なるイジワルだよ」
「いけしゃあしゃあと言わないでくださる?!」
「というわけでもう一回ヨロシク♪」
「死ねっ!」
羞恥とは違った理由で顔を赤く染める向日葵。
当然、それは怒りの感情に他ならない。
「あはは、まぁまぁそんな怒んなって。お詫びにイイ事してやるから」
そう言うと櫻子は、のそりとベッドから起き上がり、そのまま向日葵に覆いかぶさるようにして重なった。ベッドの上で、極限まで密着したことにより、向日葵の顔が怒りの赤から羞恥の赤へとシフトする。
「あ、な、な、何するつもりですのっ?」
「何って…、もう子供じゃないんだし、好き合うもの同士、ヤルことは一つだろ?」
「っ…や、ヤルことって…って、ちょ、まっ――」
向日葵の制止も聞かずに、櫻子は向日葵の両手をロックする。恋人のように指先を絡めるように重ねて、そっと顔を寄せていった。
ゴクリっと、生唾を飲み込む向日葵。顔はすでにリンゴのように真紅だった。
(やっ…ちょ…わ、私、櫻子と、そんなっ…き、キスしちゃんですのっ…?)
実際は先ほどファーストキスを済ませたばかりなのだが、あれは完全なる不意打ちだったので、正直向日葵には考える余裕すらなかったのだ。
だが、今度は違う。
ゆっくりと距離を縮めてくる櫻子の顔を見上げながら、向日葵の思考はフル回転していた。
(や、やっぱり…こうして意識して見ると、櫻子ってカッコいいですわね…)
脳をちりちりと焦がすようなキリッとした鋭い視線に、向日葵の中の”女”が目覚める。
瞳を濡らし、もはや恋する乙女と化した向日葵は、自らの告白など頭の隅に置いて、胸を躍らせた。
やがて目を閉じた櫻子に釣られるように、そっと目を閉じる向日葵。その瞬間、
「んっ」
「ふぅ、ん…」
二人の唇はついに重なり合った。
軽く啄ばむようなキスをしたと思ったら、次の瞬間には二人の唇は一つに溶け合っていた。
櫻子は、ほのかに香る向日葵の甘い香りにドキドキしつつも、唇の感触を確かめるように、角度を変えながら、貪るように口付ける。
「ふぅ…んっ…ちゅっ、ちゅくっ…」
「んくっ…ふぁっ…んちゅ…」
一方、向日葵は、櫻子のキスに翻弄され続けながらも、キスの熱さと気持ちよさに快感を覚え、お腹の奥から何かが溢れてくるような感覚に思わず内股を擦り合わせいた。
「…はぁ」
数分という長い時、甘くて蕩けるようなキスを続けた二人。
さすがに息苦しくなってきた櫻子は、そっと顔を上げて、向日葵の顔を見下ろした。
「ひ、向日葵…大丈夫?」
「はぁ…はぁ…んくっ…ふぅ…んはぁ…」
「っ!」
櫻子は、向日葵の艶かしく荒い息をつく姿に、不覚にも心臓を鷲掴まれたような感覚に陥った。
とろんと蕩けた瞳、上気した頬、物欲しげに開かれた唇から漏れる熱い吐息。そのどれもが、櫻子の胸を躍らせた。
ふと視線が下半身に降下した。捲れあがったスカートの下に、向日葵のむっちりとした太ももが露になっている。しっとりと汗で濡れ、いやらしい雰囲気を放っていた。
櫻子は、ゴクリっと、生唾を飲み込む。
(やばっ…向日葵、お前、エロすぎ…)
櫻子はもはや限界だった。なけなしの理性は途切れる寸前。今すぐにでも、向日葵を汚してしまいたい衝動に駆られたが、それでも最後まで残った理性がなんとか押し留める。
しかしそんな櫻子の頑張りも空しく、向日葵の一言によって四散するのである。
「さくら、こ…?」
「っ…」
向日葵は快感に蕩け切ったような微笑で櫻子を誘う。
「もっと、して…?」
その瞬間、櫻子の中で理性という名の糸がプツンと音を立てた。
*
あれから二時間あまりが経過した。
ベッドの周りには下着や制服があちらこちらに乱雑に脱ぎ捨てられ、そして、ベッドの上には生まれたままの姿で横たわる櫻子と向日葵が寄り添いあっている。
二人に何があったのかはだいたい想像がつくだろうが、二人はあの後、精も根も尽き果てるまで、お互いを求め、愛し合ったのだ。
まるで今までの、溜まりに溜まった欲望を払拭するかのように――。
「腰が、痛いですわ」
「ごめん…ていうか半分は向日葵のせいだし!」
「人のせいにするんじゃありませんわよ。最初に手を出したのはあなたでしょう?」
「……人のこと誘っといてよく言うよ」
「何か言いまして?」
だいぶ落ち着きを取り戻してきた向日葵と櫻子は、いつもの調子に戻っていた。
ここだけの話、いつもの調子のように見えて、実はお互い色々と一杯一杯だったのだが。
まぁ何にしても終わったことをとやかく言っても不毛なだけなので、お互い核心に触れるような事は言わない。
「にしても、向日葵って結構エッチだったんだなー。まさかあんなに乱れるとは……長年幼馴染やってるけど、あんな向日葵見るの初めてだったよ」
「ぶっ!な、何言ってますのっ!?」
「えー、だってすっごい感じてたじゃん? もっともっとって。この欲しがりさんめ!」
「ごぶぅっ! なななっ、そ、そんな事言った覚えはありませんわっ! そ、そういうあなたこそ、人の胸にやたらとご執心だったんじゃございませんこと? いつもは暴言ばかり吐くくせに!」
「なっ…! べ、別に向日葵のおっぱいなんて興味ないし! おっきくて、柔らかくて、ふわふわしてて、結構気持ちいいな~とか、先っぽがグミみたいで美味しかったな~とか、そんな事これっぽっちも思ってないんだからね!」
「思いっきり口に出してるじゃありませんかっ!? 聞いてるこっちが恥ずかしいわよ!」
お互いに「むぐぐっ!」と顔を見合わせて、意地の張り合いを続ける二人。夫婦喧嘩は犬も食わないとは、つまりこういう事を言う。
最初に折れたのは向日葵の方だった。呆れたように溜息を付き、すぐにふわっとした優しい微笑みを浮かべて、
「櫻子、言い忘れてましたけど…」
「ん…何?」
「私、あなたの事好きですわよ」
「むっ…」
突然の愛の告白に、櫻子の頬が赤く染まる。
「そう言えば聞いてなかったね」
「……あなたのせいじゃありませんの」
「まぁまぁ、これで両思いの恋人同士なんだからいいじゃん。細かいこと気にすんなって」
「…順番が明らかにバラバラですけどね…」
「それも私達らしいって言えば私達らしいじゃん?」
「まぁ…そうなのかもしれませんわね」
屈託なく笑う櫻子に、微笑み返す向日葵だった。
向日葵は、今日一日で一生分のありとあらゆる出来事が起こってしまったように錯覚していた。両手で胸を抱くように手を添えると、あれほど感じていた不安も恐怖も感じない。
どこかすっきりとした、清々しい気持ちだった。
向日葵は隣に横たわる櫻子の手を握った。
櫻子も同じ気持ちだと言わんばかりに握り返す。
この先の未来、たとえ何があろうと、今日という日は絶対に忘れないだろう。
その手にある幸せを噛み締めながら、二人は同じ未来を夢見ていた――。
おしまい
【あとがき】
恒例になってしまった高校生編さくひまverでした。
櫻子は撫子さん似なので、絶対将来カッコいい感じになると思うんですよね。向日葵は大和撫子タイプの美人で、おっぱいが大変な事になってるような気がする。
ゆるゆりは妄想が無限大です。うむ、中学生は最高だぜ!