※追記からどうぞ!
ある日の放課後、私と唯先輩はギターの練習に勤しんでいた。
他の先輩は用事があって休みで、もちろんいつものティータイムも無しだった。
ちょっとだけ残念だなぁ~って思うのは、私もこの軽音部に染まってきたってことなんだろう。
それに先輩方がいないって事は結果として唯先輩と二人きりというわけで。
そんな二人だけの静かな放課後にそれは何の前触れもなくやってきた。
「あずにゃんって・・・彼氏いるの?」
「はい?」
突然、唯先輩からそんな質問をされた。
・・・何故こんな話になっているんだろうか。
さっきまでギターを合わせていた筈なのに、演奏が終わって開口一番に出てきた言葉はギターとは何の関係もなくて。
それにその質問に一体何の意味があるのか、質問の意図が分からない。
まあ質問した本人じゃなきゃ分かるはずもないんだけど・・・。
「何でそんな事聞くんですか?」
「え?」
質問を質問で返されると思っていなかったのだろう。
唯先輩はキョトンとした顔を見せると、何故か私から目を逸らした。
「ちょ、ちょっとだけ・・・気になったから・・・」
そう言った唯先輩の瞳には明らかに不安の色が見える。
一体何に不安を感じているんだろう?・・・と、思ってはみたもの結局それも分かる筈もないわけで。
「・・・そうですか」
いつもの思いつきの発言?
けどそれにしてはいつものと様子が違うような・・・。
まあいいか。
そんな事よりも今は唯先輩の質問に答えるのが先だ。
彼氏――
そもそも私には恋人なんていた事なんてない。
子供の頃からギターを弾く事が一番だった私は、そんな事に興味を持つはずもないし。
普通の女の子達が話題にしている様な色恋の話だって、あまり興味がなかった。
・・・でも
それは高校に入って一変してしまった。
ある人に出会ってしまったせいで。
その人のせいで私は恋というものを知ってしまった。
最初は気のせいだと思ってた。
けどいつの頃からかその人の事ばかり考えるようになっていた。
家にいる時、授業中、部活の時も気が付くとその人が頭の中にいるのだ。
その人に抱きしめられるたび――笑顔を向けられるたび、顔が熱くなって胸がどきどきするんだ。
はっきり言って如何にかなりそうだった。
けど・・・これが恋なんだって最近気付いた。
いや、気付かされた・・・か。
――今目の前に居る相手に。
そう、私の初恋の人は唯先輩なんだ。
この年まで恋というモノを知らなかった私に、唯先輩がそれを運んできてくれた。
けど唯先輩は私の気持ちを知らない。知るわけがない。
そうじゃなきゃこんな質問をしてくるはずがないから。
気持ちを伝えないのかって?
伝えられるわけがないじゃないか・・・、そもそも私達は女同士なんだ。
この時点で私の“恋”は“変”に変わってしまう。
伝えたらきっと軽蔑される。そう思うと告白する勇気なんてもてなかった。
よしんば受け入れられたとしても、この偏見だらけの世界がそれを許してくれるはずがない。
私の初恋は・・・始まった時点ですでに終わってたんだ。
それでもこの気持ちを捨てられなくて、諦めきれなくて・・・。
だから私は――
「・・・えーと」
本当は彼氏なんていないって答えるはずだった。
それなのに――
「・・・いますよ」
――嘘を付いていた。
理由は分かってる。
唯先輩の反応で、もしかしたら脈があるんじゃないかって…私は唯先輩を試したんだ。
そんな卑怯な自分が嫌になる。
「そ、そうなんだ・・・」
そう言って、途端に目に見えて落ち込む唯先輩。
――やめて。そんな顔しないで。そんな顔されたら深読したくなっちゃうじゃないですか・・・。
自分で試しておきながら、いざ自分の思い通りになってしまうと嬉しいと思う反面、逆に怖くなってしまう。
――先輩を想う気持ちにブレーキが効かなくなりそうで・・・。
「そ、そうだよね・・・あずにゃん可愛いもん・・・いて当然だよ・・・ね」
あははと笑う先輩だったけど…全然笑えていない。
それどころか今にも泣き出しそうな顔で…現に目尻には涙が浮かんでいる。
――ダメ、先輩・・・そんな顔されたら私・・・。
今すぐにでもさっきのは嘘だって言ってしまいたい。唯先輩の笑顔を取り戻したい。
そして自分の本当の想いを伝えてしまいたい。
「えと・・・変な事聞いてごめんね?・・・ちょっと気になっただけだから・・・」
そう言って俯く唯先輩。
俯いているせいかここからではどんな表情をしているか分からない。
けどもしかしたら本当に泣いているのかもしれない。
「ごめん・・・」
「・・・え?」
「私・・・先帰るね・・・」
唯先輩は私に謝ると、俯いたまま私の横を通り過ぎようとする。
「あっ・・・」
しかし私はそれを許さなかった。
無意識だった。私は通り過ぎようとする唯先輩の腕をとっさに掴んでいた。
そして私の方に引き寄せるとキュッと優しく、包み込むように抱きしめた。
「っ・・・いやっ・・・あずにゃん、離して・・・!」
「やです」
唯先輩の身体は強張っており、私から離れようと必死だ。
けど私はさらに強く抱きしめた。・・・絶対に逃げられないように。
「だめ・・・離してよぉ・・・」
「ダメです。絶対離しません」
誤解されたまま帰すわけにはいかない、まだホントの事伝えてないから。
それに私の気持ちも。もう女同士だからとか世間体がどうのとか考えるのはやめだ。
人の幸せなんて千差万別。100人いれば100通りの幸せの形があるはずだ。
自分の恋だってその中の1つだ。
先輩とずっと一緒にいたいって気持ちだけは絶対に譲れるものじゃない。
「唯先輩・・・さっき言った事嘘ですから」
「・・・・え?」
「だから・・・私に彼氏なんていません」
「え?・・・う、うそ?・・・ほ、ホントに?」
「はい」
私の言葉にさっきまで強張っていた唯先輩の身体から力が抜けていく。
・・・どうやら信じてくれたようだ。
「ど、どうして・・・嘘付いたの?」
まあ当然の疑問だ。
「聞きたいですか?」
「う、うん・・・」
「・・・唯先輩は、好きな人っていますか?」
「っ!」
私の言葉に一瞬ビクッとする唯先輩。けどそれを無視して話を続ける。
「私にはいますよ・・・好きな人・・・本当に好きで好きでたまらなくて。いつもその人の事ばかり考えちゃうんです」
「・・・」
「・・・知りたくないですか?」
「え・・・」
「私の好きな人」
「っ・・・」
唯先輩が息を呑んだのがわかる。
はっきり言ってこんな質問に意味はない。
たとえここで先輩が知りたくないと言っても、伝えるつもりだから。
今日の私は何処までも卑怯だった。
――けど唯先輩は
「・・・知りたい・・・」
そう答えてくれた。きっと私は心のどこかで理解してる。先輩が私と同じ気持ちなんだって。
と言うよりさっきの態度を見れば明らかじゃないか。
鈍感すぎる人なら気付かないかもしれないけど、生憎私はそこまで鈍感じゃない。
・・・まあ鋭いとも言えないけど。
「・・・そうですか、じゃあ教えてあげます」
「・・・」
伝えよう私の気持ちを。
未来なんて不明確なものに怯えるより、私は今この時を選ぶ。
「その人は、とってもだらしない人なんです。けどやる時はやる人で・・・そんな時の姿は誰よりも輝いていてカッコいいんです」
唯先輩は黙って私の話を聞いている。
「その人は、いっつも私に抱き付いてきてくるんです。最初は嫌だったはずなのに、いつの間にかそのぬくもりが無いと不安になるようになってました」
「ぁ・・・」
私は先輩を抱きしめる腕に力を込める。
「・・・その人は私に不本意なあだ名をつけました。」
「っ・・・」
「・・・なんだと思います?」
「・・・わ、わかんない」
きっともう唯先輩も理解しているだろう、私の気持ちを。
それでもこんな事を言うのはまだ半信半疑だからだろうか・・・。
ならはっきりさせて上げますよ。
「”あずにゃん”」
「っ!!」
私は抱擁を解き、先輩の表情を確かめる。
すると先輩の頬が朱に染まっていた。
その表情はただ純粋に可愛くて・・・何よりも愛しかった。
――けどまだですよ、唯先輩?
まだ肝心の言葉を伝えていないんだから。
――これが最後ですよ、唯先輩・・・。
「私は・・・唯先輩の事が――」
おしまい
【あとがき】
さて今回は短編でしたが、どうでしたでしょうか?
片思いだと思ってたけど、実は両思いだったっていう設定でした。
うーん、ちょっと切ない感じをだしたかったんですが
自分では切なくなってんのかなってないのか分からないんですよね・・・。