※追記からどうぞ!
その日、早朝から私達の住む町は生憎の雨だった。
窓から見上げた空はどんよりと曇り空。見渡す限り灰色の世界に光と呼べるものは何もない。
おまけに空から降り注ぐ豪雨は容赦なく屋根や窓を打ち鳴らし、ザーザーとか、バチバチとか、心までどんよりさせるような音を響かせていた。
別に雨が嫌いというわけじゃないけれど、この日はせっかくの休日。休日の朝からこれでは今後の予定だって限られてくる。
前日の夜に「明日はどこに出かけようか?」なんて話で盛り上がっていただけに、寝起きでどしゃ降りというこの仕打ちは憂鬱にもなりたくなる。
そんな雨空のなか、今日という日を一番楽しみにしていただろう梓ちゃんが溜息混じり窓の外を見つめた。
「…雨、やまないかなぁ…」
さきほどから何度も繰り返されている行動、発言。虚ろな瞳で窓の外を見ては、「ハァ…」という溜息を断続的について、憂鬱気分を全身から放出していた。
その気持ちも分からなくもなかった。何せ今日は、前日の梓ちゃんの進言により動物園に行くことが決まっていた。そう決まったときの梓ちゃんの喜ぶ顔が思い出されるだけに、梓ちゃんの心中を察してしまう。
「まぁまぁ梓、雨の中でもできることなんて山ほどあるんだし、そんなに落ち込まないの」
梓ちゃんには目もくれず、漫画を読みふけりながらそう言う純ちゃん。
憂鬱な梓ちゃんを他所に、純ちゃんは相変わらず元気だった。漫画のページを開くたびに、笑ったり、驚いたり、大忙しだ。その明るさには一点の曇りもなく晴れ渡っている。
思うに純ちゃんは性格だけなら間違いなく晴れ女じゃないだろうか。できることならその晴れパワーでこんな雨模様も吹き飛ばしてくれればいいのにと思うけれど、しかし現実は厳しい。神様は純ちゃんにそのような能力を持たせてはくれなかったらしい。
「はい、純ちゃん。お茶だよ」
「おっ、ありがと憂。さすが世界一できた嫁」
いったい誰の嫁なのかと激しくツッコミたいところだけど、気にせずお茶を差し出す。お茶を受け取った純ちゃんは、漫画から目を離さず、湯飲みを口元に添え、ふぅーふぅーと息を吹きかてズズっとお茶で喉を潤した。
そんな純ちゃんの様子を伺いつつ、ゴロンと、クッションを胸に抱きしめながらソファに横になる梓ちゃん。
「ねぇ純~、なんか面白いことないの?」
「漫画」
「むー、面白いことしてよ~!」
「……私は大道芸人か」
ぶつくさと文句をたれながら、つまらなそうに口をへの字に曲げる梓ちゃんにやれやれと呆れ顔の純ちゃん。
「梓も漫画でも読めばいいじゃん? 面白いよ、この野球漫画」
「うぅー、友達んちに来てまで漫画読む気にならないよ。ていうかそんなことしてると友達無くすよ?」
「いいよ別に。そんときは憂がふかふかお乳で癒してくれるから、もーまんたい☆」
「ぶふっ!? ももっ問題大有りだよ! 純ちゃん!!」
驚愕して、飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。それでもなんとか持ち堪えられたのは、私にも乙女の意地があったということだろうか。お茶を吹き出すはしたない姿なんて、特に好きな…ゲフンっ、親しい友達には見せたくない。
「どうしたの憂、そんなに慌てて? 顔真っ赤だよ?」
しらじらしくも、自分の爆弾発言の意味をまったく理解していない純ちゃん。
さも当然のように疑問符を浮かべている。
「…わ、私の…で癒すのはもう決定事項なの?」
「え? 当たり前じゃん? 最優先事項だよ?」
ひょうひょうとした態度で答える純ちゃんに対し、私はといえば唇をわなわなと震わせ、羞恥に顔を真っ赤に染めていた。純ちゃんの顔がまともに見れず、視線を泳がせながら。
梓ちゃんは呆れた様子で首を振り、だけど納得したように「さすが純」と頷く。
「天下無双のおっぱい星人は伊達じゃないね」
「あんたにだけは言われたくないよ、梓」
二人ともお互い顔を見合わせて、バチンと火花を散らす。とりあえず私から言わせて貰えば二人ともそうだと言いたい。声を大にして言いたい。大気圏を突き抜けるほどに。
この二人の胸への執着は少し異常だった。しかしそうさせるだけの何かがあるのだとしたら、そこにはいったいどんな謎が隠されているのだろう。
少し気になった私は、
「純ちゃんと梓ちゃんって、本当にお、おっぱい好きだよね?」
それとなく質問してみる。が、行った傍から後悔していては世話ない。
早々に自分の言動が恥ずかしくなり、顔から熱を放出した。
しかも二人から返ってきた答えと言えば、
「憂。女の子のおっぱいにはね、夢と希望とロマンが詰まってるんだよ」
「そうそう、巨乳と貧乳の違いはあっても、そこには無限大の可能性が秘められてるの。そこには常識なんて通用しないんだよ。ちなみに唯先輩のおっぱいは優乳だよ。まぁそのうち私が極乳に変える予定だけど」
後悔は先に立たないような、しょうもない答え。正直、1分前の私に戻りたい気持ちだった。
あのね二人とも。お願いだからそういうことは人の顔を見て話してほしい。私の胸を凝視しながらそんなことを真顔で言わないでほしい。これじゃ二人ともおっぱい星人だと認めているようなものじゃない?
なんとなく危険を感じて勢いで胸を隠してしまったけれど、危機感というよりただ恥ずかしくなっただけなのかもしれない。
「それにぃ、憂だって私以外におっぱい触られたくないでしょ?」
「なっ――!?」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべる純ちゃん。
その瞬間、私の顔が灼熱の業火に見舞われた。頭に卵を落としたら、その瞬間に目玉焼きが完成してしまいそうな、そんな比喩表現がしっくりくる灼熱地獄だった。
純ちゃんの問いかけに、「そんなことはない」と、そう言い返すことも出来ない私が情けない。というより、そもそも私は言い返すことを心の中で否定していたのかもしれない。だって、純ちゃん相手なら自分の胸を捧げるのもやぶさかじゃないというかなんというか。
(って、やばい!なんか思考がどんどん変な方向に!)
慌てて頭を振って雑念を払う。
最近の自分を振り返って思うのは、やはり思考が徐々にお姉ちゃん化してきたような気がしないでもないということ。大好きなお姉ちゃんに似るのならそれもいい。姉妹なのだから似ても仕方がない。なんていうは結局のところ言い訳でしかない。
誤魔化しの利かない感情が渦を巻いて襲い来る。
自覚はしていた。だからってそれを口に出して言えるかといえば無理にも等しい。臆病といってしまえばそれまでだが、それでも今の関係を壊したくない、今のままでもいいという気持ちもないわけじゃなかったから。
自覚すればするほど、顔の火照りが増していく。
なんとなく二人の視線が私を射抜いているような気がした。もちろん気がしただけで実際は違うのかもしれないが、それでも居た堪れなくなったことだけは確かだった。
「と、ところでこれからどうしよっか? 雨降ってるから動物園も行けないし」
これ以上追求されて墓穴を掘ったら困ると危機感を抱いた私は、もうこの話を止めようと、誤魔化すように話題を変える。そもそも休日の朝からおっぱいがどうのこうのなんて、人として常識を疑ってしまう。梓ちゃんに言わせるなら、常識は通用しないそうだが、それでもだ。
動物園という単語に、おっぱいおっぱい言って目を輝かせていた梓ちゃんの顔が途端に曇る。
クッションをギュッと胸に抱いて、顔を埋めて、どんよりと黒いオーラを放出し始める。
それからボソッと、
「…休日の朝っぱらからおっぱい談義とかありえなくない? 二言目にはおっぱいおっぱいって…。バカじゃん私…。死のう…」
消え入りそうな声で自殺を志願した。
夢から覚めた梓ちゃんの絶望っぷりはなかった。崖っぷちにおいやられて、今にも奈落の底に飛び降りてしまいそう。そんな梓ちゃんを引き戻す方法は一つしかない。
「そ、そこまで落ち込まなくてもっ…! し、死んじゃ駄目だよ! お姉ちゃんが悲しむよ!」
「…唯先輩が?」
『姉』『悲しむ』と言う単語に、梓ちゃんの体がピクリと反応する。
「そうだよ!」
「…あぁ…うん、そうだね…私が死ぬときは唯先輩が死ぬときだもん。まだまだ死ねないよね」
さすがお姉ちゃん効果は抜群だ。やっぱりこういうとき頼りになるのはお姉ちゃんしかいない。梓ちゃんにとってお姉ちゃんは神にも等しく、お姉ちゃんが神様ならさしずめ梓ちゃんは神が遣わした天使といったところだろうか。
お姉ちゃんが白といえば白、黒といえば黒と言うのが梓ちゃんという名の天使なのだ。
「でも、行きたかったなぁ…動物園…」
「そんなに行きたかったの?」
純ちゃんは漫画から目を離し、梓ちゃんの顔を静かに見据える。
「…まぁね」
「梓ちゃん、動物大好きだもんね」
梓ちゃんはフッと笑み浮かべ「うん…」と頷いた。
「アンゴラウサギとかアルパカとか、もふもふしたかったな…。」
「でてくる動物の名前がマニアックなのはなんでなの? ていうかもふもふなんて出来るわけ?」
疑問符だらけの純ちゃんはどこか呆れ顔。
それは気にしちゃいけないお約束だよ、純ちゃん。
「まぁいいけど。他にはないの?」
「ナマケモノ」
「…さっきの2種類からの関連性が見えてこないんだけど…。どうしてそこでナマケモノが出てくんのよ? 意味わかんないよ」
「うん」と純ちゃんの的確なツッコミに無意識に頷いてしまっていた。
ナマケモノといえばその名の通り怠け者を絵に描いたような動物で、動き回るなんてまずしない。動いたとしても一歩や二歩あるけばいい方で、ひどいときは1日中ピクリとも動かないでじっとしてることもあるそうだ。
私もあまり詳しくはないが、ナマケモノがあまり動かないのは、動きたくても動けないかららしい。理由は他の動物に比べて筋肉が半分程度しかないからだとか。
そんな一日の大半を木にぶら下がったまま、じっとして過ごすようなナマケモノを梓ちゃんが見たがるとは到底思えなかった。
とは言え、きっと梓ちゃんには梓ちゃんなりの美的感覚というものがあるのかもしれない、そう思おうとしたのだが、梓ちゃんはご丁寧にもその理由を教えてくれた。
「だってナマケモノって唯先輩に似てるじゃん」
「「あぁ…なるほど」」
その一言で納得してしまえる私達は、もはや梓ちゃんマスターなのかもしれない。正直、なりたくはなかったが…。
やっぱり梓ちゃんの行動原理は1から5までお姉ちゃんで占められているのだ。さすがお姉ちゃんバカである。
「あ、一応言っとくけど、もちろん見た目がとかじゃないよ? そもそも見た目とか言い出したら唯先輩より可愛い存在なんてこの世にいるわけないし」
「…相変わらずキッパリ言い切るなぁ」
「まぁそれについては分からなくもないかな。お姉ちゃん可愛いし」
梓ちゃんほどではないけれど、私もお姉ちゃんのことは天使だと思ってる。
「う、憂まで…さすがお姉ちゃん子だねぇ。でも私的には憂も可愛いと思うよ? 私の嫁がこんなに可愛いわけがない、ってね♪」
「へ…? あ、その…ありがとう…」
思わずペコリとお辞儀をしてお礼を言ってしまった。そんな風に言われて嬉しいやら恥ずかしいやら。特に『嫁』の部分に物凄く照れた。どうやらいつの間にか純ちゃんの嫁にされていたらしい。まぁたぶん冗談だとは思うけど…。
ちなみに付け加えて言わせて貰うなら、私にとっては純ちゃんもその部類に入るんだよ。
なんて、もちろん本人を前にしてそんな恥ずかしいことは口が裂けても言えなかった。
「はいはいリア充乙。他でやってなさいよまったく。目を離した隙にすーぐイチャイチャするんだから」
梓ちゃんがジト目でやれやれと頭を振った。
「目ぇ離してないじゃん…。ていうかさぁ、最近思うんだけど、梓ってどこぞの某妹様に似てきたんじゃない?」
「ハァ? ぜんぜん似てないし。そもそも私、エロゲなんてやらないし? まぁ唯先輩攻略なんていうエロゲがあるんならヤルのもやぶさかじゃないけどさ」
私の親友がこんなにお姉ちゃん三昧なわけがない。誰か助けてほしい。
昔の梓ちゃんをカムバックさせるのは至難の業というより、もはや無理の域まで来ているのかもしれない。大袈裟でもなんでもなく、最近では昔の梓ちゃんを忘れそうになる。
冷静沈着、クールオブクールな一匹猫だった頃の梓ちゃんが果てしなく懐かしい。
「……やっぱり似てるよアンタ。きっとそのうち唯先輩抱き枕とか持ち出して『フヒヒっ』とか言い出すに決まってるもん」
「人を変態みたく言わないでくれる? 純だってそのうち憂の抱き枕で転げまわりそうだよ。『憂たん可愛いよ憂たん、ハァハァ』とか言っちゃってさ」
「人を変態みたいに言うなー!」
「純だって!」
一触即発の二人を咄嗟に止めに入り、「まぁまぁ二人とも落ちついて!」と宥めにかかる。これ以上こんな不毛な言い争いをしたって誰も得しないし、雨がやんでくれるわけでもない。
しばらく鼻息を荒くしていた二人もだいぶ興奮が収まって、纏っていた緊張感を緩めた。これで一安心と思った矢先、それから間も置かず、どこか遠くを見つめながら語りだす梓ちゃんなのでした。
「とにもかくにもナマケモノなんだよ。ほら、いつもグータラしてて動こうとしないところなんてそっくりじゃない? 家でゴロゴロなんて当たり前だし、ア~イ~ス~なんて言いながら可愛らしく床を転げまわられた日には、私のメガ粒子砲がトランザムしちゃうよ」
「うん、まったく意味がわかんないよ梓ちゃん」
「つまり、この気持ちはまさしく愛だってこと」
言動も意味不明だが、途中からただのノロケ話に聞こえてならない。
「とりあえずさ、ナマケモノ見て唯先輩分を補給しようかなって」
「補給しちゃうんだ、ナマケモノで…」
実の姉をナマケモノ呼ばわりされてどう反応したらいいのかわからないし、その姉を甘やかすだけ甘やかしてきた私が言えた義理でもないのかもしれないけれど、それでも姉=ナマケモノを否定できない時点で少なからずそう思ってるのかもしれない。
「ごめんねお姉ちゃん…」と、心の中で謝罪の気持ちを述べておく。
「ナマケモノじゃなくても犬とか猫でもよかったんじゃない? あ、猫は梓か。…唯先輩ってなんか犬っぽくない?」
「確かに犬でもイケるけど…っていうかなんで私がネコなのよ…まぁいいけど。せっかく動物園に行くんだし、やっぱりナマケモノでしょ」
「…さいですか…」
純ちゃんは呆れた風に溜息をつく。もう聞くだけ無駄だと判断したのか、頭を振って漫画に目を戻してそれっきりこちらには目もくれなかった。
「でも結局さぁ、こんなところであーだこーだ言っても、雨がやむわけじゃないんですけどねー」
「分かってるよそんな事。だから何か面白いことないかって聞いたんじゃない」
ぶーたれる梓ちゃんを「まぁまぁ」と宥め、それから少しの間沈黙が訪れた。
シーンと静まり返るリビング。雨の音がいやにはっきりと耳に飛び込んできて、無意識のうちに目を窓の外へと向けていた。外は薄暗く、雨に打ちつけられた窓は水滴がポツポツと滴り落ちている。
せっかくの休日をボーっと過ごすのもそれはそれで悪くはないけれど、それでも今お姉ちゃん達が修学旅行で楽しんでいるという頃に、私達も何かできることはないかと考えてしまうのは至極当然のことだと思う。
いっそのこと雨など気にせずどこかに遊びに出ようかと進言しようとしたその時、私の気持ちを代弁するように純ちゃんが「それじゃあさ…」と口を挟んできた。
「どっか遊びいこっか?」
「この雨の中? どこに?」
どうせ冗談だろうと、半信半疑の眼差しを送る梓ちゃんに、純ちゃんはニっと無邪気な笑みを浮かべた。
「雨でも屋内施設なら十分遊べるし、せっかくの休日にだらだらしてるなんて勿体無いっしょ?」
「……漫画読みながらケタケタ笑ってる人のセリフじゃないと思うけど…、まぁ純の言うことも一理あるか」
「それじゃあどこ行こっか? どこか良い所知ってるの、純ちゃん?」
「ふふんっ!良くぞ聞いてくれました!私の灰色の脳細胞が導き出した結果、私達が今日向うべきはここしかないっ!!」
胸を張って自信満々に言ってのける純ちゃんに、私と梓ちゃんは顔を見合わせてちょっぴり苦笑い。一抹の不安がないと言えば嘘になるけれど、それでも人を楽しませることに定評のある純ちゃんの言うことだ、きっと変なところではないだろう。
と、そう思うことにした。
つづく
唯が神?当たり前の事を•••w
ところで某妹様って木同○の事か?
CVが一緒だww