※追記からどうぞ!
最近、唯先輩の様子がおかしい。
そう気付いたのは唯先輩と目を合わせるとすぐに逸らされることに気付いたからだ。
どんなときでも人の目を見て話をする唯先輩が、私と話をするときだって常に目を見て話していた唯先輩が、突然別人に変わってしまったかのように挙動がおかしくなってしまった。
ほとんど毎日の様にしてきたスキンシップだって、ここ最近では無くなってしまっている。
本当にどうしてしまったんだろうか…もしかして…。
私は唯先輩に嫌われてしまったんだろうか…。
「よーし!今日の練習はここまでにしとくか!」
「そうだな」
「うん!」
「うふふ♪」
いつもの様に律先輩が部活の終わりを告げ、澪先輩と唯先輩がそれに答え、ムギ先輩は終始笑顔。
そしてこれまたいつもの様に、私たちはそれぞれ帰り支度を始める。
日はすでに落ち始めている時間帯で、窓から差し込む茜色が目にまぶしかった。
いつもの放課後、変わらない日常。そのはずだった。――でも。
「よし!それじゃ、帰ろうぜ!みんな」
「あ、ごめんね? 今日もね、私ちょっと用事があるんだ!・・・だから先帰るね?」
律先輩の言葉に唯先輩が反応し、みんな揃っての帰路を拒否する。
明らかにおかしいと感じるのには理由があった。
確かに今日だけの用事なら何もおかしい事はなかったんだけど、でも。
「えー、またかよ。今日で1週間になるぜ?」
「そういえばそうだな、一体何してるんだ?」
「(ふぅ・・・・知らない振りをするのも大変ね・・・)」
そう、唯先輩が私たちと一緒に帰らなくなってもう一週間になるのだ。
途中で別れるにしても、帰る時はいつも一緒だったから、先輩たちもさすがにおかしく思っているのか次々に唯先輩に質問する。
「ええと・・・・その・・・・あの・・・・」
先輩たちの質問攻めに唯先輩はそわそわしながら目を泳がせている。どう見ても言いづらい事を隠しているようにしか見えない。そんな中、ふいに唯先輩はチラッと私の方に視線を向けてくる。
唐突に見つめられたからなのか、ドキンっと、唯先輩のその視線に私の心臓が跳ねた。
(あれ?・・・なんで?・・・)
早鐘のように打ち鳴らされる心臓の鼓動に疑問を抱く。
「うーん・・・ごめんね、やっぱり内緒!それじゃあまた明日ね」
「あ・・・ゆ、ゆいせんぱっ・・・・・・・・い」
ドキドキと煩い心臓の鼓動を抑えつけながら、走り去る唯先輩を慌てて呼び止めようとしたけれど。
名前を呼ぶのが少し遅かった。すでに唯先輩は音楽室から出て行った後だったから…。
**
「うーん、それにしても唯の奴、一体どうしたんだ?」
「笑顔だったからな。良くない事があったって訳じゃないと思うけど・・・」
「そうねぇ・・・はぁ・・・」
「・・・・・・・・・」
唯先輩の欠けたメンバーで帰り道を歩く私達。
どうやら先輩たちは、さっきの唯先輩の態度が気になって仕方ないみたい。
「はっ!?ま、まさか、彼氏が出来たとかっ!?」
「っ!?」
律先輩の思いつきの言葉。でも、言葉とは時に残酷だ。
その何気ない思いつきの言葉に私の胸にズキンと痛みが走る。
胸をえぐるような鈍い痛みに、思わず顔をしかめる。
考えなかったわけじゃない。ありえない話じゃなかった。もしかしたら、唯先輩にそういう人が出来たから一緒に居られなくなったんじゃないかって、心のどこかで思ってた。でも万が一そうだったとして、それは喜ぶべき事だとは分かってる。でも、頭では分かってはいても、心がそれを認めていなかった。
それを考えるだけで、不安で胸が張り裂けそうになる。
私にはこの胸の痛みの理由が分からなかった。
「えぇぇぇ!そ、そんなまさかぁ~、あの唯だぞ?」
「そ、そうよねー・・・(ゆ、唯ちゃん、何か大変な事になってるわ…)」
律先輩の予想に澪先輩とムギ先輩はちょっと顔を赤くして反論する。
「何気にひどいなお前ら・・・でもさー可能性はゼロじゃないだろ? 天然ボケのアホの子だけど、見た目は可愛いんだし」
「ま、まあ確かにそうだけど・・・・・・ていうかアホの子って」
律先輩の言葉に澪先輩が苦笑する。私は苦笑なんてしてる余裕もなく、それどころじゃなかった。
嫌な考えばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消え、心を蝕み、どす黒い何かが心の奥底を支配する。
先輩たちの会話なんて耳に入っていなかった。
そんな私に違和感を感じたムギ先輩がそっと私に声をかけてくる。
「梓ちゃん大丈夫? 顔色が悪いわよ?」
その言葉に反応して、律先輩と澪先輩も私の顔色を窺う。
「ほんとだ。梓、お前顔が真っ青だぞ」
「だ、大丈夫か? もしかして風邪でも引いたんじゃ・・・・・」
どうやら、今の私の顔は相当ひどいらしい。自分じゃ分からないからなんとも言えないけど・・・。
心配されるのは嬉しいんだけど、私は何故か居心地が悪くなってしまう。
「い、いえ・・・・何でもないんです。風邪でもないですから・・・そ、それじゃ私ここで失礼します。ま、また明日っ!」
「あっ!お、おいっ!」
ダッっと、私はその場から逃げ出すように走り出した。
澪先輩が呼び止めようとしたけど私は聞こえない振りをして足を止めなかった。
これ以上ここにいたら、何かが壊れてしまいそうで、恐ろしくなった。
「・・・唯の様子もおかしいけど、梓の様子もおかしいな・・・」
「大丈夫かなぁ・・・梓」
「何もなければいいんだけど・・・・」
「まあ・・・・ここで考え込んでても仕方ないし、私たちも帰ろうぜ?」
「そうだな・・・」
「ええ・・・」
梓ちゃんのあの様子・・・。
もしかして――。
**
家に着き、駆け足で階段をのぼり、見慣れた自室の扉を開けなった。
カバンを乱雑に放り捨て、ギターを壁に立てかけ、飛び込む様ににベッドに寝転がった。
ギシギシとスプリングが軋む音。聞きなれているはずなのに、今はその音がうっとおしく感じた。
「・・・・・はぁ・・・・・」
募り募った切望は、溜息となってこぼれる。
「唯先輩・・・・・・・・・」
どうしてこうなったんだろう…。唯先輩と触れ合わなくなってどれ位経っただろう…。
思い出そうとすると胸が締め付けられる。変わってしまう前の唯先輩の笑顔を思い出すと涙が溢れそうになる。
頭に浮かんでくるのは唯先輩のことばかりだった・・・・。
『あずにゃん♪』
このあだ名で呼ばれるようになってからずいぶん月日が経った。
最初は不本意で付けられたあだ名だけどいつの間にか呼ばれることに嬉しく感じている自分がいた。
『ほ~ら♪あずにゃ~ん♪・・ギュッ』
そう言って抱きついてくる唯先輩の温もりが暖かくて、優しくて、胸がドキドキするのを止められなかった。
そして、花が咲いたような眩しい笑顔を私に向けてくれるのが嬉しくて――。
でも、そんな笑顔や優しさが、今は私以外の誰かに向けられているかもしれない。
そう考えた瞬間、不安と絶望が私の心を支配した。
「あ・・・れ・・・・?・・・なん・・・で・・・」
どうして、こんなに苦しいの?
溢れる涙を抑えられなかった。自分でもなぜ涙が出るのか理解できない。
私は本当に一体どうしてしまったんだろう・・・・。
「ぐす・・・うぅ・・・ゆい、せんぱい・・・ぐす・・・・やだ・・・・やだよぉ・・・」
唯先輩と一緒にいたい。そばにいたいという想いが私の中から溢れてくる。
(・・・・私・・・・・・私は・・・・・・唯先輩の事が・・・・・・・)
自然と心の中に紡がれる言葉に、私はハッとする。
(あぁ・・・・そっか・・・・やっと分かった・・・・私は・・・・)
素直に心の言葉に耳を傾け向き合えばとても簡単に答えは出た。
私は、唯先輩の事が“好き”だったんだ…。
(はは…バカだな私…)
どうしてこんな簡単な事に気付かなかったんだろうとは思うけど考えても分かりそうにない。
きっと私は、自分で思ってるよりも鈍感な人間なのかもしれない。
(私は、この気持ちをどうしたらいいの・・・・?)
一つの答えを出したと思ったら、今度は別の問題が浮き彫りになる。これじゃ堂々巡りもいいとこだ。
そしてこの問題の答えは、今の私がいくら悩んでも見つかりそうもない答えだった。
つづく