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とある百合好きの駄文置場。二次創作SSやアニメ・漫画等の雑記中心。ゆいあずLOVE!

ゆいあず!!シリーズSS EP04 『軽音旅情浪漫譚 #13 ~ 風琴~雨に唄う優しき旋律~Ⅱ ~』

※追記からどうぞ。




それからしばしの時が過ぎ、私達は何をするでもなく、無駄と言わざるを得ない時間を過ごした。さきほどまでのトンちゃんと戯れていた頃の笑顔溢れる時間とは打って変わって、鬱々しいまでの雰囲気が漂っている。
音楽室から外に出る気にもなれず、ただ椅子に座って、天井を見上げたり、テーブルに突っ伏したり、することもなしに手持ち無沙汰なのが現状で、誰一人としてアクションを起こすものはいない。

外は相変わらずの雨だった。止む気配すらない。雨脚も見た限り変化はなかったが、心なしか屋根や窓を打ち鳴らす雨の音が大きくなっていくような気がした。静かになればなるほど、それがはっきりと耳に飛び込んで、鬱々とした気分に拍車を掛ける。


「この雨、いつまで降るんだろ…」


ふと、梓ちゃんがテーブルに突っ伏したまま、独り言のように呟いた。


「さぁ、ね」


その問い掛けに、純ちゃんは窓の外に目を移し、眠たげな声でそっけなく答える。私も私で特に何も返事を返さない。ただ視界に飛び込んでくる薄暗い景色に目を伏せるだけだった。

思わず、溜息をつく。

何か出来たらいいとは思うけれど、それが生憎の雨ともなれば選択肢は限られてきて、家に帰ろうにもこの雨の中、濡れてまで校舎の外に出たいとは思わない。雨さえ止んでくれたらとは思うけど、それもこの雨脚では望み薄だ。
この雨の中でお構いなしに元気でいられるのは、音楽室の隅で泳ぎまわるトンちゃんくらいのものだ。いっそのこと私もトンちゃんになってしまいたい。と、出来るはずがないと分かっていてもそんなくだらない考えばかりが頭を過ぎった。
そんな心情を知ってか知らずか、トンちゃんは突然ピタリと動きを止め、水槽の底へと沈んでいく。どうしたんだろう。ふと心配になったが、実は沈んだように見えただけで端に水槽の底を闊歩しだしただけだった。

さしものトンちゃんも泳ぎ疲れたのかもしれない。

私は、窓の外を眠たげな眼差しで見つめる二人を一瞥しつつ、ガタリと席を立った。その音にもまったく反応を示さない二人。反応して欲しいと思ったわけじゃないけれど、それでもこうも無反応だと少し寂しくなる。


「えーと…」


私としても別に何かをしようと思って席を立ったわけじゃない。
ただなんとなく――。そうとしか答えようがなかった。誰にだって一度や二度経験があるのではないだろうか。ふとした瞬間、意味もなく体が勝手に動いてしまうときが。ないと言われてしまえばそれまでだけど。


「………」
 

無言でテーブルを離れ、音楽室の中を少し見学する。
こういう機会に限らず、授業などで幾度となく訪れたことのある音楽室だけに、改めて見学することもないかもしれないが、何もしないよりはマシだと思った。

物置部屋に通じる扉、そのすぐ脇に水道の蛇口と流し台、壁に掛けられた鏡などなど。その鏡に私の姿を映しつつ歩みを進めると、角のすぐ脇にホワイトボードが目に飛び込んだ。落書きだらけのホワイトボード。明らかに軽音部の部員が書いたと思われるその落書きに少し笑みを零す。

特にお姉ちゃんが書いたと思われる落書きは一目瞭然だった。何せ絵が梓ちゃんだったから。梓ちゃんの特徴を上手く捉えつつ描かれた漫画チックな絵は、猫のような仕草でニャンという吹き出しまでされている。おまけに絵の横に「あずにゃん」というあだ名に加え、ハートマークまで施されていた。

これを書いたのがお姉ちゃんといわず誰だというのか。他に考えられる人もいないし、そもそも私の心が訴えかける。これは間違いなく、自分の姉が書いたものだと。これでも長年あの姉と一緒にいるのだから、姉が書いたものとそうでないものを見分けることくらい造作もない。

落書き見物もほどほどにして足を進ませると、私達が入ってきた扉に差し掛かる。外に出る気もないので一瞥しつつ歩みを進める。黒板、ソファ、張りめぐられた窓。入ってきた時となんら変わらない風景の中、ふと私はとある一つの存在に目を奪われた。


「…ぁ…」


ただ視界を過ぎっただけにもかかわらず、目を離すことが出来ずに、まるで夢遊病患者のようにふらふらとそれに近付く。
それは、ソファとテーブルのすぐ傍にあった。壁に押し付けられるように、まるで音楽室の一部として、そこにあるのが当たり前のように、ただただ自然に。その存在を自己主張するでもなく、忘れ去られているかのように、ポツンと。


「…オルガン、か」
 

口に出さずとも、それはまごうことなきオルガンだった。一目見れば年季が入っているものだと分かるそれは、古びていてもなお、ひとたび鍵盤を打ち鳴らせば元気よく音を奏でてくれるだろう。いつの頃、どんな時でもそこにあるのが当たり前。授業、部活、その他全てを見守ってきた功労者である。

それが、このオルガン――。


「……」
 

指でなぞる様にして、そのオルガンの蓋を左から右へと指を走らせる。それから蓋の端に手を掛けてそのまま開くと、ガタンという音と共に、白と黒の鍵盤が目に飛び込んでくる。

目が離せなかった。なぜ、これほどまでに心奪われるのだろう。

薄暗いながらもその存在をこれでもかというくらい主張して、私の心に何かを訴えかけてくるような。そんな気がしてならない。心臓がトクントクンと優しい鼓動を刻み始める。胸が熱い。まるで火が灯ったように心を熱く焦がす。

その熱は、私を無意識下で突き動かした。
私の意志とは関係無しに伸ばされた指先が、鍵盤をポンッと軽く叩く。

刹那、音が鳴る。ドの音だった。

雨の音にも負けず、静寂を押し破るようにして、オルガン独特の音色が耳に届く。その神聖とも思える音に思わず息を飲んだ。
もちろんこの狭い音楽室の中で、その音色が届いたのは私だけじゃなかった。当然だ。この音楽室には私以外にもう二人いるのだから。梓ちゃんと純ちゃんは、その音色が届くや否や、まるで何かにとりつかれたように視線をこちらに向けた。楽器の音に反応する辺りは、さすが二人とも音楽の道を志しているだけのことはある。


「あ…もしかしてうるさかった、かな?」


もしそうならすぐにでも止めようとは思ったけど、返事を聞く前から何故か名残惜しい気持ちが先行して、そうすることを躊躇っていた。もっと弾きたい、この時間をもっと続けていたい、そう心が訴えかけていた。何故なのかは、理解が及ばない。


「いや、そういうんじゃなくてさ。憂ってオルガン弾けるのかなって」


 純ちゃんは静かにそう尋ね、そっと微笑みかける。梓ちゃんも無言ながら、純ちゃんに同意とばかりにコクコクと頷いている。


「えと…そんなに上手じゃないよ。今までだって数える程度しか弾いたことなかったし、弾けたとしても簡単な曲しか…」


――弾いたことが、ない?

ドクンッ!と心臓が一際大きく跳ねた。

――ううん、違う。私は――。


(…思い、出した…私、確か…)


ずっと前から、この感覚を知っている。鍵盤に触れた指先から伝わってくる熱が、全身の血液を沸騰させるような感覚を、私はいつかどこかで感じたことがなかったか?

つまりそれは情熱と呼べるもので。
私自身忘れ去っていたそれは、今この瞬間、偶然にも思い出から甦る。いや、もしかしたら必然だったのかもしれない。今日この場でこうしていることが何よりの証拠に思えた。


(…そうだ…あれは私が、まだ小さかった頃の…)


心の奥に仕舞い込んでいた記憶の欠片が呼び起こされた。そこにはまだ小さかった頃の私がいた。小学校に入ってまだ間もなかった頃の、小さな小さな私。

ある時、私は始めてこの感覚に出会った。最初はもちろん遊びで弾いてみただけのオルガン。弾き方だってぜんぜん分からなかったし、曲にだってぜんぜんなっていなかった。

でも。
だけど。

すごく、本当に、心の底から楽しんでいたのを覚えてる。色んな音色を響かせるその鍵盤が、まるで魔法のように思えてならなかった。目をキラキラさせながら、毎日のように、それこそ飽きるまで弾き続けたっけ。

思い出してみればなんて事ないありふれた話だけど、私にとってはあの日確かに世界が変わった気がしたのだ。
キッカケはあった。私はただそれをどこかに置き忘れてきただけ。それを今、思い出した。大切な大切な記憶の断片として。

ずっと前、昔から、それこそお姉ちゃんが音楽と出会う前から。
私は『音楽』と言うものに出会い、心奪われていたのかもしれない。

そんな風に物思いに耽ることしばし、考え事をしていた時間はほんの僅か、10秒か20秒にも満たない時だったが、ボーっとするには十分な時間だった。
ふとした瞬間、梓ちゃんに「ねぇ憂」と声を掛けられ、ハッとして我に返る。
見れば、梓ちゃんはまるで何かにわくわくしているような、年端も行かない子供みたいなキラキラした瞳を向けて、


「じゃあさ、何か弾いてみてよ! 簡単なのでもいいからさ!」


 テーブルから身を乗り出すようにして興奮気味にそう言って、


「おおっ、そりゃいいね。憂のリサイタルだ♪」


純ちゃんも乗り気のようで、賛成の意を唱えつつ拍手を送って場を盛り上げ始める。


「あ、あの…あんまり上手じゃないっていった傍からそんな風に言われるとちょっと困るんだけど…」
「まぁまぁ、憂の晴れ姿をこの目に焼き付けたいっていう親心だから気にしないの」
「私はいつから純ちゃんの子供になったのかな…?」
「細かいことは気にしない気にしない!それじゃあ憂さん、お願いします」


深々と頭を下げられ、今度こそ逃げられない。そもそもこの場の盛り上がり方を見れば、回避は不可能ということはだいぶ予想がついていた。ここで拒否しようものなら、またあのどんよりとした空気に逆戻りするような気がして、「弾かない」という選択肢は選べそうもなかった。


「そ、それじゃあ…ちょっとだけ、ね?」


でも、これで私の願いは叶ったのかもしれない。弾き続けたいと思っていたのもまた事実ではあるし、その理由を思い出した今、私には何の足枷もない。

ただ心の命じるままに、この鍵盤に魂を――。

気分の高揚を抑えきれず、ゴクリと生唾を飲み込む。震える指先でそっと鍵盤に触れ、それから改めて黒と白だけで構成された鍵盤に相対する。目を閉じて、軽く深呼吸。呼吸を整え、そっと瞳を開ける。
瞬間、世界は開けた――。


「いくよ」
 

それだけ言って、そっと鍵盤に指を走らせる。一つ一つの音を奏でる度に、それは音楽となって私達の鼓膜を震わせた。


「あ、その曲…」


梓ちゃんの反応も尤もだった。気付いて当然、だってこの曲は、梓ちゃん達『放課後ティータイム』の持ち歌、“ふわふわ時間”、そのサビの部分だったのだから。
もちろん楽譜なんてない。今まで何度も聞いてきたあの曲を、お姉ちゃんや梓ちゃん、他の皆さんの演奏を心の中で思い描きながら、心に残るその音色をそのまま鍵盤にぶつけた。

お世辞にも上手なんて言えない。この弾き方があっているかどうかも分からない。ただ無我夢中に、心の赴くままに、私のありったけの想いを乗せて指を躍らせた。

思えば、お姉ちゃんがギターを始めたその時から、思い出すキッカケは用意されていたのかもしれない。
毎日のように耳にしていたお姉ちゃんのギター。その音色が耳に届く度に心が震えていたのを思い出す。まるで忘れていた情熱を呼び起こすように心の奥底に刻み込まれる旋律――。

私は、お姉ちゃんのギターを聴くのが好きだった。そっと触れさせてもらったギター。実際に弾いてみてすごく楽しいと思った。もっと触れていたいとすら思った。

軽音部のお姉ちゃんのライブを始めて見た去年の新入生歓迎会、その舞台を梓ちゃんと初めて目にしたとき、息することすら忘れて見惚れた。すごくカッコよくて、憧れて、出来ることなら私も一緒に――なんて、小さくも大きい願いはこの胸に確かに根付いた。


(ああそっか、私――)


――音楽が、大好きだったんだ。


ふわふわ時間、最後のワンフレーズを弾き終わり、鍵盤から指そっと離す。


「……」


無言で観客と化していた二人に目を移すと、まるで時が停止したように微動だにしない二人がいた。でもそれも一瞬のことで、すぐに時が動き出すと二人とも立ち上がって拍手の嵐を巻き起こした。


「すごい!すごいよ憂! ただのオルガンなのに、何だか全然違って聞こえたよ! 私、オルガンでこんなに感動したの始めてかも!」


梓ちゃんは勢いよく私の手を握って、興奮気味にふんすっふんすっと鼻息を荒くしながら、ぶんぶんと上下に振りまわす。


「あ、梓ちゃんっ…お、落ち着いてっ…!」
「これが落ち着いていられますかってんだ!」


どこの江戸ッ子さんですか梓ちゃん。


「私の演奏なんてまだまだだよ。素人も同然だもん。音の強弱の付け方なんて話にならないし、弾き方も雑だし、音だって外してたし…」


駄目な部分なんてそれこそ上げだしたらキリがないし、凄いなんて言われても到底信じられるものではなかった。
しかしそんな私の心情を察したかのように純ちゃんは首を横に振って、


「梓の言ってることってそういうことじゃないと思うよ。私もそう思ったけど、憂の音楽からは『楽しい』や『大好き』って気持ちがこれでもかってくらい伝わってきたもん」


そう言って私の肩に手を置きニコッと微笑んだ。


「っ…!」


胸が少し苦しくなって思わず胸を掴む。手のひらに伝わる心臓の鼓動はドクンドクンと忙しなく揺れ動く。


「私の…音楽」
「そう。憂ってさ、あんまり自分を主張したりしないでしょ。私、憂とは付き合い長いから、ずっと見てたから分かるんだ。今までの憂は、自分よりも誰かのために生きてるって感じがした。“お姉ちゃんのため”っていうのがいい例かな」
「そ、それはでもっ、私が…!」
「うん分かってる。もちろんそれだって憂が望んで、好きでやってることだって分かってるよ。憂ってばお姉ちゃん子だもんね」


純ちゃんは昔を懐かしむような優しい顔で目を伏せて「でもさ」と呟き、梓ちゃんはと言えば私と純ちゃんのやり取りを固唾を飲んで見守っていた。


「本当にそれだけでいいの? 私、憂の演奏聴いて、弾いてる姿見て、素直に感動したよ?こんなに輝いてる憂、見るの初めてだったもん。こんなにも表で輝けるのに、いつも陰で誰かを支えてるだけの役回りなんて勿体無さ過ぎるよ。憂だって、憂のお姉ちゃんみたいに表舞台で輝けるんだよ? 憂だって主人公になってもいいんだよ?」
「純ちゃん…」
「まぁ、決めるのは憂だけどさ。でも、今の言葉は忘れないでいて欲しいな」
「う、うん…分かった」


心の中にそっと芽生えた希望。
それはきっと素敵な夢の欠片で、かけがえのない大切なもの。
その何かを純ちゃんに教えられた気がした。

私は今まで、自分の為に何かをしたことがあっただろうか?
誰かのため、お姉ちゃんや家族、友人のために行動することはあっても、自分が自分の為に何かをしたことがあっただろうか?

ううん、分かってる。それだって私の幸せの一つだってことは。純ちゃんも言ってた。大切な人達に尽くすことだって私自身好きでやってることだし、それを否定する気もされる覚えも毛頭ない。

だけど。
やっぱりちょっと違う。

その一言に尽きるような気がした。たとえそれが自分自身のためになっていると自分で思っていようと、それが本当に『私だけのもの』と断言できるだろうか?


(私の、進む道は…願いは…)


私はきっと探してるんだ。
私が。私のために。私だけの何かを。
ずっと、心のどこかで探してた。
そして今日、今この瞬間、その片鱗を垣間見たのかもしれない。

しばしの沈黙の後、梓ちゃんがうずうずとした落ち着かない様子でもう我慢できないとばかりに口を開いた。


「ね、ねぇ憂、純。私いい事思いついたんだけどさ」
「おっ、もしかして梓も? ふふ、グッドタイミングだねぇ。実は私も同じこと考えてたんだ。外は雨だし、ちょっとぐらい大きな音だしても大丈夫でしょ」
「え?え? ど、どうしたの二人とも?」


何が何やら理解が及ばず疑問符を浮かべる私を他所にして、話はとんとん拍子に進んでいく。


「よし、それじゃ決まり! あ、でも私ギター持ってきてないんだった。どうしよ。ねぇ純、ジャズ研にギターとか置いてないかな?」
「ふふん♪ ギターにベースにバイオリンにその他諸々、楽器なら幅広く取り揃えておりますとも!」
「おぉぉ、さすがジャズ研。楽器の数だけなら他には負けないね」
「…楽器の数だけってのがちょっと引っ掛かるけど…まぁいいや。それじゃさっそく取りに行きますか」
「うん。あ、憂、私達ジャズ研行って楽器借りてくるから少しだけ待っててね!」


待っててねと言われても。せめて私にも分かるように説明して欲しいとは思ったが、若干興奮気味の二人には何を言っても無駄のような気がした。
二人は猪突猛進のイノシシの如く音楽室を飛び出し階段をダダダッと駆け下りていった。私はそんな二人の背中を見送りつつ、ただポツンと薄暗い音楽室の中で待ちぼうけを食らっていた。


「い、いったいどうしたのかな?」


疑問は疑問を呼ぶ二人の不可思議な言動と行動。それらの謎を解く鍵は、結局彼女等が戻ってくるまで分からず仕舞いだった。



つづく

[ 2011/06/10 00:40 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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