※追記からどうぞ。
8月某日。
夏休みを満喫中の私にとって唯一の障害となりえるものは、やはりこの暑さだろう。
否応なく襲いくる真夏の暑さに容赦はない。とにかく暑い。暑すぎて干上がりそう。
それと言うのも、今日の最高気温は日中で35度を超すという。そんな馬鹿げた予報を先刻テレビで見たばかりだった。まさに絵に描いたような猛暑日。死の宣告をされたようなものだ。
汗を拭いたそばから毛穴から滲みでるなんて早々経験できるものじゃないだろう。
――現在の時刻、13時ジャスト。
つまりこの地獄の暑さを今まさに体感中なのである。
外はカラッカラの晴天。雨なんて奇跡でもない限り降りそうもないし、そもそも起こらないから奇跡なのであって、実際本当に起こってしまえばそれは奇跡ではないのではと思う。
とにもかくにも。
真夏の灼熱地獄は、私の部屋にまで影響を及ぼしているのは言わずもがな。外熱で極限まで茹でられた私の部屋は、今や地獄など生ぬるいサウナ風呂と化していて、それは私の部屋だけに限ったことじゃなく、全ての部屋、つまり家全体がそういう状況だと言える。
「うぁぁ…ぐぁぁ…」
時計の針が13時1分を回ったその時だった。
部屋の真ん中。テーブルに向かい合う形で暑さに耐え忍んでいた私と櫻子。なぜ私の部屋に櫻子がいるのかという問題は些細なことなので省略するが、テーブルに突っ伏したまま力なくうな垂れていた櫻子は、精神に異常をきたした患者のように今にも死にそうな呻き声をあげた。
それから一言、
「…あっちぃ…死ぬ…溶ける…」
そう言って力尽きた…ように見えただけで実際息はある。
気力の欠片もない眠たげな声が私の耳に届く。こちらまで気力を奪われてしまいそうな声で気持ちが沈みそうになる。
「……ハァ」
私は目を伏せつつ軽く溜息をつき、読みかけの本から目を離して櫻子の様子を伺った。
(…やれやれですわね…)
そこにいたのはやはり櫻子だったが、しかしここ数時間でまるで体勢に変化がない。30分ほど前に目にした時からほとんど動いていない。いや、この場合『動けなかった』と言った方が適切か。
とにかく。
ナマケモノと化した櫻子はすでに夏の暑さにやられ死に体の域。生ける屍となってテーブルにはり付き、頬を伝う汗で水たまりを作っている。確かに今日はこの夏一番の暑さを言われても大袈裟じゃないが。
「いい加減、暑い暑いと言うのはやめなさいな。余計暑くなりますわよ」
そう言って、死に体の櫻子をさらに突き放す。
別に心は痛まない。そもそも私と櫻子の間で、気遣いの言葉など出るはずもないのだから。
私の言葉は櫻子の耳には届いていたが、櫻子に反撃しようなんて気持ちはなかった。
身動ぎ一つせず、テーブルに突っ伏したままの体勢で、
「…んなこと言ったってぇ…あついもんはあついんだもん…ていうかクーラーつけてよ頼むから…」
「だから故障だと何度も言ったでしょう。暑さで記憶までおかしくなってしまったんですの? 残念ですけど、クーラーは修理するまでピクリとも動きませんわ」
「うぁー…ついてね~…おまけに扇風機まで使えないとはどういう了見だよぉ~…」
「……それについてはまぁ、私も同意見ですけど。仕方ないですわ、動かないんですから」
部屋の片隅でその力を発揮することなく放置されている扇風機を見つめ溜息をつく。
クーラーが故障したという事で物置から引っ張り出してきた埃の堪ったそれを、背に腹は変えられないと綺麗に掃除までしたのに、結果その苦労が報われることはなかった。
コンセントに刺してスイッチを入れても扇風機はうんともすんとも言わない。
つまり故障。
その二文字で片付けられてしまう。
この暑さの中、冷気を送るためのシステムが完全に断たれしまったとことは致命的な痛手と言えるし、修理が出来ない以上もはやどうしようもない。運が悪かったと思って今回ばかりは諦めるしかないのだ。
「そんなに暑いなら自分の家に帰ったらどうですの? 櫻子の家にだってクーラーあるんですし、この暑い中わざわざ私の部屋に居座り続ける理由なんてそもそもないでしょう?」
「…そんなこと分かってるもん…、…バカ向日葵」
良かれと思って提案したことなのに、予想に反して櫻子の反応は悪かった。
「何でバカ呼ばわりされたのか分かりませんが、バカって言った方がバカですわ」
「……ハァ」
櫻子は軽く溜息をつき、それっきり何も言わなくなった。
どうやら言い返す気力もなくなってしまったらしい。少し張り合いに欠けるがそれも仕方がない。逆にこの暑さでいつものように喧嘩をしようものならそれこそ自殺行為だ。脳が茹って溶けてしまう。
(まぁ、いいですわ、そんな事は…)
これ以上櫻子の相手をしていても得なしと判断した私は、読みかけの本に目を戻す。
読んでいるのはただの漫画本だが、それでも『心頭滅却すれば火もまた涼し』と言うことわざがあるように、何かに集中していれば夏の暑さくらいどうと言うことはない。
そもそも昔の人はクーラーや扇風機と言った文明の利器がない時代で夏を耐え忍んできたのだ。現代にそれらが普及したからと言って、それが使えないと言うだけで弱音を吐くなど愚の骨頂。
(…櫻子は少し大袈裟なんですわ…)
そんな事を考えつつ、手汗で若干滲んでしまったページを捲り、先を読み進める。
「ねー向日葵、何か面白いことして」
「死ね」
櫻子の突然の戯言に目もくれずに一蹴。死に体の櫻子を容赦のない一言で斬って捨てた。
もとより会話のキャッチボールなどする気はない。
「もっとオブラートに包めよ!」
と、櫻子は暑くて動けないはずの体に鞭打って身を乗り出して激昂する。
なんだ。まだまだ動ける元気あるじゃありませんの。
「悪いですけど、オブラートに包むだけの気力はありませんわ。ただでさえ暑いのに、無駄な労力で体力磨り減らすのも馬鹿らしいですし」
そう言って、ぱらっと雑誌のページを捲った。
「……ていうか、暑くてマジで死にそうなんだけど」
「まったく…、ぎゃーぎゃー騒ぐから余計暑くなるんですわよ。……そんなに暑いなら全裸にでもなればいいんじゃなくて? そうすれば少しは涼しくなるかもしれませんわよ」
半分冗談で言った提案にもかかわらず、なぜか櫻子は顔を真っ赤にして、眉を吊り上げ怒りを露にする。
「嫌味か! どうせスッポンポンになった私の薄っぺらな胸見て鼻で笑う気だろ!」
「なっ…櫻子じゃないんですからそんなくだらないことしませんわ!」
「んなっ?! だ、誰のおっぱいがくだらない断崖絶壁だってぇぇぇ!!」
櫻子は叫びながら、ダンッ!! と、テーブルを両手で叩く。
「そんなこと一言も言ってませんわ!!」
私も負けじと叩き返す。
「うぐぐ…ちょっとおっぱいおっきいからっていい気になるなよっ、このおっぱい星人が!! ちくしょー!! いつか絶対見返してやるからなぁー!」
「…はぁ…もうなんでもいいですわ、好きになさいな…」
もう言い返すだけの気力も尽きた。というより今のやり取りで気力を根こそぎ持っていかれた気がする。
これ以上櫻子には付き合っていられないと投げやりに言って返し、額の汗を拭いつつ張り付いた前髪を整える。
それからテーブルに手を伸ばし、テーブルの片隅でぬるま湯と化していたスポーツドリンクを手にとり、口に含んだ。
ゴクリ、と喉が鳴る。
(…ぬるい、ですわね…)
眉間にしわを寄せつつ心の中で毒づく。
もはや冷たさの欠片もない生ぬるい液体が喉を潤す。この場合『潤す』という言葉は適切なのか多少疑問が残るが、それでも熱中症対策として、こう言った水分補給は怠れないのが現実だ。背に腹は代えられない。
「あ、私にもちょーだい!」
と、間髪入れずに私からドリンクを奪い去ったのはもちろん櫻子。飲んでいる最中にもかかわらず強引に奪い去る。
「ちょっ!櫻子、何をするんですの!」
怒声が響く。いくら聖人君子と言えどここは怒らなければ嘘だ。
そもそも私は聖人君子ではないのだから容赦なく怒らせてもらう。
眉を吊り上げ鋭い眼光で睨みつけた矢先、
「ごくっごくっ…」
時すでに遅し。
私の憤怒などお構いなく、私の飲みかけドリンクはすでに櫻子の胃袋へ向けて流れ込んでいた後だった。
呆気に取られ、もはや声を掛けることすらできない。半ば放心しながらその様子を見つめていた。
「ぷはーっ!」
櫻子は飲み口から口を離すと、満足したように笑顔で口元を拭い、続けてこう言った。
「うまーい!!……でもちょっとぬるいかも」
カァッと頭に血が上る。もちろん私の頭に、だ。
「人のを飲んでおいて文句言わないでくださらない?! ていうか文句を言いたいのはこっちですわよ!!」
怒り心頭に怒鳴り散らす私を他所に、しかし櫻子は特に意に介した様子もなくニシシっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「そんな怒んないでよ。あんまり怒るとおっぱい垂れるぞ?」
「た、垂れませんわ…このおバカっ!! そもそも自分の飲み物があるのだから自分のを飲みなさい!」
「えー、だって私のとっくになくなってるもん。いーじゃん少しくらい」
そう言ってブー垂れる櫻子は、自身のペットボトルを振り子のように振って見せる。
スカスカのペットボトルが宙を舞う。どうやら本当にすっからかんのようだ。
「だ、だからって…少し強引すぎますわよ」
「あはは、ごめんごめん、ほら返すって」
櫻子は謝罪の言葉と共にペットボトルを差し出す。私も手を伸ばしそれを受け取った。
(まぁいいですわ…、櫻子から珍しく謝罪の言葉が出たことですし、今回は許してあげます。私の寛大な心に感謝なさい、櫻子)
怒りもだいぶ和らぎつつあった私は、受け取ったペットボトルをそのまま何の気なしに口に運んだ。
(…ん?)
その時だった。ふと気付く。
「ッ」
一瞬呼吸をすること忘れ息詰まる。
脳内では先ほどの映像が鮮明に再生されていた。
このペットボトルの飲み口に口をつけ、ゴクゴクと飲む櫻子。
その姿がはっきりと映し出されている。
そう。
つまり。
ここには、先ほどまで櫻子の唇が触れていたということで――。
「どうしたの向日葵?」
櫻子がペットボトルを見つめながらボーっとしていた私に怪訝そうに声を掛ける。
顔を上げるとそこには不思議そうに首を傾げる櫻子がいた。
必然的に視線と視線が絡まり、思わず目を逸らしてしまう。
「ねー、さっきから何か変だよ?」
櫻子に指摘されドキっと胸が跳ねる。
目と目が合って恥ずかしいなんて言えるはずもない。
そもそも相手は櫻子なのに…。
「あ、あの…よ、よく考えたらこれって…間接キス…ですわよね?」
「なっ!?」
間接キス、という甘い響きに夏の暑さとは違う熱が顔を火照らせる。
まるで火が点いたように。カァーッと血が上っていくような、そんな感覚。羞恥で顔が真っ赤に染まり、茹っているような。これが夏の暑さのせいだと言い張っても、さすがに言い訳にしかならない気がした。
「な、なに恥ずかしいこと言ってんの! なな、何が間接キスだよ! こんなのなんでもないでしょ普通! 女の子同士で何言ってんのさ気持ち悪い!」
などと捲くし立てる櫻子の顔も私から伝染したように真っ赤に染まっていた。
「そ、そうですわよね…ご、ごめんなさい」
確かに非はこちらにあると素直に謝る。
私達は女同士。しかも物心ついた頃から一緒の幼馴染で腐れ縁。今更、櫻子と間接キスしたからと言って、どうなるものでもないはずなのに。
それなのに、
(…どうして、こんなにドキドキするんですの…?)
一度意識してしまうと止めようがなかった。そして櫻子の意味深な態度がそれに拍車を掛ける。
羞恥に染まりつつもそれほど嫌そうではない櫻子の態度。不覚にも胸がキュっと締め付けられる。
自惚れにも似た感情がふつふつと胸の奥から湧き上がるのを感じる。
(やだ…私ったら何を考えて…!)
そんな私の心情を知ってか知らずか、櫻子は赤く染まった顔を逸らしつつも横目でチラッと私のほうを見やりながら、
「あ、あのさっ、一応言っとくけど、勘違いしないでよね、べ、別に向日葵と間接キスしたくて飲んだわけじゃないんだから」
「わ、分かっていますわそんな事…。私だって、櫻子と間接キスしたからって別になんてことありませんから」
私は自分の気持ちを悟られないように、突き放すように言って目を背ける。
その時、櫻子の表情に一瞬寂しげな色が浮かぶ。もちろん私は気付かなかったし、どうして櫻子がそんな顔をしたのかも知る由もなかった。
「……ふん、ならいいけどさ」
そう言った櫻子の声に元気は感じられなかった。
*
それからしばらく経ち、空はだいぶ赤らみ始めていた。
何気なく目を移した窓から差し込む西日が部屋の中をオレンジ色に染め上げている。
(もう…夕方ですわね)
日中に比べれば暑さもだいぶ落ち着いてきているし、櫻子も「暑い暑い」言わなくなっていた。
そもそもあれ以来、一度も会話と言う会話をしていない。お互い一言も話さずに、私は一度読んだ漫画を読み返し、櫻子はテーブルに突っ伏したままボーっとして意味もなく時間を過ごす。
それでも時は、私達の意志に関係なく刻一刻と進みゆく。
「……」
窓から視線を横に移動させると、ふと櫻子が視に入る。
(……眠っているんですの?)
静かすぎるからそう思ったのだが、どうやら眠っているわけではないらしい。
多少眠たげでどこを見ているか定かではないが、それでも目は開いているのは見て取れたし、確かな息遣いも聞こえてくる。
そんな時だった。
「よいしょ」
櫻子は突然の掛け声と共にスクッと立ち上がった。
「ど、どうしたんですの?」
「ん、そろそろ帰ろうと思って」
「そうですの…まぁもう夕方ですものね…。でも櫻子、結局あなた午後は何もしていませんでしたわね。しかも冷房もないこの暑苦しい部屋で辛い思いまでして…。本当によかったんですの? そんな休日で?」
静かにそう尋ねると、櫻子はなぜか満面の笑顔で返す。
「いいよ別に! 私は私の好きなようにやってるし、誰に文句を言われる筋合いもないもん」
「…っ」
それだとつまり、私の部屋にいるのも櫻子にとって「好きなこと」に分類されるのだろうか。
少し気になったがあまり深く考えないことにした。それはあまりにも自分勝手な考えだし、それに悩んだところで櫻子以外にその言葉の意味に明確な答えを出せる人間はいないのだから。
「さーて、それじゃ帰ろっかな…って、そう言えば向日葵、お昼からずっと本読んでたけど何読んでたの?」
「ただの漫画ですわ」
間接キス騒動の後からは、まったく内容が頭に入っていなかったが。
「なになに?面白いの?見せてよ」
さすが漫画大好きの櫻子。案の定食いついてくる。
目を輝かせながら私の傍まで寄り、覗き込むように漫画に目を通す。その瞬間、櫻子の匂いと汗の匂いとが入り混じったような匂いが鼻腔を擽り、ドキっとした。少し、顔が熱い。
そんな私を他所に、櫻子はなぜか表情を曇らせ大きな溜息をつく。
「なーんだ、恋愛ものか。私苦手なんだよね、恋愛ものって。背中がこそばゆくなるっていうか、なんていうか」
どうやら私の読んでいた漫画に対するクレームらしい。
「別にいいじゃありませんの、恋愛ものでも。私は好きですけど」
「え~、そうかなぁ~、私はファンタジーとか熱血バトルものの方が断然好きだけど」
そう悪態つきながらも、目先は漫画に釘付けだった。
(なんだ…少しは気になってるんですのね…)
その漫画は、どこにでもあるような恋愛をテーマにしたお話。
幼馴染の男の子と女の子が、思春期を境にお互いを意識するようになり、その後苦節苦難の末、二人は結ばれるという、ある意味王道を行く展開となっている。
私は櫻子の横顔を見つめながら、その目の動きを追いつつ、大体の所でページを捲る。
「ぁ…」
その時だった。
ふいに櫻子が消え掛けた蝋燭のような小さな声を上げる。
気になって櫻子の様子を伺うと、櫻子の頬から耳にかけてが赤く染まっているのに気づいた。
(…どうしたのかしら?)
気になって櫻子の目線を追うと、そこには幼馴染の男の子と女の子がキスをしているシーンが。
そこでようやく櫻子の異変の正体に気付く。
(…あぁ、そう言えばありましたわね、このシーン…)
私も一度は見たシーン。初見では流石に恥ずかしくなり照れてしまったが、2度目ともなればさほど驚きはない。
ただ、それを櫻子と一緒に見ているという事実に多少なりとも恥ずかしさを感じていた。それはたぶんさっきの間接キスの事があったからなんだろう。
なんにせよ、まだ中学1年生の私達。
キスなんてものはファンタジーにも等しいし、おとぎ話の中だけの行為と言っても大袈裟ではない。それでも興味が尽きないのは、私達がこの漫画の主人公達のように思春期真っ只中にいるせいなのかもしれない。
「ねぇ、向日葵」
櫻子が漫画から目を離し私の目を見つめる。瞳に揺らぎはない。
喜怒哀楽の激しい櫻子はそれ故に考えていることが分かりやすいが、それが今はさっぱり読み取れない。
それくらい今の櫻子は無表情に近かった。
「…な、なんですの…?」
私は堪らず顔を逸らす。
これ以上私の知らない櫻子を見ていられなかったから、と言うのもある。
でもそれ以上に、何かが変わってしまいそうで、それを恐れた。
しかし、
「キスって、どんな感じがするのかな? 気持ちいいのかな?」
櫻子は構わずに追い討ちをかけてくる。
若干私ににじり寄って来ているのは気のせいじゃないだろう。
私としては気のせいだと思いたいが。
「しっ…知りませんわそんなの…!」
私は、そう答えるのがやっとだった。
実際にしたことがあるわけじゃないから、最初から答えが決まっているのもまた事実。
それでも。
何かまずい流れになっているような気がして無意識に言葉の中に抵抗を含ませていた。これ以上先に進んだら、取り返しのつかないことになりそうな、そんな予感。
そして、それは予感でもなんでもないことに気付くことになる。
「っ…!」
ふいに、櫻子の指が私の手に触れ、私の心臓が一際大きく跳ねる。
櫻子は手の感触を確かめるように指先を走らせ、徐々に深く、そして私の心を侵食していく。そしてそれは、無意識に私を突き動かす。櫻子の手を求めるように指先を躍らせていた。
心と共に絡まる指先。とても熱くて、やけどしてしまいそう。
「向日葵、こっち向いてよ…」
「…ぁ…や…」
どこか甘さを含んだ声色に背筋がゾクっとして身震いする。
その束の間、櫻子の右手が逸らされた私の顔に触れた。優しく頬を撫でるようにして、ゆっくりと、そっと私の顔を正面に向かせる。
私に抵抗はない。
というより抵抗することが出来なかったという方が正しい。
触れた手のぬくもりに力が抜け、心もそれを受け入れて、本能が拒絶を否定する。
正面を向いた先、櫻子の顔はすでに目と鼻の先。
これから何が起こるのかなんて、今更問うまでもない。
櫻子が求め、そして私がそれを受け入れた時点で、結果は決まっていたのだから。
「ひまわり…」
「さくらこ…」
互いの名前を呼び合い、気持ちを高める。
そして、どちらからともなく瞳を閉じた。
きっかけはとても些細なこと。
不慮の間接キスだったり、漫画の中のキスシーンだったり。
そんな甘い誘惑に負け、それらの醸す雰囲気に呑まれ、流されてしまった。
ただ、それだけのこと。
それでも私達は――。
「んっ…」
重なった唇から流れてくる櫻子の想い。
そして伝わる私の想い。
誤魔化しようもない偽りなき想い。
それらは今一つに交わり二人の胸を熱く焦がす。
「んんっ…ちゅ…!」
「…ふっ…んっ…んっ…!」
私達は何度も何度も唇を押し付けあう。その度に歯がコツコツと当たっていたけど、そんな事気にならないくらいがむしゃらに相手を求めていた。
まるでダムに塞き止められていた水が一気に溢れ出してしまったかのように――。
木々のせせらぎに乗せて耳に届くジージーやらミーンミーンいう蝉時雨がやけに騒がしく感じた。
西日の射しこむ部屋の中で、しばらくの間、私達の影は重なったままだった。
おしまい
【あとがき】
ちゅっちゅすればいいよ、ってことでちゅっちゅさせてみた。
熱中症だけにねーちゅーしよーみたいな?
ごめんなさい、調子乗りました…。
ちょっとでも楽しんで頂ければ幸いです。
それでは!
最近一気にさくひまブームが来てます(^◇^;)
さあこの調子でR18にも((