※追記からどうぞ。
翌日のお昼休み、私は約束の場所である屋上へと足を運んでいた。屋上に近付くにつれ心臓の鼓動は張り裂けんばかりに速さを増し、足が重くなっていく。それでも負けられないと気合を入れなおし、止まりかける足に鞭打って先へと進んだ。
屋上までの道すがら、私はここ数週間のことをまるで走馬灯のように思い返していた。
今にして思えば、唯先輩と喧嘩してしまったことも悪いことではなかったように思える。今日までのことは、これから先の未来に負けないようにと神様が私達に与えた試練なのかもしれない、と。
だからこそここが正念場。
すべての終着点。
立ち止まってなんていられない。結局この程度で終わるようなら、私達の関係もそれまでだったということ。ここを乗り越えられなくてこれから先に待ち受けている大きな試練になんて到底太刀打ちできるはずないのだから。
これはすべての始まりにして終わりの日。終わりのあとには必ず始まりがやってくる。
その始まりが、私の望む未来へ繋がっているかどうかはこれからの私次第だ。
「…がんばらなくちゃ…ムギ先輩と約束したんだもん…」
胸に手を添えてそっと目を閉じ決意を固める。
唯先輩への恋心に気付いた日のことを随分昔のことのように感じた。その後まさか唯先輩と喧嘩してしまうことになるとは露ほども思わなかった。たくさんの人たちにも迷惑をかけてしまった。でもそれと同じくらいその人たちに支えられているってことにも気付けた。
私は胸に刻みこまなくちゃいけない。忘れちゃいけない。どんな些細な事だって、これからの私達には絶対に必要になる大切な思い出なのだから。
「……」
威風堂々赴いた屋上、その扉の前に私は立っていた。
精神的に一回り大きくなった私に敵はないと言いたいところだが、やはりいざその時になると、足が鉛玉だ。
私は最後の一歩が踏み出せないでいた。膝は小刻みに震え、これを武者震いというならそれは間違いだ。そう、今の私はただ怖いだけ。唯先輩に会うことに怯えているだけ。もう逃げないなんて意気込んだ矢先にこれでは先が思いやられた。
臆病者の私には仕方のないことだと決め付けてしまえばそれまで。しかし今回ばかりは仕方ないで終わらせるつもりはなかった。もちろん決意は鈍っていない。
なせばなる――と言う言葉があるように、臆病な自分自身にだって打ち勝って、その先にある勇気という名の希望を手にして見せる。
「行くよ、中野梓――!!」
「逃げちゃだめだッ!!」と念仏のように頭で10回唱え、自分を奮い立たせて、私達の未来を隔てる運命の扉をキッと睨みつけた。その様は臆病だったはずの私は影も形も見当たらなかった。
古びたドアノブに手をかけ、重たい鋼鉄の扉をゆっくりと押し広げていく。ギィ~っという錆びれた音を響かせながら扉は開かれ、その瞬間、屋上からの風が隙間からヒュ~っと私の髪を靡かせた。
反射的に髪を押さえて目を閉じた。風はすぐに収まり、目を開けるとすでに屋上に一歩足を踏み込んでいることに気付いた。
そして私は網膜に焼き付けた。
私の一番大切な人の姿を――。
「あ…唯、先輩…」
背を向けて、突き抜けるような大空を見上げて立っている唯先輩。
一瞬声をかけるか迷ったが、迷うより先に自然と先輩の名前を呼んでいた。
私の声にピクリと反応する背中。ゆっくりと振り向く先輩の様子を私は固唾を飲んで見守る。
正面を向いた唯先輩。その刹那、目が合う。あの日喧嘩する以前から何ら変化のない唯先輩。でもその瞳にはあの日にはなかった強い何かを感じた。
実際はそんなに時間は経っていないのに、数日ぶりに会った気さえする。錯覚だということは分かってる。それだけここ数日が充実していたということだろう。いい意味でも、悪い意味でも。
唯先輩は、私の顔を見据えると、ふわっとした優しい笑顔を浮かべた。
「待ってたよ、あずにゃん。来てくれてありがとう」
トクンと、胸が震える。
久しぶりに聞いた唯先輩の声に、胸の奥から何かがあふれ出してくる。
唯先輩への愛情で心が埋め尽くされていく。
優しくて、温かくて、恋焦がれる。そんな気持ちで胸が一杯になる。
(…あぁ…)
そして改めて思うのだ。
やっぱり私にとって唯先輩は誰よりも大切なんだって。この世界に生きる誰よりも、守り、慈しみ、愛したいと、そう心の底から思うのは唯先輩だけなのだと。
「私の方こそ、ありがとうございます」
「え?」
「私もその、唯先輩にお話がありましたから」
「…そっか」
「…はい」
一言二言言葉を交わし合い、ふと会話が途切れた。シーンと静まり返る屋上。音と言えるものは、たまに私達を撫でる風の音だけだった。
居た堪れない静寂が辺りを支配している。手持ち無沙汰で、もじもじと指を絡めたり、髪の毛を弄ったり、お互いどんどん落ち着きがなくなっていく。目を合わせると、何故か急に恥ずかしくなって、どちらからともなくパッと逸らしていた。
(何やってんの私!このままじゃダメでしょ!まずは謝らないと!)
いつまでも時間が解決してくれると思ったら大間違いだと奮起する。どちらかが最初の一歩を踏み出さなきゃ、先に進むなんて絶対にありえない。自らの足で一歩を踏み出すことにこそ、本当の価値があるのだから。
(よしっ!)
心を決め、唯先輩の顔を見据える。しかしどういうわけか、唯先輩も同じように私の顔を見つめていた。かつて見たことのない真剣な表情をして。一瞬息が詰まりかけたが、それでもなんとか呼吸を整え、勢い任せに声を発した。
「「あ、あのっ!」」
発したのだが、声を出したのは私だけではなかった。何故か、唯先輩も同じように声を出して、私達のそれは重なってしまった。
驚く私達は、ただただ目をパチクリするばかり。
「え、えと、唯先輩からどうぞ?」
「う、ううん…あずにゃんこそ最初でいいよ」
「い、いえいえここは先輩から」
「や、やっぱりここは後輩からでしょ」
「……」
「……」
「……」
無言で、目で訴えあう私達。しばらくの間そうしていると、唯先輩の顔がぷるぷると震えだし、真剣な表情がどんどん崩れていった。そしてそれは私も一緒。こみ上げてくる何かに必死に耐えながら、口元が緩みそうになるのを我慢していた。
つまり何が言いたいかというと、笑いたいのを必死に我慢してるってこと。
「……ぷっ! ふふ、あははっ…!」
「………くすっ! うふふっ…!」
我慢の甲斐もあり最初に吹き出したのは唯先輩。別に勝ち負けなんて決めてないから、どっちが最初に笑ったからって何かが起こるわけじゃない。それにちょっと遅かっただけで私だって大差ない。唯先輩に便乗するように我慢の限界を迎え、こみ上げた笑いをすべて外界へと解き放っていた。
「あははっ…はぁ…ふぅ…もう!あずにゃんったらぁ!」
「はぁ、ふぅ…な、何言ってるんですか…唯先輩のせいですよぉ!」
どちらのせいでもあり、どちらのせいでもない。
早い話、喧嘩両成敗ってことで一つ。
「じゃあさ、同時に言おっか。せーので」
「いいですね。一緒に言いましょう」
きっと、私は唯先輩が何を言おうとしているのか心のどこかで分かっていた。確信していた。そしてそれは唯先輩もきっと同じ。私が何を言おうとしているのか、それが分かっているから同時になんて言い出したのだろう。
私達はお互い顔を見合わせて、クスっと笑い、天高らかに掛け声を上げた。
「「せぇ~のっ!」」
きっと、私達の願いは天に届く。
「「ごめんなさいっ!!」」
ほらね?
「ぷっ・・・くふっ、あははっ…!!」
「うふふっ、ふふっ、ははっ…!!」
言いたいことを言い終わった後は、ただただ声を上げてバカみたいに笑い合ってしまっていた。目尻に涙を溜めて、お腹を抱えながら、下手をしたら校舎の中にまで響いてしまいそうな笑い声で、天高らかと。
楽しそうに笑っている唯先輩を見ていたら、なんだか今まで悩んでいたのがバカらしく思えてきた。ムギ先輩の言うとおり、何にも心配なんていらなかった。お互い謝る気があるのに仲直りできない道理なんてあるはずないのだから。
「ふふふっ…はぁ…ハァ…そ、その…あずにゃん?」
「ふぅ…はぁ…な、なんですか?」
「えーと…その、この前は・・・ホントにごめんね?」
「っ…そ、そんな、何言ってるんですか! あれは一方的に唯先輩を傷つけるようなこと言った私が悪いんです!」
改めて謝罪の言葉を述べる唯先輩に、私は申し訳ない気持ちで一杯になり思わず声を張り上げるが、そんな私に唯先輩はふるふると頭を振る。
「ううん・・・それでもやっぱり、私が悪かったんだよ。ちゃんと説明してあげてれば、あずにゃんを怒らせる事もなかったと思うし…」
「じゃあその、どっちも悪かったってことで。喧嘩両成敗ってことにしましょう」
「くすっ…うん!そうだね!」
結局はそれが妥協点。私も悪かったし唯先輩も悪かった。そういうことにしておけば丸く収まる。そもそも今大事なことは、この瞬間に唯先輩と笑い合っていられることなのだから。
不毛な言い争いで笑顔を絶やすなんて損以外のなにものでもない。
そうして笑い合うことしばらく。高ぶっていた心が落ち着いてくるころには、互いに無言で見つめ合っていた。前と確実に違うのは、今は居た堪れないなんて気持ちはなく、ただただ清々しい気持ちで満たされていたってこと。
「あのさ、あずにゃん」
「はい」
「今日はちゃんと話すから、全部」
「全部、ですか?」
「うん、知りたかったんだよね。私が何やってたか」
「……はい」
「うん。じゃあ話すよ。話さなきゃ始まらないもんね」
唯先輩は苦笑気味にそう告げると、どこからともなく小さな黒い小箱を取り出した。それが何か分からない私はただ首を傾げるばかりだったが、とりあえず唯先輩の言葉を聞き逃さないように、小箱から視線を外して話に集中する。
「本当はもっと早くに伝えてればよかったんだけど…。でもダメだった。言えなかった」
「…どうして、ですか?」
「今日じゃなきゃダメだったの」
「…今日じゃなきゃダメ…? それっていったい…」
「それを今から話すね」
「…はい」
いろいろと疑問は尽きないけど、唯先輩が話す気になっているのだから私は待たなきゃいけない。私もうこれ以上間違うわけにはいかないのだから。私に今できることは唯先輩を急かすことじゃなくて、ただ告げられた言葉の一つ一つを胸に刻み込むことだけなのだ。
「えーとね・・・・実はこれを買うためにずっとバイトしてたんだぁ」
そう言って、意味ありげに取り出していた小箱を胸の正面で抱える唯先輩。大事そうに、愛しそうに、その瞳に宿るのは確かな愛情。それはいったい、誰に向けられたものだったのだろう。今の私には到底理解は及ばなかった。
「え、と…バイト、ですか? じゃ、じゃあここ最近ずっと先に帰ってたのは…」
「うん。バイト。本当はすぐにでも買いたかったんだけど、ちょっと自分のお小遣いじゃ手がでなかったもので…えへへ。それで、ムギちゃんに頼んでバイト紹介してもらって、昨日ようやくバイト代が溜まったから買えたの」
「そ、そうだったんですか…」
バイト云々よりも、そこにムギ先輩が絡んでいたことに私は心底驚いた。たぶん、あの人は最初から知っていたんだ。知っていてもなお私に伝えなかったのだ。
(…そっか、ムギ先輩知ってたのか…)
でも、ムギ先輩の気持ちもわからなくもなかった。
唯先輩が自分で言わないことを自分から話すわけにはいかないと考えていたのだろう。律儀な人だし、それにもし自分が同じ立場だったとしたら同じことをしていたかもしれない。
なんにしても私は安堵していた。
(…よかったぁ、彼氏とかじゃなくて…)
心のわだかまりがなくなっていくような、そんな感覚がした。
私が一番ホッとしていたのはとにかくそこだった。今の今まで危惧していたことが選択肢から消え、内心歓喜している。
ここで彼氏が出来たなんていわれようものなら、本当の本当に立ち直れなかったかもしれない。それは大袈裟でもなんでもない、ありのままの事実。
その人が大切であればあるほど。恋焦がれ、愛せば愛すほど。自分の一番大切な愛する人が、私の知らない誰かと笑い合って、抱き合って、キスして。
そんなの想像しただけで死にたくなるし、実際それで死んでいる人だって少なからずいる。結局どれだけとりつくろうと、それが普通の反応なのだ。
そしてそれは私もきっと同じで。頭で理解しても心では納得なんてできない。たぶん、一生。
「どうかした? あずにゃん?」
「い、いぇ…なんでもないですよ」
意識を目の前に戻し、頭を振って唯先輩に笑って見せる。
「それよりその…その箱っていったい何なんですか?」
この話の核心であるはずのその小箱。その中身が気になって尋ねてみると唯先輩は何故か頬を赤く染め俯いた。どうしてそこで赤くなるのかと首を傾げて疑問に思う間もなく、唯先輩はチラッと上目遣いに私を見た。
その瞬間にドキンっと跳ね上がる私の心臓は極めて正常だ。惚れてる相手に赤い顔+潤んだ瞳+上目遣いなんて3連コンボなんてお見舞いされた日には発狂だってしたくなる。
「え、えとね…これ、なんだけど…」
その上目遣いをやめてくれとも言えずにただ黙ってその様子を見守っていると、唯先輩は意を決したように、恐る恐るその小箱をゆっくりと丁寧に開いていく。その中身を私にも見えるように、半ば差し出すような形で。
私はゴクリと生唾を飲み込み、その様子を伺っていた。いったい何が飛び出してくるのだと、不安と期待に胸をざわつかせながら。
まるでパンドラの箱を前にしているような緊張感が漂っていた。もちろんパンドラの箱なんて空想上のものだし、私自身相対したことはないが、今この状況を表現するならばそれが一番しっくりくる。
実際には数秒かからずに開かれたはずの小箱だったが、しかし私にはそれがスローモーションのように見えた。まるで数分、数時間かけてゆっくりと開かれたかのように見えた。
そうして完全に開かれた小箱、その中見が露わになったその時、私は堪らず呟く。
「…ぁ…それ…指、輪…?」
その中央に光り輝くもの――二組の指輪に、私は目を疑った。まったく予想していなかったそれを、ただ黙って凝視することしかできない。
しかも二組あるとうことは俗に言うペアリングと言うやつだろう。それは今までそう言ったものに縁のなかった私のもすぐに分かった。たとえ縁のない代物だとしても分かることはある。
その指輪に込められた想いとそれを分かち合う誰か。大切な人と愛を誓い合うその約束の証。いわゆる一つの契約。
なぜ、そんなものを唯先輩が――? もしかして――。
「…あの、それ…ペアリング、ですよね?」
確認の意味も込めて尋ねると、唯先輩は赤い顔のまま無言でそっと頭を縦に振った。
これで予測は確信に変わった。つまり唯先輩にはペアリングを渡したい相手がいるということだ。その相手が誰なのか無論気になる私。
しかし、指輪を誰に渡すのかという疑問はすぐに飛散することになる。
あるときを境に、指輪に変化が現れ始めた。
「っ――すごいっ!!」
それは雲間から漏れ出た太陽光がその指輪を照らしたその瞬間、指輪はその銀色のボディを色鮮やかな虹色に染め、煌きだした。
私はその光景に我を忘れて見入った。思わず声を荒げてしまうほどに。呼吸をすることすら忘れた。その後一言も言葉を発することも出来ず、ただただ目が釘付けになる。
太陽の光に照らされて輝き続けるそれを目に焼き付けていた。
「…綺麗、ですね…この指輪」
「えへへ…すごいでしょ? 一目見て気に入っちゃって」
「ホントにすごいです。でも、そのペアリングいったい誰に…?」
それは核心に迫る問いかけ。自分でも驚くほどに、自然と私の口から飛び出していた。
途端に唯先輩はせわしなく視線を泳がせる。「あー」とか「うー」とか、考えるような素振を見せながら言葉を選んでいた。
「う、うんと、その…どうしても今日ね? 自分の気持ちと一緒に、この指輪を渡そうって決めてたの」
「え…?」
顔を真っ赤に染め、体を捩りながらモジモジしている唯先輩。いつもの私ならそんな唯先輩を可愛いなぁ~なんて邪まな目で見ちゃうところだけど。
残念ながら今の私にはそういった感情を抱くだけの余裕はなかった。
(自分の気持ち? 一緒に指輪? 誰に?)
ただただ、告げられた言葉の真意に思考をめぐらせることに尽力して、動けずにいた。
しかもそんな私を他所にして唯先輩は「よしっ!」という気合の入った大きな声をあげる。
鼓膜が震えた。まるで車に轢かれる寸前のネコみたいにビクっとなって、体を硬直させて。それでも負けじと唯先輩の方に意識を向ける。視線が交差する。その瞳に強い決意と光を宿すその様に、私は目を見開きゴクリと生唾を飲み込むことしかできない。
いまだかつて、こんな強い意志の感じられる唯先輩を見た事があっただろうか――。
「中野梓さん!」
「は、はひっ!?」
珍しくもフルネームと“さん”付けで呼ばれたことに驚き、思わず返事を返してしまったが、かっこ悪いことに声が裏返ってしまった。
唯先輩は真剣な表情を崩すこともなく、ただ私の目を一点集中に貫きながら。
ゆっくりと、でもしっかりと、その口を開いていく。
「わ、私は…」
「っ…!」
私は息を飲み、黙って唯先輩の言葉を待った。待たなきゃいけないと思った。そう感じさせるだけの何かを感じた。
きっと今から唯先輩は何かとても大事なことを伝えようとしている。それは確信。そしてそれが何なのか、何を伝えようとしているのか、分かってしまう自分がいた。
それは今この瞬間、私が何よりも望む形。私達の始まりを意味していることを示している。
言葉に出していなくとも伝わるその想い。
真剣な眼差し。
真剣な表情。
強き想い。
強き願い。
貴女のすべてが私に訴えかけてくる。
心に深く刻み込んでいく。
「私は貴女の事が好きですっ!」
それは一つの物語の終わり。
そして――始まり。
「も、もしよかったら…わ、私と付き合ってくださいっ…!!」
貴女と私の物語。その最初の一歩――。
それは唯先輩なりの愛の告白だった。私に対する想いのたけを言葉に込めて、虹色に輝くその二組のリングを差し出して。目をギュッと瞑り、顔を真っ赤に染め、ぷるぷると小刻みに震えながら、目尻には涙さえ溜めていた。
唯先輩の精一杯が伝わってくる。その勇気ある姿から目を離せない。魅入ることしかできない。
「――」
言葉にならなかった。気の利いたセリフなんて思い浮かばない。何も考えられない。ただただ唯先輩への愛情だけが胸の中、いや私の全てを覆いつくしていた。
目尻が熱く感じた。そう感じた次の瞬間には涙を流していた。止めどなく溢れる涙。私はそれを拭いもせず、ポロポロと大粒の雫を零し「…ぅ…く…」と声にならない嗚咽をあげていた。
「~~っ」
もう我慢の限界だった。私は一瞬で唯先輩との間合いをつめ、勢い任せに唯先輩の胸に飛び込む。「きゃっ」と驚く彼女を無視して、背中に腕を回し、その柔らかい双丘に包まれた。
「あ、あずにゃん…ど、どうしたの?」
「ぐすっ…うぁ…ゆい、せんぱいっ…」
「は、はい」
本当は私から告白するつもりだったのに、数分前の私にはまさか唯先輩からの告白が待っているなんて思いもしていなかった。ずっと一方通行だと思っていた気持ちが、まさか両想いだったなんて、誰が予想しただろう。
伝えよう、私も。
ありったけの想いを、唯先輩に。
勇気を振り絞れ、私。
唯先輩のように――。
「わた、私もっ・・・、唯先輩の私も事がっ…ぅぐっ…す、好きですっ…ぐすっ…大好きなんですっ…!」
涙声と告白と。きっとこれが私の精一杯。おせじにもカッコいい告白なんて言えないけれど、それでも私にとっては人生に二度ない決意の告白。
「…あずにゃん…」
「…好き、です…」
唯先輩の胸に埋まったまま、もう一度、愛の言葉を口にする。
「…うん」
「大好きです」
今度は顔を上げて、唯先輩の目を見つめて、はっきりと告げる。
「私も大好きだよ、あずにゃん」
「~~!!」
そう言ったときの唯先輩の笑顔は天使と見間違うほど美しく、優しく、そして温かかった。
こみ上げてくる歓喜と嬉し涙は止められなくて、今度こそ私は子供みたいにわんわん泣きだしてしまう。
恥も外聞もあったものじゃない。きっと屋上どころか校舎の中にだって響き渡るような鳴き声。そんな私を唯先輩は咎めるでもなく、優しく微笑んで背中にそっと腕を回して抱きしめた。
まるで赤ん坊をあやすように、私が泣き止むまでの間ずっと頭を撫でながら――。
つづく