※追記からどうぞ!
結局おサルとの戯れは時間いっぱいまで続き、当初の目的であるお寺めぐりをしている時間は無くなってしまったが、かと言ってそれが悪いかと言えばそうでもなかった。
おサルとの触れ合いもあれはあれでいい思い出として残ったし、普段出来ないような体験をさせてもらったと思えば、おサルの不意打ちで気絶してしまったことなど水に流そうと思う。
まぁ、その不意打ちを仕掛けた黒幕達については私から些細ながらも拳骨をお見舞いしてやったが。
その後、名残惜しい気持ちを胸にモンキーパークを後にした私達軽音部グループは、午前中から午後にかけてのメインである『嵐山オルゴール博物館』へと場所を移した。
さすが日本が誇るオルゴールの博物館だけのことはあって、見たことのないオルゴールが数多く展示されており、大きさも形もまちまちのそれらが奏でる演奏は、思わず呼吸を忘れてしまいそうなほど聴き入ってしまう。心を奮わせるそれらの音色は、音楽の道を志す私達にとって間違いなくプラスになったのだった。
しばらくの間、時間も忘れて見学していた私達だったが、動きっぱなしだったためか少し疲れも溜まってきたので、休憩がてら博物館内のオルゴールショップへと足を運んでいた。
そこには独特のオルゴールが数多く売られており、おみやげとして買っていく人もいれば、博物館に来た記念に自分用として買っていく人もいる。
私達もそれらの品々を見ていたら途端に欲しくなり、それぞれ選んで買っていくことにした。
で、さっそく散り散りになって選び始めたのだが――。
「うーん…どれがいいかなぁ。悩むなぁ…」
「唯、あんまり悩みすぎると頭禿げるぞ?」
「ぶぅー! それは失礼だよりっちゃん! りっちゃんじゃないんだから禿げたりしないよ!」
「バっ!? おまっ!? 失礼はどっちだよ! これは禿げてんじゃなくて前髪上げてるだけだっつーの! 最初から禿げ散らかってるみたいな言い方すんじゃねー!」
まったく、こんな所に来てまで相変わらずの漫才とは、あいつらも飽きないな。
周りを見ると、二人の声に周りの客がチラチラとこちらの様子を伺っていた。
さすがに恥ずかしく居た堪れなくなってきたので、すぐに二人の傍によって小声で耳打ちする。
「何やってんだよ二人とも。あんまり大声上げてると他のお客さんに迷惑だぞ」
そう言って注意してやると、唯はテヘヘっと頭を掻きながら「ごめんごめん♪」と悪びた様子もなく謝る。律の方は何やらちょっとご機嫌斜めらしく、「ぶぅー!」と、ふてくされた様子だった。
まぁ何にしても静かになってくれたのならそれでいいので、それ以上強くは言わない。
「で、いったい何の話してたんだ?」
「いやぁ~、りっちゃんのオデコのぴかり具合についてちょっと思うところがあってね?」
「違うだろッ!?」
「律、お前はもっと声のトーンを落とせ」
「あ、ああ悪い悪い…。ってそうじゃなくてさぁ澪、お前からも何とか言ってやってくれよ! こいつ私の可愛いオデコちゃんを禿げの一歩手前みたいに言うんだぞ! さすがに失礼だよな? な?」
「あれ? 律のそれってオデコだったのか? てっきり禿げてるものだとばかり…」
「バァァロォォーー!! もうお前らなんか知るかー!」
そんな私の冗談を本気にした律は涙を撒き散らしながら去っていく。さすがにちょっと言い過ぎたかな、なんて思ってしぶしぶ謝ろうとした私を他所に、律はオルゴール選びに夢中になっていたムギのその柔らかな双丘へとこれみよがしに突っ込んだ。
むにゅっという擬音が聞こえた、ような気がした。
「ムギぃぃー!! こいつらが苛めるんだぁ!! 慰めてくれぇぇ!!」
「あら、あら?」
何が起こっているのかまるで分かっていないムギは目をパチパチさせながら疑問符を浮かべるばかり。
律が顔を動かすたびに、その圧倒的な質量がグニグニと形を変え、零れ落ちんばかりその存在を主張している。
そんなことをされればいかにムギと言えど、自分の置かれている状況に気付いてしまう。
「むぎゅぅうう!!!」
「ちょ、ちょっとりっちゃっ…んっ…あっ…!」
敏感なところが擦れてしまったのか、熱い吐息を漏らしているのが実に悩ましい。
っていうか何が『むぎゅうう!』だこのバカ!洒落のつもりか!早く離れろ変態め!!
ああそうかい分かったよ。もうさっきのは訂正、謝るのはなしだ。
ムギのおっぱいにのめり込んで悦に浸っているようなバカに謝罪の言葉など勿体なさ過ぎる。
どうせのめり込むなら私のおっぱいでも――って何言わせんだこのバカ!!
べ、別にジェラシー感じてるわけじゃ…!!!
「と、ところでムギは決まったのか、オルゴール?」
もちろん律を引き剥がそうとか、そんな風に思って尋ねたわけじゃないのだが、ムギは私の言わんとしていることを変な意味で解釈したのか、ニヤリ顔でコクンと頷いて。
それから胸に埋まっているバカをよしよしと慰めながら、やんわりと引き剥がした。
ムギのヤツ、なんか勘違いしてないか? まぁいいか、離れてくれたし。
「えーとね、私はこれにしたの。このオルゴール」
そう言って手に持ったオルゴールはどう見てもオルゴールには見えない形をしていた。
だけどムギが持つ分には何ら違和感がなく、そこにあるのが当たり前のように見えるのは、それが私達にとっても慣れ親しんだ見慣れたものだったからなのかもしれない。
「ムギちゃん、それってティーポットじゃないの?」
唯のつぶらな瞳がムギの持つそれにロックオン。
そう、ムギが手にしていたのは一見オルゴールには決して見えないティーポット。もちろんティーポットだけではなく、ティーカップとソーサーもあり、ティーセットとして一つの商品となっている。
「うふふ♪ 実はこれ、ティーポットのオルゴールなんだよ。ちょっと見ててね?」
そう言ってムギは、ポットについた不釣合いとも言うべきゼンマイをカチカチと回していき、2、3回転ほどで止めた。それから手を離すと、音が――ならなかった。
「む、ムギ…演奏始まらないぞ? も、もしかして壊れたんじゃ…!?」
律の言うことも尤もで、壊れたんじゃなくて壊したんじゃ、なんて。私も一瞬嫌な予感に到達したが、しかしムギはさも当然のような顔でクスっと微笑んで見せた。
何が何やら理解できていない私達は、ただ顔を見合わせて目をパチクリするだけだった。
「これはね、ゼンマイを撒いただけじゃ演奏は始まらないの。こうして――」
そして私達の疑問に答えるかのように、ムギはそのティーポットでお茶を注ぐように傾ける。
すると、まるで反応なしだったオルゴールが、突然演奏を奏で始めたではないか。これには私と律も驚きを隠せない。思わず目をまん丸に見開いて、口をあんぐりと開けてしまう。
「すごいすご~い!! すごいねそのティーポット!!」
唯も目をきらっきら輝かせながら大はしゃぎだ。
ムギもムギで、そんな私達の反応に気をよくしたのか、溢れんばかりの笑顔でニッコリと微笑んでいた。
「そうでしょ~。なんか一目見て気に入っちゃった♪」
「うんうん! ティーセットってところがムギちゃんにぴったりだもんね!」
「うふふ♪ ありがとう唯ちゃん。帰ったらこのティーセットでお茶淹れてあげるからね?」
「うわ~い! 楽しみ~!」
そんな二人の会話を聞きながら、私と律は顔を見合わせてフッと笑い合った。
それからムギに負けないようなオルゴールを見つけようと意気込みを新たにして、その場を離れ、オルゴール選びを続けた。
それぞれオルゴール選びに精を出し始めてしばらく。
だいぶ悩んだが無事、気に入った品を買うことが出来た。それは律も同じで、手に持った包装箱を見ては、込み上げてくる喜びをそのまま笑顔にしていた。
何を柄にもなくそんなに喜んでるんだよと、そんな風にやれやれと思ったけれど。私にも律の気持ちが少なからず理解できるので、何も言わない。
最初に買うものを決めたムギだけは早々に会計を済ませ、私達のオルゴール選びに付き合っていた。
今はまだ決まっていない唯のオルゴール選びに付き合っているが、唯の「うぅ~ん」と言う唸るような声を聞く限り、まだ選びかねているようだ。
「唯、いい加減決めないとそろそろ帰る時間になっちゃうぞ?」
「うん…分かってるんだけど…」
「何をそんなに悩んでるんだよ?」
そう尋ねると、悩んでいる唯の変わりにムギが答えた。
「このね、天使のオルゴールで悩んでるの。梓ちゃんへのおみやげに買っていきたいらしいんだけど、蒼色か桃色でちょっとね」
見れば、唯の視線の先には天使のオルゴールがあった。ガラス細工で作られたそれは店内のライトでキラキラと光り輝き、その存在をこれでもかというくらい主張している。
「ていうか梓へのおみやげって、梓のおみやげはキーホルダーに決めなかったか?」
言っていなかったが、実はすでに梓へのおみやげは買ってあった。
とある場所で見つけた文字入りのキーホルダーがそれで、私達の絆の象徴でもある軽音部の「けいおんぶ」の五文字をそれぞれ一人ずつが持ち歩こうと、そうみんなで相談して決めたのだ。
「うん。でもそれは軽音部としての、私達全員からのおみやげだから。できればあずにゃんには私自身のおみやげもあげたいなって、そう思ったの」
「……なるほどな」
なぜ一人だけ自分の、なんて野暮なことは聞かない。
確かに梓は、私達全員の後輩だけど、唯にとってはそれだけじゃない。梓は世界にたった一人だけの恋人なのだ。だからこそ、たった一人の大切な人に自分からの特別な贈り物をあげたいと思うのは、ごく自然なことだと思う。
「それにしても、どうして天使なんだ? 他にもたくさんあるのに。ほら、梓だったら猫のやつとかいいんじゃないか?」
律が猫の乗ったオルゴールを手にそう尋ねると、唯は天使のオルゴールを手に持って微笑み返し、そっと頭を振った。
「猫のも考えたんだけどね。でもどうしても天使のが気になっちゃって。だってさ、あずにゃんって天使みたいじゃない? ちっちゃくて可愛いし。優しくてあったかいし。それにやっぱり笑った顔が一番ね…」
天使の微笑み、とでも言いたげであるが唯はそれ以上何も言わなかった。
そのガラス細工の天使に表情はなかったが、もしかしたら梓のそれを重ねて見ているのかもしれない。
「ふっ、なるほどなぁ」
「唯ちゃんにとって梓ちゃんは間違いなく天使だもんね」
律もムギも納得の表情で頷き、微笑み合う。私もそれに同意した。
ふと思い出す梓の笑顔。梓のそれは私達もよく目にするけど、でもそれは唯に見せる笑顔とは少し違う。
唯に見せる笑顔、それはきっと私達には見せないもので、唯だけに、いや唯だけにしか見せることのできない特別な笑顔なんじゃないかと思う。そしてそれは梓自身無意識なんじゃないだろうか。
「えへへ…うん。それと、私達にとってもね?」
「ふふっ…ああ、そうだな」
私達、つまり軽音部にとっても天使のような存在だって言いたいのかな。
梓は軽音部にたった一人しかいない大切な後輩。あの子が入学して今日までたくさんの出来事があったけど、そのどれもが忘れられない大切な思い出でかけがえのないものだ。
私達4人の中に新しい光を見出してくれた存在と言うなら、あの子は確かに私達の天使なのだろう。
「よ~し決めた! こっちの蒼い方の天使にするよ!」
それから時間一杯まで付き合わされたオルゴール選びは、私達が見守る中、唯の一声によって終わりを告げた。
光を受け、蒼にも碧にも輝いて見えるその天使を大事そうに抱きかかえ、梓の事を想いながら、溢れんばかりの笑顔で笑う唯を見て私達は思う。
ああ、天使の微笑みって言うのはこういうのを言うんだなって――。
*
終わってしまえばあっという間の修学旅行だった。
楽しいこと嬉しいこと、もちろん困ったことだってあった。けど、どんな些細な事だって大切な思い出として私達の心に刻み込まれている。
この二日間で学んだ事、感じた事のすべては、いつの日か必ず実を結ぶ。そんな気がする。
そしてそれは、それほど遠くない未来にな――。
「修学旅行ももう終わりかー…なんかあっという間だったなー…」
ホテルへと向う駅までの帰り道、珍しくナーバスになっているのか、寂しげな表情でしみじみ告げる律。
帰りたくない、出来ればもっと、そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。
私も唯も、そんな律の哀愁感にあてられたのか無言で頷くしかできなかった。
そんな時、ここぞとばかりにムギの笑顔に大輪の花が咲いた。
まるで「元気だして?」と言わんばかりに私達の心を包み癒すように。
「楽しい時間ってあっという間だよね。でもそれだけ充実してたってことだもの。喜ばないと損だよ?」
「……そっか、そうだよな!」
「うん、そうだね。どうせなら最後まで楽しもうよ!帰るまでが遠足だよ!」
「おいおい、遠足じゃなくて修学旅行だろ」
律と唯の顔に笑顔が戻ると、私も自然と笑っていた。
「うふふ♪ 私、みんなとこうして旅行が出来てとっても幸せだよ!」
「……」
優しい笑顔で己の本心をさらけ出すムギに思わず言葉を失った。
それは本当の本当に、心からの言葉なのだろう。
ムギの本心は私達の心の奥底まで響き渡る。
そして思う。これからもずっとムギの親友で在り続けたい と。
それはきっとみんなも同じ気持ち。
「また軽音部で旅行したいねー、今度はあずにゃんも一緒にさ」
「そうだな、じゃあ今度は沖縄でも行くか?」
ま、半分冗談だけどな。
「いいなそれ!澪に賛成のひとー!」
「「はぁ~い♪」」
「よぉし!満場一致ってことで、帰ったらさっそく沖縄旅行の相談するぞ!!」
「い、いやさっきのは冗談…っていうかそんなぽんぽん旅行なんて行ってられなっ…!」
「「「おぉ~!!」」」
「…聞けよ人の話…」
さて、それじゃあそんなわけで、これにて修学旅行もひとまず終幕だ。
明日はついに地元へと帰り、いつも通りの日常が戻ってくる。
名残惜しい気持ちは多分にあるけど、それでもドタバタと慌しくも楽しい毎日が戻ってくると思えば、それも悪くないなって思う。
さぁ帰ろう、私達の町へ――。
「ところで律…さっきから歩き回ってるけど、いつになったら駅に着くんだ?」
「え!? あー、たぶんあと5分くらい…かな?」
「……まさか迷った、なんて言うんじゃないだろうな?」
「ば、ばっか! そんなわけないだろ! きょ、京都の町並みを見学しつつ駅まで行こうっていう私の粋な計らいを、迷ったなんて陳腐な言葉で片付けるなんてどうかしてるぞ澪!!」
「やっぱり迷ったんじゃないかッ!!」
「……めんぼくない」
最後の最後まで締まらないけれど。
でもそれはそれで私達らしいのかなって思わなくもない。
だから私はいつも通り、こう言ってやるんだ。
やれやれ…ってな。
つづく
【あとがき】
残すところあと僅かになりました。
あとは梓たち居残り組のお話とエピローグで完結となります。
始めはこんなに長い話にするつもりなかったんですが、ていうか桜華よりも短い予定だったんですが、すべては妄想力豊かな自分が招いた要領の悪さです。めんぼくない…。
ここまできたら、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
次回もよろしくお願いいたします!では!
なかなかの大ボリューム、終わってしまうのが名残惜しいくらいですよ、何処までもついていきます!