※追記からどうぞ。
「というわけで、この3人でセッションをします!」
何がというわけなのか分からないが、とにもかくにも、純ちゃんの宣言のもと急遽私達3人による演奏会が執り行われることとなった。
「準備はよいか皆の衆!」
ベースを構え、元気よく告げる純ちゃんに、
「私はいつでもオッケーだよ」
梓ちゃんはギターのストラップを掛け直してピックを構え、
「こっちも大丈夫だよ」
私はそんな二人に目配せしつつオルガンの鍵盤にそっと手を添えた。
あの後、ギターやらベースやらの楽器とその周辺機器をその手に持って威風堂々登場つかまつった純ちゃんと梓ちゃんは、私に何の説明も無しにアンプの設置やチューニングなどを行って、何かしらの準備万端にまで相成った。
もちろん何をするのかを聞かされていなかった私は、最初こそ何の準備をしているか分からなかったが、楽器を構えて私を見つめる二人の視線に「もしかして」と。
それは予感。
いや、確信と言えたのかもしれない。
胸が高鳴り、体全体が熱に浮かされるような感覚。昔味わったあの感覚と同じような、でもどこか違うような、初めて感じるこの感覚はなんだろう。
わくわくとか、ドキドキとか、ウキウキとか、そんな簡単な言葉で片付けられたらどれだけ楽か。いや、実際そうだったのかもしれない。それこそが私が感じた全てだったのかもしれない。
言い知れぬ高揚感を感じる中、二人は私にこう言った。
『セッションしよう!』と。
それは、予感が確信に変わった瞬間だった。
こうして、私・梓ちゃん・純ちゃんによる演奏会が今まさに始まろうとしている。一人は帰宅部、一人はジャズ研、一人は軽音部と、別々の道を進んできた私達の道が何の因果か偶然にも交差しようとしている。
これが必然だというのなら、神様は私達に何をさせようとしているのだろう――?
もしかしたらこの先、私達は大きな選択に迫られるのかもしれない。それは今の私には分からないし、知りたいとも思わない。未来はいつだって不確定。その時になってみればおのずと分かることだと、今はただ目の前の鍵盤に集中した。
「それじゃ、いくよ――」
純ちゃんの掛け声を合図に、私達のセッションがついに幕を開ける。
曲目は『むすんでひらいて』という幼少の頃なら誰しも聞いたことがあるであろう日本の童謡だ。
今回は楽譜が用意された。見れば私でも弾けそうな簡単な曲だった。でもたとえ簡単な曲であろうと手を抜く気は毛頭ない。それは梓ちゃんと純ちゃんもきっと同じで、音楽に対する絶対的な熱意のようなものが、音色を通して伝わってくるのを感じた。
私も二人に負けないように、おいていかれないように、鍵盤に指を走らせた。
この輪の中。和音の中。みんな笑顔だった。私も、梓ちゃんも、純ちゃんも。
ギター・ベース・オルガンの三者三様の音色が重なり、交じり合い、旋律となって広がっていく。響く音色に合わせて加速していくドキドキが、私に『大好き』を運んできてくれる。
(なんて気持ちいい――っ!!)
はずむ呼吸につられて込み上げてくるワクワクは、爽快感となって全身を駆け巡る。私は今、音楽の中で言い知れぬ幸福に身を震わせている。
たとえ他者から見ればなんてことのない子供だましのような演奏だろうと、私にとってはそんなことは正直どうでもよかった。それが何だというのだ。私は、私達は今この瞬間、『音楽』というものをただ純粋に楽しんでいる。
それ以上の感情が必要なの? いや、必要ないよ。あるわけないよ!
ただ我武者羅に、無我夢中で、鍵盤を打ちつけるように音を奏でた。時には競うように、時には支え合うように、私達の演奏は一つの広大な世界を作り上げる。
(これが音楽――! これがお姉ちゃんのいる世界なんだ!)
私は未だかつてない高揚感を感じていた。幼少の頃に感じたそれとは比べものにならないくらいの熱が全身を溶かすように巡る。
熱い――。
でもなんて心地いいんだろう――。
初めてだった――こんなにわくわくするのは。
初めてだった――こんなにドキドキしたのは。
憧れるだけだったはずのものが今私の手の中にあった。
夢と希望の答えはきっとこの先にあるってそう思った。
追いかけてみよう。
ちょっとずつでもいいから。
一歩一歩しっかりと。
「――い…憂ってば!」
「あ…」
純ちゃんの呼び声に反応した時にはすでに演奏は終わっていた。どうやらボーっとしていたらしく、演奏している間の事もどこかうろ覚えで、頭にモヤがかかったように霞んでいた。
でも体が覚えてる。指先に微かに残る熱の心地よさが、心臓を打ち鳴らす忙しない鼓動が、確かに教えてくれる。
『楽しい』を楽しいと言えるそんな至福の時を過ごしていたことを――。
「大丈夫? なんかボーっとしてたみたいだけど…。何か気になることでもあった?」
そう言って傍によってきた梓ちゃんが、心配げな表情で私の顔を覗き込んだ。
「ううん、大丈夫。なんでもないよ。本当に、何でもないから」
「…そっか」
その返答に最初こそ顔を曇らせた梓ちゃんだったが、それでも私の気持ちをなんとなく察してくれたのか、すぐにフッと表情を緩めた。
「にしても、さっきのセッションなかなか様になってたよね。ただの童謡なのにカッコいい曲に聞こえたよ」
ベースの弦を指で弾きながら、純ちゃんは楽しげに言った。
「うん、ホントにね」
確かに、純ちゃんの言うことも納得できる気がした。あの曲『むすんでひらいて』がまるで別の曲に聴こえてならなかった。それでもそれは錯覚以外の何物でもなくて、その曲が持つ本質的なものは決して変わらない。聞けば誰もがその曲だと認識できた。
(……音楽って凄いなぁ)
そんな風に、音楽の奥深さに感嘆していると、
「あ、あのさ憂」
ふと梓ちゃんがそわそわした様子で私に声を掛けてくる。振り向きざまに交差する視線。そわそわとしていながらも、その瞳には確かな真剣さが垣間見えた。私はその瞳から何故か視線を外せなくて、息を飲んで、言葉を待つだけだった。
梓ちゃんは意を決したように重たい口を開き、
「その…もしよかったらなんだけど…、今からでも軽音部に――」
告げられた言葉の重要性に目を見開くや否や、
「あぁぁっ!」
そんな純ちゃんの驚いたような一声に、梓ちゃんも私も会話を中断せざるを得なくなってしまった。何事かと慌てて純ちゃんの方に目を向けると、窓の外を指差して口をあんぐりと開けている純ちゃんが目に飛び込んだ。
「ちょっ、なんなの純っ! 今私大事な話を――!」
「ほら見てよ空! 雨上がってるよ!」
憤慨する梓ちゃんを他所に、純ちゃんはお構い無しに言葉を遮り窓の外を指差した。
その指先を目で追った先に私達が目にした光景は、見事なまでの雨上がり。その晴れ間だった。
「そんなことどうでも――って、え、嘘?」
「ホントだ…。それにすごく綺麗…」
梓ちゃんも私も、思わず窓に駆け寄って天を見上げ感嘆の声を上げる。
雲間から差し込むオレンジ色の太陽光が、音楽室を眩しく照らしセピア色に染めた。数分前まではまるで晴れる気配のなかったどんより曇り空が、まるで太陽を避けるように彼方へと流れていくのが印象的だった。
「私達の奏でた音色が天まで届いたのかな…」
もしそうなら、それはとっても素敵だなって思ってしまう。
雨上がりの夕焼け空はとても美しく、どこか儚げだった。
「お、憂ってばなかなか詩人ですなぁ」
「むぅ…茶化さないでよぅ、純ちゃん」
「あは、ごめんごめん♪ でもホントにそうとしか思えないくらいのタイミングだよね」
しばらくの間、私も純ちゃんも、もちろん梓ちゃんも、言葉もなくその光景に魅入っていた。ただ空を見上げ、そのキラキラとした世界を網膜に焼き付けていた。
「梓ちゃん」
「ん?」
私は目を伏せて、梓ちゃんの名前を呼んだ。梓ちゃんは呼びかけに応じて、私の顔を覗き込むように言葉を待つ。そんな梓ちゃんに私は微笑んで見せ、
「……もうちょっとだけ、待っててね」
耳元に唇を寄せて、そっと囁いた。
「え…?」
もちろん理解の及んでいない梓ちゃんは疑問符を浮かべて固まっていた。
いいんだよ分からなくても。ただ、その言葉を覚えていてさえくれれば。
今はまだ、ね。
(…軽音部、かぁ)
あの時、梓ちゃんが何を言おうとしていたのか大体予想はついていた。あの時の梓ちゃんの瞳が私の心にまで訴えかけていた。
もちろん私としてもお姉ちゃんや他のみなさんのいる軽音部って言うのも心惹かれたけど、でも今はその時期じゃないような気がしたのだ。
ねぇ梓ちゃん。私はね、もうちょっとだけ見ていたんだ。お姉ちゃんに梓ちゃん、他のみなさんが紡ぎ出す軽音部を。私の願いの道標となる『放課後ティータイム』のこれからを。
それを見届けてからでも、遅くはないよね?
「う、憂…それって、あの…もしかして…」
私の言葉を察し始めた梓ちゃん。興奮で頬は上気していて、唇をわなわなと震えていた。それにどこか落ち着かない、わくわくとした様子で、まるで夢でも見てるんじゃないかと錯覚しているような表情で私を見つめていた。
そんな梓ちゃんにクスっと笑みを漏らし、ポンっと両手を叩く。
「ねぇ梓ちゃん、純ちゃん。折角だから記念写真でも撮っていかない? 初めてのセッション記念だよ」
梓ちゃんの思考を遮るそうようにそう提案すると、
「おおっ、さすが憂。いつもながら言うことが一味も二味も違うね。よっ料理上手!」
すかさず純ちゃんが賛成の意を唱えてくれる。
「もぉー、料理は関係ないでしょ」
「あはは、そうでした♪」
私も笑い返して、写真撮影の要となる携帯電話をポケットから取り出した。素早くカメラ機能を開いた。
「ほら梓ちゃん、ボーっとしてないで。写真撮るよ?」
「あ…う、うん」
夢見心地のようにぼんやりとしていた梓ちゃんを半ば強引に覚醒させ、私達3人は早速準備に取り掛かる。左から私、梓ちゃん、純ちゃんが並び、全員が写真に納まるように体を密着させる。
それから携帯を掲げて、狙いを定め、早々にシャッターを押した。
瞬間、カシャッと言う軽快な音が音楽室に響いた。
「どれどれ~、おお結構よく撮れてるじゃん」
「そうかなぁ、なんだか私の笑顔引き攣ってない?」
「いやいや、もともとこんな感じでしょ、梓の顔って」
「…まぁ純よりはマシな顔してる自信はあるし」
「なっ、なにおー!!」
私を囲むように喧嘩腰の二人にやれやれと首を振って、改めて携帯の画面に目をやった。そこには思い出という名の大切な青春の1ページが刻み込まれていた。茜色に染まった音楽室をバックに笑顔で写る私達。
最高の宝物だった――。
「さぁ~て、それじゃあそろそろ帰ろっか」
「うん。あ、ジャズ研に楽器返してこないとね」
そそくさと帰る準備を始める二人を他人事のように見守りながら、
「ねぇ梓ちゃん、純ちゃん…」
私はそっと唇を開き、呼びかけた。
「ん?」
「え?」
同時に反応を示した二人の視線が重なり合って私に届く。
私も二人の顔を交互に見つめながら、そして自分のできる精一杯の笑顔で、
「…ありがと」
そう一言だけ、感謝の言葉を口にした。
大好きをありがとう。
わくわくをありがとう。
ドキドキをありがとう。
ウキウキをありがとう。
溢れんばかりの気持ちを込めて、心の中で感謝を伝え続ける。
そして最後にもう一度だけオルガンの鍵盤に指を走らせ音色を響かせた。
名残惜しいかな? ふふ、そうだね。
でも寂しがる必要なんてないんだよ。
だってこれは終わりじゃなく始まりなんだから。
私の、ううん――。
私達の未来に続く最初の第一歩なんだから――。
さぁ、始めようか。
私だけの“大好き”を――。
つづく
【あとがき】
この作品を全国の憂ちゃんに捧げる。なんて意味不明なことを言ってみたりして。
そんなことより今回は憂ちゃんメインに全力を注ぐ形となりました。
私的神曲、憂ちゃんのキャラソン『ウキウキNew! My Way』を聴いて以来いつか書きたいと思っていたお話です。
必然的にゆいあず分は少なくなってしまいましたが、今回はちょっぴり真面目なお話なので…。
その分、次回のエピローグではゆいあず全開で行こうかと思ってますw
けいおんとは、ゆいあずとは、軽音部の仲間たち、そして憂や純ちゃんなど、他の誰か一人欠けてもなりたたない作品だと思ってます。 見守る人達がいるからこそ、ゆいあずはより一層輝くと思うんですよね。
さて、それでは次回が最後。エピローグとなります。
まだ完結には至ってませんが、それでもここまでお付き合いくださったことに感謝です。
ちなみにタイトルの風琴とはオルガンの事を言います。
今更の疑問なんですが・・・・・放課後ティータイムってまだ5人で続くのかな?ww
もしかして、梓は在校生とバンド組む・・・なんて事は、きっとあのかきふらい先生はしないッスよね?(´・ω・`
↑(今更.....w
とりま、乙でした