※追記からどうぞ!
昇降口までの道のりを5人固まってぞろぞろとやってきた私たち。
それぞれの下駄箱で靴を履き替えるため、いったん別れた。
別れたと言っても、先輩たちは全員同じクラスなので下駄箱は一緒。
私は別のクラス、というか2年生なので当然、置き場所は離れている。
離れているといっても、そこまでの距離はないのだが。
とりあえず、昇降口前に集まるということで話は決まった。
それから私は、自分の靴を履き替え、先輩たちの待っているところに行ったのだが…。
何やら問題が発生しているご様子。
見れば、唯先輩が慌てた様子でごそごそと鞄を漁っていた。
「あ、あれー…無いよぉ…どこいったの~」
「ホントにないのか? もっとよく探してみろよ」
「うん…」
律先輩が唯先輩の鞄を覗き込むようにそう言った。
どうやら何かを探しているようだ。
いったい何を探しているんだろう?
「…えーと…うーんと…」
ごそごそと鞄をあさり続ける唯先輩。
結構深刻そうな顔をしてるから、大事なものなのかもしれない。
とりあえず私は、唯先輩と律先輩を困った顔で見つめていた澪先輩に話しかけた。
「どうしたんですか? 唯先輩?」
「どうやら傘忘れてきたらしい…」
「えっ…傘をですか?…何でまた…」
私が聞くと、澪先輩は、首を横に振って溜息をついた。
「やっぱりどこ探してもないよぉ…」
「はぁ…やれやれ。ていうか、なんで傘もってこなかったんだよ?」
「そうね、今日も降水確率高かったのに…。どうしよう…」
傘を発見できなかった唯先輩は、鞄を漁るのをやめて、しゅんっと落ち込んでしまった。
律先輩は呆れ顔だったけど、ムギ先輩は心配そうな顔をしてる。
「おっかしいなー…今朝確かに鞄に折り畳みの傘入れたと思ったのに…」
「やっぱり、忘れたんですか?」
「…うん」
私が聞くと、唯先輩は俯き気味にコクンと頷く。
「ほら、今朝晴れてたから傘さしてなかったし…ちゃんと確認しないで出てきたから置いてきちゃったのかも」
「ああ…そいうえば…今朝は珍しく晴れてましたね」
この雨は昼に入る前くらいから振り出したものだった。
それでも、天気予報では降水確率90%だったので、さすがに傘を持ってこない人はいないと思ってたけど。
まさかこんなに身近にいたなんて思いもしなかった。
「ギターのレインコートは持ってきたのに、傘は置いてくるって何だか先輩らしいですね」
「えへへ~そんなに褒めないでよ~照れるじゃん!」
「褒めてませんよ、まったく、これっぽっちも」
「え?」
その言葉に不思議そうな顔を見せる唯先輩。
本気で褒められていると思っていたようだ。
でも本当にどうしよう。
このままじゃ唯先輩が濡れて帰る羽目になってしまう。
いつ止むとも分からない雨を、止むまで待つなんて出来るはずないし。
かといって、唯先輩だけ置いて帰るなんてもってのほかだし…。
となると、濡れないで帰る方法を探さないといけない。
…と、思ってみたけど。
よくよく考えると方法なんて一つしかなかった。
ていうか、考える必要もないくらい当たり前の事だ。
そう、その方法とは誰かの傘に先輩を入れて上げること。
ていうかそれしか無いでしょ。常識的に考えて。
(よしっ)
そうと決まれば、私が唯先輩を入れてあげることにしよう。
他の先輩たちの手を煩わせることなんてないし。
こういう時は後輩が率先するべきだ。
「やれやれ仕方ないですね…私が「んじゃ私の傘に入るか、唯」
「えっ…ホントに! いいのりっちゃん?」
「あったりまえだろ。じゃんじゃん入ってくれたまへ!」
ところが、先輩に声をかけようとしたら、律先輩が割って入ってきた。
それは私が言おうとしていた言葉だった。一言一句間違いなく。
唯先輩も律先輩の申し出に嬉しそうにしている。
(…)
なんて間の悪い人だろう、と思った。
でも、律先輩の親切心を無碍にすることもできないので、何も言わないことにした。
よく考えたら、傘に入れて上げるのなんて誰がやったって関係ない。
確かに後輩が率先すればいいとは思ったけど、そんなの私の自己満足だ。
「はぁ…」
楽しそうな二人の様子を見つめながら、思わず溜息をついてしまった。
しかし、そんな私の様子を黙って見ていない人がいた。
――ムギ先輩だった。
ムギ先輩は、一瞬ニヤリといやらしい笑みを浮かべると、すぐにいつものおっとりした笑顔に戻った。
たぶん、その一瞬を捉えた人間はいないと思う。
それくらい一瞬の出来事だったから。
今、この人は間違いなく何かを企んでいる。
あの笑みが、それを如実に示している。
「うふふ、大丈夫よりっちゃん」
「え? 何が大丈夫なんだよ、ムギ?」
律先輩は意味が分からないといった顔で律先輩に問い返す。
「りっちゃんが傘に入れてあげなくても、大丈夫ってことよ」
「え、そうなのか? でもなんで?」
「うふふ…。実はね~唯ちゃんをどうしても傘に入れてあげたいって子がいるの~」
「なっっ!!」
そう言って、私の方をチラッと見るムギ先輩。
私は思わず驚きの声を上げてしまう。
顔が火照ってきた。顔が熱い。心臓がドキドキする。
そんな私の様子を察したムギ先輩が、さっきみせたニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ始める。
もう隠す必要がないと言わんばかりに、そのいやらしい笑みを前面に押し出してくる。
とりあえず、ムギ先輩から目を逸らした。
その笑みを見ていると、心をすべて見透かされているようで気が気じゃない。
「ね、梓ちゃん?」
「…ど、どうしてもってわけじゃないですけど…入れろと言われれば入れますよ」
「うふふ…じゃあ決まりね、梓ちゃんが唯ちゃんを入れてあげて」
こんなことに意固地になっても仕方ないので、とりあえず素直に答えておく。
それに、唯先輩に濡れて欲しくないっていうのは本当の事だし。
最初に入れてあげようと思った気持ちも、もちろんうそじゃない。
「えーと…いいのあずにゃん?」
唯先輩は、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔で聞いてきた。
律先輩のときは遠慮してなかったのに、私のときだけ何故そんな態度?
ていうか、微妙に顔が赤いのはなんで?
風邪ですか、もしかして?
「もちろんですよ。遠慮なく入ってください」
私はそう言って、傘を広げた。
あまり大きな傘じゃないから二人入ると結構きついけど…。
でも、先輩が濡れて帰るよりは、マシだ。
少し濡れるくらいなんてことはない。
「…ホントにいいのかな?」
「当たり前です。濡れて帰って、もし風邪でも引いたらどうするんですか? もう唯先輩には病気して欲しくないんですよ」
「あずにゃん…心配してくれてるんだ」
唯先輩はポっと顔を赤らめると、目を潤ませて私を見つめてくる。
その視線がくすぐったくて、恥ずかしくて、思わず私はぷいっとそっぽを向いた。
その様子を見ていたムギ先輩が、クスクスとおかしそうに笑う。
やれやれ、何だっていうんですか、まったくもう。
「それじゃ話も決まったことだし、そろそろ帰ろう。雨が強くなる前にさ」
さっきまでずっと黙って私たちのやりとりを見ていた澪先輩が、声を掛けてきた。
ていうか澪先輩いたんですね。別に忘れてたわけじゃなかったんですけど。
これSSだから、喋らないといるかいないか分からないですね。
「よーし。んじゃいくか」
律先輩は先陣を切って雨が降る道へと歩を進めた。
それを追うように、澪先輩、ムギ先輩と続いていく。
もちろん、私たちも遅れないように後に続く。
「ほら唯先輩、早く入ってください。いきますよ」
「うん。ありがとね、あずにゃん」
唯先輩はギターを背負いなおして、私の傍に寄ってきた。
ぴったりと寄り添うようにして傘の中に入る私たち。
何だか、少し気恥ずかしい。
それに何だか、胸がドキドキする。
(ま、いっか。嫌なドキドキじゃないし)
何故ドキドキするのかは分からなかったけど。でも…。
それはどこか、心地いいドキドキだったので気にしないことにした。
「じゃ、行きますよ。唯先輩」
「うん!」
空を見上げれば、どんより薄暗い空に相変わらずの雨模様。
パラパラと降る雨が容赦なく傘を叩いていた。
そんな中、私たちは寄り添いながら歩き始める。
◇
学校からどれくらいの距離を歩いただろうか。
途中、いつもの交差点で澪先輩と律先輩と別れた。
それから、ムギ先輩とも。ムギ先輩は電車通学だからね。
まぁ、数分前までは一緒だったんだけど、これまたいつもの場所で別れた。
(にしても…困った人だよね…ムギ先輩も)
私はムギ先輩との別れ際、耳打ちされた言葉を思い出す。
『うふふ♪ 送り狼になっちゃダメよ? あ、でも合意の上でならいくらでも(ry』
とりあえず、何を言ってるのか意味が分からなかったので最後の方は聞き流した。
そして現在、私と唯先輩は、雨が打ちつける歩道を無言で歩いていた。
ムギ先輩と別れてから、何故か私たちの間にはまったく会話がなくなってしまった。
いつもなら、私が黙ってても唯先輩からどんどん話しかけてくるのに。
正直、今の状況は私たちにとって珍しいものだった。
横目でチラッと先輩の顔を見つめた。
その表情からは先輩が何を思っているのかは読み取れなかった。
でも、どこか顔が赤いように見える。見間違いかもしれないけど。
「ねぇあずにゃん…」
「はい? 何ですか?」
ふいに、先輩が沈黙を破った。
先輩に顔を向け、唯先輩の言葉を待つ。
やっぱり、先輩の頬は赤く染まっているように見える。
「…相合傘だね…」
「っ!」
先輩はそう言うと、照れたような顔でえへへっと笑う。
私の心臓が一際大きく、ドクンと跳ねた。
そんな事を、そんな顔をされて言われては、私だって照れてしまう。
意識するなというほうがムリだ。
「あ、相合傘って…ま、まぁその通りですけど…。ていうか先輩照れてるんですか?」
「へ? あ、その…」
自身の照れを誤魔化すように言うと、先輩は真っ赤な顔で俯いてしまった。
その様子はまるで恋する乙女のように見える。もちろん見えるだけだけど。
でも、正直驚いた。あの唯先輩が相合傘くらいでこんなにしおらしくなっちゃうなんて思いもしなかったから。
相合傘といえば、漫画やドラマとかだと恋人同士がするイベントの定番だ。
でも、それはあくまで好き合っている者同士がするからドキドキするのであって。
好き合っているわけでもなく、しかも女の子同士である私たちには、胸を焦がすようなドキドキなんて無縁のことだ。
(あれ…? でも私…今ドキドキして――)
何かよく分からない気持ちが溢れてきたのを感じて、私は慌てて頭を振る。
それから誤魔化すように、先輩との話を続けた。
「そ、それにしても…先輩がこんな事くらいで照れるなんて珍しいですね?」
「…そんなことないもん。私だって、こういうの初めてだし…。あずにゃんはあるの? 相合傘したこと…」
「え…? いや、まぁ…初めてですけど…」
生まれてこの方、相合傘なんてしたことがない。
友達が傘を忘れるなんてシチュエーションに出くわしたことはないし。
それに、恋人なんていた試しがないし。
…別に、いて欲しいとも思わないけど。
「じゃあ…私たち初めて同士なんだね…」
「なっ…」
「それに…相手あずにゃんだし…」
「っ…!」
思わず言葉が詰まる。
その言葉の意味を理解するのに、それほど時間は掛らなかった。
先輩は、相合傘の相手が私だと照れる。
それは何故か。つまり、先輩は私を意識してるってこと。
意識してるってことは、私に好意を持ってるってことで。
しかもその好意っていうのは――。
(ああ!もうっ!)
思い切り頭を振って、バカな考えを放り出す。
私の考えなんて、結局はただの妄想でしかない。
それに、こんな事は天地が引っくり返ったってありえない。
まさか唯先輩が私の事――なんて、そんな事絶対ありえない。
自分に都合よく考えすぎだ。
「へ、変なこと言わないでくださいよ…。ゆ、唯先輩は気にしすぎです…」
「あう…ごめん」
「ま、まあいいですけど…」
「で、でもね、あずにゃんっ」
「…何ですか?」
「わ、私だって…女の子なんだからね…?」
その意味深なセリフに私の心臓がまた大きく跳ねる。
そんなセリフ言われると、ますます勘違いしちゃいそうじゃないですか。
さっきまでありえないと思っていたのに、信じてしまいそうになるじゃないですか。
それともなんですか…勘違いして欲しいんですか? ねぇ先輩?
自惚れちゃっても、いいんですか…?
「……先輩、もっとこっち寄ってくださいよ。濡れちゃうじゃないですか」
内心、ドキドキしすぎておかしくなりそうだけど、何とか平静を装うことに成功した。
それに、私が言ってるのも間違いじゃなかったから。
見れば、傘からはみ出た先輩の肩が少し濡れていた。ほんのちょっとだけど。
唯先輩は私の肩に触れるか触れないかの距離を歩いていた。
ただでさえ狭い傘の下に二人も入ってる。
強く密着するくらいしなきゃ、どうしても体が傘からはみ出てしまうのだ。
これでは、濡れて当然だ。
「あ、ごめんね、あずにゃん」
「…いいですよ、別に」
「じゃ、じゃあもうちょっとだけ…近くに」
唯先輩の肩から腕に掛けてが、私のそれに密着した。
先輩の熱が肩や腕を通して伝わってくる。
その熱が、さらに私の心臓の鼓動を早くする。
(変なの…どうしちゃったんだろ私…)
考えてみても、理由は分からなかった。
(うそ…ただ考えないようにしてるだけ…)
自分の気持ちも。そして、唯先輩の気持ちも。たぶん、そんな気がする。
その先にあるものを見ないように、逃げてるだけ。
私はもう一度、先輩を横目でチラッと見た。
先輩の顔は赤く染まってた。誤魔化しきれないくらい、はっきりと。
その表情を見てるだけで、私の胸はキュンと締め付けられる。
(もう…そんな顔しないでくださいよ…意識しちゃうじゃないですか)
心の問題なので、やめろと言ってもたぶん無理だろうけど。
それに、意識するのが嫌なら、先輩の顔を見なきゃいいのだ。
それなのに、何故か私の目は唯先輩から離れてくれない。
ずっと、その目に焼き付けていたいと思ってしまう。
(あ…)
よく見たら、まだ唯先輩の肩は雨に晒されていた。
密着してもムリってことは、もうこれ以上雨を防ぐことは出来ないだろう。
それに、これ以上の密着は物理的に不可能だ。
(はぁ…しょうがないなぁ)
内心溜息をついて、手に持った傘を心持、唯先輩の方に傾けた。
もちろん先輩には気付かれないように。
気付かれたら、きっと遠慮しちゃうだろうし。
(よし…)
これで唯先輩が濡れることはない。
逆に私の肩が大変なことになるけど、まあしょうがない。
(ホント…しょうがないから)
やれやれ…唯先輩は私がいないとホントダメなんだから…。
◇
「それじゃ唯先輩、また明日です」
「あ、うん。傘は明日返すからね」
「はい」
あれから15分弱――私たちは今、私の家の玄関前にいた。玄関前で、別れの挨拶を交わす。
最初は、私が唯先輩の家まで送ろうと思ったけど、唯先輩が断ってきたのだ。
それじゃ悪いから…と唯先輩が言って、とりあえず傘だけ貸し出すということで落ち着いた。
実際、唯先輩の家よりも私の家の方が学校から近いから、遠慮してしまったのだろう。
「じゃあ先輩、お休みなさい」
「あ…うん。お休み、あずにゃん」
そう言って、玄関の扉を開こうとしたところで、唯先輩が何かに気付いたように「あっ」と声を上げた。
「どうかしましたか?」
「あずにゃん…それ…」
先輩の指差した先を目で追うと、そこにはビショビショに濡れた私の左肩があった。
唯先輩はそれを見つめながら、唖然としている。
「もしかして、私のこと守ってくれたの?」
「べ、別に…。か、勘違いしないでくださいよ…? 単に唯先輩に濡れられると後味悪いと思っただけです」
「あずにゃん…」
先輩の顔が徐々に赤みを増していき、瞳が揺れ始める。
きっと、私の顔も真っ赤だ。絶対。すごく火照ってるから。
「そ、それじゃ先輩!また明日っ!」
誤魔化すように、今度こそ扉を開いて中に入ろうとしたその時――
私は唯先輩に手を引かれ、ぐいっと引っ張られた。
それに気付いた次の瞬間、ポスンという音を立てて、先輩の腕の中に抱かれていた。
先輩の温かいぬくもりを肌に感じ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「あ…え…?」
一瞬、何が起こったか分からなかった私は、放心状態だった。
そんな私を無視して、唯先輩は私の耳元に唇を寄せると
「ごめんね、あずにゃん…ありがとう…。これは…お礼だよ」
そう囁いて
――ちゅっ
私の頬に、その柔らかな唇を押し付けた。
柔らかくて、温かくて、ちょっぴり湿った先輩の唇。
「そ、それじゃっ…また明日ねっ! バイバイあずにゃん!」
先輩はそう言い残すと、玄関の前に私を残して走り去っていく。
一瞬見えた先輩の顔は、茹蛸のように真っ赤で、顔どころか耳まで真っ赤にしていた。
「……」
あとに残された私は、ただ呆然と立ち尽くし、先輩の唇が触れていた部分を指でなぞる。
――すごく…熱い…。
熱くて熱くて、焼けてしまいそう。
その熱はやがて、顔中、体中に広まっていく。
私の全身が熱を帯びる。
心臓の鼓動はバクバクと鳴り響き、息が詰まって、呼吸をするのもしんどい。
でも、そんな中でも私は確かに感じていた。
私の中で、唯先輩への愛しさが溢れてくるのを。
「お礼にしては…おっきすぎですよ…バカ…」
空からパラパラと降る雨を見つめながら、フッと笑みを漏らした。
「…雨も…悪くないかもね…」
その日、私は少しだけ雨が好きになった。
おしまい
【あとがき】
なんだか、ずいぶんと久しぶりの日常話でした。
最近、特殊系を書くのが多かったので結構大変でしたねー。
今回は梅雨のお話です。やっぱり、一度は書いておかないとw
梅雨といえば雨、雨といえば相合傘ということで、二人には相合傘してもらいました。
では、最後までお付き合いいただきありがとうございます!