※追記からどうぞ!
それはとある日の部活帰りの事だった。
「ねぇねぇあずにゃん!」
唯先輩が突然何かを思いついたのか、問いかけてくる。
「・・・何ですか、唯先輩?」
先輩って大体は思いつきで話すから、何が飛び出すか分からない。
それはまさにビックリ箱。
この間のおっぱい騒動だってその一つだし。
まあその原因が私にあって、唯先輩も私のためにやったって事は後になって聞いた話しなんだけど。
さて、今回は一体何を思いついたのかな。
「それだよ、それ!」
「はい?」
それそれと言われても、何を伝えたいのか分からない。
いくら恋人同士でお互いの事をよく知っているとはいえ、さすがに「それ」だけでは理解しろという方が無理がある。
「・・・それ、だけじゃわかりませよ」
「だ~か~ら~、そのしゃべり方だよ、しゃべり方!」
「しゃべり方?・・・私の話し方、何か変ですか?」
私の話し方に何か問題でもあるんだろうか・・・。
もしかしてどこかで日本語間違ってた?
「話し方は変じゃないけど・・・」
「・・・けど?」
どうやら日本語は間違っていないようだ。
そりゃそうだよね、自分で話しててもおかしなとこなんてなかったもん。
それじゃあ唯先輩は何の事を言ってるの?
「敬語だよ、け・い・ご!」
敬語?
・・・うーん、やっぱり先輩が言う事は、私の理解の斜め上を行く。
一生懸命理解しようとしてるんだけど、これが中々うまくいかない。
まあ分からないければ聞けばいいだけなんだけどね。
「敬語がどうかしたんですか?」
「・・・その、そろそろ敬語で話すのやめない?」
「は?」
敬語をやめる?
「・・・それって、普通に話せって事ですか?」
「うん」
「ど、どうしてまた急に・・・そ、それに今までずっとこの話し方だったから急には変えられませんよ」
唯先輩のお願いだから、聞いてあげたいのはやまやまだけど、ちょっとこれは難しい。
別に嫌なわけじゃないんだけど、すでにこの話し方は癖みたいなものだから。
「うぅ…だってぇ…」
私の言葉に落ち込む唯先輩。心なしかちょっと瞳が潤んでいる気がする。
恋人にこんな顔をさせてしまった自分にちょっと自己嫌悪だ。
「・・・・・・あ!そうだ」
落ち込んでいたと思ったら、また何かを思いついたのか急に笑顔になる先輩。
ホント、コロコロ表情が変わって忙しい人だ。まあ可愛いんだけど…。
「じゃあさ!一日だけ、一日だけでいいから、敬語禁止っていうのはどうかなぁ?」
「い、一日だけ、ですか・・・?」
「うん!」
一日だけか…。
それだったら何とかなるかな?
それにいつか唯先輩と普通に話せたらって私も思ってるし、いい練習になるかも。
「えと、じゃあいいですよ、一日だけなら」
「ホント!わ~い♪あずにゃん大好き~」
私の答えに唯先輩は満面の笑みを見せると、苦しいくらいの力で抱きついてくる。
「ちょ、ちょっと、く、苦しいですよぉ」
「あっ、ごめんごめん。つい嬉しくって・・・えへへ」
「もう唯先輩ったら・・・えと、じゃあその、明日からでいいですか?・・・今日はもう時間もないですし」
まだ心の準備も出来てないから、今からっていうのはきつい。それに少し特訓もしたいしね。
「うん!いいよ~」
先輩も満足気な顔で同意してくれる。
こんなに喜んでくれるなら、ちょっと本気で頑張ってみようかな・・・。
**
次の日。
先輩の写真を相手に、昨日は夜遅くまで特訓をしていたせいかちょっと寝不足だ。
けど、特訓の甲斐もあってか自分でも納得できるくらいの出来にはなったと思う。
まあただ普通に話すだけの事なんだけど、私にとっては一大事だから。
「…うぅん」
ただ今登校中。
眠い目を擦りながら歩いていると、前方に見知った後姿を発見した。
「あ・・・あれは・・・」
唯先輩と憂だ。
これはもう声をかけるしかない。練習の成果を今こそ発揮する時だ。
・・・よし、行くよ梓。
私は唯先輩達に近づく。
そして声をかけようと思った瞬間――
「あれ?・・・梓ちゃん」
憂が私に気付いて、先に声をかけられた。
「え・・・あずにゃん?」
唯先輩も憂の言葉に私の方に振り向いた。
はぁ、出鼻をくじかれてしまった。
別に憂のせいじゃないんだけど・・・。
「あ・・・お、おはよ憂」
「うん、おはよう梓ちゃん・・・なんか珍しいね登校中に会うのって」
「そ、そうだね・・・」
憂の言うとおり、先輩と私、お互いの家に泊まった時を抜かせば、登校中に出会ったのは今までなかった気がする。
「あずにゃ~ん、おっはよー」
元気一杯の挨拶に苦しいくらいの抱擁。うん、いつも通りの先輩で何より。
・・・よし、今度こそです。
「うん。おはよう、唯。今日も可愛いね」
朝の挨拶だけでよかったんだけど、せっかくなのでちょっと追加。
「っ・・・ふぇ・・・あ、あずにゃん?」
ん?何か・・・唯の様子がおかしい。
顔を真っ赤にしたと思ったら、急に俯いてもじもじしている。
「どうしたの?唯」
「な、なんでも、ないよ・・・あはは」
きょろきょろと視線を泳がせて何でもないっていうのはないんじゃないだろうか。
「あれ?・・・梓ちゃん何か今日、雰囲気違うね?」
憂が何かに気付いたように聞いてくる。まあさすがに気付くよね。
「えと・・・多分話し方じゃないかな。昨日、唯と約束してたんだけど、今日一日敬語禁止なの」
「へぇ~そうなんだぁ・・・何だか面白いね」
「もう大変だったんだよ、昨日も一杯練習したし・・・」
まあ練習は大変だったけど、やってる内になんだか楽しくなってきたから苦にはならなかったけど。
「それで、どうかな唯。ちゃんと話せてる?私」
「へっ・・・あ、その、うん。全然おっけーです、はい」
さっきから様子のおかしい唯だけど、どうやら私の話し方がおかしいからではないらしい。
「どうしたの?顔赤いよ」
「ううん!な、なんでもない、なんでもないよ!」
「そ、そう・・・」
何でもない事はない気がするけど、あまり気にしてても仕方ない。
「えーと、それじゃあ今日一日よろしくね、唯」
「は、はい・・・」
はい、って・・・やっぱり今日の唯は少し変だなぁ。
それにしても、いつも敬語だったせいか自分としてはやっぱり違和感を感じずにはいられない。
けど何故か悪い気がしなかった。それどころか唯と対等になれたような気がして、ちょっと嬉しかった。
**
昼休み、私達はいつものように屋上で昼食をとっていた。
「はい唯、あ~ん」
「あ、あ~ん・・・」
私は唯のために作ってきたお弁当を食べさせる。
唯が初めてお弁当を作ってきてくれた日から、一週間に1、2回くらいはこうしてお弁当を作って持ってきている。
もちろん唯の方が作る日もあり、交互に作りあっているわけだ。そして今日は私の番だった。
「どう?おいしい?」
「う、うん・・・おいしい、よ」
まただ・・・。
唯の様子がおかしい。どこがと言われれば、全部と答えるしかなかった。
妙にそわそわして、顔も赤くて、話をする時も何故かどもったり、なんて事が朝からずっとだ。
移動教室の時にたまたま唯を見かけて話しかけてみた時もこんな感じだった。
病気?・・・もしかして風邪でも引いた?
「・・・ちょっとごめんね唯」
「へ?」
私は唯に顔を近づけると、自分の額を唯の額にくっつけた。
「あああ、あず、あずにゃんっ!?」
「うーん・・・熱はないみたいだけど・・・」
どうやら私の勘違いだったみたい。
そんな事を考えていると、ふと視線を感じた。
もちろん視線の出所は目の前の唯だけど。額をくっつけたまま唯に目を向けると・・・。
瞬間、視線が交差した。
「・・・」
「ぁ・・・」
小さく声を上げたのは唯。唯の頬は赤く染まっていて、瞳が潤んでいる。
・・・なんだろう。何だか今日の唯ってすごく――可愛い。
まるで女の子みたいな――いや唯は普通に女の子なんだけど――反応に不覚にもときめいてしまう。
こんな乙女な唯を前にして、私が我慢なんてできるわけがない。
額がくっついているってことは必然的に唇も近くなってるわけで。
私は唯のそのぷっくりとした可愛い唇に――
ちゅっ
――と、軽く触れた。
「っ!?…あ、あああ、あずにゃっ!?」
途端にボンッという効果音とともに、唯は頭から蒸気を噴出す。
顔は既に茹蛸だ。唯は私からパッと離れると、両手で顔を覆ってしまった。
「ふふ…唯、可愛い…」
「うぅ…あずにゃんのバカ…」
キスは今までに幾度と無くしてきたっていうのに、何だろう、この初々しい反応は。
これはもう私に襲って欲しいといっているようにしか思えない。けど流石に自重しないと。
もうお昼休みも終わりそうだし、ここで唯に手をだしたら絶対午後の授業はサボりになってしまうのは目に見えている。
でも、本当に唯はどうしちゃったんだろう。今日の唯は明らかに挙動がおかしい。
後で理由を聞いてみようかな?
**
最初はどうなるものかと思っていた一日も、なんとか放課後までやってきた。
今は二人きりで部室にいるけど、その内他の先輩方もそろうだろう。
そして何時ものティータイムが始まるわけだ。
それにしても、何だか今日は見るもの全てが新鮮に見える日だった。
一日だけとはいえ唯に対する敬語をやめてみて何かが変わったんだろうか?
「ねぇ唯、こっち向いてよ」
「うぅ…ダメだもん」
変わったと言えば、唯の様子も相変わらずおかしいままだった。
何故か私と目を合わせてくれなくて、顔を真っ赤にしたまま、たまにこちらをチラチラ見てくる位だ。
そんな唯を可愛いと思ってしまう私を誰が責められる?…いや誰も責められないだろう。
「もう、何だか今日の唯ちょっと変だよ?…何かあった?…それともやっぱり私の話し方おかしいかな?」
「ちがっ…ぜ、全然おかしくないよ…すごく、その…」
「すごく?」
「…か、かっこいいよ」
「へ?」
カッコいい?…唯は何を言ってるんだろうか。
今までに一度もない評価に私は戸惑ってしまう。
唯先輩に可愛いと言われた事は今までに何度もあるけど、まさかカッコいいと言われるとは思わなかった。
「そのしゃべり方のせいなのかなぁ?…な、何だか今日のあずにゃんすごくカッコよく見えて…いつものあずにゃんのはずなのにあずにゃんじゃないみたいな…」
「……」
私は黙って唯の話を聞く。
「そ、それで胸がドキドキして、あずにゃんの顔まともに見れなくて…その」
ごめんね、と唯は続ける。
「そんなに私、違うかな?」
「う、うん…何がって言われるとあれなんだけど、雰囲気が何となく…」
「そっか…」
なるほど、そういう事だったのか。
ようやく謎が解けた。唯は何時もと違う私の雰囲気にドキドキしちゃったわけだ。
どうしよう、唯の事、いつも以上に愛しく感じる。
「ねぇ…唯」
「は、はい」
「大好きだよ」
「あっ、あずにゃ…んむっ!」
唯が言い終わる前に私は唯の唇を奪った。優しく、そして深く。
今日の事は、私にとってハードルが高いと思ってたけど、実は唯の方がハードル高かったみたいだね。
でもこう言うのもたまにはいいかもしれない。また機会があったら、やってみようかな。
「あ、そうだ」
「?」
「とりあえず唯は今日、私の家にお泊りだから」
「ふぇ!?」
「ふふ♪…今夜は寝かさないからね、ゆ・い」
そう、まだ今日が終わったわけじゃない。
今日という日は0時まで、その時間までは今の可愛い唯を堪能しないとね。
おしまい
【あとがき】
この前、唯にイケメンしてもらったので、今回は梓に頑張ってもらいました
イケメン梓を前に乙女になってしまう唯の図です