※追記からどうぞ。
真夏の日中は軽く死ねるな、とメガネ越しに空を見上げながらナギは思う。
照りつける太陽は容赦なく肌を刺し、毛穴という毛穴から汗が滲み出そうなほど大気が蒸すこの状況。そんな状況下にいるにもかかわらず、なぜ自分はこんな所で昼食なんぞを食べているのだと、改めて疑問に思うナギだった。
彼女は何も自殺志願者というわけじゃないし、危機的状況に身を置いて悦に浸るようなM的な人でもなかった。
真夏というこの次期、暑さに弱い彼女が日差しの中に躍り出るような性格では決してないことを自分自身が一番よく分かっているはずなのに。
それというのも、彼女には3人の親友と呼べる存在がいた。
同じクラスのるん、ユー子、そしてただ一人の下級生、トオルがそれに該当する。
そんな彼女達――主にるんにだが――半ば強引に昼食に引っ張り出されてしまうのだから仕方がない。
ナギに拒否権はなかった。
友人達とお昼を過ごすのは嫌いじゃないし、むしろ好きではあるのだが、
それでも彼女はせめて「もっと涼しい所で昼食を…」と常々思っているのである。
真夏の日中、太陽に一番近い場所、学校の屋上に彼女らはいた。
数少ない日陰を探し、4人固まって昼食を取り始めて10分ほど経った頃。
気だるげな表情で空を見上げていたナギが軽く溜息をついた。
「なんやナギどないしたん? 今にも死にそうな顔してからに?」
ユー子がお弁当に箸を伸ばしつつナギに声を掛ける。
「死にそうって…私そんな顔してたか?」
「死にそうはいいすぎやけど、この世の終わりみたいな顔はしとったよ」
「それ、さっきのと何か違うのか?」
死ぬ事とこの世の終わり、ニュアンスが違うだけであまり違わないんじゃないかと思うナギだった。
まぁいいか――とナギ。溜息をつきつつユー子から視線を外し空を見上げた。
「まぁ別に大したことじゃないんだけどさ…なんか最近、無駄に暑いなって思って」
「あー…なるほどなぁ。ナギ、暑いの苦手やもんね」
ユー子は苦笑気味にそう言うと手をかざしながら照り付ける太陽を見やる。
確かに暑い――彼女はそう思いながら視線をナギに戻した。その時だった。
「じゃあさー、こんなのはどうかな!」
ふいに、黙々とお弁当を突っついていたるんがその特徴的なおでこを光らせながら挙手をした。
反射的に振り向く3人。
皆の視線が一同に集まる中、その視点にいるるんはニコっと楽しそうに笑いながら、
「みんなで海に行かない?! 海だよ海! 照りつける太陽、白い砂浜、真夏のバカンスって感じだよね~! あ、もちろんトオルは行くよね?」
もはや決定事項と言わんばかりに、るんの天真爛漫な笑顔がトオルを貫いた。
るんちゃん大好きっ子のトオルならば二つ返事で「うん」と返ってきそうものだが、
「…ご、ごめんるんちゃん…わ、私は遠慮しとくよ…」
心底申し訳なさそうにトオルは頭を垂れる。
「えー!? なんでなんで~!! 暑いときには海って相場が決まってるんだよ? いくらトオルだってこの暑さじゃ干上がっちゃうかもしれないし…カピカピに渇いてミイラになっちゃうよ?」
「…い、いや…そういうことじゃ…その、わ、私に合う水着がないからその…」
「あっ、なーんだそんな事かぁ。じゃあ大丈夫だよ!トオルに合う水着なら私が貸してあげるから!」
「!!…そ、それってるんちゃんの水着なの…?」
内心ドキドキしながら返事を待つトオル。朱に染まる頬を隠しきれていない。
もしここで彼女の水着なのだと言われればトオルの進むべき道はほぼ100%決定する。
「そうだよ~。私が昔使ってた水着なんだけど、たぶんアレならトオルでも大丈夫!」
「海行く!!」
二つ返事だった。
何の迷いもなく躊躇いもなく言い切った。さすがるんちゃん大好きッ子である。
さっきまでのどんよりオーラは消え失せ、日の光を浴びた向日葵のように笑顔が咲く。
しかし、
「まぁ、私が小学生の時に使ってたやつなんだけどね」
「…ガ、ガーン…しょうがくせい…」
上げて落とすのが上手いなぁ…。
るんとトオルのやり取りを人事のように眺めていたナギとユー子の心の声がシンクロした瞬間だった。
「ナギはいかへんの?」
「海の話か?……うーん、私もあんまり海には行きたくないなぁ」
「ナギってほんま、海とかプールとか嫌いやね」
「水が嫌いなわけじゃないんだよ。ただその…あんまり露出したくないというか、なんていうか」
ナギは表情を曇らせつつ自身のお腹周りを擦った。
勿論、そんなナギの心情を逸早く察したのはユー子である。
「もしかしてまたダイエットでもしてるんか?」
「ぐっ…」
図星だった。ナギが頑なに露出を控えるその理由。
それは彼女の体重が彼女の望む結果になっていないからである。
彼女の目標はこの夏にあと2kg落とすことなのだが、いかんせん未だにその成果があげられていない。
そのため、水着を着ることに躊躇しているのである。
そんなナギにユー子は表情を曇らせ、
「無理なダイエットは体に毒やで? ええやん、今のままでも、ぜんぜん太ってるように見えへんし、めっちゃ綺麗やで?」
「……むぅ、クラス一綺麗なヤツに言われても嫌味にしか聞こえないぞ」
ユー子としては褒めたつもりだったのだが、反撃されるとは露ほども思っていなかったのだろう、思わずたじろいてしまう。
「そ、そんなっ…う、うちなんか全然綺麗とちゃうよっ! ナギ、目悪くなったんとちゃう?!」
「メガネの度はちゃんとあってるからご心配なく」
「ほ、ほんなら…」
「誰がなんと言おうとお前は綺麗だよ。私が言うんだから間違いない。それとも私の言葉が信じられないのか?」
「せ、せやかて…」
綺麗綺麗と連呼され、頬を朱に染めて俯くユー子。ナギは改めてユー子と言う存在に目を奪われた。
誰もが目を引く艶やかな長い黒髪、キメ細かい白い肌、制服の上からでも分かる女性の象徴たる大きな胸、そして自分が望んでも手に入れられない腰の括れ、そのどれもが彼女たる所以、美貌と呼べるものだった。
それは手に入れようと思って手に入れられるものじゃない。言わば天性のもの。
そんなものを持って生まれたユー子の事を羨ましく思う反面、それ以上にそんな彼女が自分の親友だという事が誇らしく思うナギだった。
「やっぱいつ見てもナイスバディだよなぁ…ユー子は…」
「あ、あんまり見んといて…は、はずかしぃわ…」
ナギの瞳に見つめられるだけでユー子の肌が朱色に染まった。
モジモジとした仕草が彼女の美貌に上乗せされさらに破壊力を増す。
「…な、ナギ…」
「ん…? どうした?」
「あ…いや…なんでもあらへんよ…」
ユー子は恥ずかしそうに目を逸らす。
この時ユー子は確かに感じていた。ナギに見られることへの羞恥、そして喜びやその戸惑いを――。
ナギはゆっくりと目を細めながらそっと瞳を閉じ溜息をついた。
「…ユー子はさ、もう少し自分の事知った方がいいよ。…いつか変な男に騙されないか心配だ…」
いっその事自分が――なんて思えるほどナギは自惚れてはいなかった。
「…え?」
よく理解していない顔で疑問符を浮かべるユー子を前に、ナギは苦笑気味に「なんでもないよ」と返した。
それからしばらく会話は途切れ、穏やかな時が流れ始める。
ナギがいる場所からちょっと離れたところでは落ち込むトオルを必死になだめるるんがいて。
ナギの隣にはユー子が。るんの騒がしさにもまったく反応を見せず、流れる雲を数え続けていた。
ユー子は気の抜けたようにボーっとしながら、しかし食後のデザートとして持ってきたポッキーを口に咥えながらモゴモゴと口を動かす。
食べるスピードは亀のように遅く、彼女の唇には溶けたチョコがくっついていた。
その様子を横目で見つめていたナギに気付いたユー子は、ポッキーを咥えたままポッキーの入った箱をナギに差し出してくる。
首を傾けながら、「食べる?」とでも言わんばかりに。
「あのなー…ダイエットしてるって言ってるそばからそんなの食うヤツがいると思うか?」
ユー子は目を見開いて「しもた!」と言った感じで申し訳なさそうにコクコク頭を下げていた。
ナギはやれやれと思いながら、ユー子の口にぷらぷらと咥えられたポッキーに目をやり、
そして悪戯を思いついたような子供みたいな、意味深な笑みを浮かべながら、
「まぁ…全部はいらないけど、半分くらいなら貰ってもいいぞ」
そう言って、ユー子に考える暇を与えずに、そっと顔を近づけた。
「んっ」
「――」
一瞬、ユー子は何が起こったのか理解できなかった。
ただ気付いた時には目の前にナギの顔があって、唇には柔らかい感触。
そしてチョコの甘さとはまた違う、甘く切ない何かを心の奥底に感じる。
「「……」」
サァっと優しい風の吹く屋上。
時が止まったように錯覚する空の下で口付けを交わす二人。
ふいにナギの顔がそっと離れた。
ユー子の唇には先ほどまでぷらぷら上下していたポッキーの欠片は存在していなかった。
なぜならその片割れは、ナギによって取られてしまったのだから。
ナギは、放心状態のユー子を他所に、してやったりな表情でポッキーの欠片を胃に流し込んだ。
「やれやれ…甘すぎだな…これじゃまた太りそうだ」
「…な、ぎ…?」
「ま…そのときはユー子に責任とってもらおうかな」
「ぁ…」
時の動き出したユー子の顔が瞬間的に真っ赤に染まる。
何をされたのか瞬時に理解した彼女は、パクパクと口を開けたり閉じたりを繰り返し、
そして自分の意思に反してドキドキと高鳴りだす心臓の鼓動を抑えようと必死に胸を押さえていた。
しかしナギとの口付けを思い出すだけで鼓動は納まるどころかさらに早鐘を打ち始める。
もう、何をどうしていいのかまったく分からないユー子だった。
言葉を何一つ発さず、完熟したトマトのように顔を真っ赤に染め、挙動不審にあたふたするユー子。
そんな彼女にナギは、
「なんて顔してんだよ、ばーか!」
と、屈託ない笑顔を向けながら、真っ赤に染まる彼女の鼻先を指でつっついた。
「なっ、なっ、ナギぃーー!!」
「あははっ♪ 顔真っ赤だぞユー子」
「えーなになにどうしたの二人ともー。なんか楽しそうだねー。私達もまぜてー」
「あ、るんちゃん大変。ユー子の顏がふんどしみたいに赤くなってる」
「そこはせめてリンゴとかトマトにしてぇな!!」
それは、なんてことのない穏やかな午後のひととき――。
おしまい
【あとがき】
Aチャンネルからナギユー子でした~。
楽しんでいただければ嬉しいです!
最後まで読んでいただきありがとうございました。