※追記からどうぞ!
背後から私を呼ぶその声は、とても聞き覚えのある声だった。。
いや、そんな事より今、その声の主はなんて言った?
憂…?
唯じゃなくて…?
私は恐る恐る振り返る。
そこには女生徒がいた。その子は私がよく知っている人物だった。
「…じゅ、純…ちゃん…? な、なんで…?」
そう、純ちゃんだったのだ。私に声をかけてきたのは。
私のクラスメイトにして、中学時代からの数少ない親友――鈴木純。
「なんでって…なにが?」
「…ど、どうして…私の事、憂だって分かったの…?」
出会い頭に何なのだろうかこの会話は。自分でもおかしく思ってしまう。
もっと他にも話す事はあるはずなのに…。
私が何でここにいるのか、とか。純ちゃんこそなんでここにいるの、とか。
それなのに口を告いで出た言葉は、純ちゃんの問いに対してまったく脈略のない言葉。
でも、それでも聞かずにはいられなかった。
初めてだったんだ。今の私を見て“平沢憂“だと認識した人物は。
最初は聞き間違いだと思っていた。
でも違う。
――今、純ちゃんは間違いなく『私』を見てる。
私の意味不明な質問に、純ちゃんは怪訝な顔を見せると
「はぁ…? 何を言ってるのかね君は。憂が憂じゃなかったら、今目の前にいる女の子は誰だっていうんですかー?」
そう言って、腰に手を当てジト目で私の顔を覗きこんでくる。
どうやら私が何を言っているか心底分かっていないようだった。
「だ、だって、髪だって下ろしてるし…ヘアピンだって…」
「んー? ああ、そういえばそうだねぇ。どうしたの? イメチェン?」
「え、えと…イメチェンとかじゃ、無いんだけど…。あれー?」
お、おかしいな…。何だか話が噛み合っていない気がする。
それくらい純ちゃんの物言いはおかしかった。
まるで私は平沢憂でしかなく、平沢憂以外の何者でもないと、そう言っているように聞こえる。
それは結果的にはお姉ちゃんには全然似てないって事になるわけで…。
(も、もしかして私がおかしいの…?)
実はおかしいのは自分で、最初から全然お姉ちゃんに似てなかったとか?
いやいや、そんな事はないはずだ。それだけは絶対ありえない。
軽音部のみんなはまったくといっていいほど気付かなかったし。
気付いたら気付いたで、まるで幽霊でも見るような驚愕の表情を浮かべていたし。
それに今ここでガラスに映った自分を確認した時も、私自身がお姉ちゃんそっくりだと思ったばかりじゃないか。
毎日お姉ちゃんの事を見ているんだから、その格好がいかにお姉ちゃんに似てるかっていうのは誰よりも分かってるつもりなのだ。
それなのに純ちゃんは――純ちゃんだけは私を“平沢憂”と認識し、名前を呼んだ。
そこにはまるで、最初から平沢唯じゃなく“私”しか存在していないみたいに…。
「こ、この格好見てなにかおかしいって思わない?」
本当は嬉しくて仕方がないはずなのに、初見で言い当てられた戸惑いからか、私は思ってもいないことを聞いてしまった。
さっきまでお姉ちゃんに間違えらることを嫌だと思ったばかりなのに、純ちゃんに憂だって分かってもらえて嬉しいはずなのに
それなのに今は、どうしても平沢唯に似ていると言わせたいと思っている自分がいる。
きっと私は逃げ出したかったんだと思う。
心の奥底で、今まさに花開こうとしている蕾から。目を背けたかったんだ。
もしここで純ちゃんに『おかしい』『変だ』と言われてしまえば、きっと私は元に戻れる。
ドキドキとうるさい心臓も、まるで火がついたように火照った顔も、きっと治まってくれる。
けど、純ちゃんはそんな私の期待には応えてくれなかった。
「え?別におかしいとは思わないけど?」
それどころか逆に「何おかしな事言ってるの?」と問い返される始末だ。
ああ駄目だ。このままじゃ私はおかしくなってしまう。これ以上純ちゃんと話していると私は私でなくなってしまう気がする。
そう思っていた矢先、私の予想通り、純ちゃんはとんでもないことを口にした。
「それにさ、髪下ろした憂って”やっぱり”新鮮でいいかも。大人っぽいし、可愛いし」
「か、かわっ!?」
まさかの『可愛い』攻撃に、私の頭は一瞬で沸騰する。
ポンっという効果音とともに、蒸気が噴出した。
それは比喩表現でもなんでもなくて、本当に噴出していて
その蒸気だけでお湯が沸かせてしまいそうなくらいだった。
(な、なな、何言ってるの純ちゃん…。わ、私が可愛いだなんてそんな事あるはずないのに…)
今までそんな事言われたことなんて無かったからどうしたらいいか分かんなかった。
『礼儀正しくてしっかりもの』なんて評価は今まで何度も言われてきた。
しかし面と向かって可愛いなんて言われたのは生まれて始めてのような気がする。
可愛いなんていわれるのはもっぱらお姉ちゃんだけだったし、それは私自身だってそう思っている。
私はもともと容姿がお姉ちゃんと似ているんだから、私とお姉ちゃんどっちが可愛いと問われれば、お姉ちゃん以外ありえない。
だって、性格や人柄、そしてお姉ちゃんの纏ったほわほわした雰囲気なんて私には真似できるはずがないもの。
それなのに純ちゃんは私の事を可愛いって言ってくれた。
今お姉ちゃんと同じ姿をした私のことを。平沢唯ではなく、平沢憂として可愛いと言ってくれたんだ。
ど、どうしよう…そんな事言われたら勘違いしちゃうよ…。
純ちゃんのバカ…。
(ッ! ちょちょ、ちょっと待って!か、勘違いって何!勘違いって!?)
邪念が特盛り!
そろそろ私の思考もバースト寸前だった。
そんないつ破裂してもおかしくない思考回路では正常な考えなんて出来るはずも無くて、その証拠にまるっきり別の事を思い浮かべていた。
(あ、ああ!な、なるほどぉ!きっとこれは私が可愛いってことじゃなくてお姉ちゃんが可愛いって事だよね!うん!それ以外考えられないよ~あはは~♪)
訂正。バースト寸前どころの話じゃない。どうやらすでに混乱の極みだったようだ。
混乱を極めた私に敵はない。もう自分の不都合になりそうな事は、どんな事だって都合のいいように変換されてしまうに違いない。
「そ、そうだよね!お姉ちゃんってホント可愛いよね!うんうん!」
さっきまで再三に渡って“憂が”と言われていたことも忘れて私はそう言っていた。
「は、はぁ…?なんでそこで唯先輩が出てくるのよ。私が可愛いっていったのは憂の事だよ?」
だけど純ちゃんはそんな私の言葉に流される事なく、はっきりと否定した。
「ぁ…な…えぇ?」
だ、駄目だ、完全に退路を絶たれてしまった。平沢憂は逃げられない!
今度は一言一句聞き漏らさなかった。混乱した頭にもしっかりはっきり染み渡る純ちゃんの言葉。
『…可愛い…』
純ちゃんは間違いなく私の事を可愛いと言った。言ってしまった。
ああ!どうしよう、どんどん顔が火照っていくよ。
頬に手を当てると風邪でも引いてるんじゃないかってくらい熱を持っていて
しかもさっきから心臓もドキドキうるさいし。ていうかなんで私はこんなに動揺してるの?
おかしいよ、おかしいよね? ああもう!わかんない、わかんないよ!誰か助けて!
そんな私の心情なんて、結局純ちゃんには届くはずもない。
まあ言葉に出していないのだから当然と言えるけど、純ちゃんにはもう少し空気を読んでほしかった。
「…もー、何だかさっきからおかしいよ憂ってば…。しかも顔も真っ赤だし。もしかして風邪でも引いちゃった?」
さっきまで怪訝な顔で見つめていたはずが、今では心配そうに私の顔を見つめていた。
純ちゃんにそんな顔をさせてしまっている事に、多少の罪悪感は否めないけど
「…だ、だって…」
「だって…何?」
「純ちゃんが、変な事言うから…」
そ、そうだよ。そうなんだよ。そもそも純ちゃんが悪いんだよ。
最初から私を平沢唯と間違えてくれればこんな事にはならなかったのに
みんなみたいに素直に、お姉ちゃんに似てるって、お姉ちゃんが可愛いって
そう言ってくれれば、私がこんなにドキドキする事も無かったのに…。
「変な事って何よー? 私、なんか変なこと言ったっけ?」
「い、言ったよ!わ、私のこの格好見て変だって思わないなんておかしいよ!どこからどう見たってお姉ちゃんにしか見えないじゃん!そ、それなのに純ちゃん、お姉ちゃんと間違えないし、それに…か、可愛いっていうし…。そんなのおかしいよ…」
「……」
ついに私は自分の心の内を吐露していた。自分の思っていることをすべて。純ちゃんに言い放っていた。
純ちゃんも目をパチクリと見開いて驚きの表情を浮かべている。
まあ無理も無い。まさか私がこんなくだらない事を思っていたなんて露ほども思っていなかっただろうから。
でももうこれ以上耐えられなかったのだ。
自分自身の心の戸惑いに。
そして私の中で純ちゃんに対する感情が変化していくことに――
「……」
「……」
沈黙が二人を支配する。
相変わらず純ちゃんは目を見開いたまま固まっていて
私はといえば、純ちゃんのその顔を見ていられず俯いている。
もう私からは何も言えなかったし、これ以上言うこともなかった。言いたいことは言ってしまったからっていうのもある。
あとは純ちゃんが私の言葉をどう受け入れ、どう返してくれるかだ。
ただ待っているだけっていうのもなかなかに辛いけど…
10秒…。いや30秒くらい経っただろうか…。もしかしたら1分くらいそうしていたかもしれない。
そんな長いようで短い時間が終わると、純ちゃんはポリポリと頭を掻きながら「はぁ…」と溜息をつき、「なるほどね…」と何かを悟ったように呟いた。
そして普段は見せないような真剣な顔付きで私の目を見つめると
「憂」
名前を呼んだ。優しく、温かく、そしてどこか愛しさが含まれているような声色で。
思わず私は、純ちゃんの顔を見つめる。そんな私に純ちゃんはにっこりと微笑んだ。
長い付き合いであるはずの私でも、今までに一度も見たことのない優しい微笑み。
そんな表情を前に、私の心臓はさらに早さを増していく。
純ちゃんは目を閉じて一度「ふぅ…」と一息つく。
「やれやれ…。憂はお馬鹿さんだねぇ」
「え?」
「私が憂を間違うはずないじゃん」
「っ」
「…たとえどんな姿をしていたって絶対間違えないよ」
そこにあるのは絶対の自信だった。
「ど、どうして…?」
「あはは♪ どうしてだと思う?」
優しい微笑みから一転、ニコニコといつもの人懐っこい無邪気な笑顔を見せてくる。
私が質問しているのに、質問で返してくるなんて卑怯だと思う。
「わ、分かんないから聞いてるんだよぉ…」
「もー駄目だな~、0点だよ0点! ここは~『も、もしかして純ちゃんは私の事が――』とか思っちゃうところでしょー?」
「はぃっ!?」
じゅ、純ちゃんは私の事が――な、何だって!?
ちょ、ちょっとまってよ、何言ってるか全然分かんないよ~
「そしてそんな事を考えちゃったりなんかしちゃった憂は、顔を真っ赤にして俯いちゃうんだ。そこをこの私がそっと優しく抱きしめて『ふふ…私の瞳には憂しか映っていないのさ…』なーんてキザなセリフを耳元で囁いちゃったりなんかして!」
「ちょっ!?」
え、ええ!?ど、どういう事!?
そ、それじゃまるで告白みたいじゃん!
いや、みたいじゃなくて告白じゃん!?
「何かいい雰囲気になり始めた二人はそのまま見つめあい…そして」
「そ、そして…?」
ドキドキ…。
そして――何だろうか…?
まあ、見つめ合ってすることなんてそんなに多くないような気がするけど。
や、やっぱりキ(ry
いつの間にか私は、純ちゃんの、まるでドラマのような小話に聞き入っていた。
純ちゃんも何か悦に入っているのか目がお星様だ。恋に恋する女の子っていうのはこういうのを言うのかもしれない。
しかしそんなコントのようなやりとりも長くは続かないもので
結局は純ちゃんの一言で終局を迎えた。
「ま、今の話しは冗談なんだけどね」
「冗談かよ!」
柄にも無く大声を張り上げてツッコミを入れてしまった。
こういう役は私じゃなくて澪さんにこそ相応しい気がする。
律さんとのやりとりを見ているとそう感じてしまうのだ。
そんな私のツッコミにもまったく動じない純ちゃんは『ごめんごめん♪』と悪びれる様子も無く笑顔で謝ってくる。
「まぁさっきの話は行き過ぎたけど…、でも全部が全部冗談じゃないんだよ?」
「へ…?」
冗談じゃ、ない?
「な、何が?」
「私の目には憂しか映ってないって事」
「~~っ!」
ちょ、ちょっとやめて…そ、そんな事言われたら私――!
「確かに憂は唯先輩に似てるけど、それでもやっぱり私には、憂は憂にしか見えないよ。ま、今の格好見たら確かにみんな間違えそうだけどねー。でもそれは私から言わせれば見る目がないかな。だって、憂の魅力が全然分かってないんだもん」
そんな恥ずかしくも嬉しいセリフに息つく暇もなく、純ちゃんの話はさらに続いていく。
「憂と出会ってずいぶんになるけど、私は一度だって憂を唯先輩と間違えたことはないけどなぁ。ほら覚えてる? 憂の家にお泊りに行ったとき、私憂のその格好見たことあるんだよ?」
「え…あ、そういえば…」
そうだ。よく考えたら、純ちゃんは今の私の姿を何度か見たことがあったんだった。
純ちゃんはよく私の家にお泊りにくるから、お風呂上りなんかはいつもこの格好で純ちゃんの前に出ている。
でも純ちゃんは一度だって私をお姉ちゃんと間違えたことはない。それは初めてお泊りに来たときも同じだった。
お風呂上り、この姿で部屋に入って純ちゃんと対面したときも
『お。髪下ろしてる憂なんて初めて見たな~。へー結構いいかも』
『そ、そっかな…あ、ありがと…』
確かそんなやりとりがあったのを覚えてる。
その時はあまりにも自然だったから深く考えていなかった。
というより、こんな事を意識したのは今日が初めてなのだから考えられるはずもない。
それでもやっぱり過去を振り返ってみても、私をお姉ちゃんと間違えなかったのは後にも先にも純ちゃんだけだった。
「雰囲気とか仕草とか声とか、まあ見分け方なんてたくさんあるからね」
そうは言うけど、それって本当に相手の事をよく見ていないと分からないのではないだろうか。
「で、でも軽音部の人達は全然気付かなかったよ? 梓ちゃんだって気付かなかったし…」
「へー、そうなんだ? あの梓がねー」
「うん…」
あの時、私だと気付いた梓ちゃんはとても複雑そうな顔をしていた。
きっとお姉ちゃんだと気付かなかった自分自身への不甲斐無さからだと思う。
「なるほどね。じゃ、私の方が一歩リードって事かな」
「え、何が?」
「ふふ♪ 梓が唯先輩を想う気持ちよりも、私が憂を想う気持ちの方がまだまだ上だって事だよ!ま、簡単には抜かせる気もないけどね!」
そう言われた瞬間、ドクンっと心臓が跳ねる。
「あ…ぇ?」
「さーてと。ちょっと長居しちゃったね。あ、そういえば私部活に行く途中だったんだよね~。それじゃ憂、また明日ね~」
言いたいことは全部言ったといわんばかりに、純ちゃんは私に向かってウインクすると『じゃーねー♪』と手を振りながら廊下を駆けていった。
後に残された私はといえば、さっきの言葉の真意を問いただすことすらできず、ボーっとする頭で後姿を見送っていた。
『梓が唯先輩を想う気持ちよりも、私が憂を想う気持ちの方がまだまだ上だって事だよ』
その場で立ち尽くしながら、さっきの言葉を頭の中で反復する。
その言葉の意味するところを深く考えてしまうと、顔が茹蛸みたいに火照って仕方がない。
梓ちゃんがお姉ちゃんを想う気持ちは『好き』って気持ち。
それは友達とか先輩としての好きじゃなくて、大切な人や愛する人に向ける『好き』だってことを私は知っている。
そのことは純ちゃんも分かっているはずだし…。
その事を知っているはずの純ちゃんが、自分の方が梓ちゃんより気持ちが上だと言った。
それは梓ちゃんの『好き』って気持ちよりも純ちゃんの『好き』って気持ちのほうが強いって事で。
つまりはその…純ちゃんは私の事を――
「~~っっ!!?」
頭の中がぐちゃぐちゃで、考えが纏まらない。
思考回路はショート寸前だった。
(ど、どど、どうしよう…どうしたらいいのっ!? 明日からどんな顔して純ちゃんに会えばいいのっ!?)
ああもう!全然分かんないよぉー!
誰か教えてー!!
そんな事を思いながら、私は当初の目的地であった音楽室へ向けて駆け出す。
廊下は走っちゃいけないって事も忘れて、無我夢中で走りぬけた。
そうすれば少しでも気を紛らわせる事ができると思ったんだ。
まるでリンゴのように真っ赤に染まった顔で廊下を走る私は、きっと周りから見たらおかしく映るだろう。
でも、今の私にはそんな事を考えられる余裕は全然ない。
何故かって?
だって今は純ちゃんの事で頭がいっぱいなんだもん!
おしまい
【あとがき】
何を間違ったのか初の憂純ssでした。
なにぶん初めて書いたカプなのでいいのか悪いのか全然分かりません!
なので感想いただければ嬉しいな~なんて思ってます。
この調子でもっと百合百合にたのm(ry
唯梓や律澪だけでなく純憂までこなすとは恐ろしい子・・・!