※拍手SS24
※追記からどうぞ。
とある日の放課後――生徒会室。
「よぉ~し!待ってなさいよ歳納京子!今度こそ決着つけてやるんだから!」
ガタッ!
ふいに杉浦先輩の声とパイプ椅子の音が生徒会室に響いた。
「…次……テストで……よしっ!」
ブツブツと耳に聞こえる独り言から察するに、歳納先輩に会いに行くための口実を思いついたのだろうか。
グッと握り拳を作る杉浦先輩の瞳には確かな炎が燃え盛って見えた。
こうしちゃいられないとばかりに長いポニーテールを揺らしながら元気よく駆け出した杉浦先輩だったが、
「あっ! 待ってぇな綾乃ちゃん。そんなに慌てると転んでまうよ?」
杉浦先輩が生徒会室から出て行く寸前で池田先輩の待ったがかかる。
振り向く杉浦先輩。その表情は相変わらず楽しそうでキラキラしている。
「心配はノンノンノートルダムよ!」
杉浦先輩は持ちネタである駄洒落を惜しみなく披露しながら、
ウインクでパチンッ☆と星を散らして、チチチっと人差し指を振って見せた。
そんな杉浦先輩の様子にクスっと笑みを漏らした池田先輩は、
「もう、綾乃ちゃんってば相変わらずやなぁ。歳納さんに会いたいならいちいち口実なんて考えんと普通に会いにいったらえぇのに」
呆れながらも嬉しそうにそう言った。
私としてもその言葉には激しく賛成である。
杉浦先輩の思惑がなんであれ、
たった一人の人に会いにいくために毎日唸るほど頭を悩ませるなんて疲れるだけじゃないか、としみじみ思う。
ちょっと素直になるだけで現状が変わってきそうなものなのだが、
「なっ!?なななっ!そ、そんなこと言えるわけないでしょっ!バカっ!!」
それでも今の顔を真っ赤にして狼狽する杉浦先輩の様子を見れば、彼女が素直になるなんて当分先のように思えた。
ていうか不可能かしら? と、少しばかり失礼なことを考えた。
(…それに、杉浦先輩のこれは今に始まったことじゃありませんしね…)
私も生徒会に入って日が浅いとは言え、このような状況が毎日のように続けば嫌でも慣れると言うもの。
恒例になった頃には、私も先輩方の会話を話半分聞き流しながら生徒会の仕事を捌くようになっていた。
それくらいの成長なくして、この一風変わった生徒会でやっていくことはできないだろう。
半ば本気でそう思う。
「と、とにかく…あなたも行くわよ千歳!」
「はぁ~い♪」
「返事は伸ばさない!」
「はい♪」
杉浦先輩は池田先輩の妄言とも言える発言に顔を真っ赤に染めて、逃げ出すように生徒会室を後にした。
クスクスと笑みを漏らし続ける池田先輩は本当に楽しそうで、嬉しそうで、
杉浦先輩の後に続くように廊下へと外へ出た瞬間、ふと「あっ!」と何かに気付いたように足を止め振り返った。
「ほなら二人とも、出来るだけ早く戻ってくるから、それまでよろしく頼むな~?」
そう言ってニコっと微笑みかける池田先輩に、私はガタリと席を立って姿勢を正して向き直った。
つまり池田先輩の言葉を要約すると、これは生徒会役員として私に任された初の単独作業ということだろう。
期待されていると思えばやる気も一押しで、次期生徒会副会長を目指す私としてはまたとないチャンス。
(ここは気合を入れて頑張らなくてはいけませんわね!)
気持ちを新たにして胸を張る私だった。
「「はい! 次期生徒会副会長であるこの私に任せてください!」」
そうして得意げに言い放った言葉は、何故かステレオとなって池田先輩の鼓膜を震わせた。
池田先輩は目をパチクリさせながら「あはは…」と苦笑いして生徒会室を出て行ったが、
それよりも気になるのはステレオ化した声の正体。
その正体を突き止めるべく私は聞き覚えのある声のした方に顔を向けた。
しかし次の瞬間、その人物と目と目が合った。
目の端を吊り上げ、狼みたいに「ガルルルっ!」と敵意剥き出しで睨みつける櫻子と――。
(…そう言えば櫻子がいたんでしたわね…)
思い出したくもありませんでしたけど、まぁいいですわ。
すっかり記憶の中から忘れさっていた目の前の天敵を前に私は不適な笑みを浮かべる。
「あら櫻子、いたんですのね。あまりにも小さくて裸眼では判別できませんでしたわ。米粒か何かかと思いましたの」
「んだとー! 誰のおっぱいが小さすぎて目も当てられないってぇ! このおっぱいマウンテンめ! でかけりゃいいってもんじゃないもん! それに私の胸はまだまだ発展途上なの! これから誰もが羨む美乳になっちゃうんだから! どうせ向日葵のおっぱいなんて数年後には垂れ垂れだよバーカ!」
「た、垂れっ!? こ、この言わせておけば…ッ!! そもそも胸の話なんて誰もしていませんわ!このおバカ!そんなことも分からないような米粒程度の脳みそで次期副会長になれると本気で思ってるんですの!? あなたにはニワトリの飼育係がお似合いですわよっ!!」
「なにぃーっ!!」
「なんですのっ!!」
一触即発。今この瞬間ゴングが鳴ろうものなら容赦なく飛び掛っていたに違いない。
私と櫻子はギリギリと歯軋りをしながら睨み合い火花をバチバチと散らしながら相対していたが、
いい加減仕事を始めないと収集が付かなくなりそうだったので早々に切り上げることにした。
「「フンッ!!」」
まったくの同時にお互いそっぽを向く私と櫻子。
不本意ながら櫻子との付き合いも十数年。それこそ物心ついた頃から一緒にいるわけで。
こう言ったケンカの引き際もお互い熟知しているのである。
「まぁいいですわ…それよりも早く仕事を片付けるわよ」
「まったく。向日葵が余計なこと言うから時間無駄にしちゃったじゃんか。これで仕事終わらなかったら向日葵のせいだかんな!」
「そう言うセリフはまともに仕事が出来るようになったらいいなさい」
「ふーんだ!」
テーブルに並べられたプリントの数々を前にしてさっそく仕事を始める。
今日の仕事は数種類のプリントを1枚ずつ取り、ホッチキスで止めるという簡単な仕事だった。
私はプリントを一枚一枚丁寧に取っていき、角を揃え、ホッチキスで止めた。
「これ全部取ってバッチン☆すればいいだけでしょ? 簡単簡単♪ ほーらまた一つ終わったぁ!」
「口よりも手を動かしなさい手を。話ばかりしているから仕事の進み具合がいつも亀並みなんですわよ櫻子は」
「誰が亀並みにつるつるのぺたぺただってぇー!」
「いい加減胸から離れなさいあなたは!!」
こんな言い合いを続けながらも、中々どうして、意外にも仕事の進みは順調。
櫻子の進み具合は相変わらず亀並みでしたけど、それでもいるのといないのとではまた違う。
それは積み上げられたプリントの山を見れば一目瞭然だった。
私自身、自分の力をそこまで評価しているわけじゃない。
私にだって出来ること出来ないことはあるし、それこそ自分の力量は誰よりも量れている。
もちろんこの仕事のことだってそう。
私一人でやっても全部終わらせられないことくらい最初から分かっていたから。
だからこそ、それを補い支えてくれる誰かの存在が嬉しく思える。
一人じゃ出来ないことも二人でならきっと結果は違う。
その相手が櫻子というのがちょっと納得いきませんけどね。
「あとちょっとで終わりそうじゃん」
「そうね」
「全部終わらせたら先輩達驚くぞぉ~!」
「まぁ櫻子にしてはよく頑張ったほうなんじゃなくて?」
「一言余計なんだよ向日葵は…まったく…ってあれ?」
「どうしたんですの?」
そろそろ終わりの見えてきた仕事を前に、ホッチキス片手に疑問符を浮かべる櫻子。
紙を挟んで力を入れるが、ガチンっ!と言うお馴染みの音はいくら待っても聞こえなかった。
プリントもばらばらのままで、ホッチキスを挟めば挟むほど、カスカス…という気の抜けたような音が耳に聞こえる。
「どうやらホッチキスの針がなくなったようですわね」
「ぶー、あとちょっとで終わりだったのにぃー」
「文句を言ってもしょうがないでしょう。ホッチキスの針なら戸棚の中にあったはずですから交換なさい」
「ほーい…」
櫻子は気のない返事を返して私の横を通り過ぎると、ホワイトボートのすぐ隣にある戸棚の中を漁り始める。
ガラガラ、ゴトゴト、ガサゴソと無駄に音を立てながら漁ることしばし、
ようやく目的の物を見つけたのか、
「あったー!」
これまた元気な声を張り上げながらホッチキスの針を天井に掲げて見せた。
たかだかホッチキスの針程度で何故ここまで得意げになれるのか不思議で仕方ない。
「うるさいですわよ櫻子、いちいち大声ださないでくださる?」
私は呆れながら溜息をつく。
「ハァ…向日葵はホントにノリが悪いなぁ。そんなに短気だと嫁の貰い手ないぞぅ?」
「なっ!?」
思いがけないセリフに顔を真っ赤に染め、一瞬で頭に血を上らせる。
なぜ櫻子如きに私の将来を予想されないといけませんの!
心外もいいとこですわ!!
「大きなお世話ですわそんなの! 櫻子なんかには死んでも言われたくありません!」
「けけけっ♪ ま、ノリ以前にその性格直さなきゃムリだろーけどね」
「むぐぐっ…!」
わ、私だって女の子なんですのよ!
私にだっていつかきっと――!!
いつの日か運命の人に出会うことを夢見る一人の乙女として、
白馬に乗った王子様がいつの日か必ず私を迎えに来てくれる、
そう信じて止まない私の脳内では、知らず知らずのうちにとある映像が流れ始めていた。
そう、それは白馬の王子様が私を攫って愛の逃避行を繰り広げるというとんでも映像。
もちろん人はそれを妄想と言うのだが、いかんせん、
頭に血が上った今の私にはそれが妄想なのか現実なのか、まるで区別ができていなかった。
そんな感じに櫻子への怒りなどすっかり忘れて、まだ見ぬ運命の人に想いを馳せながら自分の世界に浸っていると、
「おーい、いつまでボーっとしてんのー? 大丈夫かー?」
「ひょぇっ!?」
突然の呼び掛けにハッとして我に返り、一瞬で現実に引き戻されてしまう。
目の前でパタパタと手を振る櫻子の声に素っ頓狂な声を上げたまではまだ良かったのだが、
「あっ、ちょっ、向日葵ッ!」
「あっ…!」
ここでまさかのアクシデントが発生した。
突然声を掛けられたことと、目の前に櫻子の顔のドアップがあったことが災いしたのだろう。
驚いて体を大きく仰け反らせてしまった私はそのまま後ろの方へと体制を崩してしまったのだ。
「危ない向日葵ッ!!」
久しく聞いたことのない鬼気迫る櫻子の声に驚きながらも、
伸ばされた櫻子の手に必死に手を伸ばしたのだが、
「やばっ…!」
「きゃっ…!」
倒れ込む私の勢いに負け、支えきれずにそのまま一緒に床へと沈み行く。
テーブルやパイプ椅子などを巻き込み激しく倒れ込んでいく私は、天井に飛び交うプリントの束をスローモーションに見つめながら、
これからやってくるであろう衝撃に身を強張らせていた。
ぶつかる――!!
そう思ってギュッと目を瞑った瞬間、音を無くした生徒会室に、ガタガタガタンッ!!と言うけたたましい音が鳴り響いて。
それに続くようにプリント用紙がパラパラと空から降り、床へと落下を繰り返していた。
「~~」
私は、目をギュッと瞑ったままただただ衝撃に備えていた。しかし――。
いつまで待っても痛みは訪れず、あるのは体の上に確かに感じる重量感と、頭を支える柔らかな何か。
「…わりっ…! しっかりして向日葵っ!!」
「…え…?」
ふいに聞こえた声に恐る恐る目を開くと、最初に映ったのは必死に私の名を呼ぶ櫻子の姿だった。
状況の飲み込めない私は上下左右に顔を動かして、その惨状を目の当たりにした。
テーブルは元の位置から相当にズレているし、パイプ椅子は倒され、床の辺り一面にはホッチキス止めしたプリントが無造作に散乱していた。
「大丈夫か向日葵! どこも痛くない?!」
とても心配そうな、でもとても力強い声が私の意識を目の前の存在に集中させる。
「え…? え、えぇ…わ、私は大丈夫ですけど…」
「よ、よかったぁ…! ぜんぜん目開けないからどっか打ったのかと思って心配したじゃん…!」
「っ…!」
私が無事で安心したのか、険しい顔を途端に崩した櫻子は、ホッとしたような安堵の表情で私を見つめる。
それは長い付き合いであるはずの私ですら今まで見たことのない、確かな優しさを感じる瞳だった。
――ドキンっ!!
ふいに心臓が飛び跳ねる。
私は堪らず胸の前でギュッと手を握った。
(…な、なんですの、これ…)
心の底から溢れてくるものは、苦しくて、切なくて、でもとても温かい何か。
今まで感じたことのない感情の芽生えに戸惑いを隠せないけれど、
それが何かを私は本能的に察していたはずなのに、
でもそれを認めてしまったら何かが変わってしまいそうで恐くて、
「さ、櫻子が私の心配なんて珍しいですわね。わ、悪いものでも食べたんじゃなくて?」
「っ…!!」
櫻子の視線から逃れるようにプイっと顔を逸らし、誤魔化すように喧嘩腰で食って掛かった。
こんな憎まれ口しか叩けない自分が恨めしくて、
この期に及んで「ありがとう」の言葉すら出てこないなんて愚かしいにも程がある。
たった一言でもいいから感謝の気持ちを伝えたい。
伝えたいはずなのに、それが出来ない私と櫻子の関係を初めて疎ましく思った。
そんな言い訳染みた事を考えていると、
「なんだよそれ…」
ふいに私の体を支える櫻子の手に力がこもったのを感じた。
(…さすがの櫻子も怒りますわよね…)
気になって横目でチラッと彼女の顔を盗み見る。
そして案の定、そこには珍しく本気で怒る幼馴染の姿があったのだが、
「私が向日葵の心配しちゃおかしいかっ! 本気で心配したんだぞッ!!」
「ッ!?」
その瞳に宿る強い意志はいつもの櫻子とは似ても似つかない。
「…あ…」
そんな時ふと気付いてしまう。
よく見れば、櫻子の伸ばされた手が私の頭を支えてくれていたのだ。
きっと私が頭をぶつけないようにと咄嗟にクッションにしてくれたのだろう。
もしこの手がなかったら、それこそ頭を強打して脳震盪にでもなっていたかもしれない。
(…私のこと、庇ってくれたんですのね…)
櫻子が私の事を守ってくれた。
いつもいがみ合ってばかりの櫻子が、私の事を本気で心配し、助けてくれた。
その事実は心の底に芽生え始めた想いの欠片を、パズルのピースをはめるように確かな形として私に教えてくれた。
生まれて初めて知ったその気持ちは、これからの私にとってとても大切な想いとなる。
その感情に名前をつけるとしたらそれはたぶん――。
「…まぁいいや。どこも怪我してないならそれでいいよ。ほら、そろそろ立って――ん?」
「ど、どうしたんですの?」
私を引き上げようとした櫻子が突然何かに気付いたように目を見開く。
「向日葵、ちょっと動かないでね」
「え? え? な、なんですの?」
私を抱きかかえながら、キリッとした顔で徐々に私に顔を近づけてくる櫻子。
不覚にもカッコいいと思ってしまったが、それはすぐに羞恥に変わることになる。
ポーッと見惚れていたのも束の間、
(…こ、ここ、これってもしかして…)
思わずハッとした私の顔が途端に熱を帯び真っ赤に染まった。
櫻子の思惑を何となく察して、そして櫻子の唇が意味ありげに開かれた瞬間、私は半ば確信する。
「ちょっ…だ、ダメですわ櫻子っ…こ、こんな…」
私達まだそんな関係じゃ――!
そ、それにキスなんてまだ早いですわ。私達まだ中学生なんですのよ!?
そういうことはもっと大人になってから――!
……なんて言えたらどれだけ楽だったか。
当然そんな事は言えるはずもなく、櫻子の顔はさらに私に接近する。
唇はすでに目と鼻の先。もう時間の問題だった。
「いいからちょっと黙ってて。すぐ終わるから…ね?」
「あっ…やっ…だ、めぇ…!」
そんな風に言い包められながらそっと優しく頭を撫でられて途端に力が抜ける。
髪を梳くように触れるか触れないかの優しい手付きの心地よさに私の顔はトロンと蕩けて、
瞳が濡れ、開かれた唇から熱い吐息が断続的に漏れ始めた。
櫻子の吐息が顔にかかった瞬間、私は抵抗することをやめた。
そっと瞳を閉じる。もう、どうにでもなれですわ…。
「……」
「んー、なかなか取れないなー」
「………」
「おっ、取れた取れた♪」
「…………」
しかし、いつまで経っても唇に柔らかい感触は訪れなかった。
櫻子の声だけはいやにはっきりと耳に届いていましたが…。
「おーい向日葵、もういいよ…って、何で目閉じてんの? おまけに顔真っ赤だしさ」
「……………え?」
ふいの呼びかけにそ~っと目を開くと、
「ほら、髪の毛に糸クズくっついてた♪」
そこには糸クズを左右にチラつかせながらドヤ顔全開で私を見つめる幼馴染がいた。
「………」
私の中で時が止まったのは一瞬で、すぐに時は加速し始める。
今までのが私の妄想、勘違いだと悟った瞬間、私の顔が火事に見舞われた。
こんな単純な勘違いをしてしまったことに対して恥ずかしさがこみ上げてくるのと同時に、
そんな私を罠にはめた櫻子への怒りのゲージがせりあがっていく。
「こ、このバカ櫻子!! ひ、人にくだらない勘違いさせるなんて卑怯ですわよ!!」
「なっ!? 急に何怒ってんだよ! せっかくゴミ取ってやったのに礼の一つもないのか! ってあれ? 勘違い? 向日葵何か勘違いしたの? 何に?」
櫻子のくりッとした瞳がクエスチョンマークと共に私に突き刺さった。
「うっ、うるさいうるさいうるさいですわ…っ! その米粒程度の脳みそじゃ死んでも理解できないようなことですから今すぐ忘れなさい!」
「なんだとー!」
「フンッ! ていうか、いい加減どいてくださらない? 立ちたいんですけど?」
「むぅー! 分かったよ! どけばいいんでしょ、どけば!」
櫻子は「助けて損したよ!」という捨て台詞を残しながら私から離れた。
私は気丈に振る舞いながらスッと立ち上がり、制服の乱れを正した。
それから制服についた埃をポンポンと手で払いのける。
「まったく…えらい目に合いましたわ」
「ふん! それはこっちのセリフだっつーの!」
「……まぁいいですわ、これ以上言い争っていても仕方ありませんし、先輩方が戻ってくる前に片付けますわよ」
「……フンッ…向日葵がこけなきゃこんな事にならなかったのに…」
「無駄口叩いてる暇があるならプリント拾いなさい」
「へーへー、悪ぅーございましたねー」
テーブルと椅子を元に戻し、散乱したプリントを拾い始める。
櫻子もしぶしぶながら私の後に続きプリントに手を伸ばし始めた。
「………」
「………」
その後は無言でもくもくと拾い続けていたが、ふと櫻子の後姿が視界に入った。
(…結局、いつも通りケンカで終わってしまいましたけど…)
それでも、やっぱりこれだけは言っておかないといけませんわね…。
「櫻子」
「なんだよ」
呼び掛けると、櫻子のムスッとした声が返ってくる。
振り向いてはくれなかったけどそれはそれで構わなかったし、
逆を言えば顔を見なくて済む分、楽だと思った。
私は軽く深呼吸をして、そっと言葉を紡ぐ。
「さ、さっきはその…ありがとう…。ちょっとだけですけど、嬉しかったですわ」
ごめんなさい櫻子。これが今の私にできる精一杯――。
あなたに贈る感謝と素直な気持ちだから――。
おしまい