前作『奇跡の大安売り』の続き
※追記からどうぞ。
綺麗なオレンジ色に染まる夕暮れを堪能する暇も余裕もないまま日は落ち。
その日突発的に降りかかった災難の続きが今まさに私を襲おうとしていた。
「はいミミちゃん、あ~ん♪」
「あ、あーん…はむ」
トトリの容赦ない『あーん』攻撃。
不本意ながら夕飯を食べさせてもらっている私は、差し伸べられた箸にただなすすべもなく食らいつくしかなかった。
こんな私はアーランドではちょっとは名の知れた貴族の出であるが、今この瞬間、そんな肩書きが意味を持つかと言えば、まったくの役立たずだった。
(くっ…この右手さえ塞がっていなければ…!)
ふがいない。なんてふがいないのだろう。
とある事情で利き手が塞がっている現状、反対の手で箸を持つのも不自由となれば、私に出来ることはただ黙って餌付けされる雛鳥の如く口を開くほかなかったのだ。
満足に動かすことが出来ない右手。むしろトトリと一心同体だと言わんばかりにガッチリと繋がれていた。これさえなければ、そもそもこんな辱めを受けることもなかったのに……本当に今日は厄日だ。
本当、なんて情けない姿だろうか。
こんな姿、天国のお母様には到底見せられそうにない。
今年25歳になろうかと言う大の大人が、赤子のように餌付けされてるなんてお笑い種もいいとこだ。これがシュヴァルツラング家の当主だなんて恥晒しもいいところだろう。
今の私に生きている価値などあるのだろうか? いや――あるわけない。こうなればもう選択肢は一つ。死んでご先祖様に侘びをいれるしかない。
ごめんなさい天国のお母様……、
「うわっ! ミミさん…そのニヤケ面ちょっとやめた方がいいですよ? いくらトトリ先生に食べさせてもらってるからって、その顔は放送コードギリギリですって。やばいですよ。モザイクかかっちゃいますよ」
ミミは親不孝な娘でした…――って!
「うっさいわね!あなたが喋ると私のモノローグが意味なくなっちゃうから黙ってなさいよ!」
建前どころか本音まで暴露され憤慨する私。しかしメルルもだいぶ慣れてきたのか悪びれた様子もなく「はーい」と適当な返事を返すだけ。そんな態度にプッツーンと何かが切れそうになった矢先、
「はい、あ~ん♪」
「あむっ」
立て続けにお見舞いされる物理と精神の波状攻撃に、私の怒りは湖の水面のように静まる事を余儀なくされた。
「ミミちゃん、どう? 美味しい?」
「うっ…」
トトリのクリッとした大きな瞳が私の心臓を射抜く。効果音で言うならズッキューンだろうか。正直もう料理の味なんてさっぱりで、眼前の愛らしい天使に全神経は傾けられていた。
(か、かわ…かわい…)
首を傾げるような上目遣いがいちいち小動物ちっくで顔が緩むのが止められなかった。
鋼の精神で定評のある私の理性がお空の彼方に飛んでいってしまいそうになる。
なんて脆い。脆すぎるぞ私の理性。少しは反撃してみせなさいよ。
(…とは言え、どう考えても狙ってやっているとしか思えないわね…)
なんて思ったりもするけれど、彼女の恐ろしいところはこれを自然にやってのけるところだ。
まこと天然と言う生き物は手に負えない。
「え、えと…お、おいしいわ。で、でもこれ…少し恥ずかしくないかしら?」
「そう? 私は嬉しいよ? 何だか新婚さんみたいで♪」
「し、新婚!? わ、わわ私とトトリがけっけけ結婚?!」
なんてことだ……果たしてこれは夢の続き?いや、奇跡の続きだろうか? イッツァミラコゥ! 夢にまで見たトトリとの家族計画がとんとん拍子に目前にまで迫っているではないか。これを奇跡と言わず何と言う。
「ちょ、ちょっとトトリ! な、なにわけのわからないこと言ってるのよ! 冗談はやめて欲しいわ!」
トトリのウエディングドレス姿をこの目に拝むためなら、無論隣に立つ私はタキシード着用。
式は森の小さな教会で挙げよう。
「それで!? 子供は何人くらい欲しいのかしら!?」
「ちょ、ミミさん飛躍しすぎです!落ち着いてください!ていうかどうやって女同士で子ども作るんですか?」
「子作り的行為なら余裕でしょ!!」
「え、えと…い、言ってて恥ずかしくないですか?」
「う、うるさいわね…勢いよ」
言ったあとに気付いても遅いけれど、さすがにはしたなかったかもしれない。
その言葉の意味するところを具体的に想像してしまうと顔が赤面せずにはいられない。
「そ、そうじゃなくてですね、どうやって子供を作るのかってことですよ」
「そこはそれ、お得意の錬金術でなんとかしなさいよ。貴女まがりなりにも錬金術士でしょ? こう言うときに役に立てないで何が錬金術なのよ」
「えー、そんなむちゃくちゃな…それに私まだまだ半人前ですし…アールズ開拓も忙しいですし…」
「だったら前世からやり直してきなさい!」
「ひ、ひどっ!?」
1銭の得にもならないような私とメルルのどうでもいいやり取りはしばらく続いた。
ちなみに待ちぼうけのトトリとロロナさんは…、
「ねぇねぇトトリちゃん? ミミちゃんと結婚するのー?」
「ふぇ!? あー…えと…えへへ、どうでしょうね」
そんな談笑に花を咲かせていて、ロロナさんのたわ言にまんざらでもない様子のトトリをこの目で拝めなかったことが悔やまれた。
「まったく、メルルにはホントに困ったものね。これで一国の王女様だって言うんだから世も末だわ」
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししま――」
――キッ!
「はいごめんなさい失言でした許してくださいもうしません」
私の眼力を前にメルルは蛇に睨まれた蛙の如く、恥も外聞もなく土下座の姿勢をとった。
「ほら二人とも、いい加減ご飯冷めちゃうからもうその辺にしとこうね」
「ああトトリ先生!やっぱり私の先生はトトリ先生しかいません!心なしかトトリ先生が天使に見えてきました!」
「はぁ!? トトリは最初から天使にしか見えないわよ!妖精も可!」
「はいはい二人ともそこまで。ほらミミちゃん、もう一口あ~んだよ♪」
「むっ…あ、あ~ん…もぐもぐ」
結局、トトリのあーんは夕飯が終わるまで延々と続いたが、もしこれが結婚生活のシュミレーションだと言うのならこの先やってくる私とトトリの未来はきっと安泰に違いない。
「……こういうのを幸せって言うのかもしれないわね」
「ん? ミミちゃん何か言った?」
「ふふふ、なんでもないわよ」
小さな奇跡の積み重ねの先にかけがえのない幸せが待っている。そんな風に気付かせてくれただけでも今日この日に起こった出来事には意味があったと思いたい。
(ありがとうロロナさん)
私は、この奇跡をくれた恩人に心の中でお礼を言いながら、今日この日を一生の思い出に残る最良の日にしようと固く誓った。
最良の日にしようと胸に固く誓ったのだ。
大事なことだから以下略。
――
―
「――さてと、それじゃ食べ終わったことだし、片付けしちゃいましょうか」
「あ、ミミさん。食器の片付けは私とロロナちゃんでやっときますから、トトリ先生とミミさんは先にお風呂入っちゃってください」
「え? お、お風呂?」
私の心臓は『お風呂』という三文字にドッキーンと跳ね上がった。
どうやら束の間の奇跡は、まだまだ終わりを見せないらしい。
気のない素振りなどもはや不可能の領域だった。
それだけの意味を持つお風呂の魔力。
もちろん期待していなかった言えば嘘になるのだが。
「そっか。それじゃあお願いねメルルちゃん。ロロナ先生も」
「えへへー♪ まっかせといて~。トトリちゃんはミミちゃんと楽しんできてね!」
一体ナニを楽しめと言うのかそこのところ詳しく聞かせてくださいロロナさん。
「あ、そうだミミさん――」
ふとメルルが、呆然と立ち尽くす私のことなどお構いなしに小声でボソボソと耳打ちしてきて、
(一応念を押しておきますけど、興奮しすぎて放送コードに引っ掛かるようなことしちゃダメですよ? アトリエのお風呂って防音完備じゃないんですから。一応ちっちゃな子もいるんですから自重してくださいね?)
「なっ!? あ、あたりまえでしょ!! ナニ言ってるのよ貴女!?」
「ど、どうしたのミミちゃん? 急に大声出して?」
トトリは、我を忘れ吼える私に疑問符を浮かべながら怪訝な顔を向けた。
「はっ…な、なんでもないのよトトリ、気にしないで」
「そ、そう? じゃあそろそろ入ろっか?」
「…で、でもまだ心の準備が…」
空いた手で心臓を押さえると、その鼓動は狂気乱舞していて。
「ふふ、何言ってるのー? ほら行くよミミちゃん!」
「ああ!そ、そんなに引っ張らないで!」
そんなこんなで待った無し。心の準備も終わらぬまま仲良くお手て繋いでお風呂に直行。
そこで待ち受ける私の運命や如何に――次回につづく。
このつづきがいくら探しても見つからないんだが、、、