※追記からどうぞ!
カーテンが開け放たれた窓から爽やかな日差しが差込んでいた。
とても気持ちのいい朝の陽気を感じながら、チュンチュンと言う小鳥達のさえずりが耳に心地いい。
今日は何かいい事があるような気がして朝から上機嫌だった。
「ふん♪ふん♪ふふ~ん♪」
キッチンにお魚の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
カタコトと。包丁がまな板を叩く静かな音が私の鼻歌と共に静かに響く。
――お昼のお弁当作り。
私、平沢憂の朝はまずここから始まる。
お姉ちゃんが高校に上がってから今日まで繰り返し行ってきた毎朝の日課。
両親が共働きの我が家では、お父さんもお母さんも朝が早く、夜も遅い。
一家揃って食事をすることも少なく、平沢家の食事事情はほとんど私に一任されている。
中学校は給食だったからお弁当は必要なかったけど、高校はお弁当持参かコンビニや購買で買うのが基本だ。
しかしお小遣いだって無限ではないし、毎度昼食にお金を使うのも勿体無い。
そんな理由からお姉ちゃんのお弁当作りを買って出たのはもう3年も前の話になる。
私は高校2年生で、お姉ちゃんは3年生。
あと少しでお姉ちゃんは卒業してしまうが、それでも卒業するまではと今日もせっせとお弁当を作るのだった。
ピー!
「あ、ご飯炊けた」
ふいに炊飯器が甲高い音を立てる。ご飯が炊けた合図だ。
木製のヘラを水で濡らし、炊飯器を開くともわもわと白い湯気が立ち込める。
「っ!」
熱い蒸気が少し手に掛かる。熱い。
蒸気でも十分火傷になる恐れがあるので気をつけなきゃいけない。
湯気の勢いが落ち着いてきてから私はヘラでごはんをよそった。
ピカピカと光り輝くお米がとても美味しそう。
「私の分と…お姉ちゃんの分はこれくらいかな?」
お弁当箱二つにそれぞれごはんを敷き詰めていく。量はだいたい普通盛り程度。
いくら育ち盛りの食べ盛りと言っても、大盛りを食べるほどの胃袋は私もお姉ちゃんも持ち合わせていない。
とは言え、お弁当箱はそこまで大きなものじゃないので大盛りなんて初めから無理な話なんだけど。
「よし、と」
お弁当箱の半分くらいをごはんで埋め、後は用意してあったふりかけで彩りを持たせるだけ。
今日のふりかけはおかか。パラパラと、あまり多くならないように振り掛けていく。
「うん、おっけーだね。あとは――」
そう、お弁当のメインであるおかずを入れるだけ。
さすがにご飯だけのお弁当なんて滑稽すぎるもんね。
今日のおかずは焼き鮭、ウインナー、玉子焼き、きんぴらごぼう、そしてミニトマト。
お弁当の定番メニューである。簡単美味しく確実に、それがお弁当の基本だ。
毎日作るのだから尚更要領よくやらなくちゃいけない。
私はパタンと炊飯器を閉じる。
それからパタパタとスリッパを鳴らしながらガスコンロの方へ様子を見に行った。
グリルで先に焼いていた鮭の切り身がそろそろいい焼き加減のはず。
中を覗き込んでみると、鮭の切り身がパチパチといい音を立て、皮にはこんがりと狐色の焦げ目が付いていた。
「ばっちりだね♪」
思わず声に出してしまうくらい絶妙な焼き加減。焼き鮭の完成だ。
私は早速火を止めて焼き鮭を取り出し、それをまな板の上に乗せ、包丁で半分こした。
そしたら後はそれをお弁当箱に詰めるだけだ。
「え~と…」
詰め終わったら次はきんぴらごぼうにミニトマト。それからウインナーと玉子焼き。
冷蔵庫からトマトときんぴらごぼうの入ったタッパ、そしてウインナーと卵を取り出す。
まずはトマトときんぴら。それぞれを銀紙に載せてお弁当箱に詰める。
きんぴらは昨晩の夕飯の残り物だ。
残り物を使うのもお弁当作りにおいては基本中の基本である。
「あとはウインナーと玉子焼きだね」
包装袋から取り出したウインナーに包丁で切れ目を入れて、タコさん風にカットしていく。
タコさんウインナーにするとお姉ちゃんが喜ぶのでウインナーを入れるときはいつもタコさんウインナーにしていた。
姉の子供っぽい笑顔が容易に想像できて、思わずクスっと笑ってしまった。
私はフライパンに油を敷き、火を通す。ほどなくしてからウインナーを投下した。
菜箸でウインナーに均等に火が通るように動かしながら、後はタコさんの形になれば完成。
出来上がったタコさんウインナー。我ながら言い出来栄えだと思う。
「ここに…入れてっと…」
ウインナーを手際よくお弁当箱に詰めていく。
すると残り一箇所が不自然に開いていた。
それはもちろん玉子焼きを詰めるスペースだ。
「……」
私は一度深呼吸をしてから無言で卵に手を伸ばした。
ここからが私の本領発揮。全力全開である。
一切の妥協を許さない気迫。顔は真剣そのもの。
「卵は4つ、っと…」
ボウルに卵を割り、菜箸で卵白をつまみ切るようにほぐして、だし汁などの調味料を混ぜ合わせる。
それから油をひいたフライパンにゆっくりと流しいれた。
ジュー!っと卵が焼ける音がキッチンに響く。
全力と言っても、もちろん今までを手抜きしていたわけじゃない。
料理に関してはいつだって本気なのが私のスタイルで、これから先もきっとそれは変わらないだろう。
食べる人を思って作り、美味しいと言ってもらえるように常に努力を惜しまない。
それが私の料理に対する情熱と姿勢。
でも玉子焼きだけは――。
ここだけの話、玉子焼きは今まで一度もお弁当のメニューから外したことがない。
お姉ちゃんは気付いているか分からないけど。でも私の作るお弁当には必ず玉子焼きが入っていた。
それは何故か。その理由はとても単純なこと――。
『憂の玉子焼き美味しいね!』
彼女の――喜んだ顔が見たい。ただそれだけの理由。
たったそれだけの理由から、私は意図して毎日玉子焼きを作り続ける。
お昼になれば必ず、彼女が玉子焼きを求めてくると知っているから。
もちろん事前に打ち合わせをしているわけじゃない。
それこそ日課のように私の玉子焼きを求めてくるのだ。
だから私は彼女のために――。
君の喜ぶ顔が見たいから――。
「純ちゃん…」
私は彼女の喜ぶ顔を思い浮かべながら玉子焼きを焼いていく。
可愛くて、優しくて、無邪気な、君の笑顔を。
私の大好きな笑顔を思い浮かべながら。
純ちゃんが私の数少ない親友の一人なのは今更言うまでもないこと。
私達は梓ちゃんを含めた3人で行動することが多いけど、でも梓ちゃんと違い純ちゃんとは中学からの親友だ。
しかもお姉ちゃんや和ちゃんを除けば一番付き合いが長かったりする。
(だからって訳じゃないけど…)
私にとって純ちゃんは確かに『特別』だった。
『おっ、憂の玉子焼きおいしそー!ねぇねぇ、一個貰っていい?』
最初は作るのが簡単だからと言う理由から玉子焼きを入れていた。
手間も時間も掛からないし、それにお弁当のメニューとしては定番中の定番だったし。
でもいつの頃からか私にとって一番手間と時間を掛けたいメニューになった。
『ん~!うまい! 憂の玉子焼き本当においしいなー。毎日でも食べたいくらいだよコレ!』
もうずっと前、君が何気なしに私の玉子焼きを摘んだあの日から。
満面の笑顔を向けながら美味しいと言ってくれたあの日から。
私にとって玉子焼きは『特別』な料理になった。
ありったけの想いを。
愛情と言う名のスパイスをふり掛けて、君の喜ぶ姿を想像しながら作り続ける。
『憂はいいお嫁さんになるね! どう憂? 私の嫁にならない?』
君が笑いかけてくれるだけで自然と私も笑顔になった。
『え? 女同士じゃ結婚できないって? そんな細かいこと気にしちゃダメだよ憂! 大丈夫! 憂の玉子焼きは性別の壁だって壊しちゃうから!』
胸がドキドキしておかしくなりそうだった。
『いつかさらいに行っちゃうから覚悟しといてね♪』
でも嫌なドキドキじゃなくて、ずっと感じていたいような、そんなドキドキ。
顔が熱くなって、胸が熱くなって、純ちゃんの顔がまともに見れなかったよ。
「喜んでくれるかな…」
フライパンの上でジュージュー焼けている玉子焼き。
そこにあるのは何の変哲もないただのだし巻き玉子。
でも世界に一つだけの私の『特別』がいっぱい詰まった玉子焼き。
「うん…よし、完成」
形を整えて、ついに玉子焼きが完成した。
フライパン片手にフライ返しを使って玉子焼きをまな板の上に載せる。
後は包丁で均等に切り分け、お弁当箱に詰めるだけ。
「……」
一個一個丁寧にお弁当箱に詰めていく。お弁当作りは最後まで気を抜いちゃいけない。
それぞれのお弁当箱に3切れずつ入れて、そして私の分だけ1個余分に玉子焼きを詰める。
もちろんそれは純ちゃん用の玉子焼き。
必ず欲しいと言ってくるので、いつしか1個余分に入れるのが当たり前になっていた。
「ふふ♪」
思わず笑みがこぼれる。
本当、いつからこんな風になっちゃったんだろうね。
純ちゃんは気付いてるかな?
私が純ちゃんのために玉子焼きを作ってること。
私の玉子焼きを毎日食べていることを。
「ま、いっか」
気付かなくてもいい。
ただ私は純ちゃんの喜ぶ姿を、笑顔が見たいだけだから。
それだけで私は幸せだから。
だからそれでいい。
「さ~て!お姉ちゃん起こさないと!」
巾着にお弁当を入れてテーブルにおき、それからグッとガッツポーズ。
いまだに夢の中にいるであろう姉を起こすべく気合を入れ、
「お姉ちゃ~ん!そろそろ起きないと遅刻しちゃうよー!」
駆け足で階段を上っていった。
◇
お昼休み――。
私が丹精込めて作り上げた玉子焼きは、無事純ちゃんの胃袋に納まろうとしていた。
お弁当箱からひょいっと摘み上げた玉子焼きを一口でパクンと口に入れ、もぐもぐごくん。
その瞬間、パーッと花が咲いたような笑顔が生まれる。
「う~ん♪ 憂の玉子焼きサイコー♪」
いつも言われていることだけど、こう言った褒め言葉には相変わらず慣れない。
「あ、ありがと…」
もっと気の利いた返事ができればいいんだろうけど、そこまでの余裕は私にはなかった。
“純ちゃんのため”という名目で作っている以上、意識してしまうのは半ば仕方がない。
「あれ? でも何だかいつもより薄味だね? 味付け変えた?」
「え?」
「もしかして作りながら考え事でもしてたとか?」
「っ…」
さすがに純ちゃんの事を考えていたなんて言えない。口が裂けたって言えない。
だって言ったら絶対バレちゃうもん。
私の気持ち――。
「よ、よくわかったね。薄味だって」
誤魔化すようにそう聞くと、純ちゃんは一瞬キョトンとして、それからすぐにフっと優しい笑みを浮かべた。
たまに見せるその優しさに溢れた笑顔が私の胸をドキドキさせるのだ。
「そりゃ分かるよ。憂の玉子焼きは毎日食べてるからね」
純ちゃんはさも当然のようにそう言った。
「っ…!」
その一言に、驚きで言葉が詰まる。
気付いてたんだ…毎日食べてること…。
純ちゃんの性格からして意識してないかと思ってたけど…。
純ちゃんが気付いてくれていた事が、私は素直に嬉しかった。
「ふふ♪ 憂ってばホント律儀だよね。まぁそこが可愛いんだけど」
「か、可愛いとか言わないでよ…」
「あはは♪」
楽しそうに屈託なく笑う純ちゃん。
私は照れくさくなって思わず顔を俯かせてしまう。
(私、今絶対真っ赤な顔してる…)
そう感じさせるほどに顔が火照っていた。
こんな顔、純ちゃんには絶対見せられないと思った。
「明日も期待してるからね…」
「うん…頑張るよ」
君のために明日も作ろう。
私の『特別』をいっぱい詰め込んだ玉子焼きを――。
「…ねぇ二人とも…」
私たちの様子をボーっと黙って見つめていた梓ちゃんがふいに口を開いた。
「ん?なに梓?」
「どうしたの梓ちゃん?」
私と純ちゃん、二人仲良く見事に返事が重なる。
すると梓ちゃんは何故かハァ~っと盛大な溜息をつき、
「もう結婚しちゃえば?」
呆れ口調でそんな事を言われてしまった。
おしまい!
【あとがき】
初々しい恋人のような関係こそ憂純には相応しい。そんな風に思う今日この頃。
というわけで、気分転換で定評のある憂純SSでした!
なんだか随分と久しぶりなので自分でも良し悪しが分かりません。
そんな憂純SSですが楽しんでいただければ幸いです。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
純ちゃんプロポーズしすぎですwww
というかもう結婚したほうがいいですね
そうときまればってあれ……師匠〜〜?
いま司法試験で忙しい?
法律をかえる?
流石師匠です(`・ω・´)