※追記からどうぞ。
突然泣き出したときは驚いたけれど、でもそれが嬉し涙と知ったら止められるはずもなかった。私が出来ることなんてそう多くはなくて、ただあずにゃんが泣き止むまでの間、抱きしめて頭を撫でてあげる。
そうしてあげただけであずにゃんには十分すぎるほど効果はあった。まるで借りてきたネコのように大人しくなっていく様を見ているのはなかなかに母性が擽られた。
「落ち着いた?」
「は、はい…その、すみませんでした、制服汚しちゃって」
あずにゃんが泣き出してからしばらく。だいたい5分くらいの間、私たちは抱き合っていたが、だいぶ落ち着いてきたあずにゃんはその身をゆっくりと離し、謝罪の言葉を述べる。
確かにあずにゃんの言うとおり、私の制服の胸の部分はあずにゃんの涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったけど、そんなの気にならないくらい今この瞬間が幸せだから問題無。
「ううん、そんなことぜんぜん気にしなくてもいいよ。それに泣いてるあずにゃんも可愛かったし」
「も、もうっ…は、恥ずかしいです…!」
「えぇと、それで、私たちは恋人同士ってことでいいんだよね?」
「っ!?」
今更蒸し返すようでちょっと恥ずかしかったけれど、聞かないことには始まらないような気がして思い切って聞いてみると、そんな私の恋人宣言にあずにゃんは茹蛸みたいに顔を真っ赤にさせて頷いた。
「…は、はい…恋人同士、です」
はにかんだように恥ずかしがりながら恋人同士なんて言うあずにゃんがとてつもなく、それこそ天使のように可愛いらしくて、一瞬くらりと眩暈がした。抱きしめたい衝動に駆られ、いっそのことこのままお持ち帰りしちゃおうかと思った矢先、ふと大事なことを思い出して思いとどまる。
「あずにゃん、この指輪なんだけど、付けてもいいかな?」
そう、それはとても大切なこと。大切な儀式。これからの私達のために避けては通れない誓いの儀式。この指輪をあずにゃんに嵌めて初めて私の想いは遂げられるのだから。
「あっ…は、はい! ど、どうぞ!」
あずにゃんは畏まった態度でおもむろに右手をスカートでごしごしと拭う。勢いよく差し出された右手をじっと見つめる私は、残念ながらその手を取らなかった。せっかく拭ってもらったところ悪いとは思ったけれど、私は求めているのはその手じゃない。
私はあずにゃんの右手を無視して、反対側の左手をとった。私が求めてるのはこっちの手。
「え?え?」と不思議に思うあずにゃんの様子がおかしい。思わずクスっ笑ってしまう。それから手に取った左手の、その薬指に小箱から取り出した指輪をすっと嵌めた。
「これでよしっと!」
「―っ!?」
驚きを隠せないあずにゃん。
左手薬指に嵌った指輪と私の顔を交互に見つめながら、徐々にその意味を理解し、それと同じくして顔が肌色からピンク、ピンクから赤、赤から真紅へと変化していく。
「あ、ああああ、あのっ!! ゆ、ゆいせんぱいっ!?」
「ん?なあに?」
したり顔の私に対し、あずにゃんは完全に我を忘れて慌てふためいていた。
「こ、これってっ!」
「ふふっ! ダメかな? あずにゃん」
「あっ…あぅ…だ、ダメじゃないです…す、すごく…嬉しいです」
真っ赤な顔で俯いて、消え入りそうな声で答えるあずにゃん。
相変わらず一々可愛い反応に私の理性もそろそろ限界間近だが、ここで襲ってしまうわけにはいかなにのでさすがに自重する。
あずにゃんは本当に嬉しそうで、心から幸せそうに笑っていた。愛おしそうにその指輪を撫でながら、えへへっとはにかむあずにゃんはまさに天使だった。
「本当に、ありがとうございます唯先輩」
「こちらこそ、ありがとうだよ」
お礼の言葉を交し合うのもほどほどに。
まだ儀式は途中であるからして。
「それでその、もう一個の指輪はあずにゃんから私に嵌めてほしいんだけど、いいかな」
「わ、わかりました。まかせてください!」
この図、傍からみてたら結婚式の真似事みたいって思うかもしれない。
実際に私達がそういった式を行えないというのは理解しているけれど、でもそれがなんだというのだろう。この青空の下で、こんな風にあずにゃんと誓いを立てられるのなら、それはこの世界のなによりも、幸せなことなんじゃないかなって、そう思えた。
「それじゃ、いきますよ」
「うん」
あずにゃんは残った指輪を大事そうに手に取り、差し出された私の左手の薬指にゆっくりとしっかりと指輪を嵌めて。嵌められた指輪が煌きを放つその様を半ばボーっと見つめていた。
「えへへ…ありがと。愛してるよあずにゃん」
「私も愛してます。唯先輩」
これから始まる明日に祝福を――。
誓いの言葉は永遠でありますように――。
そんな願いを込めて私たちは静かに微笑み合う。
そして――。
「あずにゃん…」
「唯先輩…」
お互い自然と体が動いていた。互いに瞳を閉じながら、どちらからともなく唇を寄せていく。ゆっくりと、その先にあるものを求めて。
顔が近づくにつれ熱い吐息は交じり、溶け合い、まるで私達が一つになったように錯覚する。いや、もしかしたらそれは錯覚じゃなかったのかもしれない。
そう思えるほど、私達の心は一つに繋がっていた。
「んっ…」
「ふ…」
繋がって、交わって、誓いを絆に変える。その最後の儀式の名は――キス。
あずにゃんの唇に自分の唇を重ね合わせたことでそれは達成される。これで私達の、私達だけの誓いの儀式は本当の意味で終わりを迎える。
恋人同士になって初めてのキス――ほんのりと甘くて、柔らかくて、温かくて、でもちょっぴり涙の味がする。でもきっとそれは幸せの味、私達だけの――。
あずにゃんは私の首に腕を回して、さらに唇を押し付けていた。何度も何度も唇の角度を変えながら、唇の感触を確かめる様に、ちゅっちゅっとキスの雨を降らせていった。
そのあとのことは私もよく覚えてない。ただ、幸せな気持ちで胸がいっぱいで、一心不乱にあずにゃんを求めていたような気がした。
◇
「ご、ごめんなさいっ!」
長く甘い蕩けるようなキスのあと、我に返ったあずにゃんが突如として謝ってくる。私も正気を失ってキスに没頭していただけに文句のいいようがないので「あはは」と苦笑い。そもそも文句なんてあるはずもないんだけど。
「そ、その…あの…あ、あんなに、いっぱい…」
あずにゃんはさっきのキスを思い出したのか、ボンッと顔から蒸気が噴出す。私もあずにゃんの唇の柔らかさとか甘さとか、そんなものを思い出してしまうとどうにも顔が火照って仕方がない。
「あ、あはは…いいよ、気にしなくて。私もすごく気持ちよかったしさ」
「き、気持ちよかったって…その…あの…うぅ…」
縮こまっていくあずにゃんを他所に、私はキスの余韻に浸りながらあずにゃんの唇が触れていた唇をそっと指でなぞる。その様子を見たあずにゃんの顔がさらに赤に染まった。もう限界の赤だった。
そんな風に照れちゃうあずにゃんが可愛くて愛しくて。そんな表情を見せられたとあっては、唯先輩も悪戯心というかなんと言うか、少しいじめたい気持ちがふつふつと。
これがいわゆる好きな子をいじめたくなっちゃうという、小学生男子の心情というヤツだろうか。まぁなんにしてもここは大胆に攻めて見るのもいいかもと、あずにゃんの耳元でそっと大胆発言を囁きかける。
「ねぇ、あずにゃん…今日私の家によっていかない? さっきよりももっと気持ちいいことしようよ、ベッドの上で…ね?」
「~~っ!!?」
大胆どころの話ではないその発言に、俯き気味のあずにゃんの体がビクンと震える。さすがにちょっとエッチだっただろうか、なんて。自分の発言に今更ながらに恥ずかしくなって照れる。
それでもあずにゃんの反応が気になって思わず覗きこんでしまった瞬間――。
ちゅっ、というリップ音と共に唇になにやら柔らかな感触が触れた。それがあずにゃんの唇だと気付くまでにそう時間はかからない。先刻のキスであずにゃんの味はいやってほど記憶済みですから。
完全に不意打ちだった。私もさすがに驚いて、反射的にパッと身を離す。そのあと最初に写ったのはあずにゃんの真っ赤な顔。うるうると瞳を潤ませながら、はぁっと熱い吐息を漏らしていた。
しかも上目遣いで。
「わ、私、初めてですから…や、優しく…してくださいね?…ゆいせんぱい…」
そんなことをのたまったあずにゃんは、ピトっと私にくっついてくる。幸せそうに、ハートマークを四方八方に撒き散らしながら。
私はといえば、その破壊力抜群の最終兵器彼女に理性のたががはずれそうになっていた。
今すぐにでも、お持ち帰りしてベッドinしたい気分だった…。
たくさんの人たちと出来事が交差した今回の出来事は、私達に大切なことを教え、その先にある価値ある想いと絆を手に入れた。
それはこうしてあずにゃんと笑い合えていることが何よりの証拠だった。
「あずにゃん、ずっと一緒にいようねっ!」
「はいっ!」
それは二人の約束と絆の物語り――。
これから先の未来、きっと楽しい事だけじゃなく、辛いことも一杯あるだろう。でもそのたびに私達は立ち向かってみせる。あずにゃんと一緒ならきっと乗り越えていける。
私はそう信じているから――。
太陽と青空のもと、二人の指に嵌った指輪が淡く煌きを放つ。
まるで二人のこれからを祝福するように――。
~後日談~
その後の二人を少しだけ語ろう。
それは二人が結ばれてからちょうど一週間目の放課後、軽音部でのティータイムの真っ最中のことである。
この一週間で変わったことがあるとすればやはり例の二人の関係だ。
「はい、あずにゃん。 あ~ん♪」
「あ、あ~ん」
幸せ一杯の恋人同士たちは今、人目もはばからずラブラブタイム。
唯は梓を膝に乗せ、梓はそんな唯に引っ付いて。唯の差し出したフォークに刺さったケーキにパクリと食らいつく梓だったが、梓はまだ過度なスキンシップは慣れていないらしく、恥ずかしそうに頬を朱に染めている。ちなみに唯はもともとスキンシップには慣れっこなのでそれほどでもないと感じていた。
「あ、あずにゃん。口元にクリーム付いてるよ? とってあげるね?」
「え?…そ、そんないいですよ。自分でとりますかr――んむっ!?」
梓の口元についたクリームを発見した唯は、梓の顎をくいっと持ち上げ、自分の舌で舐めとった。舐め取るついでに梓の唇にキスを落とすのはもはや神業としかいいようがない。いや、この場合舐めとる方がついでだったと言うべきか。
「チュッ♪ えへ、おいしかったよ。あずにゃん♪」
「も、もう・・・・・唯先輩ったらぁ」
完全に二人だけの世界であるのだが、もちろんいつもの放課後ティータイムなので二人きりというわけではない。
そんな二人の様子を伺う3つの影。
一人は広いおでこが特徴的な少女、田井中律。いつもは活発で明るい彼女も、今この場ではその元気も影を潜めていた。
ティータイムが始まってしばらく、もう耐えられないとばかりにテーブルに突っ伏しながら、プルプルと小刻みに震えていた。しかしそれも長くは続かない。
「あぁぁあっぁああぁぁぁ、あまぁぁあ~~~~~~~い!!! なんだこの甘さはッ!! 練乳に練乳かけて練乳添えして食ったくらいあますぎるぞッッ!!!」
ついには我慢の限界を通り越し大爆発。二人の桃色閉鎖空間を前にしてはさすがの律も形無しだった。珍しくも顔を真っ赤にしながら頭を振り乱し叫んでいた。
ついでに言わせてもらうなら練乳に練乳をかけて練乳添えしても練乳でしかない。
「ひゃ・・・・あ、あんな・・・・す、すごい」
律に続き二人の乳繰り合いに反応したのは軽音部のお色気担当、秋山澪。彼女は二人のキスシーンを前にして咄嗟に両手で顔を覆ったが、やはりそこは年頃の女の子。気になって指の隙間からちゃっかり二人の様子を伺っている。
ゴクリと生唾を飲み込んで、どこか鼻息も荒く…はなっていない。
さて、律澪コンビと来れば後に続くのはやはりこの御方。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。軽音部に咲く一輪の花こと琴吹紬とは彼女のことだ。
彼女は最新型のビデオカメラ片手に、恍惚とした表情を浮かべ、じぃーーーッと、穴が開くほど二人の様子にハスハスしている。まったくもって大変だ。
「ハァハァ、イイ、イイわよ二人とも。もっともっとぉ!」
一見危ない人に見受けられるが、そんな彼女にはとある隠された秘密があった。すでに隠しても秘密でもなくなっているような気がしないでもないが、それでも彼女に揺るぎはなかった。
彼女――琴吹紬は百合をこよなく愛していた。百合といっても花と言う意味での百合ではない。いや、ある意味“華”と言えなくもないが、この場合の百合というのは俗語としての百合。百合属性。つまりは女の子同士のキャッキャウフフの事を指す。
「興奮なうぅ!」
鼻は限界まで膨れ上がり、ふんすっふんすっと鼻息の嵐を巻き起こし、あろうことか鼻血まで垂れ流して興奮必死。もはや彼女を止められるものは誰もいない、のかもしれない。
ちなみに紬は、あの“ゆいあず”聖誕祭以来、常にビデオカメラを持ち歩いている。いついかなるときも肌身離さず持ち歩き、チャンスとあらば、たとえ授業中であろうとズームインを決め込む覚悟が彼女にはある。それが彼女の生き様、生きた証。
“ゆいあず”愛のメモリーを保存するためならば、己を投げ打ってでも。虎穴に入らずんば虎子を得ずである。
「まあいいじゃな~い♪ いつもの事よ、いつもの事♪」
嬉しそうにケーキを頬張る山中さわ子をよそに、唯と梓、通称“ゆいあず”は見ているこっちが恥ずかしくなるような乳繰り合いを部活終了どころか家に帰るまで、はたまた家に帰った後も続けていたという話だ。
「あずにゃ~ん、だぁ~いすき。ぎゅっ♪」
「ふふ♪ 私も大好きですよ、唯先輩!」
軽音部は今日もおおむね平和です――。
END
【あとがき】
1つずつ読んでくれた方もいっきに全部読んでくれた方も最後まで読んでくれてありがとうございました。長くて読むの疲れたかもしれませんね(汗
このシリーズまだ当分続きますので宜しかったら、また読んでやってください^^
コメント等いただけるととても嬉しいです♪
では!
※2011.5.25リメイク済み
これも有りだな!!