※追記からどうぞ!
結局あれから何も進展していない。
自分の気持ちについても、唯先輩の様子がおかしい事についても。
唯先輩への自分の気持ちを自覚した日からすでに3日が経過しているのにもかかわらず。
自分から行動しなければ何も変化するわけがないのは分かっているのに。
それでも、私にそうさせることを躊躇させる自分自身の臆病さ加減を呪いたくなった。
「・・・・ねぇ梓ちゃん」
あの日から3日、それは憂鬱気分が最高潮に達していたお昼休みのこと。
いつもの様に憂とお昼ご飯を食べていたわけだが、私の箸はろくすっぽ動いていない。
それどころか、たまに口にものを入れたとしても、ろくに喉も通ってくれない。
我ながら重症と思うしかなかった。
実際そんな状態の私を見たら、憂に限らず、あの鈍感を地で行く純にだって「何かあったの?」と悟られてしまうに違いない。
つまり何が言いたいかというと、そんな私の様子に耐えかねた憂が恐る恐る声をかけてきたってこと。
「・・・・・・・・・」
「梓ちゃん!」
「っ!・・・あ、な、何?憂・・・」
「大丈夫? なんだか元気ないよ?何かあったの?」
憂は珍しくその笑顔を解いていて、眉を顰めながら、心配そうな顔で私を見る。
どうやらボーっとしていたようで、憂の声はまったく私には届いていなかった。
(いけない、いけない・・・・また考え込んでた)
唯先輩を好きだと自覚してからというもの先輩のことばかり考える様になっていた私。
日長一日、気付くとすでに唯先輩が私の頭の中に居るのだから、これはもう末期というほかないのかも。
「ううん。な、なんでもないよ・・・ごめん心配かけて」
とりあえず憂に心配かけてはいけないと思って首を振って否定するが、しかしまったく信じていないのか憂の表情にはまるで笑顔は戻らず、逆にさらに表情が固くなっていく始末。
「何か心配事? 私でよければいつでも相談に乗るからね?」
憂にここまで言わせるとは、どうやら私は相当沈んでいたらしい。
しかし、よく考えたらこれはこれでチャンスなのではないだろうか?
なぜなら憂は、あの唯先輩の実の妹なのだ。これは情報を得るまたとないチャンス。
(・・・・もしかしたら憂なら、最近の唯先輩の事なんか知ってるかもしれないし)
それに、相談するしない以前にこれ以上一人で考え込んでいても、出口のない迷路で一人さまよい続けるのはこの3日間で嫌というほど思い知った。大抵のことはズバッと決める私でも、さすがの恋愛絡みでは思うように思考が働いてくれないらしい。
とにかく、今はできる限り唯先輩のことが知りたい。なりふり構っていられないのも事実だし。
そう心に言い聞かせ、ふぅっと一息ついて改めて憂に向き直る。
「じゃあ・・・その・・・ちょっとだけいいかな・・・」
「うん? 相談ってこと?」
「うん…。あのさ…その…最近、唯先輩に変わった事とかなかったかな?」
「え? 梓ちゃんの悩みごとってお姉ちゃんの事なの?」
相談開口一発目から唯先輩の名前を出され、さすがの憂も驚いた表情を見せる。
まあ事実、妹だもんね。まさか私が唯先輩の事で悩んでいたなんて露ほども思っていなかっただろうし。
「ここ1、2週間位なんだけど…唯先輩、部活が終わるとすぐ帰っちゃうんだ。…何か用事があるみたいなんだけど、でも何も教えてくれなくて…」
「っ!」
憂の表情が、氷のようにカチンと固まる。
「そ、それにさ……なんだか最近…私の事避けてる様な…気がするし…」
「えっ!?…あ、ええと、その、あの」
あれ?なんかおかしいぞ、と思うのも無理はない。憂の様子が明らかにおかしいのだから。
視線は泳ぎ、頬にはだらだらと冷や汗、すごく、て言うかかなり挙動不審だった。
これはつまり、もしかして――。
「ゆ、唯先輩が何やってるか知ってるのっ!?」
当然私はそう捉え、半ば冷静さをなくしながらガタンっと勢いよく机から身を乗り出す。
「ええと・・・・・・・その・・・・・・・うん・・・」
私の剣幕に押されたのか、憂は俯き気味に小さく頷く。
やっぱり、とそう思った私は憂の肩を掴み、揺さぶるように捲し立て始める。
「お、教えて、唯先輩、いったい何やってるのっ!?」
真実を知ればもっと辛くなるかもしれない。それは分かっている。
でも知らないでいるよりはずっとマシだった。
しかしそんな私の心情を知ってか知らずか、憂は申し訳なさそうに頭を振った。
「ご、ごめんね・・・・・・教えられないの」
「え?・・・・ど、どうして?」
「・・・・・・お姉ちゃんに口止めされてるから」
「…え…?」
「ごめんなさい・・・・梓ちゃん“だけ”には絶対に教えられないの・・・」
そう言われた瞬間、頭を鈍器から何かでガツンと殴られたような感覚に陥った。
(私だけ?なんで?どうして?)
目尻が熱くなってくる。今にも涙が出そうになる。それでも必死に耐えながら顔を上げる。
もはや絶望的だった。奈落の底に落ちかけた。もしかしたら私は、自分が思っている以上に唯先輩に嫌われているのかも、なんて心にもないことを考えてしまう。心の中では絶対にあり得ないと思っていたことが、今まさに現実になりそうな気がして、もう考えることをやめかけたその時。
憂の話には続きがあった。
「でもね! 私からは言えないけど、もうちょっとしたら絶対お姉ちゃんから話すと思うから! だからそれまでお姉ちゃんを信じて待っててあげて?」
お願い、梓ちゃん。と憂は続けて祈るように両手を合わせた。
「え?・・・・・・・う、うん」
さきほどまでのネガティブ思考はどこにいってしまったのかと思いたくなるが、またも考えさせられる事態に陥ったのだから仕方がない。
(ど、どういうこと・・・・? 嫌われたわけじゃないの・・・私?)
もう何がなんだか分からない。しかし憂の真剣な顔に私は頷かずにはいられなかった。
結局のところ唯先輩のことは何一つ分からず、いや正確には憂は知っているようだが。
それでも今回のことで謎が謎を呼び、私がさらに悩む羽目になるのは事実だった。
そして来たる放課後――。
結果から言えば、その事実は私の心にしこりとして残ってしまった。
憂のせいとはもちろん言わないが、それも原因の一つであることは明らかな事実。
昼休み、あんなにも真摯にお願いされた事すら忘れてしまっていたのだから相当重症だったのかもしれない。
そして悩み事が頭の中を行ったり来たりする中、それらを抱えたまま終えた練習後。
当然私には元気の欠片もなかったが、先輩方にはそれを悟られぬよう振舞っていた。
もちろん、悩みの原因である唯先輩に対しても。
でも、私自身気づいていないだけで私はとうに精神的に限界だったみたい。
あの時、憂に言われたことなんて頭から完全に放り捨て。
思い切って、いやあれはすでに無意識と言っても過言ではく。
唯先輩にすべてを尋ねていた。
でも返ってきたのは私が望む答えではなかった。
「あずにゃんには教えられないんだ・・・ごめんね」
「っ!?」
それが引き金だった――。
「
・・・んで・・・・・・・・・・・か・・・」
「え?」
「なんで何も教えてくれないんですかっっ!!?」「っ!?」
気付いた時にはすでに、唯先輩に怒声を浴びせていた。
きっといろんな想いや感情が爆発し、ぐるぐるして、パンクしちゃったんだ。
「・・・お、おい梓?」
「ひゃっ!?」
「梓ちゃん!?」
先輩方も驚愕をあらわにして私の名前を叫んだ。
後輩がいきなりキレたのだから、誰だって驚いて当然だった。
澪先輩に限っては私の怒声に驚いてビクビクしている。
しかしながら、私の耳には先輩方の言葉など全く耳には届いていなかった。
「あ、あずにゃん…?」
そして当の唯先輩はと言えば、私の剣幕に圧され怯えた表情でビクビクしている。
私の大好きな人にこんな表情をさせている自分自身が嫌で仕方なかったけど、でも。
それでも私は、自分を止める事は出来なかった。できるはずもなかった。
「私がっ!私が、どんな気持ちでいるかも知らないくせにっ!!」
「あ、あず・・・・」
唯先輩の発言を認めない。許さない。
「私のこと嫌いなんですかっ!? だったらはっきり言ってくださいよっ!?」
「ち、ちがっ・・・・」
「どうせ唯先輩にとって私なんてどうでもいいんだっ!!」
ははっ…私、何を言ってるんだろう。
「バカ・・・・・私の気も知らないでっ!・・・・もういいですよっ!・・・・・・・唯先輩なんて・・・・・・・・唯先輩なんてっ!」
何を言っているのか、自分でも分からないよ…。馬鹿みたい…。
「大っ嫌いっ!!」「っ!!?」
最低だ。今この瞬間、私は本気で死んでしまいたいと思った。
言葉が凶器にもなりえることを私は重々承知していた。
一度出してしまった言葉を引っ込めることができないことも。
それでも止められなかった、感情の流動を。
私は言ってしまった。
この世で一番大好きな人に。
一番言っちゃいけない事を。
唯先輩の変化はすぐに訪れる。
私の心ない言葉にぽろぽろと大粒の涙を流していた。
「ぐす・・・あ・・あれ・・・・な・・んで・・・・・・?」
涙を拭おうと必死になる唯先輩。
しかしその涙はとどまることを知らず、次から次へと溢れてくる。
今まで一度だって見せたことの無い、唯先輩の悲しみの涙。
それを私が。
「あ・・・あ・・・」
ただ絶望した。その涙に胸を締め付けられ、無意識に一歩、また一歩とゆっくり後ろに下がって行く。
もう一秒だってその涙を見ていられなくて、私は踵を返しその場から脱兎のごとく逃げ出していた。
泣き続ける唯先輩と他の先輩たちを残して――。
「ぐす・・・あ、あずにゃ・・・まっ・・・・・て・・・」
音楽室から出る寸前、唯先輩に呼び止められたような気がしたけど。
私は振り返りもせず、ただ走って走って、泣き叫んだ。
*
『大っ嫌いっ!!』
そう言われた瞬間、私の中で何かが音もなく崩れていくような気がした。
胸は苦しくて、呼吸することすらままならなくて、ただただ涙だけが溢れてきた。
結局私は、あずにゃんに何も話せなかった。
ちゃんと話していればこんなことにはならなかったのかな。
そう思うけど、終わってしまった後にそんなこと考えたってどうにもならない。
後悔先に立たず、頭の悪い私だってそれくらい知っていた。
(私のせいで・・・・あずにゃんが・・・・)
ただ一つ分かること――。
それは、私の行動があずにゃんを傷付けていたという事。
そうだ、きっと私が悪かったんだ。あずにゃんがこんなに辛い想いをしているなんて知らなかった。
結局私は自分の事ばかりで、周りが見えていなかったんだね。これは、私に課せられた罪と罰なんだ。
「お、おい唯大丈夫か・・・」
泣き続ける私に澪ちゃんが心配そうに駆け寄ってきた。
「え・・・? ぐす・・・う、うん・・・だ、だいじょうぶだよ・・・・ぐす・・・ごめんね、泣いちゃって・・・」
精一杯笑顔を作ろうしたけど、それすらできない。
「バカっ・・・・ぜんぜん大丈夫じゃないだろ!」
強がる私にりっちゃんが怒る。
「唯ちゃん・・・・・・・・」
ムギちゃんも心配そうに私を見ている。
(私、あずにゃんだけじゃなくて・・・・みんなにも迷惑かけてる・・・)
私のせいで周りの人たちに迷惑をかけているその事実に私の心はさらに沈んでしまう。
(私・・・あずにゃんの事・・・好きにならない方がよかったのかな・・・・・?)
もう完全に自信を失っていた。
「ほ、ほんとに・・・・大丈夫だから・・・その・・・・あ・・・わ、私、もう帰るね?・・・・そ、それじゃっ!」
居た堪れなくなった。これ以上、みんなの暗い顔を見たくなかった。
だから私は、半ば逃げ出すように、あずにゃんの後を追うように音楽室を飛び出していた。
「あ、お、おいっ!」
「唯っ!待てよって・・・もういないし・・・・・・」
律は慌てて呼び止めるが、すでに唯は音楽室を飛び出した後だった。
「大丈夫かな・・・唯・・・・。 それに・・・・梓も・・・」
「あー・・・もうっ! いったいこれからどうなっちまうんだよっ!」
澪も律も、これからの軽音楽部に一抹の不安を感じていた。ただ一人、紬だけを除いて。
(唯ちゃんが自分で話さない事を私が話す訳にはいかないし・・・・・それに梓ちゃんのあの様子・・・・あれは・・・・もう間違いないわね・・・・だったら、私が出来ることは・・・・)
考え込むその表情にはいつものおっとりとした雰囲気はまるでなく真剣そのもの。
紬はその胸に何か決意のようなものを秘めていた。
そんな時だった。ふいに音楽室の扉が開かれたのは。
「あら? あなたたちまだ残ってたの?」
ガチャリという扉の音がして、一同の視線が集中する。
入ってきたのは、軽音楽部顧問の山中さわ子だった。
「あ、あれさわちゃん? さっき出てったのに・・・なんで?」
律が不思議そうにさわ子に尋ねる。
そう、律の言うとおり唯と梓のごたごたの少し前にさわ子は一度いなくなっている。
「え?・・・・ああ、ちょっと忘れ物しちゃってね。・・・・・・それであなたたちはどうかしたの?」
「え?」
「なんかみんな少し元気ないけど・・・・何かあったの?」
「えぇっ!・・・・ああ・・・・いやその・・・・な、なんにもないよ? ほんとなんもなかったから・・・え、えーと・・・・そ、それじゃ二人とも、そろそろ帰ろうぜっ!」
さわ子の指摘に挙動不審になる律。他の二人を急かす。
「そ、そうだな・・・・・・・そ、それじゃさわ子先生また明日」
「それでは先生、失礼します」
澪と紬はペコリとお辞儀をして律の後に続き音楽室を出た。
そして音楽室にただ一人残されたさわ子は怪訝そうに呟く。
「なんだっていうのよ・・・もう……ってちょっとまって」
さわ子は大変なことに気付いて頭を抱える。
そんな馬鹿な、と信じられないものを見るような表情でゴクリと唾を飲み込んで。
それからすぅっと大きく息を吸い込み、そして。
「私の出番って、これだけなのぉ~~~~~~~~~~~~!!!」
彼女は絶叫した。聞くものすべての鼓膜を破らんばかりの大音量で。
唯一の救いはもちろん、その叫びを聞いた人間が誰もいなかったことだろう。
山中さわ子、2●歳。彼女に春はまだこない・・・。
つづく