※追記からどうぞ!
「さよなら・・・」
唯先輩の突然の言葉――それは私に対する別れの言葉だった・・・。
な・・んで・・・?――なぜ?
――どうして?
そんな疑問の言葉ばかりが頭に浮かぶ。
私は突然の“さよなら”に頭がついていかない。
そして何かの冗談だと思いたかった。
けど・・・それは冗談でもなんでもなく、先輩の表情を見れば誰の目にも明らかだった。
その表情にはいつもの暖かさや柔らかさがない。
ただひたすら無表情。瞳には光が宿っておらず、ただ虚空を見つめるだけ…。
そこにはまるで私は写っていなかった。
どう・・して・・・私を見てくれないんですか・・・?いつものように柔らかな笑顔で私を見て欲しい。
優しい声であずにゃんって呼んで欲しい。
でも、唯先輩のそれは明確な拒絶――別離を意味していた。
「さよなら・・・」
先輩はそれ以上の言葉を口にせず、私に背を向けゆっくりと歩き出した。
ま、まってください!・・・ゆいせんぱいっ!先輩のあとを追いかける。必死になって走った。
でも、走っても走っても何故か追いつくことができない。
それどころかさらに距離を離される一方で――。
私は先輩に向かって手を伸ばす・・・
いやっ・・・待って・・・私をおいていかないでっ・・・私を・・・一人にしないでっ・・・!ガバッ
「ゆいせんぱいっ!!!」
――手を伸ばし唯先輩の名を叫ぶ。
けどそこに先輩の姿はなかった。
きょろきょろと辺りを見回すとそこにあったのは見慣れた自室だけ・・・。
部屋は少し薄暗く、カーテンの隙間からは日が差し込んでいた。
そこでようやく私は自分の置かれた状況を理解した。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・ゆ、夢・・・?」
そう――夢だったんだ、今まで見ていたのは全部夢・・・。
唯先輩がさよならを言ったのも、私に冷たい表情を見せたのも・・・全部・・・全部。
荒くなっている息を整えるために胸に手を添えると、心臓がバクバクとなっていた。
さらに全身汗びっしょりで、喉がカラカラ。どうやら相当うなされていたらしい・・・。
しかも私は――
「え・・・泣いてるの・・・私・・・?」
頬に触れると、確かに涙を流していたのだ。
ゴシゴシと手で涙を拭い、息を整える。
そしてさっきの夢について考えた。
――あれが本当に夢?
…あまりにもリアルすぎて今でも鮮明に頭の中に残っている。
「嫌な・・・夢・・・」
私は夢だという事が分かっても何故か安心できなかった。
それどころか言い知れぬ不安が心の中を支配していた・・・。
**
「はぁ・・・」
どうやら今朝の悪夢は、私にとってかなり衝撃的なものだったらしい・・・。
なぜならその日の放課後になってもまだあの夢をひきずっていたから。
授業中も今朝の夢を思い出してしまい、溜息が止まらない。
それが原因で先生に指摘されたほどだ。憂にも『大丈夫?』と心配をかけてしまったし・・・。
…あんな夢の様な事は絶対にありえない、唯先輩はあんな事は絶対言わない。
そう自分の心に言い聞かせても、思考が嫌な方にばかりいってしまい、さらに沈んでしまう。
今日はその繰り返しだった。ただの夢でここまで落ち込めるなんて、一種の才能かもしれない。
「はぁ・・・」
溜息をつきながらちょっと考えてみる。
もし・・・もし万が一、あの夢のように唯先輩が私の前からいなくなったら、私はどうなってしまうだろう・・・。
「ぅ・・・」
けど考えてから後悔した。
やっぱり考えるんじゃなかった、と。
なぜなら考えた瞬間、胸がズキズキと痛み、頭痛と吐き気がしたからだ。
これ以上考えてしまったら本当に吐いてしまいそうだった。
(はは・・・ダメだな・・・私・・・)
私は思う。
もし唯先輩がいなくなってしまったら、私は多分――いや間違いなく壊れてしまうだろうと。
これはもう完全な依存だった。
でも・・・それでいいのかもしれない。
唯先輩のいない世界で生きていたいなんて思わない。
それくらい『平沢唯』という存在が、私の心の大部分を占めているんだ。
「あ・・・」
そんな事を考えている内にいつの間にか音楽室の前まで来ていた。
ここまで来るまで気付かなかったなんて我ながら重症だと思う。
「・・・・・・」
音楽室の扉を見つめながら思う。
そうだよ、すぐに唯先輩に会える。
この扉を開ければ、先輩がきっと私に笑いかけてくれる。
そう自分に言い聞かせ、私はドアに手をかけてゆっくりと開いていく。
この先で私の大好きな笑顔が待っている事を信じて・・・。
けど――
「お、梓遅かったな」
「梓ちゃん、こんにちは」
「おーす、梓!早く一緒にお菓子食べようぜ!」
――そこに唯先輩の姿はなかった。
机に座っていたのは、いつもの調子で話しかけてくる澪先輩、ムギ先輩、律先輩の3人だけ。
それを認識した瞬間、今朝の悪夢が頭に甦った。
私にさよならを言っていなくなってしまう唯先輩を・・・思い出してしまう・・・。
「な・・・んで・・・」
「ん?どうかしたか梓」
私の呟きに澪先輩が怪訝そうに聞いてくる。
「あ、あの・・・唯先輩は・・・?」
まだ来ていないだけかもしれないとも思ったけど、今の私は聞かずにはいられなかった。
「ああ・・・唯だったら、先に帰ったよ。なんか用事があるとかで・・・梓にも伝えておいて欲しいってさ」
私の問いかけに律先輩が答える。
(・・・やっぱり・・・)
律先輩が答える前からなんとなく分かっていた。
こういう時に限って嫌な予感というものは当たってしまうんだ。
「そ、そうですか・・・わかりました・・・」
なるべく動揺を悟られないように普段通り振舞う。
けどそんな振る舞いは意味をなさなかった。
「梓ちゃん?・・・あの・・・何かあったの?」
何故ならムギ先輩が心配そうな顔で私に聞いてきたから・・・。
「な、なんでですか?」
(おかしいな・・・なんで気付かれたんだろ・・・)
「だって・・・梓ちゃんの顔、すごく真っ青よ?」
「え?」
顔が真っ青…?
自分では分からないからなんとも言えないけど、ムギ先輩が言うにはそうらしい。
ムギ先輩の言葉に律先輩と澪先輩が顔を覗き込んでくる。
「うわ、ホントだ!・・・おい大丈夫かよ!」
「うーん、具合が悪いんだったら、無理しないで先に帰ってもいいんだぞ?」
**
結論から言うと、私は澪先輩のその言葉に甘えることにした。
こんな情緒不安定な状態で練習なんてできそうもなかったし、それに少し一人になりたかったから・・・。
私は自室のベッドに仰向けで寝転がっていた。
カーテンを閉め、電気もつけずに薄暗い部屋の中、私はただ唯先輩の事を考えていた。
――思い返してみれば、唯先輩と結ばれてからいろんな事があったな・・・。
名前で呼び合ったり、意地悪したり、されちゃったり。
それに膝枕してもらったり、ケンカしたり・・・他にもいろいろ・・・。
この1、2ヶ月でホントにたくさんの思い出ができた。
先輩との思い出を振り返っていると、ふいに私の頬を何か冷たいものが伝う。
「あれ・・・ぐすっ・・・なんで・・・私・・・うぅ・・・ぐすっ・・・会いたいよお・・・ゆいせんぱい」
ポロポロと涙を流しながら、ここにはいない唯先輩を求める。
助けて欲しかった・・・。この不安で押つぶれそうな心を唯先輩の心で癒してほしかった。
そして、そんな気持ちが私を無意識に行動させていたのかもしれない。
私は携帯を取り出して唯先輩にメールを打ったいた。
『会いたい』
ただそれだけを打って送信していた。
けど、ものの10秒で私は後悔した。
(・・・何やってるんだろう・・・私)
自分でも馬鹿みたいだ、と思ってしまう。
こんな訳の分からないメールなんか送って何になるっていうんだ。
きっと唯先輩だって、こんなメールなんかで会いに来てくれるわけない。
・・・そんなことを考えていると急に眠気が襲ってきた。
「ゆい・・・せんぱい・・・」
唯先輩の名を呟いたのを最後に私の意識は闇へと落ちていった・・・。
つづく